伝統板・第二
”病あり”の妄想からの脱却① - 伝統
2015/04/08 (Wed) 03:32:11
*光明掲示板・伝統・第一「”病あり”の妄想からの脱却 (87)」からの継続です
→ http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=53
・・・
病気は妄心の現れ
*「生活の智慧365章}(P258)より
病気の話をすれば、達者な人はそれに興味を感じません。
しかし病気は「不調和な現象」の一例として引用されているのであって、
「家庭の不調和」でも、「貧乏」や「事業の不振」と云う「経済上の不調和」でも、
みんな「妄心」のあらわすところの現象であって、
「妄心」を放ち去って、「真心(しんしん)」を出してくれば、
其処には「真心(しんしん)」の表現としての
調和ある状態があらわれて来るのであります。
「真心(しんしん)」は「神の心」であり、「実相の心」であり、永遠不滅の存在であり、
「実相の世界」は此の「真心(しんしん)」の創造するところであります。
随って真心(しんしん)の創造するところの「実相世界」には、
不景気も不調和も、病気も、罪悪も、一切の悪が存在しないのであります。
存在しないものを存在すると観る心を捨て「真心(しんしん)」を出すようにすれば
万事は光明方面へと展開するのです。
・・・
<関連Web>
(1)光明掲示板第二「今、日本国には、”病あり”の暗黒思想が広がっております。 (2725)」
→ http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=598 >
(2)光明掲示板・第三「今、日本国には、”病あり”の暗黒思想が広がっております」
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=66
<感謝合掌 平成27年4月8日 頓首再拝>
妄心の生理作用に及ぼす影響 - 伝統
2015/04/17 (Fri) 04:13:28
*『生活の智慧365章』(P267)より
恐怖を感じると顔面が蒼白となり、羞恥を感ずると顔が紅潮します。
これは異常な感情がホルモンの分泌に異常変化を起させた結果、毛管の一部拡張や
一部収縮を起こした結果が血流に変化を生じたのです。
これは肉眼に見える顔面の変化を指摘して諸君にわかりやすく説明するためでありますが、
それと同時に、肺臓や心臓や胃腸のハタラキにも異常変化を起こしているのです。
「妄心」はこのようにして人体内の生理作用に影響を与えます。
麻酔薬は時として「妄心」のハタラキを麻酔せしめて
却って「妄心」のあらわれである病気を軽減することがあります。
兎の四肢を縛って天井から五日間もぶらさげると、
兎は恐怖と不安のためにホルモンの不調和を来して死んでしまうが、
同じように縛って天井からぶらさげても、その兎に麻酔剤を注射しておくと
「妄心」が麻酔して「恐怖」や「不安」を感じないから死なない。
<感謝合掌 平成27年4月17日 頓首再拝>
苦痛も「妄心」にある - 伝統
2015/04/22 (Wed) 04:47:17
*『生活の智慧365章』(P259~260)より
胃潰瘍を手術する場合に、患者にクロロフォルムをかがせますと、
脳髄を機関として働いている「妄心」が麻酔します。
「妄心」が麻酔しますと、もう潰瘍の痛みが感じられなくなります。
肉体に潰瘍はまだ依然として存在しているのに、
潰瘍の痛みが感じられないのは、「妄心」が麻酔しているからなのです。
痛みは肉体そのものにはないのであって、「妄心」にあるのだと云うことがわかります。
麻酔からさめて「妄心」のはたらきが蘇生(よみがえ)って来ますと、
手術した後の痛みが感じられて来ます。
「妄心」を「真心」に置きかへ「真心」が表面にあらわれて、
人間の実相が「神の子」であり、霊的実在であり、未だ嘗て病まざるものであり、
これからも病まざるものであり、仏身、金剛身、不可壊身であると悟ることが
できるまでは、本当の健康は永続しないのであります。
<感謝合掌 平成27年4月22日 頓首再拝>
エーテル体と妄心 - 伝統
2015/04/28 (Tue) 03:16:14
*「生活の智慧365章」(P260~261)より
「自分」と普通みとめている「身(しん)」は、
物質身ではなく霊身、金剛身、不可壊身であります。
それに、「エーテル体」「幽体」等の知覚身、感情身がからみ合い、
その表面に知覚と感情によって動かされ行動する「肉体」が包んでおります。
エーテル体は物質的自覚を生ずる「妄心」の“座”でありまして、行動便宜上、
自分を物質として感ずると同時に、肉体を物質としてあらわしているのであります。
そして幽体は感情を生ずる妄心の“座”でありまして、
その感情の動揺が肉体面に表現されて病気となります。
肉体を物質としてあらわしているのは、これらの「妄心」でありますから
「妄心」の“座”である「エーテル体」や「幽体」が、臨終によって肉体から去りますと、
肉体としてあらわしている体は、それを持続する力が去りますから、
その姿形が崩壊してしまうのであります。
しかし金剛身、不可壊身たる霊身は「本当の自分」であって、肉眼には見えないでも、
壊(くだ)けないで永遠の存在であります。
<感謝合掌 平成27年4月28日 頓首再拝>
病気は夢である - 伝統
2015/05/06 (Wed) 04:54:30
*「生活の智慧365章」(P261)より
人間それ自体は、金剛不壊の存在でありますから、病気は一つの夢にすぎません。
薬物で治ることもあるが、それは「薬で病気が治る」と云う信念で、
夢の中で「治ると云う夢」を見るのです。
「夢である病気」が夢によって治ったとて不思議ではありません。
しかしまた夢の中で再び夢を見るのは止むを得ません。
何故ならその夢が覚めていないからであります。
真に自分が「金剛不壊なる霊的実在」であると悟るならば、その悟りにバックされて、
たとい夢を見ても、今後は、病気の夢など見るものでありません。
「人間は金剛不壊であって病気はない」と信じなさい。
そして元気を出しなさい。元気を出せば、体力はそれに比例して元気になります。
肉体を動かしているのは「エーテル体」と「感情体」ですから感情が滅入ってしまって、
元気を出さない限り、肉体は健康になり切れません。
<感謝合掌 平成27年5月6日 頓首再拝>
仕事をするほど健康になる - 伝統
2015/05/13 (Wed) 04:12:28
*「人生読本」(P189~191)より
私は自分の事をいうのは気がひけますが、私などは朝起きると寝るまで
常に働いて休暇というものは1年中1日もないのであります。
夏休みというものもありませんけれども、仕事そのものが楽しいのですから、
仕事の中に休暇があるのです。
私達の心臓だって1日も1時間も休暇した事はない。
心臓が休暇をとったら人間は死んでしまう。
心臓が休憩してくれないからこそ、私達は夜寝ていても生きている。
心臓がいつも働く事によって私達は健康を保っているのであります。
ところが世間には、吾々が働き過ぎるから神経衰弱を起こすとか、
仕事をし過ぎるから病気を起こすとか考えている人がありまして、
往々にして深切な人々から「あんたは病気ですから、神経衰弱だから、
家にいてぶらぶらしていなさい」と言われることがありますけれども、
これは、決して本当の深切ではありません。
その証拠に老人になって、会社の仕事をやめて、隠居でもいたしますと、
直ぐ人間は老衰してくるのです。
なぜ老衰してくるのかと言いますと、それだけ働きが無くなったため、
人間の生命(せいめい)は働き《そのもの》でありますから、
働きそのものが無くなった時、生命の生きる力、神の生命(いのち)が
だんだん現れなくなってこの世から不要になり、
その揚句の果(はて)に本当に死んでしまう事になるのであります。
神は生命(せいめい)であり働きでありますから、私達は働きさえしたら生きる。
心臓にしても、細胞にしても、常に働いて、「新陳代謝」といって、
新しいものを入れ、古きものを排泄して、常に働いているからこそ
生きているのであります。
ですから、私達は働かなければ却って自分自身が死につつあるという事を
考えなければならないのです。
<感謝合掌 平成27年5月13日 頓首再拝>
生きる力の神秘 - 伝統
2015/05/18 (Mon) 04:49:10
*「生命の實相」第3巻生命篇上(P134)より
細胞は粘土、心は彫塑家、作品はわれらの肉体である。
われらはすべて自己の肉体をいかようにでも作る権利をもった全能者である。
ウエルズによれば、人体内の細胞の総数は一千兆以上ある。
この驚くべき多数の細胞が、「一糸乱れない支配」のもとに
いろいろの分業に専心している。
この「一糸乱れない支配」は誰がするのであるか、それはわれらの心がするのである。
心を切り離すとき、細胞はもういろいろの分業をしなくなる。
一個の細胞を「人間」から切り離して人工培養をした実験によれば、
心臓の細胞でも、腎臓の細胞でも、その他人体のどこの細胞でも、
生きてはいるけれども、一列一帯に、どれが、心臓の細胞だか
いっこう区別のつかぬ類型的な働きしか営むことはできないのである。
そうすると心臓の細胞が心臓特有の働きをし、腎臓の細胞が腎臓特有の働きをし、
その他、人体各所の細胞がおのおの特有の働きをしているのは細胞自身の働きではなく、
「我(われ)」の心の支配力を受けてのことであることがわかるのである。
わが心は全身の肉体細胞にいかなる働きをさせるかについて
絶対の支配権をもっているのである。
この心が支配権を捨てるとき全身の細胞の働きが乱れる。
これを病気というのである。
<感謝合掌 平成27年5月18日 頓首再拝>
病気に重い軽いはない - 伝統
2015/05/24 (Sun) 04:26:33
*『生活の智慧365章』(P262)より
「生命」は物質《そのもの》にはないのであって、「生命」が物質を支配するのである。
物質を生ぜしめ、それを仮に物質として、吾々に感ぜしめているのも「生命」の力である。
物質は「生命」の影であって実体ではないのである。
「生命」は霊的実体であって金剛不壊であり、細菌やヴィールスに冒されざるものである。
それが冒されるようにあらわれるのは、本来の霊身を「物質身」として翻訳して
感ずるところにあるのである。
自己を「物質身」と見、病み且つ死するものであると見るのは、
「妄心」の夢であるのである。
夢は醒めるものであり、「夢の病気」には重いも軽いも《ない》のである。
軽い病気が治るならば、重い病気も、同じ軽さで治る筈である。
どちらも夢であるのだから、その夢からさめさえするならば、
病気に重い軽いはなく、どんな病気でも消えてしまうのである。
<感謝合掌 平成27年5月24日 頓首再拝>
神の子たる人間に病気はない - 伝統
2015/05/30 (Sat) 04:11:00
*『生命の實相』第2巻實相篇下(P32~34)より抜粋
(1)本当のことを申しますと、この本が病気を治すのではありません。
神の子たる人間に病気は本来無いのであるから、
治すも治さぬもない、本来治っているのであります。
(2)それにあなたが病気だというならば、それはあなたの「信念」にまちがったところがある、
そのまちがった「信念」がちょうど活動写真のように影を映して、
肉体に病的状態をあらわしているのであります。
(3)われわれの生命というものは焦ったり力んだりしなければ、
調節が完全にできないようなそんな不完全なものではない。
①われわれの生命は「神の子」であるからそんなに不調和にはできていない。
ただこの真理がわれわれの心の底に「信念」になってさえおれば、
その「信念の影」として肉体が調和した完全な調節したものとならねばならぬ
はずであります。
②われわれが焦(あせ)ったり力んだりするのは、
まだ自分の「生命」(生きる力)が神の生命の「分け生命(いのち)」であって、
神そのもののごとくに完全であるという真理(ほんとのこと)を知らないからであります。
焦ることも力むことも何もいらない、肉体は観念的存在(こころのかげ)でありますから、
心が正しき真理を知っておちついていると肉体はなんの感じもない、
「影」に感じがないのは当然のことだからであります。
だから肉体はどこに胃があるか、心臓があるか、肺臓があるか、
感じがない時に一等健康なのであります。
(4)神想観でも坐禅でも鎮魂でもすると
その深い境地に入れば肉体があるかないかわからなくなる、
これが本来の面目なのであります。
「生命」は全体として調和した渾一体(ひとつ)でありますから、
「生命の実相」を自覚したならば、肉体は渾然とした「一つ」として
感じられるのが当然で、
個々別々にその存在が感じられる時は、「生命」の渾然とした統一感 ――
「真理の自覚」が心に失われた時で、
真理を心に自覚し、自己生命の完全な統一感が得られれば、
肉体は渾然とした調和した生きもの(生々の実在)として感じられて来るのであります。
<感謝合掌 平成27年5月30日 頓首再拝>
病気は無い - 伝統
2015/06/05 (Fri) 04:25:16
*『生命の實相』第一巻實相篇上(P64~66)より
いったい、皆さんは「病」というものが実際この世にあると信じておられますか。
「病気」というものを神がこの世に造り給うたと信じておられますか。
もし神にして「病気」というものをお造りにならないならば、
病気は第一義的にいえば本当は存在しない。
ただそれはあるように見えているにすぎないのです。
それは本当は「無い」けれども、あるように見えている「迷い」なのです。
「ない」ものをあると思っているから「迷い」なのであります。
「迷い」という心的状態が客観的(かたち)にあらわれて映っている。
これを病気とかいろいろの人生苦とかいうのであります。
これをたとえていいますと、「大生命」は活動写真を映す機械の本源に輝いている
光のような、不可思議光(光明生命)であります。
それを無色透明の正念(しょうねん)のレンズを透すと
ただ光輝燦然たる大生命の肖像(にすがた)ができる。
これが神のつくり給うたままの光輝燦然たる人間そのままの姿であります。
ただこのわれわれの生命にいろいろの影や不完全な状態があらわれるのは、
それにいろいろの迷いの姿を描いた「念(こころ)というフィルム」をあてがうからで、
われわれが「念(こころ)しだいでどうでもなる」というのはこのことであります。
本来、われわれ自身の「生命」が「光明生命」でないならば、
影さえも顕わすことができない。
光がなかったら活動写真を映すことができないと同じであります。
いろいろの病気や、いろいろの苦しみを「人生という映画」にうつし出すことが
できるのは、病気や苦しみ以上の「光」がその本源にあるからで、
この「光」こそ、われわれが大生命からいただいているわれわれの
「真生命」なのであります。
いい換えると、それは神が造り給いしままの「真の人間(リーアル・マン)」であって、
この「真の人間」そのままを観るとき、それは円満完全であって、なんらの欠点もない。
むろん、病気や不幸はぜんぜんないのであります。
各人の、この「真の人間(にんげん)」を観ることを
「実相を観ずる」とか「本来の面目を観る」とかいうのであります。
「生長の家の生き方」(『生命の實相』第七巻)に「生命の実相を礼拝せよ」とあるのは
各人に宿っている「真の人間(にんげん)」を礼し拝することをいうのであって、
この「真の人間(にんげん)」というものは心でこれを認めれば認めるほど、
明らかに形にも顕われてくるのであります。
つまり「真の人間(リーアル・マン)」を認めるということは、
「真の人間(にんげん)」(光明生命)に陰影(かげ)のあるフィルムを当てがわずに、
「真の人間(にんげん)」そのものを直接(じか)に見ることになり、
したがって陰影のある暗い映画が人生というスクリーンにあらわれなくなり、
「光明生命」ばかりが客観化してスクリーンにあらわれることになるのであります。
<感謝合掌 平成27年6月5日 頓首再拝>
影の中に生活して影の姿に驚くな - 伝統
2015/06/12 (Fri) 03:38:43
*『生長の家』誌(昭和26年新年号)より
吾々の「智慧」が物質世界の構造を変化し、それを自己特有の想念(そうねん)の形に
構造して行くことが出来ると云うことが出来るならば、物質世界は、吾々の「智慧」の影で
あり、想念(こころのおもい)の投影だったと云うことがわかるのである。
自分の想念(そうねん)の影の中に生活し、その影の中に病気や不幸が見えるからとて、
それを変化し難き客観的実在だと思って恐怖し戸惑いしているのは愚かなことである。
今あらわれている形は自分の過去の想念(こころのおもい)の影なのである。
これから如何なる状態に物質世界を構造するかは、
これからの自分の想念(こころのおもい)であるのである。
心の眼(まなこ)を開いて光明面を見、
光明面を想念(そうねん)することによって物質世界を光明化させる。
多くの人たちは、自己の肉体の不健康を征服せんがために、常に不健康の姿を心に描き、
それを何とかしようと思って其処に心を集中すればするほど、想念(そうねん)が
細胞の配列状態を指導するがゆえに、その病気を見詰める想念(そうねん)が、
あれから新たに養分を補給してつくられる新細胞までも病気の状態を造ってしまうのである。
旧細胞旧組織が如何に病気であろうとも、
それはやがて死滅して、新たなる細胞によって置き代えられるものである。
だから旧細胞がどんな状態であろうと、そんなことを意に介することは要らないのである。
新細胞さえ健全に造って置けばやがて健全な細胞のみとなる。
(http://blogs.yahoo.co.jp/yghms533/26652396.html)
<感謝合掌 平成27年6月12日 頓首再拝>
薬4剤併用で命の危険 - 伝統
2015/06/18 (Thu) 04:01:01
薬4剤併用で命の危険
~異常な薬漬けの日本人、副作用死は年10万人以上?
