伝統板・第二
PPK(ピンピンコロリ) - 火曜版
2015/05/26 (Tue) 12:55:23
先日の日経新聞文化面「歩く、歩く」を見て、感じることがありました。
それで、このスレッドでは、スレッド「長寿」等の関連として
「PPK(ピンピンコロリ=大往生)」に関する情報を紹介してまいります。
・・・
*《歩く、歩く》~林 望 2015/5/24付日本経済新聞 朝刊(文化面)より
毎日四キロ弱を極力速歩で歩くということを日課として何年になるだろうか。
もう十年ほどにはなろうかと思われる。
大雨や雪の日などはさすがに歩かないが、そうでないときは、
疲れていても忙しくても、この日々の歩行運動は欠かしたことがない。
たいていは妻と二人で歩くのだが、ときには、一人でということもある。
日焼けするのもいやだし、日中はなにかと忙しいので、歩行はほぼ夜の習慣としている。
一日四キロでも、一年に積もれば(仮に二百五十日歩いたとして)一千キロ、
十年では一万キロという距離を踏破したことになる。
こういうことは、なにしろ継続こそ力なので、粛々と着々と続けることが肝心である。
◇ ◇ ◇
日頃(ひごろ)は書斎に座ったままの仕事だから、どうしても足腰が弱ってくる。
それを放置すれば、腰痛なども起こってくるし、肥満やら脂肪肝などの原因ともなろう。
私ども団塊の世代にとっての一つの義務は、
できるだけ病気にならないように自己管理するということでなければならぬ。
この膨大な数の高齢者がどんどん病気になったら、
そのぶん健康保険なども破綻するおそれなしとしないからである。
これからの人生は、やはり自分一人のことだけでなく、
社会的なことを常に念頭に置いて行動するのが、あるべき姿だろうと私は思っている。
これにはお手本がある。それは他ならぬ私の父である。
父雄二郎は、もう三年あまり前に老衰で身罷(みまか)った。
享年九十五歳だから年齢に不足はない。
しかも、七十七歳くらいで妻に先立たれ、
あとはずっと独身生活を「謳歌した」と言えば言えるかもしれぬ。
八十くらいまで現役で忙しくしていたし、生活もある程度自分でやっていた。
隣に私ども一家が住んでいたので、なにかと私の妻が面倒を見てはいたけれど、
とくに大きな世話をかけるでもなく、介護というようなことにもほとんどならず、
いわばまことに望ましい悠々自適の日々であった。
◇ ◇ ◇
その父が、最後まで健康で「元気に死んだ」のは、
たぶん日々歩きに歩いていたということが、
相当に大きな意味を持っていたのではないかと思われる。
足腰が弱るといけない、というのが父の晩年の口癖で、
朝起きると散歩、午後にも散歩、そして夕食を食べ終わると、
あとはのんびりして、さっさと寝てしまう。
まことに絵に描いたような早寝早起きの生活であった。
そうして、父は最後まで自分の足でしっかりと歩きながら、
死ぬ1時間前まで健康で元気でいたのだから、
まさに望ましい死に方、大往生というべきものであった。
私自身は、若いころからずっと自動車の運転が大好きだったせいもあって、
あまり歩かなかったし、また高校生のころにラグビーで傷めた腰が宿痾(しゅくあ)となって、
ねんじゅう腰痛を抱えているようなあんばいであった。
ところが、あるとき正しい姿勢で、正しい運動で歩くと、
腰の痛みを克服できるということを教えてくれた人があって、
それ以来、私はぎっくり腰で動けないということにもならず、無事暮らしてきたのである。
この正しい歩き方というのは、
(1)両手に何も持たず、
骨盤の中心に自分の体重の重心が来るように意識して姿勢を定める。
(2)真っ直ぐ前方を見ながら、あたかも時計の振り子のように、
両足を前へ振り出して、かかとから着地し、親指で蹴るような気持ちで進む。
(3)自然に手を振る。あまり大きく振ると重心が狂うので却(かえ)ってよくない。
(4)平坦(へいたん)で滑らない道を適切なウォーキング・シューズを履いて歩く。
(5)毎日コンスタントに同じ距離を歩く。
(6)できるだけ速歩で、すこし汗ばむ程度の強歩とするが、決して走ってはいけない。
とまあ、書いてみればこんなことで別に目新しいことではない。
が、要するに、ゴルフをしながら歩くとか、犬の散歩とか、
そういう歩き方とはまったく違うということである。
◇ ◇ ◇
歩くのは、まさにその「歩くこと」が自己目的でなくてはならぬ。
ただひたすら、妻とおしゃべりなどしながら、脇目もふらず、せっせと歩く。
夜歩くのだから、家の近所の緑地公園のようなところを歩くのでなく、
街灯の煌々(こうこう)と点(つ)いている普通の駅前商店街などを歩くのである。
私の家からは南へ約九百メートルほどで最寄りの駅に着く。
そこから西へむかって約一キロ、さらにこんどは北へ向かって約九百メートル、
そうしてまた東へ一キロ、というような具合で、四キロ弱の行程である。
このまったく同じ道を、毎日毎日、飽きもせず歩いてくるのである。
日頃運動などはせず、たまさか休日に山に登ったり、テニスをしたり、
急激に強い運動をするのは、却ってリスクが大きかろう。
大切なことはひたすらコンスタントに一定の負荷をかける歩行を継続することである。
こういう日々を送っていると、しかし、その毎日変わりのない道筋のなかで、
ふと梅の香を聞いて春の来たことを知ったり、暑い夏の終わりに、
ある夜突然に涼しい風が吹いていることに気付かされたり、
季節の移り変わりを敏感に感じることができる。
同じ道だからといって、決して退屈なことはないのだ。
そうして、行く行く、こんな俳句が、ふと心に浮かんだりもするのである。
すずしいね、
うん、と言ふ言ふ
歩きけり
宇虚人
はやし・のぞむ 1949年東京生まれ。作家。英国留学を経て
「イギリスはおいしい」で日本エッセイスト・クラブ賞。著書に「謹訳 源氏物語」など。
・・・
<関連Web>
(1)光明掲示板・第三「長寿」
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=105
(2)光明掲示板・伝統・第一「長寿 (79)」