*Web:Business Journal (2015.05.21)より
私たちが病院に行って身体の不調を訴えれば、医師から処方箋をもらって、
調剤薬局で薬を買うことができます。
また、街中にはドラッグストアや薬局が数多くあり、
さまざまな薬を簡単に手に入れることができます。
いずれも、身体の不調を改善したい、症状を止めたいと薬の作用を期待して購入します。
しかし、薬には必ずプラス(効果)とマイナス(副作用=毒性)があって、
マイナスのほうが大きく出てしまうケースが多くあります。
重篤な副作用が出た場合は死に至ります。
欧米では副作用死に関する調査研究も行われており、
米国では年間推計10万6000人が副作用で死亡(全米医師会報、トロント大学のチームの研究報告)
と具体的な数まで出ています。
世界一、薬を飲むのが好きな国なのに、残念ながら日本ではこのような「副作用死」に関する
調査研究はなされていませんが、日本での副作用死はアメリカよりずっと多いと考えられます。
その最大の理由は欧米では「1剤処方」が基本、多くても2剤であるのに対し、
日本では5剤以上の処方が当たり前になっているからです。
筆者が確認しているケースでは、あちこちの医療機関で受診し、
84剤を処方されていた人もいました。
特に、窓口の自己負担率が1割である75歳以上の高齢者には
10剤以上を処方することもよくあります。
体力が低下し、本来選択的に薬を処方しないといけない年代の方たちが
目を覆いたくなるような“薬漬け”にされているのです。その結果、
多くのおじいちゃん、おばあちゃんが命を落としていることは、容易に察しがつきます。
《4剤以上の併用は危険》
アメリカの医師が若いドクター向けに書いた名著『ドクターズルール425 医師の心得集』
(クリフトン・K・ミーダー編、福井次矢訳/南江堂)には、医師が持つべき
「薬に関する心得」として次のような提言が出てきます。
(1)4剤以上飲まされている患者は、医学の知識が及ばない危険な状態にある。
(2)薬の数が増えれば増えるほど、副作用のリスクは加速度的に増す。
(3)処方を中止しても、患者の状態が悪くなるような薬はほとんどない。
(4)可能ならば、薬の処方を全部やめる。
それができないなら、できるだけ薬を出さないようにする。
(5)効いているのか疑問に思った薬は、たぶん効かない薬だ。
(6)「患者は処方通りに薬を飲まない」
この中で特に興味深いのは(1)で、最初に
「4剤以上飲まされている患者は、医学の知識が及ばない危険な状態にある」
と断定していることです。
もしそうだとしたら、いったいどれだけの日本人が
「医学の知識が及ばない状態」にあるのでしょうか。
4剤以上服用している日本人は、5~6人に1人はいるといわれているので、
2000~2500万人が医学の知識の及ばない状態、言い換えれば、
いつ副作用死してもおかしくない状態にあるのです。
(2)の「薬の数が増えれば増えるほど、副作用のリスクは加速度的に増す」ということも、
肝に銘じておくべきことです。現在の日本では、10剤以上の併用も珍しいことでは
なくなっているからです。
いまだかつて、10種類以上の薬を20年以上も飲み続けるとどうなるのかという
実験が行われたことはありません。そのため、どんなことになるかわからないまま、
壮大なスケールで国民の薬漬けが進行しているのが日本の現状なのです。
《無駄な薬が流通している現状》
病気を治すのは、あくまでも本人の免疫力や自己修復機能であって、薬ではありません。
薬は「症状を緩和する」役割を果たしている脇役にすぎません。
つらい症状が出た場合に薬を飲むと楽になるので、
病気を治しているように勘違いしがちなのです。
(6)の「患者さんは処方通りに薬を飲まない」という指摘は、
米国よりも日本の患者に当てはまることだと思います。
日本では、70歳未満は3割負担、70歳以上75歳未満は所得により2割または3割負担ですが、
75歳からは1割負担となりますから、高齢者にとって抗がん剤など、
一部の薬価の高い薬以外は、「高い」という意識があまり芽生えません。
そのため医師も平気で5~6種類の薬を処方し、患者も無駄な処方が多いと思っても、
医師と良好な関係を保つために、異議を唱えたりせず、薬局で全部処方通りに購入して、
家で必要なだけ飲むというケースが多いのではないでしょうか。
また医療費が無料の小児についても、親は“とりあえず”薬をもらっておいて、
症状が治まったら余りは冷蔵庫などで保管し、年末の大掃除の際に飲まなかった薬を
多量に破棄するというケースもよくあるでしょう。
製薬業界が昨年、処方されても飲まずに捨てられる薬(残薬)は400億円分に達する
という試算を発表しましたが、処方薬の市場規模は約10兆円ですから、
飲まずに捨てられる薬は金額ベースで約0.4%しかないことになります。
しかし、控えめに見ても、金額ベースで2~3割が無駄になっているように思えます。
残薬の背景には、長期投薬による大量処方があることは間違いありません。
薬局薬剤師の指導料の算定要件にも「残薬確認」が入っています。
無駄を省くためにも、現場の薬剤師たちにもっと力を発揮してもらいたいものです。
いずれにしろ、医療費の抑制が国家的な課題になっている今、
大掛かりで公正な調査が必要な時期に来ていると思います。
公正な調査をするのであれば、厚労省には、製薬業界や、製薬業界と二人三脚の学会に
丸投げするようなことはせず、関連の業界や学会を排除した、
第三者による調査を期待しています。
(文=宇多川久美子/薬剤師・栄養学博士)
●宇多川久美子
薬剤師として20年間医療の現場に身を置く中で、薬漬けの治療法に疑問を感じ、
「薬を使わない薬剤師」を目指す。現在は、自らの経験と栄養学・運動生理学などの
豊富な知識を生かし、感じて食べる「感食」、楽しく歩く「ハッピーウォーク」を中心に、
薬に頼らない健康法を多くの人々に伝えている。
『薬剤師は薬を飲まない』(廣済堂出版)、『薬が病気をつくる』(あさ出版)、
『日本人はなぜ、「薬」を飲み過ぎるのか?』(ベストセラーズ)など著書多数。
(http://biz-journal.jp/2015/05/post_10031.html)
<感謝合掌 平成27年6月18日 頓首再拝>
風邪薬は飲んではいけない! - 伝統
2015/06/25 (Thu) 03:31:52
風邪薬は飲んではいけない!
~海外では常識 恐怖の薬漬けスパイラルの入り口
*Web:Business Journal (2015年6月15日)より
5月21日付当サイト記事『薬4剤併用で命の危険 異常な薬漬けの日本人、
副作用死は年10万人以上?』において、多剤併用の弊害について書かせていただきましたが、
日本において最も無意味であり多剤併用されているのは、風邪薬ではないでしょうか。
今でも10剤処方が当たり前になっている高齢者が風邪の症状を訴えれば、
そこにさらに5~6種類の風邪薬が追加されます。
さらに薬の数が増えることになれば、そのリスクは計り知れません。
多くの人は「薬の需要」は「病気になった人の数」で決まると思っていらっしゃるでしょうが、
実態は違います。薬の需要は、製薬業界と医師たちの学会によって作られているのです。
彼らが最も得意とするのは、勝手にストライクゾーンを拡大して、
健常者に病人のレッテルを貼ることです。
もし野球の世界で、ある日突然、肩の高さから足首までがストライクゾーンだと
決められたら、バッターたちの暴動に発展しかねません。
しかし、医療の世界では、患者側に確かな知識がないのをいいことに、
製薬会社と表裏一体の関係にある学会が提唱すれば、それがまかり通ってしまいます。
薬を選別する際は、まず自分が本物の病人か、
ストライクゾーンを勝手に広げられて病人にされた健常者なのかを知る必要があります。
それを考えることは、医療側のペースで薬漬けにされている現状を見直し
「一病息災」を実現するきっかけになるのではないでしょうか。
それを実現する上で不可欠なのが、自分の免疫力で治せる軽い病気は、
薬に頼らないで治そうという姿勢です。
「風邪は寝ていれば治る」と言われても、それを実体験したことのない人は、
きっと不安が募るでしょう。しかし、一度やってみれば
「なんだ。こんなに簡単だったのか」と思うはずです。ぜひ、トライしてみてください。
(1)風邪は寝ていれば治る
①日本で、多剤処方が当たり前になってしまった背景には、国民皆保険制度、
それに伴う子どもの医療費の無料化が挙げられます。
ワクチン接種や、健康診断なども自治体の補助で手軽に受けることができます。
こうなると、「検診は受けておこう」「病院に行かないと損」
「薬をたくさんもらったほうが得」と考える患者側のマインドも
大きな要因になってきます。
そのような患者が多いと医者もサービスしておこうと考え、
「なれ合い処方」になってしまいます。
②欧米では風邪は寝ていれば治るものと考えられており、
すでに風邪薬は保険適用から外されています。
日本では子どもが風邪をひいて39度の熱を出したら、
迷わず病院に行って解熱剤をもらうという母親が多数だと思います。
かくいう筆者自身も20年前は、そんな母親のひとりでした。
海外においては、発熱とは自己の免疫力を高めて
体内のウイルスを退治するための作用であるから、
下手に解熱しないほうがいいという考え方が主流です。
③風邪に薬は不要というのは、医療の分野では長く常識であり、
社会保障制度改革推進会議などでも「風邪薬を保険適用から外すべきか否か」
という論議がされています。
日本感染症学会や日本化学療法学会はガイドラインで、
「風邪はほぼすべてウイルスを原因とするもので、抗菌薬は効かない」
としています。
④平成26年の診療報酬から「うがい薬のみの処方は保険適用から外す」ことになり、
これだけでも医療費がかなり削減されたようですが、
裏を返せば、うがい薬だけの処方はできないため、
必要でなくても風邪薬を併せて処方することにつながってしまいます。
風邪薬が保険適用から外されれば、いまだに横行する風邪に抗菌薬を処方する
迎合処方にも、歯止めをかけられるでしょう。
(2)風邪薬が負のスパイラルを呼ぶ
①これに対して肝心の患者側は、
「海外ではたとえ常識でも、日本もマネする必要はない」
と反対する声が多いようです。
読者の中にも、風邪をひいたら医者から処方された薬を飲んで治すことが
習慣化していて、強い反発を感じる方がいるかもしれません。
②しかし、私はこの「風邪薬を保険適用から外す」という考えに賛成です。
病気には「免疫力、自然治癒力で治すべき領域」と
「病院で処方されて薬で治す領域」があることを知る、
格好の機会になると思うからです。
特に小中学生がそれを実感することは大変重要です。
自然治癒力を知らずに成長することは、大きな不幸です。
薬に対する依存心ばかりが強くなって
「薬の負のスパイラル」に陥りかねないからです。
それは、薬が手放せなくなる
→耐性ができて効かなくなり量が増える
→効果が弱いので、別の薬が加わり増えていく
→副作用が出るので、そのための薬が加わる
→体を壊す、と続きます。
このスパイラルの入り口は、たいてい風邪です。
このように考えると、「風邪の薬を保険適用から外す」ことによって、
「自分が持っている免疫力、自然治癒力で風邪を治す」経験をすることは、
とても大切だと気づきます。
風邪薬の保険適用について、今後の成り行きが注目されます。
(3)国民総医療費が40兆円を超えたことで、
日本では薬に対する古い常識を改めようという動きが活発になり、
国民一人ひとりが、医療や薬に対する発想転換をしないといけない時期に
差しかかっています。
今まで当たり前に飲んでいた風邪薬についても、
本当に効いているのか、今一度考えてみることが、
医療費削減の一歩になるのではないでしょうか。
(文=宇多川久美子/薬剤師・栄養学博士)
(http://news.infoseek.co.jp/article/businessjournal_136391/)
<感謝合掌 平成27年6月25日 頓首再拝>
生命みずからで治せ - 伝統
2015/07/02 (Thu) 03:25:09
*『生命の實相』第一巻實相篇上(P78)より
「薬が生命を補う」という信念で病気が治るのは、いっけん、非常に結構ではあるけれども、
同時にそれは逆に生命は薬によって、補填しなければ完全ではない―― という消極的信念を
喚び起こすことになり、自己の「生命」それ自身の完全性の自覚をそれだけ弱めることになります。
自己の「生命」に対してその完全性を自信することができなくなったが最後、
その人はもはや物質の奴隷または家来であって、物質によって生殺与奪の権を握られている
悲惨このうえもない人間になるのであります。
それでは霊的療法なら他の霊力ある人に頼って治してもらってもよかろうといわれる方が
あるかもしれませんが、それは薬物療法でも霊的療法でも結局は同じことであって、
自分以外の他の物に頼らねば自分が自分を治す力がないという信念をつぎこまれるということは、
しょうらい自己の「生命」が生長の本道をたどってゆくうえに重大な障害となるのであります。
で、私は皆さんはむろんのこと、皆さんの知人のかたにも、
「みずから起て。生命みずからで治せ。何ものにも頼るな」
の一点張りで押し通したいのであります。
「生命」みずからの力で自分自身を治すことができるならば、なんの弊害もない、
弊害がないばかりか、治すたびごとに「生命」自身の霊妙な力についての自信ができてくる
のであります。
<感謝合掌 平成27年7月2日 頓首再拝>
はたして物質的治療は病気を征服しえたか~その1 - 伝統
2015/07/09 (Thu) 04:16:13
*「生命の實相」第三巻生命篇上(P99~100)より
あらゆる病気と不幸とは、「心の迷い」の別名 ―― 否むしろ「心の迷い」が
形にあらわれたものでありますから、「心の迷い」を消減させずにいて、
一つの病気を、対症療法的に、その症侯に対して施術なり薬物なりで攻撃してゆきますと、
一時その症侯は消えて癒ってしまったかのごとき外観をしめしますけれども、
それは真に治ったのではなく、しばらく「心の迷い」が姿をくらましたのでありますから、
やがてまた同じ病気が再発してくるか、異なる病気(たいてい、いっそう重大なる病気)に
姿をかえて現われてくるのであります。
一般周知の実例をあげますと、痔瘻(じろう)を手術すると、
肺結核が急に進行しておうおう死期を早める事実があり、
皮膚病を治すと、内攻するといって腎臓病を起こす事実もあります。
わたしの知っている例にも胃病が治ると痔を起こし、
痔が軽快すると胃が悪くなる人があります。
病気というものはゴムの袋に水を入れておいて、一方を押すと、
そこはへこむかわりに他のところがふくれるのと同じで、
われわれの心の袋の中に「迷いの」水を入れておくかぎり、押えてへこましても、
必ずどこかで、その「迷い」が頭をもたげてきて病気となり不幸となるのであります。
(中略)
真理の悟りによって病の根元なる「迷い」を脱することをせずに、
薬剤または注射または種痘によって一つの病気をおさえるときは、
形をかえて結核その他種々の病となってその迷いが発現してくるのであります。
<感謝合掌 平成27年7月9日 頓首再拝>
はたして物質的治療は病気を征服しえたか~その2 - 伝統
2015/07/16 (Thu) 04:31:13
*「生命の實相」第三巻生命篇上(P105~106)より
ともかく物質治療医学は病を征服したかといいますと、医学が病を征服していない証拠に、
医学いよいよさかんにしていろいろの治療法や医薬が発見または創製(そうせい)せられるのに
正比例して病気がますますさかんになっていることであります。
もし物質治療医学が真に病気を根治しうるならば、医学のさかんになるにつれて、
病気がしだいに減ってゆくべきでありますのに、
病気は減るどころかむしろ殖(ふ)えているのであります。
それなら物質医学は、全然病気を癒(なお)しえないかといいますと、そうではない。
実際個々の病気そのものは物質医学の治療法で癒(なお)しえているのでありまして
この事実を否定するのは、公平ではありません。
そこでわたしは公平に事実を見つめて、こういうことを発見するのであります。
―― 物質医学は個々の病気は治しうるが、癒(なお)したという病気はかえって
罹病者の合計数または、健康者に対するパーセンテージにおいてふえている。
この「個々の病気は治っても、かえって全体において病気はふえている」という事実は
なにがために起こるのであるかといいますと、
(1)は近代生活が物質偏重になり、人類の自然的生活から遠ざかったためであり、
(2)は人間が霊なる生命であるという信念 ―― 人間が神の子であるという信念が
失せてしまって、ただただ人間をば物質で組み立てられた機械だと信ずるように
なったためであり、
(3)は薬物治療が、個々の病気を一時は治す(本当は症状を一時、不可視の世界へ押しやる)
けれども、本当は治したのでないためにまた同じ顔を出してくる(再発)、
あるいは別の数個の姿を装うて顔をあらわして来る(病気の分裂、増殖、転位)
からであります。
<感謝合掌 平成27年7月16日 頓首再拝>
はたして物質的治療は病気を征服しえたか~その3 - 伝統
2015/07/23 (Thu) 04:38:17
*「生命の實相」第三巻生命篇上(P106~108)より
「生長の家」では薬物治療法を
「迷い」をもって「迷い」を制する治療法だというのであります。
病は神が創造(つく)らないから本来無い。
無いものをあると思うのが「迷い」である。
物質は生命でないから治す力がない、
治す力のない物質たる医薬に治す力があるように思う、だから「迷い」である。
この二つ「迷い」は、根本は一つの迷い ――「物質に生命あり」との
迷いから出発したのでありまして、この一つの「元の迷い」から、
人間は肉体と称する物質だと思う「迷い」ができたりしたのであって、
この二つ迷いの力が互いに衝突して中和したような状態になる、
これが薬物治療その他の物質治療によって
病気が一時消滅したように見える理由なのであります。
しかし、これでは甲の迷いが乙の迷いによって中和しただけであって、
「元の迷い」が真に消滅したのではない。
だから中和していた二つの迷いの釣り合い状態が破れると
すぐ元の病気が再発してくるか、別の他の病気に姿をかえて
あらわれて来るかするのであります。
泰西(たいせい)の名医の諺(ことわざ)に
「薬物は一つの病気を治すためにまた別の病気を作る」
(Medicine cures disease by producing another)という言葉があります。
今日人間の病気を治すと称されている化学的薬剤は無慮数千(むりょうすうせん)に
達するでありましょうが、そのほとんどすべてが毒物であって、それを少しく濃厚にして
生活体に触れさせれば、その生活体に病的現象を起こすものばかりであります。
なぜ、毒物が薬になるかというと、毒は要するに毒であって、
少しも生活体に好影響を与えないけれども、治す薬を与えられたという安心によって、
自然の生命力が順調に喚び起こされるのであります。すなわち「薬物に治す力あり」との迷いによって、病気を恐怖する「迷いの心」を鎮(しず)めるからであります。
だから心を平和にしさえすれば薬物を与えない方が
毒を与えないだけいっそう効果が多いのであります。
ルネ・アランディ博士も「疾病を自然の成り行きに放任しておいたら
そのため薬物治療法を施したようにはズンズン治らなかっただろうと
断言できる場合はほとんどない」といっているのであります。
これでもわかるとおり、病気というものは治る病気なら、ほっておいても必ず治る、
否かえってほっておいて自然療能を薬力で撹乱(こうらん)しない方が早く治るくらいで、
薬を飲んだために、かえって薬毒に打ち勝つために人間の生命力が分散されて治りが
遅くなる場合が多いのであります。
現にニューヨーク衛生病院長チヤールス・タイアーレル教授は服薬無用論をとなえて、
ただ物理的療法によって人体の新陳代諭を促進することによって
多くの病気を治している人でありますが、
「薬は病気を治さない。それは自然の治療機能を補助しないばかりか、
それを遅らせるのである。薬はあらゆる病気にとって治癒的効力をもっていないばかりか、
増悪的影響をもたらすものである」と極言しているのであります。
これはやや極端でありますが傾聴すべき点があります。
そのほかにも無薬のガが生命自然の治癒力をいっそう完全に発現させるということに
賛同している医学者も多いのでありまして、
ニューヨーク・メディカル・カレツジ教授ピ・エフ・パーカー教授も、
自分は最近、狸紅熱(しょうこうねつ)と麻疹(はしか)とを無薬で治したと
医科の学生に対してその実例をあげて講義したと報告されているのであります。
<感謝合掌 平成27年7月23日 頓首再拝>
薬を飲めば一発で治る、という考えは根本的に間違っている - 伝統
2015/07/30 (Thu) 04:35:49
*「思考のすごい力」ブルース・リプトン(著)(P43~44)より
(著者は、世界的に著名な細胞生物学者)
わたしたちは神を象って創られた。
だから、身体的・精神的に健康になりたいのならば、
魂の存在を意識しなおさなくてはならない。
そうしてこそ、はじめて神様と等しい存在になれる。
わたしたちは、無力な生化学的機械ではない。
心や体の調子が悪ければ薬を口に放り込めばいいというものではない。
薬剤や外科手術は有効な手段だが、それも濫用されなければの話である。
薬を飲めば一発で治る、という考えは根本的に間違っている。
機能Aを正そうとして薬を体内に入れれば、必ず、機能BやCやDを狂わせるのだ。
わたしたちの身体や心をコントロールしているのは、
遺伝子に直結するホルモンや神経伝達物質ではない。
信念こそが身体や心、さらには私たちの人生をコントロールしているのである。
それもほんのちょっとした信念が!
・・・
以下は、とある鍼灸指圧治療院のWebより
私の患者であった あるお母様の東京で就職していた子供が、
適応障害と診断され地元に帰って来ていた。
その子供を当院に連れてきた。
即座に精神薬を辞めさせた。
何が適応障害だ。嘘の病名などつけて、精神薬を飲ませるとは犯罪的行為に近い。
脱法ドラッグは非常に危ないが、
合法ドラッグは合法的に蔓延しているという観点から、もっと危ない。
私の治療を受けて、元気に東京へ帰って行った。
(http://happy.ap.teacup.com/yosimaki/1042.html)
・・・
<参考Web:2009年度「五井平和賞」
ブルース・リプトン博士
受賞記念講演「新しい生物学が明かす『心の力』」>
http://www.goipeace.or.jp/japanese/activities/news/2009/forum2009_02.html >
<感謝合掌 平成27年7月30日 頓首再拝>
処方薬を使いすぎると、身体が責任を回避してしまう - 伝統
2015/08/05 (Wed) 04:37:09
*「思考のすごい力」ブルース・リプトン(著)(P180~182)より抜粋
生理機能や行動において、かりに決めた標準からずれているものを疾病や機能不全と定義し、
これらを恐るべき障害だとして、その危険性を大衆に教え込む。
兆候を過度に単純化して機能不全だと決めつけるやり方は、製薬会社の広告の常套手段である。
その一方で、処方薬による死亡という問題をなんとか避けようと、
メディアはわたしたちの注意を違法ドラッグに誘導している。
違法ドラッグに関してメディアは、「薬を用いて厄介事を回避しようとしても、
あなたの問題は解決しません」と警告しているが、これは妙な話だ。
わたしも全く同じ表現で、
合法ドラッグの濫用についての懸念を表明しようと思っていたところだ。
処方薬を用いて身体症状を抑え込むと、
その症状が始まるまでに身体の中で何が起こっていたのかを無視することになる。
処方薬を使いすぎると、身体が責任を回避してしまう。
(比喩として)
金曜日の午後4時半、怒り狂った女性客がやってきた。
「エンジン要点検ライト」の点滅がとまらないという。
再三、このライトの点滅の件で修理に出したと言うのに、相変わらず点滅を続けている。
金曜日の午後4時半に、激怒した客を相手に、こ
のやっかいな問題に取り組もうと思う御仁がいるだろうか?
誰もが口をつぐんでいたところ、ある修理工が「わたしがなんとかしましょう」と言った。
彼は車を裏のスペースに入れると、ダッシュボードの奥に手を突っ込んで、
点滅していた電球を外して投げ捨てた。
それからソーダの缶を開け、タバコに火をつけた。
ちゃんと修理をしたと思わせるように適当な時間をおいてから表に戻り、修理完了を告げた。
警告ライトが点滅しなくなったのをみて客は大喜びし、夕日の射す中、帰っていった。
原因は未だに存在しているのにもかかわらず、症状はなくなったのだ。
処方薬のやることもこれと同様で、身体症状を抑えるが、
ほとんどの場合、原因はほったらかしだ。
<感謝合掌 平成27年8月5日 頓首再拝>
処方薬の副作用 - 伝統
2015/08/12 (Wed) 04:29:14
*「思考のすごい力」ブルース・リプトン(著)(P172~173)より抜粋
女性の閉経によって起こる更年期障害に対して、
合成エストロゲンの処方が当たり前に行われている。
ところが、医薬品として用いられる合成エストロゲンは、目的とする組織以外にも働きかける。
この薬剤は、心臓や血管、神経系のエストロゲンレセプターにも影響を与え、
これらの働きを撹乱する。そのため、合成ホルモン補充療法は重大な副作用を伴い、
心血管疾患や、脳卒中などの神経系の機能不全をひき起こすことが明らかになった。
処方薬の副作用により病気になることもある。
これは医療行為が原因となって生じた病気、つまり医原病の一種だが、
実は米国人の死因の第一位は医原病である。
副作用のために死に至ることもある。
「ジャーナル・オブ・メディカル・アソシエーション(アメリカ医師会雑誌)」に
発表された見積もりによれば、医原病は米国人の死因の第3位であり、
毎年12万人以上が処方薬による副作用で亡くなっていることになる。
だが、これは実は控えめな見積りだった。
2002年に発表された研究では、10年分の政府統計をもとに分析した結果、
もっとひどい数字が導き出された。
この報告の結論は、医原病による死亡は、実際にはアメリカ人の死亡‘第一位’であり、
処方薬の副作用によって年間30万人以上が亡くなっている、というものだった。
<感謝合掌 平成27年8月12日 頓首再拝>
子宮頸がんワクチン被害者の救済が滞り - 伝統
2015/08/19 (Wed) 04:22:52
*Web:「医学博士の健康情報」(2015年4月20日)より
子宮頸がんワクチンの接種は、2010年から公費助成で始まり、
2013年からは定期接種になりました。
このワクチン接種に関しては、昨年の6月20日の本ブログで、
「予防効果が低く、副作用の心配あるワクチンは私の娘や孫娘には受けてほしくありません。」
と書きました。
これまでの接種者は約338万人で、2475件の副作用の報告があります。
また、アメリカのワクチン有害事象報告制度によると、副作用被害者は世界で28661人、
そのうち死亡者は130人となっています。
これは報告例なので、未報告も含めるとこの10倍以上が副作用に苦しんでいる
であろうと推測されています。
副作用は、現代の医学では説明できないさまざまな症状が次々と起こっていますが、
全身の痛み、月経異常、体の震え、歩行困難、下痢、記憶障害などがあり、
約3割の患者で高次脳機能障害、けいれん、意識レベル低下などの
中枢神経症状が認められています。
また、副作用は接種直後に起こる場合と、
半年から1年後に遅れて起こる場合も多数報告されています。
副作用の原因は、現時点では明らかにはなっていませんが、
自然感染した場合の抗体価と比較すると、このワクチンの接種では4年後でも
20~40倍の高い抗体価が測定されているので、ワクチンの効果を長持ちさせるために
添加されている免疫増強剤が影響している可能性が考えられています。
ワクチンの接種で健康被害が起きた場合には、
責任者である国は誠意をもって治療と補償をしなければなりません。
しかしながら、国の救済手続きはストップしたままで、
この半年以上に渡って1件も処理されていません。
ワクチンを多くの女性に接種させることで製薬会社の売り上げを伸ばし、
天下り先を確保するやり方は、お役人の常とう手段でありますが、
利用されている一般庶民の声は、今回も届くことは無いのでしょうか?
健康被害で人生を壊されてしまった沢山の若い女性たちが、
自分の娘や孫であったらと考えて対処していただきたいものです。
昨年の6月20日の本ブログで書いたように、
HPVウイルスに感染した場合でも90%は自己免疫がウイルスをやっつけるので、
子宮頸がんを発症することはないのです。
運悪く発症しても、定期検診を受けて早期に処置をすれば問題は有りません。
危険を冒してワクチンを打つよりも、
バランスの良い食事と適度な運動で免疫力を高めるのが一番です。
(http://meirusenju.jp/kunika/829/)
<感謝合掌 平成27年8月19日 頓首再拝>
残薬(飲み残しの薬)が年475億円分 - 伝統
2015/08/26 (Wed) 04:08:03
Web:医学博士の健康情報ブログ(2015.5.1)より
薬の「飲み残し」や「飲み忘れ」は、
処方された薬全体の24%にあたり、年間では475億円にもなります。
何故に、これほど多くの薬が無駄になるのでしょうか?
いくつかの要因があるのでしょうが、その中の1つには、
高齢者が多種類の薬を処方されて「何をどう飲めば良いのか分からない」ことがあります。
高齢者の場合、10種類以上の薬を処方されていることは珍しくありません。
それらの薬の全てが、朝昼夕に1錠という処方であれば、
飲み間違いや残薬は少なくなるのですが、
現実には、A剤は朝昼夕の3回で、B剤は朝夕の2回、
C剤は朝のみ1回服用といった内容なので、
高齢者は正しく服用できないことは容易に想像できます。
この対策としては、薬の一包化(一回に飲む複数の薬を、
1つの袋に入れるサービス)があります。
当然ながら手数料がかかり、医師の指示がある場合と無い場合では
薬局での支払い額に差が出ますが、1回の服用分が1袋に入れてもらえるので、
飲み間違いや飲み忘れの防止になり、無駄が省けることになります。
しかしながら、一包化だけでは残薬の問題は解決できません。
何故なら、残薬の根本的な原因は、不必要なほど沢山の薬を処方する医師と、
薬を沢山飲んでいると安心する高齢者が多いことにあります。
そこで、無駄を省くという観点から残薬について考えると、
475億円分の薬を最初から処方しない方が良策ではないでしょうか。
何故なら、処方された薬を正しく飲まなかったために病状が悪化した症例も存在するでしょうが、
これは極一部の患者であると考えられます。
大部分の患者においては、飲み忘れても全く影響が報告されていません。
故に、最初から必要がないと考えることができます。
逆に、「薬をやめれば病気は治る:岡本裕(幻冬舎)」に書かれているように、
服薬を減らすことで体調が改善することの方が多いと思われます。
薬の常用は、一時的な症状の改善には有効ですが、
その代償として回復力や免疫力を低下させます。
また、効果とは裏腹に副作用が存在して、新たな病気を誘発します。
薬は最小限にして、節約した薬代でスポーツクラブに行って体力や体調に適した運動をしたり、
旬の食材をバランスよく食べた方が、健康維持には良い薬になります。
無駄になっている薬代の475億円は、
高齢者の年金や少子化対策のための託児所建設などに使って欲しいものです。
(http://meirusenju.jp/kunika/838/)
<感謝合掌 平成27年8月26日 頓首再拝>
健康の念をつかめば健康となる - 伝統
2015/09/02 (Wed) 04:55:45
*「幸福を招く365章」(P182)より抜粋
「今私は完(まった)き健康である」と念ずるとき、その時既にあなたは健康なのである。
健康とか不健康とか云うのは心的体験であって、心が無くなったり、
死骸になったりすると、もうそれは健康でも病気でもない。
あなたが若し「今私は完(まった)き健康である」と念じつづけることが出来るならば、
あなたの心的体験としては既にあなたは健康なのである。
そして理念は物質に先立ち、精神は肉体的組織を変化するから、結局、肉体までも
本当に健康になってしまうのである。
「病気」を心につかんでいて、病気をなくしようと思うのは、
火をつかんでいて火傷をしまいと思うのと同じである。
病気を心から放ち、健康をつかむことだ。
完全なる健康は、完全なる心の平和から来るのである。
完全なる心の平和は、神を信じ、神の愛と護りとを信ずることのみによって得られるのである。
<感謝合掌 平成27年9月2日 頓首再拝>
医療費ますます増加中 - 伝統
2015/09/11 (Fri) 04:34:48
医療費、14年度は初の40兆円 診療報酬の削減焦点
*「日本経済新聞」(2015/9/3)より
厚生労働省がまとめた2014年度の医療費が2日、分かった。
患者負担と保険給付を合わせた総額は40.0兆円と前年度より7000億円増えた。
増加は12年連続で、40兆円台に乗せるのは初めて。
高齢化で治療を受ける人が増えていることが主因だ。
医療の公定価格にあたる診療報酬の改定作業を年末に控え、
どこまで削減に踏み込めるかが焦点になる。
総額の伸び率は1.8%で、国民所得の10.8%に達した。
・・・
とありました。
これに対して、グロービス経営大学院学長 堀 義人氏は次のように警鐘を鳴らしております。
*Web:NEWS PICKS(2015年09月03日)より
社会保障改革は、急務です。
毎年1兆円も増え続けています。
この改革をしないと、次の世代に多大な負担をかけるだけとなります。
2013年の国民医療費では、41.8兆円で、
内訳は保険料が約20兆円、患者の自己負担が約5兆円、公費が約16兆円となっています。
つまり、16兆円が毎年税金から賄われているのです。
これを放置してはいけません。
一番の理由は、高齢者が若手世代に比べて10倍医療費を使うにも拘わらず、
その高齢者の医療費自己負担率が1割のみで、その高齢者数が増えているからです。
高齢者増による典型的な問題ですね。
僕は、そもそも高齢者のみ1割負担に下げる必然性が無いと思っています。
是非一律3割負担にすべきだと思います。
ただ、政治的にこれはとても難しい。
後期高齢者の問題で、自民党が打撃を受けたからです。
是非若者が選挙に行き、その点を訴えなければ、この現状は変わらないでしょう。
デモをするなら、こっちだと思います。
(2012年度の国民医療費によれば、
39.2兆円だった医療費全体の56.3%が65歳以上のものであるという。
また、45~64歳の占める割合も24.1%と高い。)
(https://newspicks.com/news/1138960/)
<感謝合掌 平成27年9月11日 頓首再拝>
風邪薬の効用はない - 伝統
2015/09/18 (Fri) 03:50:12
《薬剤費 年8兆円 子供の風邪に薬はいらない》
*日本経済新聞(2015/9/15 )朝刊より
茨城県守谷市の住宅街の一角にある「もりや小児科医院」には、
地元だけでなく、県内各地から患者が訪れる。
保護者の支持を集める理由はほかとは少し違った診療方針にある
風邪をひいた子供は自然に治る――。
金子英哲院長(57)は症状や所見から、髄膜炎や肺炎などの危険性がないと判断すると、
付き添いの大人に「まず様子を見ましょう」と言って、帰宅させる。
高熱やせきに苦しむ子供の姿をみれば、早く治してあげたいと思うのが親心。
薬や注射など「形の見える治療」は安心材料になる。
だが「大半の風邪はウイルスが原因で特効薬はない」と金子院長。
今も処方されることが少なくない抗菌薬(抗生物質)は
「副作用や耐性菌を生むおそれがありマイナス面が大きい」。
厚生労働省の資料によると、年間の薬剤費は約8.5兆円(2012年度)に上る。
政府は医療費の伸びを抑える政策の一環で、価格の安い後発薬(ジェネリック医薬品)の
普及率を今の4割台から8割に引き上げる目標を掲げた。
だが、できることはまだありそうだ。
少し注意を払ってみると、身の回りには「必要のない薬」が実に多い。
神奈川県横須賀市の男性(65)は在宅医療を受けながら複数の医療機関を「はしご受診」した。
ケアマネジャーの依頼で、サン薬局(横浜市)の奈良健・在宅薬物治療支援部長(41)が
自宅を訪ねると、机の上に大量の薬があり、押し入れの中からも見つかった。
痛み止めを中心に全部で34種類。
前立腺肥大症の薬は約1千錠がほぼ手つかずのままだった。
奈良部長は医療機関に問い合わせて必要な分を確認し、袋の付いたカレンダーに、
その日に飲む分の薬を取りつけた。
余りは薬局に持ち帰って、管理している。
日本薬剤師会が在宅患者の調査を基に推計した残薬は75歳以上だけで年間475億円に上る。
奈良部長は「残薬をなくすには、訪問薬剤師をもっと活用すべきだ」と指摘する。
海外に倣った新たな動きも始まった。
米国で5年前に始まった「Choosing wisely(賢い選択)」。
学会が中心となり、薬に限らず、検査や治療を含めた「ムダな医療」のリストをつくる
取り組みで、風邪薬や高齢者の睡眠薬などを問題視している。
日本では小泉俊三・佐賀大名誉教授らが昨年、組織を立ち上げ、
先月には医療の質・安全学会の中にワーキンググループができた。
「今後、ほかの学会に参加を呼びかける」(地域医療機能推進機構の徳田安春顧問)という。
病気を治すうえで薬が大きな力を発揮することはいうまでもない。
だが、適切なタイミングで必要な量を飲んでこそ意味がある。
ムダな薬を持っていても「お守り」にはならない。
◇
高齢化の進展や技術の高度化とともに、医療費が膨らみ続けている。
だれもが「医療のコスト」と真剣に向き合わなければならない時代が到来している。
・・・・・・
《風邪薬、なぜ医師は飲まない?