→ http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=49
(3)スレッド「長寿」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6462212
(4)光明掲示板第二「今、日本国には、”病あり”の暗黒思想が広がっております。 (2725)」
→ http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=598 >
(5)光明掲示板・第三「今、日本国には、”病あり”の暗黒思想が広がっております」
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=66
(6)光明掲示板・伝統・第一「”病あり”の妄想からの脱却 (87)」
→ http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=53
(7)スレッド「”病あり”の妄想からの脱却 」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6460524
<感謝合掌 平成27年5月26日 頓首再拝>
< PPK(ピンピンコロリ)とは> - 伝統
2015/06/09 (Tue) 12:33:34
*Web:特定非営利活動法人PPKネット より
< PPK(ピンピンコロリ)とは>
老いや死は避けられません。
死や老いに真面目に向き合い、
毎日を大切に生き、
与えられた生を最後の最後まで生き抜くこと。
それが PPK(ピンピンコロリ) です
<金の無い高齢者とホームレスはゴミと同じ?>
誰が言ったか知りませんが、とんでも無いことです。しかし、15年後は...。
介護や健康保険は馬鹿高くなり、
年金はインフレ政策によって実質的に目減りします。
公的介護の質が悲惨なほど低下し、
相当の介護を受けるには、莫大な費用が掛かるようになります。
厳しい競争社会と少子化の中で、
子供世代は親の面倒を見る余裕は有りません。
だから、 ”PPK” はシニアが人間らしく生きるためにも必要な事なのです。
< PPKの秘訣 >
(水野肇、青山英康・著「PPKのすすめ」より)
(1)家族及び住まい
①暖房は部屋全体を暖める
②同じ市町村に住み続ける
(2)食生活
①牛乳などカルシウムを多くとる
②水分、特にお茶を良く飲む
③タバコは止める、酒は適量
(3)生活態度、生活行動
①短気を起こさない、小さい事に拘らない
②嫌な事はすぐ忘れる
③経済的、精神的余裕を持つ
④生甲斐、趣味、地域活動、スポーツ
⑤良く書き物をする
(4)社会関係、交友関係
①ボランティアへの参加
②隣近所との会話
③何でも相談できる友人
④電話で話す相手がいる
⑤元気づけてあげる人、くれる人がいる
⑥家族が心の支え
⑦おしゃれや身だしなみに気をつかう
(5)その他
①仕事やライフワークを持つ人が多い
②もっと長生きしたいと考えている
③がん、心臓病、脳卒中を克服した人も多い
(http://www.ppknet.org/ppk_intro1.html)
<感謝合掌 平成27年6月9日 頓首再拝>
急激の死は - 伝統
2015/06/23 (Tue) 12:15:39
*『實相研鑽』第三集[ 41 ]
<テーマ> 「帰幽の神示」をめぐって(昭和41年7月17日)
谷口雅春先生の結語 より
急激の死というものは、不測の災難によって死んだのと、
それから大往生だけれども、突如として死んだという例などありますが、
また、この急激に災難を受けたりして死ぬ場合は、
今までの生活の方向が霊魂の進化の正しい方向を向いていなかった時に
突如として今までの生き方の方向を転換せしめるために起る。
人々の想念や行動には惰力がついていて滑らかに走らせておくと、
同じ方向に突っ走る傾向がある。
その方向を変化せしめるために突如として外界から生命の動きの方向を変化するために
急激なショックが与えられる。
それが突如として起る災難である。
つまり、肉体は、“魂の住居(すまい)であって、その住居を突然こわされたり、
突然に火をつけて燃やされるという時、霊魂はその住居から裸のまま飛び出す。
そうすると今までその霊魂の持っていた業みたいなものを持って出る暇がなくて、
新たなる出発を始めるということになるわけです。
また、昨日まで健康であった人が大往生の姿で急に死ぬ場合は、
今まで苦しむ必要もなく、地上における任期が満了したというわけで、
何も苦しみによって浄化しなければならないような業の無い人は、
病気にもかからないで、突然スーッと○ねるということになるわけでありまして、
この“急激の死”というのも、
その人の霊魂の進化の程度によって色々な場合があるのであります。
・・
○:死
<感謝合掌 平成27年6月23日 頓首再拝>
PPK(ピンピンコロリ=大往生)の法則 - 伝統
2015/06/30 (Tue) 12:25:12
PPK(ピンピンコロリ=大往生)の法則
*Web:健康長寿プロジェクト より
1.ピンピンコロリの法則
日本は世界に名だたる長寿国ですが、
年をとってもピンピンしている健康長寿の人はそんなに多くはありません。
ただ長生きするだけでなく、私たちが望むのは、
なくなる直前まで元気に活動するピンピンコロリ(PPK)の人生であり、
不幸にして長期の寝たきりになって亡くなるネンネンコロリ(NNK)ではないでしょう。
長寿いきいき研究所顧問の首都大学東京大学院・都市システム科学
星旦二教授の研究チームが積み重ねてきた、
実践的なPPKの新しい方法論をいくつか紹介します。
2.長野県はなぜ長生きなのか
長野県が長生きなのは全国的によく知られています。
2005年の平均寿命は男性が第1位、女性が第5位と、素晴らしい実績です。
長野県が他県と差があることをご紹介しますと
(1)高齢者の有業率(働いている高齢者の割合) が日本で一番多い。
特に農業従事者がとても多い。
(2)標高が高い自治体が多い。
(標高が1000メートル上がると、