市販薬はもっと危険?かえって悪化や治りが遅くなる懸念も》
*Web:Business Journal(2015年9月15日)より
日本人は風邪をひくと、多くの場合は病院で受診する。
学校や会社に診断書を提出しなければならないケースもあるのかもしれないが、
本来、風邪程度で病院に行くべきではない。
そもそも「風邪」という病名はないが、一般的に風邪といわれるのは、
「普通感冒」のことを指すことが多い。
普通感冒の症状としては、のどの痛みやくしゃみ、鼻みず、鼻づまり、頭痛、悪寒などで、
発熱や嘔吐、下痢を伴うこともある。
その原因は、9割以上がなんらかのウイルスで、
ライノウイルスやコロナウイルス、RSウイルスなどが多く、
複数のウイルスに同時に感染することもある。
冒頭で「本来、風邪程度で病院に行くべきではない」と述べた理由は、
これらのウイルスに効果がある薬は、ほとんどないのが実情だからだ。
風邪の諸症状が現れたとき、抗生物質を飲む人が多いようだが、
抗生物質は細菌を死滅させる効果はあるがウイルスにはまったく効かない。
つまり、風邪に対してはまったく無意味であり、
さらにいえば体内の有用な菌を殺して免疫力を下げて治りが悪くなる可能性すらある。
当然、多くの医師はそのことを熟知しているはずで、
風邪と診断しながら抗生物質を処方することはあり得ない。
「とりあえず抗生物質を出しておきましょう」などと言う医師がいようものなら、
二度とその病院に通ってはならない。
ちなみに、筆者が独自に首都圏の大学病院、総合病院、個人医院の医師30人に
アンケートをとったところ、風邪をひいたら薬を飲むという人はいなかった。
【風邪をひいたら薬を飲むか】
薬を必ず飲む人…0人
症状がひどく、どうしても休めないときに症状を緩和する薬を飲む…8人
絶対に飲まない…22人
また、「風邪で来院した患者に対して抗生物質を処方するか」との質問に対しては、
ほぼ全員が「基本的には処方しない」と答えたが、処方する場合もあるという。
そこで、どのようなケースで抗生物質を処方するのか聞いたところ、
「肺炎など、合併症のリスクを抑える必要があると判断した場合」との回答が多かった。
また、「薬を処方しないと苦情を言ってくる患者に処方したことがある」と明かした人もいる。
発熱があると、頭がぼーっとしたり関節が痛むなどの不快な症状が伴うため、
解熱剤を飲むという意見をよく耳にする。
しかし、発熱は体がウイルスなどの異物を撃退するための反応であり、
その熱を下げてしまうとウイルスが体内で活発化しかねない。
また、急激に高熱が出た場合は、インフルエンザや肺炎などにかかっている可能性もあるが、
そのような場合に解熱剤を飲んでしまうと病気に気づくのが遅れてしまう。
病院に行くべきではないとはいえ、素人判断で市販薬を飲むのはもっと危険だ。
一般的にドラッグストアなどで売られている風邪薬は、
複数の症状を抑えることができるように多くの薬が配合されている。
そのため、不要な成分まで取り込むことになり、副作用のリスクが高まるだけだ。
我慢できないような症状でない限り、温かくしてゆっくり寝るのが一番よい。
まとめると、風邪(ウイルス)に有効な薬はない。
インフルエンザなど、一部のウイルスに対して有用性を示す薬は存在する。
症状を抑えることはできても、風邪を治すことはできない。
市販薬は絶対に飲んではならない。
薬の濫用によって、耐性菌も次々に誕生する事態を引き起こしかねない。
また、国の医療費も拡大し続けている今、医療機関との付き合い方、
薬の飲み方は国家レベルで見直さなければならないだろう。
(文=村上純一/医療ジャーナリスト)
http://news.infoseek.co.jp/article/businessjournal_159161/
<感謝合掌 平成27年9月18日 頓首再拝>
薬だって「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」 - 伝統
2015/09/22 (Tue) 04:41:45
*毎日新聞・医療プレミア「健康に暮らす」(2015年8月29日)より
~石蔵文信 / 大阪樟蔭女子大学教授
高齢者がたくさんの薬を服用し、かえって生活の質が落ちているのではないか、
との新聞報道が最近相次いだ。高齢者に出やすい副作用を予防するために、
日本老年医学会は、10年ぶりに「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン(指針)」を見直し、
約50種類の薬について「中止を考えるべきだ」としている。
《薬の無頓着な処方が多くはないか?》
当たり前だが、高齢になればなるほど病気は増えるため、
薬も増えるのは仕方がないのかもしれない。
しかし高齢になると腎臓や肝臓の処理能力が低下して、薬を分解して排せつするのが遅くなる。
若い人と同じくらいの薬でも、排出に時間がかかって体内に蓄積し、副作用が出やすくなるのだ。
さらに、女性の超高齢者の中には、体重が子供と同じくらいになっている人がいる。
子供の場合は体重を目安に薬の量を設定するのだが、大人の場合は結構無頓着に処方してしまう。
この場合も、薬の量が多すぎて副作用が出やすくなるかもしれない。
高齢者の医療費負担も多くの薬が処方される原因となっているようである。
現役世代は自己負担が3割であるのに対し、75歳以上の高齢者の多くは負担が1割。
1万円の薬代の支払いは現役世代は3000円、高齢者では1000円である。
当然、現役世代の方が支払いに敏感になり、医師もそれを意識せざるを得ない。
高齢者の場合は負担が少ないから、処方する薬の増加に対する抑止力は働きにくい。
《雪だるま式に増える薬》
高齢者に痛み止めや抗生剤を処方した時に、
その薬が原因で胃潰瘍や下痢になってはいけないからと
追加で胃腸薬が処方されるので、薬がどんどん増えていく。
さらに、数カ所の医院や病院にかかっている事が多いので、
各主治医がチェックしにくい(時間があればチェックできるだろうが、
忙しいのでチェックできないと言った方が正しいか?)。
かかりつけ薬局も、よほど飲み合わせが悪くない限り医師の処方にクレームをつけることはない。
このような事情で、高齢者の薬は徐々に増えていく。
見直されたガイドラインでは、認知症などの患者に対する「抗精神病薬全般」や、
全ての高齢者を対象に一部の胃腸薬を「可能な限り控える」などと列挙されている。
さらに、甘草が含まれた漢方(結構あるようだ)も腎機能が低下した高齢者では
カリウムが低くなりすぎることに注意が必要とされ、「副作用が少ない・体に優しい」が
売りの漢方も高齢者にとっては必ずしも安心して飲める薬とはいかないようだ。
もちろん、中止した方がよいとされた薬をいま服用しているからといって、
急に中止しないで主治医に相談した方がよい。
《1日18種類25錠でおなかいっぱい》
つい先日、80歳に近い男性を診察した。
いろいろな病気で数カ所の病院を受診して、毎日病院通いで忙しいようである。
心配性が高じて不安感が強くなり、うつ状態でもあったのが私の診察を受けに来た理由である。
問診をして、薬をチェックするとなんと1日に18種類、25錠も服用していた
。本人は薬を飲むだけでおなかがいっぱいになるという。
よく聞いてみると、膝が痛むので鎮痛薬を処方されているが、
それに加えて胃潰瘍や腸炎の予防薬ももらっている。
患者さんにはどれが鎮痛薬かわからないから3種類きちっと服用しているという。
「ところで、鎮痛薬を服用して膝の痛みは治りましたか?」と尋ねると、
服用してもしなくても、痛みは変わらんと言う。
「ではこの薬は効果がないので服用をやめてみましょう」といって3種類の薬の減量を指示した。
このようにしてめまいの薬や前立腺肥大の薬などを減量していくと、
最終的には3種類の薬まで減量する事はできた。
もちろん、うつ状態に対しての薬は何種類か追加したが、
それは状態がよくなれば減量する予定である。減量の結果、
いろいろな症状は悪化することなく、生活の質が向上して旅行などを楽しんでおられる。
私の患者さんの中には全ての薬を中止(もちろん慎重にゆっくり減量したのだが……)して、
体調がよくなったという人もいる。薬は効果と副作用が表裏一体である。
副作用で苦しまないためには医師や薬剤師の丁寧な説明が大切だと思うが、
現在の5分診療ではなかなか十分に説明しきれないのも現状である。
(http://mainichi.jp/premier/health/entry/index.html?id=20150827med00m010006000c)
<感謝合掌 平成27年9月22日 頓首再拝>
神の子たる人間に病気はない - 伝統
2015/10/01 (Thu) 04:43:17
*『生命の實相』第二巻實相篇(P32~34)より
本当のことを申しますと、この本が病気を治すのではありません。
神の子たる人間に病気は本来無いのであるから、治すも治さぬもない、
本来治っているのであります。
それにあなたが病気だというならば、それはあなたの「信念」にまちがったところがある、
そのまちがった「信念」がちょうど活動写真のように影を映して、
肉体に病的状態をあらわしているのであります。
皆さんが仮に喀血や胃出血を起こしたならば、物質的に肉体という物質が損じて、
その血の流れているパイプに物質的の孔が明いた、どうも手のとどかないところに
明いた孔だからふさぎようがなくて困るなどとお考えになる一方に、
どうも痰や咳や盗汗(ねあせ)が出て肉体が苦しいとか、
胃が痛んで苦しいとかお考えになるのであります。
ところがこの考えには非常な矛盾があるのであります――まずあなたは
「肉体は物質であって、その物質に孔があいた」と考えていられますが、
肉体が物質であれば、それが単に物質であるというその理由だけで、
もう肉体は苦痛を感ずるはずはないじゃありませんか。
物質は苦痛を感ずる性能がない。
それだのに肉体が苦しいと感じられる。
これこそ肉体が吻質でなくて「念(こころ)の影」(観念的存在)である証拠であります。
念(こころ)が苦しいと感じていられればこそ、
その念(こころ)のあらわれなる肉体が苦しいと感じるのです。
苦しみは念(こころ)にあって物質にあるわけはないのであります。
こうして肉体が「念(こころ)の影」(観念的存在)だということがわかれば、
喀血しても何もあわてることはないのであります。
「心」が映画技師で、喀血と題する映画を、肉体というスクリーンに映し出しているのですから、
それを適当の時に止血させるのには、やはり「心」という映画技師を雇って来るほかは
ないのであります。
実際喀血とかなんとか、大いに身体に変調のある時にこそ「心」を落ちつかせて
人間の本体が無限に完全な調節能力をもった「生命」(生きる力)であるという事実を
「心」に描くべき時なのであります。
こうすれば喀血でも、その他の変調でも、適当に調節されて来るのです。
といって、一所懸命心をおちつけ精神を統一しようとして焦ったり力んだりする必要はない
のであります。
われわれの生命(せいめい)というものは焦ったり力んだりしなければ、
調節が完全にできないようなそんな不完全なものではない。
われわれの生命(せいめい)は「神の子」であるからそんなに不調和にはできていない。
ただこの真理がわれわれの心の底に「信念」になってさえおれば、その「信念の影」として
肉体が調和した完全な調節したものとならねばならぬはずであります。
われわれが焦(あせ)ったり力んだりするのは、まだ自分の「生命(せいめい)」(生きる力)が
神の生命(せいめい)の「分け生命(いのち)」であって、神そのもののごとくに完全である
という真理(ほんとのこと)を知らないからであります。
焦ることも力むことも何もいらない、肉体は観念的存在(こころのかげ)でありますから、
心が正しき真理を知っておちついていると肉体はなんの感じもない、
「影」に感じがないのは当然のことだからであります。
だから肉体はどこに胃があるか、心臓があるか、肺臓があるか、
感じがない時に一等健康なのであります。
神想観でも坐禅でも鎮魂でもするとその深い境地に入れば肉体があるかないかわからなくなる、
これが本来の面目なのであります。
「生命(せいめい)」は全体として調和した渾一体(ひとつ)でありますから、
「生命(せいめい)の実相(ほんとのすがた)」を自覚したならば、
肉体は渾然とした「一つ」として感じられるのが当然で、
「ここに肺臓がある」とか「ここに胃がある」とか「ここに心臓がある」とか個々別々に
その存在が感じられる時は、「生命(せいめい)」の渾然とした統一感――「真理の自覚」が
心に失われた時で、
真理を心に自覚し、自己生命の完全な統一感が得られれば、
どこに胃があるとか、心臓があるとかいう「統一自覚の分裂」が消えて、
肉体は渾然とした調和した生きもの(生々<せいめい>の実在)として感じられて来るのであります。
<感謝合掌 平成27年10月1日 頓首再拝>
患者よ、クスリを捨てなさい - 伝統
2015/10/10 (Sat) 04:41:55
日本薬剤師会会長(児玉孝氏)が決意の告白「患者よ、クスリを捨てなさい」
*Web:現代ビジネス(2014年04月22日)より
(1)クスリは「毒」である
①現代の西洋医学におけるクスリというのは、人工的に作られた化学合成物質ですから、
身体の中にはもともと存在しないものであり、「毒」と言ってもいい。
できれば飲まないほうが良いものなのです。
②人間は高等生物ですから、異物が体内に入ってくれば、それを排除して
体調を整えようとして、さまざまな反応を起こします。
クスリも人体にとっては異物であるため、体内に入るとさまざまな防御反応が現れます。
この防御反応が、病気の症状にとって良い作用を起こすと「有効性」となる。
逆に、悪い作用となって現れるのが「副作用」です。
③必ずしもすべてに当てはまるわけではありませんが、よく効くクスリの多くは
副作用のリスクも高いということも知っておいたほうがいいでしょう。
(2)飲んでも病気は治らない
①薬局で誰でも買える市販薬より、処方薬のほうが副作用のリスクも高いものが多い。
②もう一つ理解しておくべきことは、「病気を治せないクスリ」もあるということです。
風邪薬や、高血圧、糖尿病といった生活習慣病のクスリなどが代表的ですが、
これらは症状を抑えるものであって、病気を治すクスリではありません。
③熱を下げようと思って解熱剤を飲み続ける人もいますが、
無理に熱を下げる必要はありません。
発熱しているということは、まさにいま体の中で異物を排除するために
防御反応が起こっているということ。その反応を無理に抑えてしまうと、
逆に治りが遅くなってしまう可能性もあります。
④解熱剤と同様にロキソニンなどの鎮痛剤も、痛みは抑えられても、
痛みの原因を取り除けるわけではないですし、長く飲み続ける性格のものではありません。
日本では抗生物質の消費量も他国に比べて多いようですが、
投与を続けることで耐性ができ、肝心なときに効かなくなってしまうこともあるのです。