男性はほぼ2歳長生きであることが調査でわかっています。)
(3)青壮年者の死亡率が低い。
(特に肝臓がんの死亡率比が全国平均より約4割少ない。予防接種が
原因のC型肝炎による肝臓がん死亡率が少ないことが背景にある。)
(4)1人あたりの老人医療費が最も少ない県のひとつである。
(5)地域医療の先進地域であり、
「自分たちの健康は自分たちで守る」という健康への積極性が培われている。
(6)公民館活動が活発で生涯学習に力を入れているため、
人口100万人換算で843.3館もあり、これは都道府県では
断トツに多い数を誇っている(全国平均は134.2館)。
標高が高い土地で植物を育て(当然自然環境が良い)よく働き、
生涯学習を一緒にできる仲間やご近所さんを持ち、
多少の体調不良では病院に行かず薬も飲まず、
「自分の健康は自分たちで守る」をモットーに生きてる人々が
健康で長生きだということですね。
3.その他の調査からわかったこと
(1)日本の医療状況を先進諸国と比較すると、人口あたりで見た病院病床数が
米国よりも4倍以上多く、入院期間は5倍以上長い。
→入院が長くなると健康でなくなる可能性が高い。
(2)抗インフルエンザ薬タミフルの、世界生産量の約8割を日本で消費している
ことからわかるように日本人は薬大好き国民。
一方で、多くの薬害に悩んでいる国でもあります。
生物製剤によるAIDS、医療事故による肝炎が薬害の代表例といえます。
→ 薬は少なめが健康の秘訣。
4.長寿と歯の関係
(1)歯周病になると、口腔内の歯周病菌が血流で心臓に運ばれ、
心臓の血管が炎症を起こし、動脈硬化や心臓発作になる可能性があります。
歯周病の人の心疾患での死亡率は、健康な人の2~3倍と言われています。
(2)また、食べ物を飲み込む機能が衰えた高齢者が誤って歯周病菌が着いた食べ物を
気管支や肺に送り込むことで、誤えん性肺炎を引きおこすことが知られています。
(3)その他、歯周病で歯が抜けて食べ物が噛めなくなると
脚力やバランス能力などの運動機能が低下したり、
食事が進まず健康を害することもあります。
たかが「歯の病気」という考えをあらためて、かかりつけ歯科医を持ち、
定期健診によって歯の病気の予防と早期発見・早期治療に努めることは大切です。
5.長寿と外出頻度の関係
高齢者の毎日の外出は女性が急速に低下
6.病は気からは、本当でした
「病は気から」という言葉がありますが、多少の支障があっても
「自分は健康である」と自信を持つ方は、
「健康でない」と考える方に比べ、長生きすることが示されました。
健康と感じるように心がけたり、相互支援をする環境づくりが大事です。
(厚生労働省、地域総合研究費に基づく、
全国16市町村22,167人2年間追跡研究 星旦二ら)
(http://ikiiki-laboratory.com/ppk/)
<感謝合掌 平成27年6月30日 頓首再拝>
死期の修正は出来るか - 伝統
2015/07/07 (Tue) 12:06:37
*『實相研鑽』第三集[ 41 ]
<テーマ> 「帰幽の神示」をめぐって(昭和41年7月17日)
谷口雅春先生の結語 より
それからこの“急激の死”に連関して、死期の修正は出来るかという問題でありますが、
これも『生命の實相』の霊界篇にありましたね。
その人が今まで、この世に生活して色々の人を救って来たとか、
功績があったとかいうのでその任期満了の時期が来ているけれども、
その人自身がなおしばらく現世にいて色々のものを見たいとか、
楽しみたいとかいうような願いを持っている場合には、特に、任期が来ているけれども、
その任期満了の時期をある程度延ばすということがあるのであります。
それはちょうど、生長の家では72歳が停年ということになっているけれども、
今までの功績のある人であり、その人がもっと仕事をしてくれたら、
人類光明化のためにもなるという場合には、
退職させないで嘱託として3年間勤務期間を延長する。
その3年を経過して、その人がなお、人類光明化に役立つ場合には
なお2回でも3回でも勤務期間を延長できるのと同じように、
この世の任期満了の時期が来ている人でも、
その人がなお現世にいることが人類の向上に役立つような場合には寿命を延長して、
それを修正する事が、出来るのであります。
<感謝合掌 平成27年7月7日 頓首再拝>
大往生の条件「自分の最期は、自分で決める」 - 伝統
2015/07/14 (Tue) 12:51:12
*Web:「花の家族葬」(死と終末期の延命治療/大往生の条件/)より
どなたさまも大往生を願っているかと思います。
大往生とは辞書によれば「少しの苦しみもなく安らかに死ぬこと。
また、りっぱな死に方であること」と書かれています。
「りっぱな死に方」かどうかは他人の評価ですが、
「少しの苦しみもなく安らかに死ぬこと」は、
これまでみてきたように他人まかせではかないません。
大往生の条件は「自分の最期は、自分で決める」という一言につきます。
「自分の最期」とは、終末期から死にぎわの逝き方までです。
「終末期」とは、明確な定義はありませんが、一般的には老衰・病気・障害の進行により、
死ぬことを回避する方法がないと診断され、余命数週間から数ヶ月以内の期間をいいます。
よって「終末期」に入って、どうしようと焦っても遅いのです。
じゃ、いつやるか。
65才以上の人は「今でしょッ!」
《65才が節目です。》
厚生労働省の発表によると平成24年の死亡者数は、125万6254人で120万人台を越えました。
その内、75才以上の死亡者数が3分の2を占めています。
50才代の死亡者数は、約5.3万人。60才代は約14.7万人。70才代は27.5万人。
80才代は45.5万人。90才以上が27.3万人です。
80才代の死亡者数はダントツですが、伸び率?でいえば、
60才代は、50才代に比べると3倍近い死亡者数になり、ダントツの伸びです。
60才代を元気に生きぬくことは、一つの節目なのかもしれません。
年金支給年齢の65才を一つの目安として、
「自分の最期は、自分で決める」準備を心がけてはいかがでしょうか。
では何をするのか?
《そうだ図書館に行こう!》
健康に関する情報は山のようにあふれていますが、
終末期のあり方、逝き方などはテレビや新聞ではあまりお目にかかりません。
マスコミに頼っていては親身な情報は手にできません。
お医者さんも商売ですから、鵜呑みにはできませんよ。
情報は自分で探すしかありません。
そこで、おすすめなのが図書館です。
現役時代は本屋さんやネット通販でお気に入りの本を購入されていたかもしれませんが、
年金生活では余分な出費を控えなくてはなりません。
それには、図書館が一番です。
読んで手元に置いておきたい本があれば、その後で購入すればいいのです。
おすすめの本を紹介しますので、参考にしてください。
1)「往生したけりゃ医療とかかわるな/「自然死」のすすめ」
著者:中村仁一 出版:幻冬舎新書
2)「『平穏死』のすすめ」
著者:石飛幸三 出版:講談社文庫
3)「『平穏死』10の条件」
著者:長尾和宏 出版:ブックマン社
4)「医者に殺されない47の心得」
著者:近藤誠 出版:アスコム
5)「サヨナラの準備」
著者:中村仁一・中村伸一 出版:メディアファクトリー
図書館の静けさは、死にぎわから逆算して、
今をどう生きるかを考えるヒントを与えてくれるかもしれません。
《リビングウイルを書こう!》
「死にぎわの逝き方」について、お急ぎの方にエッセンスを紹介します。
リビングウイルについてです。
リビングウイルとは「自分の死のまぎわにどういう治療を受けたいかを、
判断能力のあるうちに文章にしておくことです。
日本では、法的な力はありませんが、書いておくことで、意識を失ったあとも、
家族や医師に、延命治療についての自分の意思を伝えられます。
・・・家族や知人がわかるところに保管します。あなたも、書いてみませんか?」と
『医者に殺されない47の心得』で近藤誠先生が、
ご自分のリビングウイルを紹介されていますので、引用させてもらいました。
参考にされてはいかがでしょうか。
近藤誠のリビングウイル
いっさい延命治療をしないでください。
私は今日まで、自由に生きてきました。
64歳まで、好きなことに打ちこんで、幸せな人生でした。
そして、自分らしく人生を終えたいと思っています。
今、私は意識を失っているか、呼びかけに少し反応するだけだと思います。
すでに自力では、呼吸もほとんどできないかもしれません。
このまま命が尽きても、何も思い残すことはありません。
だから、決して救急車を呼ばないでください。
すでに病院にいるなら、人工呼吸器をつけないでください。
つけられているなら、はずしてください。
自力で飲んだり食べたりできないなら、無理に、口に入れないでください。
点滴も、チューブ栄養も、昇圧薬、輸血、人工透析なども含め、
延命のための治療を何もしないでください。
すでに行われているなら、すべてやめてください。
もし私が苦痛を感じているようなら、モルヒネなどの、
傷みをやわらげるケアは、ありがたくお受けします。
今、私の命を延ばそうと力を尽くしてくださっている方に、心から感謝します。
しかし、恐れ入りますが、私の願いを聞いてください。
私はこの文章を、冷静な意思のもとに書き、家族の了解を得ています。
いっさい延命治療をしないでほしい。
この最期の願いを、どうぞかなえてください。
決して後悔しないことを、ここに誓います。
2012年12月7日
住所
自筆署名 歳 印
証人署名
(http://www.kazokuso.net/)
<感謝合掌 平成27年7月14日 頓首再拝>
地獄への道は、善意で舗装されている - 伝統
2015/07/21 (Tue) 12:37:43
*Web:花の家族葬より
救急車を呼ぶということは
「救急救命のために蘇生措置をし、もし成功したら延命治療もお願いします!」
という意思表示になることが多いそうです。
さて、あなたは救急救命士の迅速な判断で、
あっという間にある病院の救急治療室に運ばれます。
止まっている心臓にマッサージがおこなわれます。
若い先生が両手で力強く胸の真ん中あたりをグイグイと押してきます。
肋骨が折れます<ボキ!>。
AEDで電気ショック治療、<ドック~ン!>。
あなたは、死にぎわの陶酔状態「エンディング・ハイ」から、呼びもどされます。
手術室に運ばれたあなたの心臓には、血管に細い管を入れられて、
詰まっている血を薬で溶かし、呼吸ができなくなったあなたの肺には、
気管に管が入れられて人口呼吸器につながれます。
もしかすると(多くは?)、後遺症がのこるかもしれません。
例えば<半身不随と顔面麻痺>。
言葉がうまくしゃべれません。
食事もうまくできません。
家族たちは「命だけは、なんとか助けてください」と先生にお願いします。
あなたはあらがうこともできず、栄養補給のために鼻からチューブがいれられ、
宇宙食のような液体が少しずつ流されます。
あなたは、あまりの不快感にチューブを抜こうとします。
すると「だめでしょ、あなたのためだから」と若いナースさんにさとされ、