(3)高齢者はとくにクスリの飲みすぎに気をつけてほしいと思います。
①厚労省が昨年発表した資料(平成23年度?国民医療費の概況)によると、
一人当たりの年間の薬局調剤医療費は、65歳未満で約3万円。
それが65歳以上になると、約12万円と4倍にも膨れ上がる。
老化とともに病気は増えるとはいえ、高齢者のクスリの消費量は明らかに多い。
②むやみにクスリを飲み続け、いわゆるクスリ漬けという状態に陥ると、
臓器に負担がかかった結果、肝機能障害を起こしたり、
腎不全となって一生透析を続けざるを得なくなることもある。
③クスリの重複や飲みあわせによる副作用があります。
クスリ同士だけでなく、サプリメントや健康食品とクスリの飲みあわせで、
悪影響が出ることもあります。
たとえば、血液をサラサラにするワーファリンというクスリは、
クロレラのサプリと一緒に飲むと効果が落ちてしまう。
(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38866)
<感謝合掌 平成27年10月10日 頓首再拝>
心を空っぽにして「健康」の念を注入せよ - 伝統
2015/10/16 (Fri) 04:46:02
*『生長の家』誌(昭和26年6月号) より
一度器を空っぽにしてしまわなければ新しい酒は入れることが出来ない。
病気を心の中にしっかりと把握している限りに於いて、
健康の観念をつぎ込むことは出来ない。
病気を治すには第一病気の観念を捨ててしまわなければならない。
病気を忘れると云うことである。
病気を治そうとあせっているものの病気が治らないのはそのためである。
吾々は不調和を心から捨てなければ調和を得ることは出来ない。
心に病気を描くこと、死を描くこと、恐怖すること、人を憎むこと、
争うこと、悲しむこと、嫉妬すること、猜疑すること、すべて心の不調和である。
常に自己を霊的実在だと信じている者には、病気はないのである。
ただ吾々は日常生活中五官の目で見る場合どうしても自己やすべての存在を
霊的存在だと見得ないで物質的な固まりであると見る場合が多い。
そのためにいつの間にか自分自身を黴菌に冒されるものと見る。 不完全なものだと見る。
その「観る心の相」〈即ち観念〉が空間的に影をうつして病気とあらわれて来るのである。
従って吾らが本当に常住健康の生活を送るためには、
自己を物質と見る五官の眼を瞑じて、自己の全身を霊的実在であると観ずる
神想観の如き修業を1日1回以上修することが必要である。
(http://blogs.yahoo.co.jp/yghms533/26639388.html からの転載)
<感謝合掌 平成27年10月16日 頓首再拝>
《人間の病気は夢である》 - 伝統
2015/10/24 (Sat) 04:48:18
*『 生長の家 』(昭和25年10月9日)の法語より
神癒の根本は神はすべての渾(すべ)てであり、
神は霊であり、神は愛であり、神は善であると云うことである。
従って霊ならざるものは何一つ存在しないと云うことである。
そして「人間は神より出でたる霊的放射である」と云うことである。
人間は神の霊的放射であるから、
自己がそれを甘んじて許さない限り、
物質的法則によって支配されると云うことはないのである。
又、人間は霊的実在であるから黴菌(ばいきん)や気候の変化や、
肉体の酷使などによって冒されると云うことはないのである。
従って人間が病気になったり、
不幸になったりすると云うことは唯「夢」である。
見ゆれども実在ではないのである。
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=85
<感謝合掌 平成27年10月24日 頓首再拝>
<病気は人間が潜在意識に描いた白日夢である> - 伝統
2015/11/03 (Tue) 04:18:42
*『善き人生の創造』第二章生命の不可思議(P51~54)より
病気と云うものは神の創造でもなければ、神の処罰でもないのであります。
もし病気が神の創造であり、神の処罰でありますならば、それから逃れようと試みることは
囚人が脱獄を企てるようなものでありまして、それは由々しき神に対する反撃だと云わねば
ならないのであります。
ところが病気は神の創造(「第一の創造」と「生命の實相」哲学では述べてある)ではなく
潜在意識の創作(偽創造又は「第二の創造」と「生命の實相」哲学では述べてある)で
ありますから、潜在意識を改めれば好いのであります。
従ってその人が不幸や病気から如何にせば逃れ得るかと云うことは、
結局潜在意識を如何に支配し得るかと云う事にかかっているのであります。
人間は神の最高の自己実現でありますから、
自分の心で自分自身の運命を支配することが出来るのであります。
自分の心で自分自身の運命を支配する事が出来ると云うことは
決して「物質」を利用しないで、心の力、「思念の力」ばかりを利用せよ
と云うのではありません。
人間の生活の向上は、野蛮人の穴居生活時代から現代の高層建築物時代に到るまで、
物質の法則を知り、それを利用することによってその発達を遂げてきたのであります。
従って、物質的衣食住をより良きものにすることが人類の幸福を増進する重要な役割を
演ずるものだとされてされて来たのであります。
空腹や寒暑を防ぐのに物質に頼りながら、病気を防ぐのだけは物質に頼らないで、
ただ「思念」の力のみに頼るべしと云うのは片手落ちの見解だと云わねばなりません。
適当な食物があればそれを食して好いように、
適当な薬剤が発見されれば、それを利用するのも結構なことであります。
唯、吾々は特効薬もないのに憐れにも慢性病に罹って、治し得ぬ薬にしがみついて
経済的恐怖と死の恐怖に悶えている人に薬剤の放棄を断乎として勧め、
脚下照顧してそこに自然治癒力が汝の内に宿っているのを見よと云うに過ぎません。
自然界の法則は人間が利用し得るように、神の愛が、自己自身を挺身せられて、
実に従順にあらゆる場合に同一条件の下では同一の結果を来すように働くと云う
「法則」の姿で提供せられたのですから、
自然の法則を利用すると云うことは神の愛を使わせて頂くと云うことであって、
薬剤も適時に、適処に、適量に適する人に使用されれば効果をあげるのでであります。
物理、化学、医学、薬学の進歩も実に此処にあるのでありますが、
このような自然界の法則の中で生きているために、人間は、自然界の物質的法則が、
同一条件の下では同一結果を来すと云う前提の下に、
人間に害を及ぼす方向にも条件さえ整えば同様の作用を及ぼす。
例えば熱は物質を焼くが故に人間をも焼くと云う風に、人間を害することになるのだと
潜在意識が信ずるようになり、潜在意識の幻術的な第二創造力によってそれが現象界に
幻化することになったのでありますが、火は物質を焼く事は出来ますけれども、
火は實相の人間を焼く事は出来ないのであります。
何故なら實相の人間は物質ではなく、金剛不壊の霊的実在であるからであります。
そして自然界の法則は、神の愛が「法則」として自分自身を最も従順な形で人間の利用し得る
ように化身して出られたものでありますから、人間がそれを厚生の道に利用し得る限りは、
その法則はその通り行われますが、人間を害する方向に用いられればその「法則」は行われ
なくなるのであります。
何故なら、神の愛(法則の本体)はただ人に幸福を与えるのみであって害を与え得ない
からであります。
然らば害を与えた相(すがた)が現実に現れるのは何故であるかと云うと、前述の如く、
潜在意識の自己暗示に起因する幻化作用による仮創造であり、
潜在意識は人間に共通しておりますから、一人に斯く見えることは、万人にも共通に見える
のでありまして、如何に万人に斯く見えようとも、それは仮幻であって、
実在の人間には決して不幸も病気も起っているのではないのであります。
これを『法華経』では
「衆生、劫尽きて此の世の焼くると見るときもわが浄土は安穏にして天人常に充満す」
と説かれているのであります。
衆生、即ち「生きとし生けるもの」―――現象界の人間―――から見て、
如何にこの世界に不幸や病気が存在するように見えても、
わが浄土、この清らかな神の愛によって造られ護られている世界では
無病不苦不悩の天人のみが充満しているのだ、これが實相だと云うのであります。
(http://kaerou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=15388555 より転写)
<感謝合掌 平成27年11月3日 頓首再拝>
利権 - 伝統
2015/11/12 (Thu) 04:48:28
胃がんの99%はピロリ菌原因 バリウム検査での発見率は低い
*Web:NEWSポストセブン(2015年11月2日)より
厚生労働省は、来年度からの胃がん検診に、
これまで唯一推奨してきたバリウム検査に加え、
初めて内視鏡検査を「推奨」することを決めた。
実はこの背景には、同省や関連組織が長くバリウム検査だけを
推奨してきたことに対する現場の医師や患者団体からの強い不満と疑念があった。
バリウム検査による集団胃がん検診は、全国で年間1000万人が受診しているとされる。
しかし、実際には技術は古くてがん発見率は低く、しかも事故が多く
受診者を大きな危険に晒すものであると専門医たちは口を揃えて批判する。
検診機器に挟まれる、あるいは固まったバリウムにより大腸に穴が開くなどの事故で、
死亡例も多数ある。
この問題を初めてメディアで発表したジャーナリストの岩澤倫彦氏は、
このほど上梓した新刊『バリウム検査は危ない』(小学館刊)で、
専門医、検診関係者らに幅広く取材している。
専門医のひとりは、こう言い切った。
「医者でバリウム検査を受ける人間は僕の知る限りいません。
内視鏡のほうが何倍も胃がんを発見できることを知っていれば当然ですよ。
僕ですか? ピロリ菌未感染なので、胃がん検診は受けていません」
事実、医学的には胃がん患者の99%はピロリ菌感染が原因と証明され、
この感染の有無と胃粘膜の萎縮度を示すペプシノゲン値を組み合わせた
「胃がんリスク検診」を集団検診に採用すれば、胃がんの発見率は3~4倍に向上し、
検診および治療にかかる医療費は5年間で4200億円も削減されるとする試算がある。
内視鏡技術も日進月歩だ。日本人のピロリ菌感染率は4割程度と推定され、
6割もの人が、不要で効率の悪い検査を毎年受けていることになる。
しかも、バリウム検査は大量被曝という問題もある。
最低8枚のX線写真を撮影するだけでなく、撮影の合間にも
胃の状態を「透視」するために放射線を浴び続ける。1回の検査による被曝量は、
実験によって最大13.4ミリシーベルトに達することが判明した。
放射線被曝が100ミリシーベルトを超えると、がん発症率が上がることが知られており、
これだけの被曝量の検査を毎年受けていることは大いに問題がある。
世界で最も権威ある医学雑誌「ランセット」に発表されたオックスフォード大の研究では、
75歳以上でがんを発症した日本人の3.2%は医療被曝が原因だとされている。
それでも、先進国でいまや日本だけというバリウム集団検診制度が改まらないのは、
巨大な利権があるからだ。国立がんセンターや集団検診を行なう地方自治体からの
天下り組織となっている日本対がん協会と全国の傘下組織が検査を推奨・実施し、
メーカーや医者・病院も潤う。その巨大な公共事業に投入される税金は年間600億円に達する。
かつて血液製剤によるC型肝炎感染の実態を暴いて新聞協会賞、米・ピーボディ賞を受賞した
岩澤氏らの追及により、「検診ムラ」の利権がついに崩れ始めている。
(http://news.infoseek.co.jp/article/postseven_360492/)
<感謝合掌 平成27年11月12日 頓首再拝>
利権~その2 - 伝統
2015/11/19 (Thu) 04:11:05
*『新薬の罠 子宮頸がん、認知症…10兆円の闇』鳥集徹:著より
《目次》
はじめに
第1章 カネで動いた子宮頸がんワクチン
(1)「心の問題」にされた少女たち
(2)製薬会社のセールスマンとなった専門家
(3)政治家を動かす製薬ロビイスト
(4)キャンペーンに加担したマスコミ
第2章 薬漬けにされるニッポン人
(1)高齢者の二人に一人が高血圧? ~隠された数字・NNT~
(2)カネで売られる「診療ガイドライン」
(3)病気をつくる疾患啓発広告
(4)そして我々は、高い薬を飲まされる
第3章 製薬会社のカネに依存する医学界
(1)タダ飯にたかる医師たち
(2)「奨学寄附金」という袖の下
(3)都合よくつくられるエビデンス
(4)利益相反が生んだ薬害
第4章 癒着を引き?がす処方箋
参考図表
あとがき
・・・
《巨額のカネが、製薬会社から医師に流れ込んでいた!》
*Web:本の話(2015年05月23日)より
(『新薬の罠 子宮頸がん、認知症…10兆円の闇』 (鳥集徹 著)(文藝春秋 刊)|自著を語る)
一昨年来、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の事件がメディアの注目を集めています。
断続的な痛みや関節の腫れ、運動障害、記憶障害といった重い副反応(副作用)を訴える
少女が多発し、厚生労働省は定期接種が始まってわずか75日で、
積極的な接種推奨の一時中止を決めました。
実はこのワクチンには承認前の審議会で、
未知の免疫増強剤が添加されていることに対する懸念や、
がんを予防した実績がないのに有効性を認めることについて疑問視する声がありました。
にもかかわらず、なぜ、専門家、政治家、マスコミは、そのリスクを慎重に検討することなく、
早期承認、公費助成、定期接種と、性急な普及推進に走ってしまったのか。
その背景には、巨額のカネやヒトを介したワクチンメーカー(製薬会社)との
近過ぎる関係があったのです。
ワクチン推進派の医師たちは、製薬会社からサポートを受けて、
ワクチンのセールスマンと見まがうような働きをしていました。
また、政治家やマスコミも、製薬会社や推進派医師らの働きかけを受けて、
ワクチンの普及を後押ししました。
あまりに製薬会社との距離が近過ぎたために、ワクチンの有効性を過大評価し、
リスクを過小評価したと言わざるをえない状況に陥っていたのです。
子宮頸がんワクチンの事例だけではありません。
医療界には製薬会社から、研究費や寄附金、講演料、原稿料、顧問料、監修料といった名目で、
巨額のカネが流れ込んでいます。その額は毎日新聞の集計によると、2012年度に
大学病院などに入った奨学寄附金だけで、約346億円にものぼっていました。
こうした製薬会社からの資金提供が、
ほんらいあるべき医療の姿を大きく歪めてしまっているのです。
たとえば、その代表的な事例が高血圧やコレステロールの基準値です。
学会が定めた基準値に対して、たくさんの専門家が「厳し過ぎる」と批判してきました。
「病気」とされる数値の線引きが低過ぎるために、
健康診断を受けた人の多くが「病人」にされてしまい、