あなたの手は縛り上げられます<グイグイ>。
《地獄の死者》
長くなりそうなのでと医師は、患者負担の少ない胃瘻(いろう/胃腔に向かって
お腹に開けられた孔とそこに設置された管)による栄養補給を勧めます。
また水分補給のために、手や足の静脈から点滴注射もおこなわれています。
しかし、年を取ると、血管がもろくなっているので、すぐに漏れます。
何度も注射針が刺し直されます<チクリ、チクリ!>。
あなたは「やめてくれ~ッ!」とさけぼうとしますが、声になりません。
こんな地獄のような状態が何年続くやら・・・・。
しかし、お医者さんも看護師さんも、ご家族もどなたも、
あなたの命を助けることがあなたのためだと信じて、善意でおこなったことなのです。
ときとして、地獄への道は、善意で舗装されているのです。
《自分の最期は、自分で始末する》
かつて葬儀をした93才のおばあちゃんは、
まさに「自分の最期は、自分で始末する」ことを絵に描いたような人でした。
納棺の日にお子様たちに「最期は老人ホームでしたが、介護などで大変でしたか」と聞くと
「いえ、しっかりした母で、介護も必要なく、みんなに迷惑をかけたくないからと
4年前にホームに入ったんですが、(自宅の部屋の)荷物も全部自分で整理して、
延命治療もしないようにと宣言書も作っていたんですよ。
終末期の対応についてもホームの担当医と相談していたようですね。
10日前ぐらいに担当医から
『具合いが悪くなって救急車を呼べば、病院では延命治療が始まります。
こちらに任せていただければ、ホームで延命治療をせず痛みもなく対応しますが、
どうされますか』と聞かれたので担当医にお任せしました。
最期は、本当にすーっと穏やかに息を引き取りました」と喪主様が答えてくれました。
なによりも、おばあちゃんの手足がとても奇麗で、
点滴など針の痕は一つもありませんでした。
そして穏やかで上品なお顔をみると、
エンディング・ハイで心地よく逝かれたのだとわかりました。
まさに大往生です。
人生の達人ですね。
このおばあちゃん、生前にいろいろな勉強会などに参加されて、
リビングウイル(Living will/尊厳死を希望する旨を表明した宣言書)も
作っておられました。
そんな準備をされていたので、ご家族も担当医もホームも、
おばあちゃんの意思をちゃんと受け止めることができたんですね。
<感謝合掌 平成27年7月21日 頓首再拝>
肉体の死とは - 伝統
2015/07/28 (Tue) 12:52:59
*「人生を支配する先祖供養」(P100)より
地球生活は、魂の向上のための学校のようなものである。
一定期間地上で色々のことを修行し勉強し、その環境条件の下(もと)に於いては、
それ以上、その魂が吸収すべき勉学の要素がなくなれば、
他の上級学校へ入学するために、今までの環境条件の学校から卒業して去るのである。
それを仮に吾々は“死”と呼ぶのである。
“死”という語が連想させるような、
『生命の停止』とか『生命の中断』というようなものはないのである。
端的に謂えば『死は無い』のである。
“死”と見えるものは、生命の一つの学校から、
他の学校へ進学するための卒業である。
<感謝合掌 平成27年7月28日 頓首再拝>
人々に幸せに満ちた穏やかな死を - 伝統
2015/08/04 (Tue) 19:19:40
(火曜版ですが、昼間の投稿ができませんでした関係で、
夕刻の投稿となりましたことをご了承ください)
*「致知」2015.4月号より
~ 萬田緑平(在宅緩和ケア医)
いまや二人に一人ががんになり、その半数以上が完治する見込みもなく
終末期を迎える時代となりました。
しかし、手術から抗がん剤治療、危篤時の延命治療に至るまで、
あらゆる手段を駆使してがんを治そうとする医師が多くいる一方で、
治る見込みのなくなった患者さんの”心”を支援する態勢、医師はとても少ないのが現状です。
そのような現状を変えようと、私が外科医を辞め、群馬県高崎市にある
「緩和ケア診療所・いっぽ」の”在宅緩和ケア医”となったのは2008年、45歳の時でした。
聞き慣れない職業かもしれませんが、簡単に私の仕事を説明するならば、
終末期を迎えた方々が、最小限の医療処置によって、自宅で大切な人とともに
最期の瞬間まで目いっぱい生き抜くお手伝いをすることだと言えるでしょう。
そうお答えすると、「退院したら苦痛が増すのでは?」などの疑問の声が聞かれます。
しかし、ほとんどの場合、身心を痛めつけていたのは病気ではなく、
過剰に投与された薬剤や延命処置なのであって、病院での治療をやめることで、
残された最期の時を穏やかに自分らしく生き抜くことができるのです。
事実、私がこれまで直面してきた看取りのどの場面も、本当に穏やかそのものでした。
亡くなる15分前に訪問入浴を楽しみ、「極楽、極楽」と笑っていたおばあちゃん。
「あなたの愛する家族一同より」と、家族から亡くなる前日に感謝状をもらったお父さん……。