ほんらい必要のない人までが降圧薬やコレステロール低下薬を飲まされてきたのです。
その厳し過ぎる基準値の設定には、
「製薬会社の思惑も絡んでいる」とささやかれてきました。
今回、筆者はあらためて、コレステロールの基準値を定めた日本動脈硬化学会の
ガイドライン作成委員たちと、製薬会社との金銭関係について調べてみました。
その結果、18人いる委員のうち8割以上の15人が、
コレステロール低下薬を販売している代表的な製薬会社から奨学寄附金や
講師料、原稿料などの資金提供を受けていました。
それだけではありません。コレステロールの診療ガイドラインを普及啓発する
学会主催のセミナーまで、実は製薬会社丸抱えで行われていたのです。
医師主導で行われるはずの薬の臨床試験も、製薬会社におんぶにだっこの実態がありました。
カネやヒトだけではありません。
製薬会社は「クチ」まで出し、臨床試験を自社製品に都合のいい
エビデンス(科学的根拠)づくりや医師向けのプロモーションのために利用していたのです。
そうした臨床試験に携わった医師たちも、製薬会社の介入を問題視するどころか、
みずから進んでサポートを受け入れていました。
資本主義の論理に従うかぎり、製薬会社が薬をたくさん売ろうとすることは当然のことで、
むしろ本能的行動と言えるでしょう。
しかし、医療まで資本主義の論理に従属してしまったらどうなるでしょうか。
無駄な検査や治療をたくさんする、なんでも病気にして患者を増やす、
薬で病気をつくりさらに薬を投与する──そのような恐ろしいことが現実に行われていると
言わざるを得ない実態があるのです。
そして、その延長線上に、子宮頸がんワクチン事件のような「薬害」が生まれるのです。
医学研究などにおいて、企業等と利害関係があることによって、
研究や評価の中立公正性が疑われる状況を「利益相反」と呼びます。
本書はおそらく、医療の利益相反を中心テーマに据えた国内初の本ではないかと思います。
製薬会社の利益を追求するような医療を是正し、患者本位の医療の姿を取り戻すために
どうすればいいのか。本書によって、建設的な議論が生まれることを期待しています。
(http://blogos.com/article/112948/)
<参考Web>
「新薬の罠」鳥集徹氏「医者は製薬会社の奴隷 < 医療 2015/09/15 >
http://news.j-houdou.com/kusa/news_kiji.php?cid=10&nid=259
海外から輸入されている子宮頸がんワクチンは、日本人に効きません。
http://www.nikaidou.com/archives/64754
「娘の身体が壊れていく…」 子宮頸がんワクチンの副反応と闘う少女と
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20150713/Davinci_007148.html
<感謝合掌 平成27年11月19日 頓首再拝>
病気の真因の探求について - 伝統
2015/11/28 (Sat) 04:44:55
*「幸福を招く365章」(P168)より
吾々は、それが効果を生ずるものならば決して如何なる治療法にも反対するものではないのである。
しかし効果不確かなる薬剤の使用や、人間をモルモット代用に新薬の効果をテストするために、
或いは試験動物代わりに「治るか治らぬかわからぬが、切って見るより仕方がないから切って見よう」
云うが如き治療法には全然反対するものである。
「現代にこの病気を治す薬がない」と医者が云っているのに、
それを治すと自称して広告する薬剤の使用には反対するのである。
医者も製薬者も、もっと謙遜に自己の力量を自己批判して、人命をもっと尊重するようにし、
医学で病原のわからないものは、精神の世界に、霊の世界に病原を探求して真の病原を根絶する
ように努力すべきである。
<感謝合掌 平成27年11月28日 頓首再拝>
病気とは何であるか - 伝統
2015/12/06 (Sun) 04:49:26
*「生命の實相」第23巻常楽篇(P23~24)
人間は神の子であるから本来病気はないのであります。
だから生長の家の多くの信徒は、「神の子に病気はない」という真理の霊感と共に、
自分も家族も共に病気が癒えたのであります。
その理由は、人間の本性なる生命は神より来れるものであり、
それ自身完全でなければならないからであります。
そして人間の肉体なる物質はそれ自身生命なく、感覚なく、
したがって、それ自身痛むことなく、それ自身物質が移動して
炎症を起こすこともできないものであるからであります。
だから、病気とはなんであるかと言いますと、
ありうべからざるものを「有る」と信ずる盲信が形にあらわれたものであります。
盲信が原因であり、病気が結果であります。
本性を包みて知らざること、すなわち包み(罪)こそ
病気の原因であり、症状は結果であります。
だから病気のときは狼狽(うろたえ)るといけない。
心静かに、自分が肉体でないことを観ずるのがよい。
肉体というものと、自分というものとを分離して考えるがよい。
肉体を過去の自分が描いた絵画だと観ずるがよい。
痛いは痛いまま ―― それは自分が痛いのではない。
如実に痛い姿を自分の「念」の画筆が描いたのである。画かねば、もう痛まない ――
かく観じて、すでに痛んでいる肉体より《心を放下し》、
一転して、本来痛まない自己の実相
―― 円満完全無病なる神の子の実相を、静かに静かに観ぜよ。 ――
かく実相を静観することは、過去の病念の画筆を抛(なげう)って、
《新たに、健康の「念」の画筆をとって健全なる肉体を描き上げることになるのであります》。
<感謝合掌 平成27年12月6日 頓首再拝>
《妄想(もうぞう)から病気が起る》 - 伝統
2015/12/13 (Sun) 04:50:30
*『生長の家』(昭和25年10月10日)の法語より
悪が存在するという妄想、激情、邪慾(じゃよく)、邪恋、
害心、恐怖、嫉妬(しっと)、猜疑(さいぎ)、羨望(せんぼう)、
憎悪、復讐(ふくしゅう)の念、増上慢、憤怒、悲哀、
寂寥(せきりょう)の感、罪ありとの観念・・・・・・
これらはいずれも、円満な月を蔽(おお)う
叢雲(むらくも)のようなものである。
それは悪が存在すると云う最初の妄想、換言すれば、
神以外のものが存在すると云う第一の神性隠蔽(いんぺい)
(迷い)から生じたものである。
第一の最初の神性隠蔽から、恰度(ちょうど)、
月の光が叢雲に蔽われた暗夜(やみよ)に不詳の事件が起るように、
「悪が存在する」という迷いの下に暗くなった心の中に
上記のような色々の妄想があらわれ、
それが病気や不幸を表現さす原因になるのである。
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=85
<感謝合掌 平成27年12月13日 頓首再拝>
霊は健康で迷わざるものである - 伝統
2015/12/20 (Sun) 04:58:39
*「生命の實相 第38巻 幸福篇下」(11月12日)より
霊的自己 ―― 迷わぬ自己 ―― ただ一つ ―― 二つは無い。
迷っている自己、病んでいる自己、そんなのもは無い。
自己は二つない。一つきり。
健康な自己だけ。そのほかの自己を神は創(つく)らない。
霊は健康で迷わざるものである。
<感謝合掌 平成27年12月20日 頓首再拝>
病気などは無い - 伝統
2015/12/29 (Tue) 04:34:35
*「生命の實相 第38巻 幸福篇下」(11月13日)より
神の創造(つく)らざるものを創造(つく)ったとする傲慢。
神は人間の病気を創造(つく)らないのに、
人間が病気を創造(つく)りえたとする傲慢。
病気などは無いではないか。
病気などは勝手に消えろ。
我はただ神の生活を生活するだけである。
<感謝合掌 平成27年12月29日 頓首再拝>
病気とは何であるか - 伝統
2016/01/07 (Thu) 04:44:04
*「生命の實相 第23巻 常楽篇」(P23~24)より
人間は神の子であるから本来病気はないのであります。
だから生長の家の多くの信徒は、「神の子に病気はない」という真理の霊感と共に、
自分も家族も共に病気が癒えたのであります。
その理由は、人間の本性なる生命は神より来れるものであり、
それ自身完全でなければならないからであります。
そして人間の肉体なる物質はそれ自身生命なく、感覚なく、
したがって、それ自身痛むことなく、それ自身物質が移動して
炎症を起こすこともできないものであるからであります。
だから、病気とはなんであるかと言いますと、
ありうべからざるものを「有る」と信ずる盲信が形にあらわれたものであります。
盲信が原因であり、病気が結果であります。
本性を包みて知らざること、すなわち包み(罪)こそ
病気の原因であり、症状は結果であります。
だから病気のときは狼狽(うろたえ)るといけない。
心静かに、自分が肉体でないことを観ずるのがよい。
肉体というものと、自分というものとを分離して考えるがよい。
肉体を過去の自分が描いた絵画だと観ずるがよい。
痛いは痛いまま ―― それは自分が痛いのではない。
如実に痛い姿を自分の「念」の画筆が描いたのである。画かねば、もう痛まない ――
かく観じて、すでに痛んでいる肉体より《心を放下し》、
一転して、本来痛まない自己の実相
―― 円満完全無病なる神の子の実相を、静かに静かに観ぜよ。 ――
かく実相を静観することは、過去の病念の画筆を抛(なげう)って、
《新たに、健康の「念」の画筆をとって健全なる肉体を描き上げることになるのであります》。
<感謝合掌 平成28年1月7日 頓首再拝>
真理は知ると、病は消える - 伝統
2016/01/16 (Sat) 03:24:52
*『生命の實相』第一巻實相篇上(P79)より
「生命」自身の力で治すには「生命」とはいったいどんなものであるかということを
知らねばなりません。表面の心で知るだけではなく、奥底の心で知らねばなりません。
「生命とは神の子である」――一言にしてこういえばなんでもないけれども、
なかなかこの真理が本当にわかる人が少ない。
本当にこれがわかれば自分で自分を治すことができる。
病気だけではなく境遇でも運命でも自分で治すことができる。
治すのでなく、真理を本当に知ったときひとりでに治っているのである。
つまり、キリストのいった「真理はなんじを自由ならしめん」とはこのことであります。
釈迦のいった「大覚(さとり)をうれば因縁を超越してしまう」とはこのことであります。
「真理を知る」というのも「大覚をうる」というのも、ひっきょうは自分の生命の本質
すなわち実相を知ることで、これができれば因縁を超越して完全な自由がえられるので
あります。
その人は因縁を超越しますから、物質的な原因結果に束縛されるようなことがけっしてなくなる。
遺伝がどうの、体質がどうの、冷たい空気がどうの、固い食物がどうの――そんなことに
縛られないで「生命」それ自身の本質の完全な状態――すなわち「真の人間」が表に出てくる、
そのときすなわち病気が治ってしまうのであります。
<感謝合掌 平成28年1月16日 頓首再拝>
「薬をやめる」と病気は治る - 伝統
2016/01/25 (Mon) 04:38:58
*「「薬をやめる」と病気は治る」安保徹・著 より
「薬をやめる」と病気は治る―免疫力を上げる一番の近道は薬からの離脱だった
(1)3大ストレスが病気をつくる
①働き過ぎ
過労の状態が月単位で続くと、交感神経緊張状態が固定し、
副交感神経への戻りが遅くなり、顆粒球が増加し、
白血球のバランスが崩れてしまいます。
②悩み過ぎ
心の悩みを長く抱えていると脳の視床下部が興奮して、
交換神経が強く緊張します。
③薬の飲み過ぎ
現代の薬のほとんどは交感神経を刺激する作用があり、
長期使用でさまざまな病気発病の要因となります。
(2)ストレスによる4悪が体を破壊する
①顆粒球の増加、活性酸素の大量発生 ⇒ 組織破壊
顆粒球の役割は外から侵入した細菌と闘うことです。
しかし増えすぎると細菌のいないところでは
活性酸素をまき散らし組織を破壊します。
②血流障害
交感神経が分泌するアドレナリンは血管を収縮する作用があって、
長期の緊張は、全身の血流障害が慢性化し、栄養分が届かず、
老廃物が停滞します。
心身両面に不調が現れます。
*①②の悪は、交感神経の一方的な緊張により生ずる。
③リンパ球の減少
副交感神経の働きが抑制されてリンパ球が減少します。
つまり、ウィルスと闘う力が低下、がん攻撃が弱くなって
がんの発病も許すことになります。
④排泄、分泌物の低下
副交感神経が抑制されると、排泄や分泌能も低下します。
便秘、排尿障害、胆石、結石などの要因となります。
*③④の悪は、副交感神経の働きの低下によって生ずる。
(3)病を作る薬
①ストレスを遠ざけ、バランスの良い生活をしているのに、
まだ体調が悪い、病気がなかなか良くならない。
このような場合は、何か薬を常用していないか振り返るべきです。
②頭痛もちや生理痛で悩んでいる人は、
痛みが来るたびに痛み止め(消炎鎮痛剤)を使っていませんか?
③血圧を下げる薬、血糖値を下げる薬、むくみを取る薬、かゆみを取る薬、
ひざの痛みを取る湿布薬、睡眠薬などを、何ヶ月、何年にもわたって
使っていないでしょうか?
④とりわけ、体にストレスとなるのは「消炎鎮痛剤」と「ステロイド剤」です。
ステロイド剤は救急救命に必要な場合があり、そのようなケースまでの使用まで
私は否定しません。
しかし、この2剤を病気治療に使い続けることには賛成できないのです。
いずれも作用が強く、交感神経を緊張させて血流障害を起こし、顆粒球による
組織破壊を促すという点で「病をつくる薬」の代表格だからです。
⑤現代の薬の多くは、交感神経の緊張を促す作用を持っています。
体調が悪い人、病気にかかっている人は、
すでに慢性的な交感神経緊張状態にあります。
こうした人が交感神経の緊張を促す薬を使うと、どうなるでしょうか。
当然のことながら交感神経はますます緊張し、血流が悪くなり、顆粒球の増加、
リンパ球の減少に拍車がかかります。
免疫力も低下するので、体は自分で治ろうとする力を失っていきます。
⑥私がみなさんに伝えたいのは、「薬に頼っていては病気は治せない」ということ
であって、薬を絶対に使ってはいけない、病院の治療がすべて悪いということで
はないのです。
(4)体は治りたがっている
薬の常用、対症療法からの脱却こそが大切です。
薬の常用が、病気が病気を生んでいるのです。また難治化させています。
段階ごとに減らすことです。
(5)免疫力を高める自分でできる6つのコツ
①生活パターンを見直す。
②交感神経を刺激する薬を飲まない。
③マイペースで楽しめる運動をする。
④免疫力を高める食事を摂る。
⑤深呼吸をする。
⑥体を温めて血行をよくする。
<感謝合掌 平成28年1月25日 頓首再拝>
牛乳は超危険! - 伝統
2016/02/04 (Thu) 04:50:30
牛乳は超危険!