「いっぼ」の看取りの現場は、たくさんの思い出話や来世での約束など、
ドラマの最終回よりもずっと真実な家族愛と歴史に縁取られているのです。
きっとこのあり方こそが、将来の終末医療の常識になるはずだと私は確信しています。
とはいえ、かくいう私も外科医として勤め始めた頃には、
あらゆる手段を駆使して患者さんの病気を治そうとする医師の一人でした。
呼吸が苦しくなれば口からチューブを、食事がとれなくなれば胃に穴をあけ
栄養を流し込む胃ろうを、心臓が止まりそうになれば強心剤をという具合に。
ただ最新の医療を施しているはずなのに、ほとんどの患者さんが体中をチューブで繋がれ、
何をされているかも分からない譫妄状態のまま、苦しそうに息を引き取っていくのです。
そして、私はそのような現場に立ち会っていく中で、人間にとっての「幸せな死」とは何か
と考えるようになり、患者さんに自分の意思で最期まで生き抜いてもらい、
ご家族にも満足してもらえることこそ、
人間の尊厳を守る終末医療のあり方でないかと模索し始めたのです。
医師になって二年目。
患者さんを受け持てるようになった私は、当時一般的ではなかった余命の「告知」を行い、
患者さんと家族の意思を尊重した治療のあり方を少しずつ実践していきました。
効率よく手術や処置をこなす同僚からは、
「病室で患者と話してばかりで仕事が遅い」などとばかにされることもしばしば。
しかし、私が初めて告知を行った患者である小林和恵さんとの出逢いが、
私の心の強い支えとなってくれたのでした。
彼女は39歳と若く、3人のお子さんのお母さんでもあり、
ピアノ教師として生き生きと働いている方でした。
しかし、体調不良を訴え、診察に訪れた時には、
すでに末期のがんに侵され手遅れの状態だったのです。
私は家族の希望を支援し、余命を告知。
後に抗がん剤治療から自宅療養に切り替えた彼女のもとに、時々様子を見に伺うなど、
心のケアに努めていきました。
その際、正式に和恵さんの緩和ケアを引き受けてくださっていたのが、
「いっぽ」の設立者・小笠原一夫院長です。
そして、私は何とか和恵さんを.元気づけようと、ある一つのお願いごとをしたのでした。
「数か月後に控えた、私の結婚式でビアノを弾いてよ」
このお願いを彼女は大変喜んでくれました.
しかし、迎えた結婚式の早朝、夫の晃一さんから電話が掛かってきたのです。
「先生ごめん。和恵は『私の楽譜はどこ?』って言っている。きょうは調子がよくないみたい」
和恵さんはがんの進行による意識障害を起こしているようでしたが、
何とか式場まで駆けつけてくれ、お色直しの際に別室で顔を合わせることができました。
そして、いつもの明るさそのままに、
「ごめんなさい、ピアノを弾けなくて!」と、花束を渡してくださったのです
その後、帰りの車中でそっと目を閉じた彼女は、そのまま深い眠りに落ち、
翌々日に自宅で静かに息を引き取ったのでした。
生前、
「自分の家で、自分のピアノの前で、ショパンを聴きながら家族に囲まれ、眠るように逝きたい」
と言っていましたが、そのとおりの穏やかな最期でした。
そして、悲しみに暮れる私に、小笠原先生はこうおっしゃってくださったのです。
「和恵さんは、人生の最終楽章を”自分で”書いたんだ」と。
この時の体験が私に大きな影響を与え、手術に熟練したかっこいい外科医を目指す傍ら、
緩和ケア研究会や小笠原先生の講演会に顔を出すようになり、45歳の区切りをもって、
在宅緩和ケア医として人生を懸けようと決意するに至ったのでした。
私は医師が勧める抗がん剤治療や延命治療を、否定するわけではありません。
ただ、あくまで人生の最期のシナリオを書くのは、
他人ではなく自分自身だということを知っていただきたいのです。
そして、生まれてきた時に「おめでとう」と言うのなら、
亡くなる時も「おめでとう」と言えるる世の中にしたいのです。
その穏やかな人生の幕引きを一人でも多くの方に与えたい。
その思いを胸に、これからも在宅緩和ケア医療の普及に全力を傾けていきたいと思います。
(まんだ・りょくへい=緩和ケア診療所・いっば 在宅緩和ケア医)
<感謝合掌 平成27年8月4日 頓首再拝>
大往生と断末魔の苦痛について - 伝統
2015/08/11 (Tue) 12:44:36
*『人生を支配する先祖供養』(P7~8)より
霊魂には修行の足りた霊と、修行の未熟な霊とがあり、
それに従って、肉体を脱して彼が霊界に往ったときの状態がちがうのである。
修行の足りた霊は、ハッキリした意識を持って肉体を脱出し、
自分が今しがた脱した肉体という抜け殻を客観的に見る事が出来るのである。
肉体を脱するのに何らの苦痛をも感じない。
所謂(いわゆ)る大往生である。
そして霊界に移行してからも
意識を持ち続けて周囲の状態を見たり聞いたりすることができるのである。
そうでない未熟な霊魂は、肉体の生前の三業(意業・口業・身業)の不浄なるものを
浄めんがために、病気の苦痛を経験する。
苦痛は浄化の課程である。
しかしある程度以上の苦痛は神の恵み深き摂理によって、
“意識を失う”という方法によって回避されることになっている。
そして意識を失った状態で、その霊魂は霊界の待合室みたいな所に移行するのである。
<感謝合掌 平成27年8月11日 頓首再拝>
大往生のシナリオ - 伝統
2015/08/18 (Tue) 12:13:01
*「薬をやめれば病気は治る」岡本 裕・著 より
心なしか、だんだん元気がなくなっていき、食べる量も徐々に減っていきます。
それにつれて体重も減って軽くなり、肌も乾燥していきます。
昼間に起きている時間が短くなり、口数も少なくなっていきます。
そしてある日突然、さっきまで笑っていたのに、さっきまで機嫌よく食事をしていたのに、
あるいは、さっきまですやすやと寝息を立てて眠っていたのに、
次の瞬間には息をしていない……ということが起きるのです。
まるで、その“ある日”をご本人があらかじめ決めていたかのように、
おおよそ1~3カ月かけてだんだんと弱っていきながら、苦しみもなく
そっとやすらかに息を引きとっていく ――。
このような人の共通点は
①薬を飲んでいない。
②胃ろうをしていない。
③点滴をしていない。
いいかえれば、医者と薬とはあまり縁がないということになります。
「もっとも、大往生する人はもともと健康だったから
薬を飲んでいないだけでは、
という見方があるかもしれません。
最初の頃は私もはたして、薬が先か健康が先か、
というような疑問を抱いていたこともありましたが、
10年あまり、数多くのお年寄りと接する機会に恵まれ、
結論に確信が持てるようになりました。
やはり、薬を飲まないから健康度が高く長く保てるのだと
みることが正解だと思うのです」
<感謝合掌 平成27年8月18日 頓首再拝>
「突然の死」も「予定されたる死」である(三河島事故にふれ) - 伝統
2015/08/25 (Tue) 14:44:08
*『生長の家』誌(昭和37年8月号)より
…突然の死のように見えるものも、すべて予定されたる死である。
死期は予定されていて、死の場所に誘って行く霊界のメッセンジャーが、
その人を死の場所に導いて行くのである。
惨害に遭って死んだからとて、
その人が惨害に遭わない人よりも一層罪が深いという訳ではない。
今惨害に遭っていない人も、やがて惨害に遭うかも知れない。
私の訳した〝霊界の妻は語る〟の本の中には飛行機事故で突然死んだ霊魂が、
死の直後、意識を恢復して交霊会で通話したという実例が載っている。
死の直後、すぐ意識を恢復しているのは高級霊でないまでも低い霊魂でない証拠である。
しかし突然の急激なる打撃(例えば不慮の災禍)で肉体が死に、霊界へ移転する霊魂は、
急激に、その人の霊魂が今までの業を離脱して急速に浄化向上するための摂理である。
地球の一周期の終りに世界的な大戦争や、大々的な天変地変などで
多数の人類が大量死滅することもあるのも、地球の一周期の終りには、
地球上の人類のうちの或る周期に地上に他の天体から移動して来た霊魂の総決算期が
近づいているので、浄化すべき業は、速かに浄化して置かなければならないからである。
突然の災禍で肉体が死に、霊魂が肉体を脱け出す時には、
肉体は魂の住む「宮」又は「家」であるから、家が急激に地震などで崩壊するときには、
急に大急ぎでその家から住む人が何物もとりあえずに飛び出すのと同じように、
その人の霊魂は自分の身についた業を何物も持たずに、謂わば裸で肉体を飛び出すので、
その人の業が速かに潔められるので、その人の霊魂にとって寧ろ祝福さるべきことである。
それは決して神罰ではなく神の愛ふかき摂理である。
魂の発達の傾向があまりに方向が外れているときには不慮の災禍で肉体が死に、
魂がとるものも取り敢ず「肉の宮」を飛び出すために、
今までの業(即ち心の習慣性)を霊界へもって出るひまが無く魂が浄められることがある。
<感謝合掌 平成27年8月25日 頓首再拝>
尊厳死、米の苦悩と日本 - 伝統
2015/09/15 (Tue) 12:10:40
*「日本経済新聞(2015/8/30)朝刊」より
2週間も人工呼吸器につながれた79歳男性の荷物の中から
その「紙」を偶然みつけたとき、医師たちは凍り付いた。
男性が自らの尊厳死に備え生命維持処置に関する希望をしたためた「事前指示書」だった。
「延命はせず苦痛緩和にとどめてほしい」。
4年前に作成したが認知症の進行で意思表示ができず、長男も存在を知らなかった。
事前指示に反すれば病院側が家族に提訴される恐れがある。
男性はその後、指示に沿って終末期患者の緩和ケアに専念するホスピスに移された。
2015年2月、米メリーランド州ボルティモア市の大病院で実際に起きた事例だ。
米では1990年に連邦政府が「患者の自己決定に関する連邦法令」を制定し、
「延命治療の拒否権」を含む事前指示の法的拘束力を認めた。
米国民の間で事前指示の普及率は7割にのぼるようだ。
オバマ大統領も国民に作成を呼びかけた。