~子供は絶対NG!がん・糖尿病・脳梗塞・心筋梗塞の恐れ
*Web:Business Journal (2016.01.25)より
「栄養の宝庫」といわれる半面、「人体に有害な飲み物」という説も根強い牛乳。
この真偽をめぐってはたびたび議論されているが、
1月1日付「産経ニュース」は『「牛乳の飲み過ぎで骨粗鬆症に」
繰り返される有害説の根拠は…』と牛乳有害説に一石を投じている。
一方、2015年7月放送の『中居正広のミになる図書館』(テレビ朝日系)で、
お笑いタレント・松嶋尚美が「牛乳を飲むことで、体内のカルシウムが尿と一緒に排出される」
「乳製品を多く摂っている国は、骨粗鬆症にかかりやすい人が多い国」という理由から、
「子供に牛乳を飲ませていない」と発言して物議を醸した。
日本人にとって馴染み深い食材のひとつである牛乳だが、はたして体にいいのか、悪いのか。
フードプロデューサーで一般社団法人日本オーガニックレストラン協会代表理事の南清貴氏は、
以下のように語る。
「日本の牛乳消費量は年間350万キロリットル(13年)で、最も多かった
1996年の505万キロリットルと比べると、17年間で約150万キロリットル減少しています。
これにはさまざまな理由があると思いますが、『牛乳は完全栄養食品だ』という、
いわゆる『牛乳神話』が崩れ去ったことも一因だと思います。
また、『そもそも、日本の食事には牛乳は合わない』
と多くの人たちが感じたからではないでしょうか。
実際、今は小学校の給食でも牛乳が出ないケースもあり、
その動きは今後加速することはあっても、減速することはないと思います。
もともと、日本人は牛乳を飲みませんでした。
世界的に見ても、1930年以前は今ほど牛乳を飲んでいなかったのです。
牛乳を多量に飲むようになった背景には、化学肥料を使うことによって、
一時的にではありますが、小麦が大量に収穫できるようになったことがあります。
豊作になったため、余剰の小麦が牛の餌として使われたという事情があるのです。
今は、それが遺伝子組み換えトウモロコシに取って代わっていますが、
小麦もトウモロコシも、草食動物である牛にとって理想的な食べ物ではありません。
しかし、小麦もトウモロコシも糖分や油分が豊富なため、餌にすると牛が大きく育ち、
体内に脂肪を蓄えます。そして、乳量も増えたため、その消費を促すために
牛乳を飲むことが奨励されたわけです。
最近は、『乳脂肪分の高い牛乳がいい牛乳』と誤解され、
消費者が乳脂肪分の高い牛乳を求める傾向があるため、そういった牛乳が生産されています。
しかし、これは本来、不自然なことです。
牛乳の乳脂肪は季節によって変動するものですが、それを一定にするために、
生産者はいろいろと余計な努力をしなければなりません。
乳業メーカーが乳脂肪分の高い原乳しか受け付けないからです。
しかし、牛乳の脂肪の主体は飽和脂肪酸です。
それを過剰に摂取すると、血液の粘度が上がってしまい血液循環が悪くなります。
また、それが原因で脳梗塞や心筋梗塞を引き起こしてしまう可能性も高まります。
さらに、血中のコレステロールや中性脂肪を増やし、糖尿病や肥満、高脂血症などの
生活習慣病にかかりやすくなるリスクもあります」(南氏)
《過剰摂取で骨粗鬆症の初期段階に》
いわゆる高脂肪牛乳を飲むことによって、
さまざまな病気を引き起こすリスクが高まるということだ。
牛乳といえば、「カルシウムが豊富で骨を強くする」というイメージも強い。
昨今ささやかれる「飲み過ぎで骨粗鬆症になる」の真偽については、どうなのだろうか。
「確かに、牛乳には1リットル中1200ミリグラムのカルシウムが入っていますが、
それが必ずしも人間の体に吸収されて役に立っているかというと、疑問です。
カルシウムが体内で代謝されるためにはマグネシウムというミネラルが必要ですが、
牛乳にはマグネシウムがほとんど含まれていないからです。
つまり、牛乳はカルシウムとマグネシウムの含有比率が悪いため、
大量に摂取すると体内のミネラルバランスを大きく崩す可能性が考えられます。
そんな牛乳が、なぜ完全栄養食品といわれるのか、疑問は深まります。
もうひとつ問題なのは、牛乳にはリンというミネラルが多く含まれていることです。
そのリンが腸の中でカルシウムと結合してしまい、カルシウムの吸収を阻害します。
さらに、牛乳には動物性たんぱく質も多く含まれていますが、
たんぱく質は消化器内で分解されてアミノ酸になります。
体内でのアミノ酸の量が過剰になると血液が酸性に傾き、それを中和するために、
体は骨の中のカルシウムを溶かして血液中に送り込む作業をします。
これは『脱灰(だっかい)』といい、骨粗鬆症の初期段階です」(同)
《混入する女性ホルモンが、がんを引き起こす可能性も》
骨粗鬆症も招きかねない牛乳。
南氏は「大人が、自分の責任において牛乳を飲むことに反対するつもりはありません。
事実を知った上で、それでも『好きだから牛乳を飲む』という選択があってもいいと思います」
と前置きした上で、「しかし、子供には飲ませてほしくないのが本音です」と語る。
「現代の牛乳の生産方法に、大きな問題があるからです。
牛たちは、過密状態の牛舎に押し込まれて、本来食べるはずがない穀物飼料を与えられ、
糞尿にまみれているため、病気にかかりやすい。そのため、常に抗生物質や抗菌剤などが
投与されています。それらの薬品は、当然牛乳の中に混じります。
それだけでも大変な問題ですが、もっと深刻なのは、
効率よく搾乳するために乳牛を妊娠させ続けているということです。
哺乳類は、妊娠中は胎児を守るためにエストロゲン(卵胞ホルモン)や
プロゲステロン(黄体ホルモン)などの女性ホルモンの値が高くなります。
その女性ホルモンも、牛乳の中に混じってしまうのですが、
乳がん、子宮がん、卵巣がん、前立腺がんなどを引き起こす可能性が高いのです。
日本の場合、生産される牛乳の7割以上が妊娠中の乳牛から搾乳したものです。
『そんな牛乳が、子供たちの体にいいわけがない』というのが、
牛乳に否定的な意見を持つ人たちの総意です。
最近、インターネット上で取り上げられている牛乳に関する肯定的な意見は、
カルシウムの問題を中心に語り、牛乳有害説を覆そうという意図があからさまに見て取れます。
しかし、牛乳が有害なのはカルシウムの問題もさることながら、
この女性ホルモンの混入問題であり、それはより重大な問題だと思います。
『牛乳を一切飲んではいけない』などという気はありませんが、
食品としてはさほど優秀なものではないので、
良質なものを選んで飲む程度にしておくことをおすすめします。
少なくとも、『牛乳は完全栄養食品なので、毎日せっせと飲みましょう』などと
言ってはいけないと思います。
そして、消費者目線でいえば、広々とした清潔な牛舎で、
薬品などを投与せずに安全性が確保されて、牧草を食んで育った健康な牛から搾られた牛乳を、
ありがたく少量いただくのがいいでしょう。
そういった牛乳は、当然価格も上がりますが、
安いけれど危険な牛乳を大量に飲むよりはましだと思います」(同)
折しも、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)によって危険な海外食材の流通や
食の安全低下が懸念されているが、自分の身は自分で守るといった意識が必要なのかもしれない。
(文=編集部)
(http://biz-journal.jp/2016/01/post_13453.html )
<感謝合掌 平成28年2月4日 頓首再拝>
薬剤多くして病気繁し - 伝統
2016/02/12 (Fri) 04:33:11
*『生活の智慧365章』(P288~289)より
“健康法、健康法”と唱える者ほど病気に罹り易いのである。
栄養剤やビタミン剤などにとりまかれながら脚気になったり、
始終風邪を引いたりする人があるのも、
その人の信仰の天秤の“分銅”が「物質」の方に傾いていて、
人間の実相の完全さの方の “分銅”が小さ過ぎるからである。
「人間」と云う存在を物質的存在であると思う信念は、
薬剤を用うる度数が多いほど強くなるのである。
その結果、「物質と自覚せる人間」は物質の「朽ち果つるべき法則」の前に
屈従せざるを得なくなり、薬剤愈々多くして病気愈々繁しと云うような状態となるのである。
「私は病気のことを考えないのに病気になった」と言って、
「心で思うことが肉体にあらわれる」と云う真理に抗弁(こうべん)しようとする人もあるが、
病気というものを直接考えないでも、
「人間は物質的存在であり、朽ち果つべき無常の存在である」と
信じていることそのことが、朽ち果つべき肉体の病気となってあらわれるのである。
<感謝合掌 平成28年2月12日 頓首再拝>
医原病 - 伝統
2016/02/20 (Sat) 04:44:57
*「人殺し医療」ベンジャミン・フルフォード(著)(P14~17)より
アメリカで最も多い死因は?
医原病をご存知だろうか?
おそらく知ってる人は、皆無だろう。当然である。
そもそも日本の医療関係者が「医原病」について語ることは、まずありえない。
では、こう質問を変えよう。
全米第1位の死因は何か?
そう問われたら、たいていの人は、すぐさま「がん」を挙げるだろう。
あとは心臓疾患、脳梗塞のいずれか。アメリカに限らず先進国では、
疫病死や自然死が減って、がん、心臓疾患、脳梗塞が三大死因となる。
それが一般的な「常識」であろう。そうして、私たちは騙されてきた。
なぜなら全米1位の死因は「医原病」だからである。
最新のデータ(2004年アメリカ)によれば医原病による死者数は、年間78万3、936人。
第2位の心臓疾患が69万9、697人、がん(悪性新生物)が55万3、251人で第3位となっている。
この調査結果は決していい加減なものではなく、アメリカで30年以上のキャリアを持つ
ニューヨーク州NPO法人「アメリカ栄養研究所」の創立者であるゲリー・ヌル博士の
調査によるものなのだ。
アメリカで第1位、少なくとも第3位の死因ということは、
日本を含めた先進国でも同様の結果となるはずだ。
にも拘らず、その「医原病」を私たちは、意味はおろか、言葉すら聞いたことがなかった。
驚くべき事実というか、恐るべき現実、そう嘆きたくなる。
医原病とは何か。
ウィキペディアには、こう記してある。
「医療行為が原因で生ずる疾患のこと。医原病、医原性疾患も同義」
病院で治療を受けた結果、それが原因となって病状を悪化させて死亡したという意味となる。
院内感染や投薬ミスなどの医療過誤、診断や処置を間違えるなどの医療ミス、
医療関係者の技術的落ち度からくる医療事故、他にも薬害、医薬品の副作用、
医療器具の不具合なども含まれる。
まどろっこしい言い方はやめよう。
アメリカ最大の死因は「医者」なのである。
全米で78万人。凄まじい数字である。
ちょっとした大都市が、毎年、一つ、医者によって消滅している計算となる。
言い換えれば500人乗りジャンボジェット機が毎日、アメリカの何処かで4機、
墜落事故を起こしているのと一緒で「病院」に行くというのは、毎日、墜落する
ジャンボジェットに乗り込むのと同じリスクという計算になる。
ある特定のジャンボジェット機が毎日4機、必ず墜落していたら、
果たして人々は、そのジャンボジェット機に乗るだろうか?
まともな人なら別の移動手段を考えるはずだ。
ところが最初に述べたように、私たちは「医原病」という言葉すら知らなかった。
ましてや、それが死因第1位という事実すら知らされていなかった。
ここに医療問題の抱えている深い「闇」があるのだ。
<感謝合掌 平成28年2月20日 頓首再拝>
医原病~その2 - 伝統
2016/02/27 (Sat) 03:13:38
*Web:健康羅針盤(2015年2月6日)より
(1)今から約100年前、欧米諸国を中心として始まった西洋医学ですが、
多くの病気の成り立ちを不明としたまま対症療法の薬を大量に投与する化学治療は
長期間続けても病気が治る事はありえないのです。
(2)現在病気の種類は西洋医学の観点で発見されているものは約70万種類です。
そんな中、治療方法が明確化されているものがおよそ約3000種類程度と言われていますが、
勿論その中には憎むべき抗癌剤治療や放射線治療も網羅されていると考えられます。
(3)現代医学は経済の利潤を中心に考えられた医療システムであり、
薬の約90%以上は石油から精製されています。
これは莫大な利益を生み出すのですが、細かい真実の詳細は
既に多数インターネットの動画等で配信されていますのでここでは省きます。
これはご自身で調べられ自らが納得する必要があるからです。
インターネットには便利な検索機能が付いていますのでそ
の気があればいくらでも調査する事が出来ます。
この調査力が医原病から身を守るために実は人生を左右する大きな分かれ道になるのです。
(4)特に生活習慣病と言われている癌等の間違った治療法はインターネットが普及した事もあり、
医療不信が年々増加しております。
これは非常に良い事ですが、どの分野の現代医療も経済を中心に成り立っており、
中には行き過ぎた医療行為がある事を先ずはしっかりと
各個人が責任を持ち認識するべき時代になって来ました。
(5)言及するならば、今のままだと2025年には日本の医療費は52兆円になるというデータがあり、
現状でも一般会計では国庫収入を軽く突破していますが更にそれを上回る予測計算が
既にあるわけなのです。
私自身、過去において抗がん剤が無くなると日本の病院は全て潰れてしまうということを
土佐清水病院の丹羽先生より直接お話しを伺っており、これは紛れもない事実なのです。
(6)厚労省が抗がん剤は癌を治せない猛毒物質であり、新たな癌を発生させる増癌剤という事実を
認めたと新医療宣言をされて活動されている船瀬俊介氏もネットや書籍や講演会で
情報発信をしているのは有名な話です。
つまり抗がん剤投与は、燃えている家にガソリンをぶちまけているようなものだ
という事を認識して頂きたいと思います。
そしてステロイド、抗うつ剤、ワクチン、から全てにおいて
病院経営や製薬会社にとって好都合な仕組みがあるのです。
1日で治る患者を1日で治す医者は病院をクビになり、
1日で治る患者を1ケ月引き延ばせば、院長になれるという笑い話があるのです。
(7)現代医学研究の弱点は、分析研究と人為的研究に陥っていて、
自然の生命現象の全体像を捉えられなくなっているのです。
医学研究の成果が臨床での治療に結びつかないという状態に陥っています。
これは物理学の分野でもいえる事ですが研究を進める人達が
根本原理に気が付くかどうかが課題となっているのです。
(8)ですが同時に現代医療は、無菌法や麻酔技術が進歩したことにより、
外傷などに対する応急処置に大きな力を発揮しており、
外科領域の治療は大きく進歩しているということも言えるのです。
抗生物質等の効果は優れており、外傷や急性感染症の治療はすぐれているのですが、
それ以外のいわゆる慢性疾患の治療に行き詰まっている訳で
全ての医療行為を全面否定している事ではないということをあらかじめ断っておきます。
(7)癌や膠原病、炎症性腸疾患、アトピー性皮膚炎、気管支喘息から精神病などの治療に対して
良い効果が出せない事が現実なのです。
このような実態は看護師レベルでは恐らく知る人は少ないでしょうし、
医師以外の国民の理解もまだまだ浸透していないのが事実です。
患者は雪崩の如く病院におしかけ医師は患者を治せず忙しさに追われているのです。
患者にとってつらい症状の多くは治る為の現象であることも
多くの医療関係者は分からないのです。
細胞組織が壊れた時は腫れて、熱を出して、痛んで治るわけです。
原因不明のつらい症状を軽減しようとする対症療法を長期に続けると
病気そのものが治ろうとする機会を奪ってしまうのです。
多くの病気は同じような人体の自然治癒力によって治って行くのです。
(8)遺伝子や分子の細胞研究にいつまでも集中している様では、
病気の成り立ちのメカニズムを解明できません。
第一回~第六回の中で水と心と体の話しを様々な情報を編集して説明したのは、
より本質的でこれまでと違った観点で新たな健康羅針盤を示す為に必須の内容だと感じました。
その特異な性質と人間の体がどのように反応するかについては、
すでにご存じの方々は、多いと思いますが、
知らない方におきましては興味深い内容だと思います。
病気は生き方の無理、つらい環境、心の悩みなどがストレスとなり
水の器である体を介して発症するといえるからです。
(9)時代と並行して病気の原因が変化している事も理解する必要があるわけです。
こうした事実が既にあるのですから、これらを基準として
もう一度今の置かれている環境や食生活、或いは最も重要な心の状態を客観的に見れば
自分がどのような状態であるのか、
或いは身近にいる家族や友人がどのような状態であるかを冷静に観察することが、
本当の意味での予防医学に繋がり、自らを助けそして他を助ける事になるのです。
知るという事は、見えない責任が伴うのが本質的な世界での真実です。
自らの責任で、自分人身や家族や友人を医原病から身を守るべき時代
でもあるのでではないでしょうか。
(http://kenkourashinban.blogspot.jp/2015/02/blog-post_6.html)
<感謝合掌 平成28年2月27日 頓首再拝>
医原病~その3 - 伝統
2016/03/05 (Sat) 03:48:28
*Web:「るいネット」より
イヴァン・イリッチは、
今や医者たちが、今までに無かった様な病気を生み出している。
それは「医原性の」と定義したさまざまな疾患からなる現代の疫病「医原病」である。
医原病は今や米国民全体に蔓延していると、述べている。
*イヴァン・イリッチ(Ivan Illich、1926年9月4日 - 2002年12月2日)は、
オーストリア、ウィーン生まれの哲学者、社会評論家、文明批評家である。
イリッチは、この「医原病」の裏を
「医師が患者の体へ医学的介入をほどこすことによって引き起こされた病気」とし、
一般によく見られるものを3つのタイプに分類している。
第1に医者によって引き起こされる「臨床性医原病」、
第2に医学・産業複合体の意図的な策謀が生みだす「社会性医原病」、
そして、
第3に人々の生きる意欲を奪う「文化性医原病」
の3つである。
この3つの中で、もつとも広く蔓延しているのは第三の「文化性医原病」であろう。
医薬品の広告で「ストレス」と呼ばれるこの症状のために、
米国民は日々の生活で直面するさまざまな問題を乗り越える意欲を失っている。
その原因は、全体主義的な政策のために裏で操る不吉な影にある。
それをみずからの個人的な利益米国市民の日々の生活のあらゆる側面に侵入して来る
この巨大な影に相対するとき、多くの人々は無力感に打ちのめされてしまう。
そして自分たちには、なすすべがないと思い込んでしまうのである。
しかし実のところ、この怪物はひどく脆弱である。
なぜなら、あまりにも巨大になりすぎたからだ。
だからもし立ち向かっていったならば、
この怪物が、単なる張り子の虎にすぎないこともわかるだろう。
(http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=306139 より抜粋)
<感謝合掌 平成28年3月5日 頓首再拝>
文明の落とし子”医原病” - 伝統
2016/03/13 (Sun) 04:49:22
*「女の浄土」(P274)より要約
(以下は、昭和41年3月20日の「毎日新聞」日曜版の「健康」欄に
”文明の落し子、医原病”と題して載っていた記事の紹介であると、
谷口雅春先生は記載しております)
医原病は1940年ごろから、ぼつぼつ外国の文献にあらわれ、約10年前から急増しています。
最初はイギリスのアーサー・ハースト博士が定義したように、医師の言動によって生じた
心因性(心の状態に起因する)疾患をさしていましたが、
最近では『医療行為によって引起された病気』にまで拡張されて用いられています。
東京、虎の門病院の沖中重雄院長は次のように述べております。
(1)医師はもちろん一般の人々も、薬乱用をつつしむことが第一。
(2)医師は病気がつかみにくいとき、まず薬を与え、その投薬効果から逆に病気の所在を
知るという方法をときどき使うが、まず診断にベストをつくすという正攻法を尊重
してほしい。
(3)最近の患者さんには薬や注射をしないと不満顔をする人がいるが、
薬や注射の少ない医者こそ名医と思っていただきたい。
・・・
医原病については、
谷口雅春先生は、「女の浄土~第17章 あらたに発見された”医原病”」(P272~288)
に詳しく取り上げております。
<感謝合掌 平成28年3月13日 頓首再拝>
医原病~その5 - 伝統
2016/03/21 (Mon) 03:21:31
《年間3万人の自殺者の何割かは医原病の可能性》
*「人殺し医療」ベンジャミン・フルフォード(著)(P20~21)より
もう少し隠蔽されてきた「医原病」について言及していこう。
日本の死因第7位は自殺である。
だいたい年間3万人前後が自殺で亡くなっている。
自殺大国ニッポンと、テレビや新聞で報じるとき、たいてい「リストラにあった」
「仕事がなく金銭苦が原因」など、あたかも不況による自殺、社会不安が原因という扱いで
自殺者数を取り上げている。
「豊かなはずの日本で、なぜ、自殺者が3万人もいるのでしょう」と眉をひそめるわけだ。
もちろん、経済的な理由で自殺する人もいるが、
実は、自殺者の半数は「健康上の理由」なのである(『警察白書』平成20年度版)。
ここからが肝心だ。
その健康上の理由で自殺する人の多くは、末期がんなどの抗がん剤治療の苦しさから
逃げ出すために自殺に走る人がかなりいる。
医療ドラマなどでお馴染みだろうが、抗がん剤の治療は、非常に副作用が強く、患者の負担が大きい。
それで完治するなら、まだ副作用に耐える価値もある。
ところが抗がん剤は、がんの進行を遅くする効果しかない。
つまり、効果のある(副作用の強い)抗がん剤治療は、
地獄の苦しみが、より長引くという意味になっていくのだ。
どうせ治らない、助からないのなら、いっそ苦しまずに死にたい、
体力が残っているうちに自殺に走ってしまうのだ。
抗がん剤については別の章でも取り上げるが、
抗がん剤とは「人を生きたまま部分的に殺す」薬である。
簡単にいえば、がんの進行を止めるために患者の生命力を奪うのだ。
通常、認可を受けて標準的に使用されている抗がん剤の多くは「効果は2割」といわれている。
この2割とは「2割殺し」の意味で、患者の体力、いわば生命力を
2割分奪うことでがん自体を2割殺すわけだ。
極端な話、がんを5割消滅させる抗がん剤は、その服用者の生命力を5割奪って
「半分生きて、半分死んでいる」というシュレーディンガーの猫のような状態にする。
がん細胞は、患者のエネルギーで成長している。
肉体が「半分死んでいる」人のがんは、結果的に通常の半分まで縮小して
半分の速度で進行することになる。
半分死んでいる状態で、普通、人は生きていけない。
結果、がんではなく衰弱して亡くなる(そして抗がん剤は効果があったというデータとなる)。
「病気は治った、でも患者は死んだ」という典型的なドクタージョークが、抗がん剤治療なのである。
・・・
《うつ病患者の自殺》
*「人殺し医療」ベンジャミン・フルフォード(著)(P22~24)より
それだけではない。「健康上の理由」で自殺するのは末期がん患者だけでなく、
うつ病患者も相当数、存在する。
うつ病の治療には、その病状に応じて、強い向精神薬を投与する。
向精神薬とは、ドラッグ用語で言う「アッパー系」で、精神が高揚してハイテンションになる。
うつ病で落ち込んでいる人をクスリで元気にしてやるわけだ。
重度のうつ状態のとき、自殺する人はほとんどいない。
自殺する「元気」すらなくなっている状態が「うつ」なのだ。
つまり向精神薬の投与量を見誤って増やしてしまうと患者に「自殺する元気」を与えてしまう。
実際、年間7、000人のうつ病患者が自殺しているが、
その多くは投薬量(服用量)のミスマッチと考えられている。
今の最新医薬は飲めばすぐに効く。
それだけに、うつに苦しんでいる人は、ついつい薬に頼って飲み過ぎてしまう。
それが暴走すると自殺へとつながってしまうわけだ。
効き過ぎる医薬品は諸刃の剣となりやすい。
自殺させてしまうぐらいならハーブティーなどで精神安定させたほうが、まだマシだろう。
とくにコカインの原料となる南米原産の「コカ茶」は、
下手な向精神薬より「うつ症状の軽減効果」があると言われている。
南米では当たり前のように売られて飲まれている、
この素晴らしい代用品は、日本に持ち込めば税関で即逮捕、
麻薬取締法で何年も刑務所にぶち込まれてしまう。
まったくひどい話だ。
現状、コカ茶が無理としても、その代用品としてお薦めなのはラフマ茶だ。
以前、書籍編集を手伝ってもらったフリーライターのA氏がうつ病のとき愛飲して
非常に効果があったという。
彼は病院で処方された安定剤を飲むと体調を崩すために却って病状が悪化、
それで薬をすべて止めてラフマ茶を飲んでいたら、すっかり治ったらしい。
ラフマ茶は北海道にも自生する薬草の一種で、薬効成分はうつ治療の医薬品にも認可されている。
いずれにせよ、年間3万人の自殺者のうち、
相当数が「医原病」由来と見て、ほぼ間違いないだろう。
・・・
《肺炎死亡者》
*「人殺し医療」ベンジャミン・フルフォード(著)(P24~27)より
*たかが「肺炎」で年間12万人が死亡するその訳は
医原病と目される死因は、まだ他にもある。
第4位にランクインする「肺炎」である。
肺炎は、年間、だいたい10万人から12万人の間で推移する。
厚生労働省がまとめる死因では「肺炎」と一括りにしているが、
これじたい、かなり意図的で、医原病隠しと考えていい。
肺炎に死亡者数が多いのは、肺が炎症を起こして息ができなくなり、
呼吸器不全で最後は窒息してしまうからだ。
普通、肺炎と聞いて、私たちがイメージするのは、インフルエンザや風邪による肺炎だろう。
これは「市中肺炎」といって、まず、この市中肺炎で亡くなることはない。
もちろん、老人や乳幼児、他の病気や怪我などで極端に体力がないときには、
病状をこじらせて亡くなるケースもある。しかし基本的には稀な話で、
病院に行って抗生物質や栄養剤を投与してもらえば、たいていは確実に治る。
では、どうして肺炎が死因の第4位なのか。
実は、肺炎死因につながっているのが、いわゆる「院内肺炎」だからである。
よく院内肺炎では「院内感染」が問題となる。
院内感染とは医学用語で使う場合、抗生物質耐性菌、多剤耐性菌に感染する狭い意味となる。
病院で抗生剤を使っていると、抗生剤に耐性を持つ変異体ウイルスが出てくる。
病院内でしか存在しない病原体に感染したから「院内感染」というわけだ。
院内感染で問題となる耐性菌は、抗生物質が効かない。
いったん、病状が悪化すると、回復が難しく亡くなるケースが多い。
それで何かと話題となるわけだ。
だが、耐性菌による院内感染など、実際にはめったに起こらない。
だからメディアが大騒ぎするのだ。
そんなレアケースで、当然、何万人も死者が出るわけはない。
肺炎の問題は、あくまでも「院内肺炎」が大半の死因となっている。
そもそも「院内肺炎」とは、手術後の「術後性肺炎」、
副作用の強い薬剤投与の「薬剤性肺炎」を示す。
医療行為によって体力が落ちているとき、何らかのウイルスや菌類に感染、肺まで炎症を起こすと、
さっきも言ったように窒息(呼吸器不全)で死亡する。
院内肺炎がやっかいなのは、健康体なら熱すら出ない無害のウイルスに感染して
病状が悪化することにある。
実際、院内感染で問題となる耐性菌にせよ、健康な人なら、まず、感染することはないし、
感染しても本人が気づかないうちに体内の免疫システムで処理される。
基本的には感染力の弱い無害な菌なのである。
ところが手術後や薬剤投与でめっきり体力が落ちていると、そんな無害な菌に感染してしまう。
この無害な菌が困りもので、インフルエンザといったわかりやすいウイルスなら、
すぐにウイルスを特定して、効果的な抗生剤で対処できる。
しかし何の菌に感染したのか分からないケースでは、どうしても対応が遅れてしまう。
結果、最後の手段として「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」方式で、
あらゆる種類の抗生物質を大量投与する。
手術で体力が落ち、肺炎でダメージを受けたところに、
強い副作用を持った大量の抗生物質や薬剤を何種類も投与されるのだ。
アレルギー性のショックだけでなく、異常のなかった臓器までダメージを受けて
多臓器不全などでショック死することになる。
現実問題として、耐性菌による院内感染より、空気中に当たり前に漂っている
普通のウイルスや菌、カビなどに感染して亡くなるケースが圧倒的に多い。
だからこそ、たかが「肺炎」で11万人などという死者数になるのだ。
もうお分かりだろう。この院内肺炎は、典型的な医原病なのである。
確かに薬剤性肺炎、術後性肺炎は、治療が目的である以上、
一概に「悪い」と決めつけるわけにはいくまい。
もちろん無菌室や殺菌で感染を防ぐ努力をしていることも理解している。
もともと他の病気で体力が落ちている老人も多いだろう。
それでも院内肺炎になるリスクがある以上、院内肺炎で死亡した場合は「医原病院内肺炎」、
そうカウントするのが医療従事者の「誠意」ではないか。
肺炎は結果であって、原因ではない。
原因は「医療行為で体力を著しく落とす状態」にあるのだから。
・・・
《医原病による推定死亡数》
*「人殺し医療」ベンジャミン・フルフォード(著)(P27~28)より
ちなみに年間死者数4万人弱で死因5位の「不慮の死」も医原病と無関係ではあるまい。
交通事故で強い眠気を誘う風邪薬が原因のケースは、広義の意味で医原病に区分けできる。
繰り返すが、日本の公式の統計資料に「医原病」は、一切、出てこない。
しかし、死因をざっと精査するだけで、
相当数の死因を医原病と認定できるケースは山ほどあるのだ。
全米78万人と見積もったゲーリー・ヌル博士の基準で精査すれば
日本も40万人から30万人前後が「医原病」となるはずである。
ところが、日本の医学会、政府は、公式統計の死因を結果でしか出さない。
自殺にせよ、肺炎にせよ、心不全にせよ、死因自体は結果にすぎない。
結果しか出さないのは原因を知られたくないから、そう穿(うが)った見方をしたくなる。
なぜ、医者たちは、この事実を隠すのか。
医原病など存在していないかのように誤魔化そうとするのか。
むしろ、堂々と現代医療の多くは非常に「ハイリスク」と宣言して、
そのリスクを低減できる療法へと切り替えていけばいいではないか。
そこに現代医療の抱える「闇」、人を殺す医療システムの実態が浮かび上がってくる。
<感謝合掌 平成28年3月21日 頓首再拝>
医薬は服みてもよし、廃めてもよし - 伝統
2016/03/29 (Tue) 03:10:18
*「生命の實相」第37巻幸福篇上(P61~63)より
『生命の實相』を読んで薬を廃めて病気の治る人もある。薬を廃めないで治る人もある。
またかえって薬を拝んで服むようになり、心境の一変とともに病勢とみに減ずる人もある。
これはその人のひとりひとりの心の悟りである。
刺身包丁を見て、それで人殺しをする人もあれば、自殺する者もある。
また包丁は包丁だけに魚肉だけを料理して喜ぶ人もある。
先日はまた医師がメスを出すのを見て発狂して鉄道自殺を遂げた美貌の若き母があった。
それはまたその人ひとりひとりの心境の問題である。
たまたま包丁で人殺しをしたり、メスを見て発狂または自殺をしたりする人があるからとて、
包丁やメスは危険であるからといって、その発売や所有を禁止したり、
メスや包丁を殺人罪で告発したら滑稽であろう。
『生命の實相』には病人に対してむやみに医薬の服用を止めよと書いたところは一句もない。
たとえば『生命の實相』の巻頭の神示には、
「《もし病人にして医薬を服用する者あらんには》それを四口に分けて飲み、この《同じ想念》を
なして飲めば病必ず速やかに癒えるのである。すべての他の人の罪を赦すは、吾らの過ちを
また大生命なる神より赦されんがためである。もしわれらが心を閉じて他(た)を赦さなければ、
大生命の癒能(いやすちから)もまた閉ざされてわれらに流れ入ることはできないのである。」
この「《同じ想念》」をなすというのは
「一口目を手にしては、これ今まで過ちて人に対して憎み怒りし自己の罪が神によって
赦されんがための供物であると念いて服み、
二口目を手してはこれすべての人の罪が神によりて赦されんがための供物(そなえもの)であると
念(おも)いて服(の)み、
三口目を手にしては是れ神の護りによりて自己が再び隣人を憎み怒るの罪を犯さざらんがための
供物であると念いて服み、
四口目に一杯の飲料を手にしてはすべての人の罪をこの水のごとくわが心より洗い流して
心にとどめざらんがための象徴(しるし)であると思って服(の)む」
べきことがその前行の文章に書いてあるのである。
これは薬物服用の際における心の持ち方の懇切なる指導である。
それが『生命の實相』の、特に巻頭に書いてあったのは、それが重大な事柄であるからである。
近代のサイコアナリシス(精神分析)は観念泄瀉が心的原因の病気の治療に大いなる効果のある
ことを証明した。
この神示にははっきりと書いてあるところの方法は、
医薬の服用と同時に観念泄瀉を行なう方法であるともいえるのである。
『生命の實相』は現に医薬を服用していない者に「医薬を服め」とは勧めていないが、
「《病人にして医薬を服用する者あらんには》・・・かくかくの心持にて《服(の)め》」と
書いてあるのであって、「《服むな》」とか「その服用を廃せよ」とは書いてはいない。
しかるに『生命の實相』を読んで、薬を廃(や)める者があるのは、仏教的真理「色即是空」
(物質本来無し)、または諸方皆空(現象本来無し)の思想に目覚めた結果、自己内在の生命の
自然療能力に頼ることを重んじて物質的薬剤に頼ることを軽視するようになるからである。
<感謝合掌 平成28年3月29日 頓首再拝>
健康診断の落し穴。医者が「早期発見」を促すもうひとつの理由 - 伝統
2016/04/08 (Fri) 03:21:13
*Web:「MAG2 NEWS」(2016年4月4日)より
毎回、日本社会の問題点を鋭く指摘しその解決策を探る無料メルマガ
『日刊! “信頼の社労士”が思う、「仕事の本質」』の著者・小田一哉さん。
そんな小田さんが今回取り上げるのは、厚生労働省の「キャリアアップ助成金健康管理コース」。
非正規雇用の労働者が法定外の健康診断を受けられることにつながるため「良い制度」だ
と受け止められていますが、その裏には巧妙な仕掛けがあるのでは、と小田さんは指摘します。
より詳細な健康診断の目的は?
厚生労働省の助成金に「キャリアアップ助成金」というものがあります。
《キャリアアップ助成金(厚生労働省HP)》
「キャリアアップ助成金」には6つのコースがあり、
その中の1つに「健康管理コース」というものがあります。
このコースは、有期契約労働者等を対象とする「法定外の健康診断制度」を新たに規定し、
延べ4人以上実施した場合に助成します。
例えば法定の定期健康診断項目とは、身長・体重、胸部X線、血圧、尿検査…、
概ねこれが「法定の定期健康診断項目」です。
35歳、40歳以上は、上記に加え、心電図や血液検査が法定項目に入るので、
これら以外の例えば、腹部エコー健診、胃カメラ等の健診は法定外となります。
この「キャリアアップ助成金健康管理コース」は、パートタイマーや契約社員といった
有期契約労働者にとって、手厚い、法定外の健康診断を受けることができるようになるゆえ、
「これは有期契約労働者にとっても、会社にとっても、良い制度だ」と多くの人は思うかもしれません。
しかし…、果たして本当に良い制度なのだろうか?
私は常々、ちょっと穿った見方をしています。
ここ数年、芸能人が健康診断を受け、その健診結果について、出演している複数の医師が解説する、
という番組が意外と目立ちます。
そして、番組では病気の「早期発見、早期治療」を強く勧めています。
これも「良いこと」のように報じられ、「早期発見、早期治療」をすることが
病気を防ぐとても大事なこと! として結論付けるのです。
こういう傾向と「キャリアアップ助成金健康管理コース」、
これらは「同じ目的」を持っていると私は思っているのです。
より詳細な健康診断を受けると、それだけ「異常な数値」がその結果に多く出てきます。
そうすると、自分でも「大丈夫か?」と心配になり、医師からも再検査を勧められる、
その結果自分では「大したことない」と思っていても、とりあえず薬が処方されて
「様子を見ましょう…」ということになる…。元々具合が悪いわけではないので、
薬を飲もうが具合に変化はない…、ただ「薬を飲んだだけ」…、ということが起きたりするのです。
「薬を飲んだだけ」でも、再検査を受けたから病院には治療費を払い、薬局には薬代を払う、
健康保険と自分のお財布からの「お金」が病院と薬局に移転する、要するに、
ある意味「無駄に」健康保険の財源と自分のお財布からお金が逃げていくのです。
詳細な健康診断を受ける人が増えれば増えるほど、「異常な数値」を示す人は増えるから、
その結果「再検査」等で病院や薬局にお金を払う人も増える…、より多くのお金が健康保険の財源と
人々のお財布から、病院や薬局に消えて、病院や薬局(製薬会社)に移っていくのです。
もう10年くらい前になりますが、とある病院で人間ドックを受け、
その健診結果を受け取りに病院に行ったとき、健診結果を私に渡す医師は、
こんなことを言いました。
「最近の健康診断は、項目が多すぎるから、異常な数値が出るのは当たり前。
気にしなくていい数値はたくさんある。あなたにもいくつか異常数値があるけれど、
気にしなくていいよ。最近の健康診断は行き過ぎだよ!」
詳細な健康診断→異常数値→再検査→薬処方
その結果、健康保険の財源が減り、自分のお財布のお金が減り、病院・薬局・製薬会社が儲ける。
「キャリアアップ助成金健康管理コース」や「テレビでの芸能人の健康診断」、
上記の流れへの誘導なのではないか、と思います。
(http://www.mag2.com/p/news/163314)
<感謝合掌 平成28年4月8日 頓首再拝>