だが、高齢化に伴い、事前指示を巡る米医療現場の混乱は拡大するばかりだ。
駆けつけた救急隊員や医師が事前指示書を発見できない例も続発している。
「患者の医療知識不足で指示が適切とは言えない」
「家族が全く知らされていない」といった問題もある。
米総合病院グループ、メイヨー・クリニックのラクロス病院(ウィスコンシン州)で
患者の権利保護を担当するニキジョ・ヘイガー氏は、
「地域住民の啓蒙活動や医師らの徹底した倫理教育、ホスピスとの連携など、
理想的な尊厳死の実現には複雑な課題が山積みだ」という。
個人による事前指示の限界を乗り越える仕組みとして注目を集めるのが、
医師らが事前に本人と相談のうえで作成する「治療範囲に関する医師指示書」(POLST)だ。
米ウェストバージニア州モーガンタウン市。ウェストバージニア大医療倫理・法学センターの
一室で、医療スタッフが昼夜を問わず数千件におよぶ患者情報の入力に追われる。
POLSTをいち早く導入した同大学病院では患者の死期が6~12カ月に迫ったと判断すれば、
医師や権限を持ったスタッフが患者から終末医療の要望を聞きデータベース化する。
いわば「尊厳死の電子カルテ」だ。
共通シートには心臓マッサージや気管挿入といった細かな選択項目がある。
入力した情報は院内や救急隊員だけでなく他州の医師らもアクセスし、担当医に照会もできる。
「患者の指示書は紛失など問題が多く、期待通りの成果を上げていない」と
アルビン・モス同センター教授。
同教授によると全米で40近い州が制度改善に向け、
なんらかの形でPOLST導入・検討に動いているという。
日本はどうか。
終末期医療に関する患者の意思を法的に担保する仕組みはない。
ここ10年ほどでホスピスなども広がり、病院任せでなく、
人生の幕の閉じ方について本人の意思を大切にしようとの機運はある。
だが日本では「家族や親族の発言力が強すぎ、終末期で必ずしも自身の意向が通らない」
(医療関係者)。法整備の動きは鈍く医療界も慎重だ。
個人の選択権を法的に担保する米国型の強力な事前指示やPOLSTを
そのまま導入するのにも無理がある。
80年代以降、米で尊厳死が広がった背景には、長期延命した場合に
家族が医療費の負担に耐えられないという事情があった。
個人の権利保護と選択を重んじる米社会。
終末期医療を巡る通念や死生観も日米では異なる面も多い。
米型の長所を取り入れながら患者の意思を担保する仕組みを整える。
その前提として本人が家族らと尊厳死について日ごろから意思疎通を図り、
社会になじむ仕組みを目指すのが大事だ。
米が格闘する尊厳死の前線を歩いてそう感じた。
(ワシントン=矢沢俊樹)
<感謝合掌 平成27年9月15日 頓首再拝>
人間の死期は決まっているのか - 伝統
2015/09/22 (Tue) 09:58:09
*『實相研鑽』第三集[ 41 ]
<テーマ> 「帰幽の神示」をめぐって(昭和41年7月17日)
谷口雅春先生の結語 より
だいたい、その人それぞれの死期というのは、この世に生まれた時に決まっているのです。
“お前は何年間この地球に出張を命ず”といおう辞令が出るようなもので、
それはその人の霊魂の過去世の成績によるというわけでありますが、
しかし過去の成績がよかったから長生きするというわけでもない、(笑声)
生後6ヶ月だけで卒業する人もあれば、
あるいは胎内における妊娠中だけを体験したら卒業出来るという人は、
8ヶ月なり、10ヶ月なり母の胎内にいて、もう地球上の生活は全部卒業しておるから
ふたたび繰り返す必要は無いというわけで自然流産とか死産をするということになるわけです。
さて、次のような死期の修正された体験もあります。
それは呉の“千福”というお酒の発売元をしている河合直二さんという人がありましたが、
この人は非常に熱心な生長の家で、自分の子供を、当時赤坂でやっていた
生長の家の花嫁学校の生徒によこしていたんですけれども、
その奥さんの安恵さんという方は、その時分は生長の家に大反対で
「本を読んで病気が治るなんてインチキだ。そんなところへ私の娘は預けられません」
と言って途中でその娘さんを退学させたのでした。
このように夫は生長の家に熱心で奥さんは反対だというような夫婦不調和の場合には、
その心の不調和が、家庭に具象化して不幸が生ずるものであるのですから
河合さんの家庭では其の一人のお嬢さんが結核で亡くなってしまったんです。
そしてその臨終の時に親戚の人が「此の世のお別れにお顔を拝まして下さい」と言って
顔にかけてある白い布をとって見たらですね、もう1年間も病気で苦しんで痩せて
青ざめていたその娘さんの顔が、ふっくらと肥えて赤味がさして、ニコッと嬉しそうな、
実に明るい救われた表情をしておった。
それを見た時にお母さんの安恵さんは感動して
“病気など治っても人間の肉体は結局死ぬ。
宗教は霊を救わねばならぬ。宗教は霊を救わねばならぬ。
生長の家は本当に死後の霊魂まで救う力があることがこれで実証された。
今まで生長の家に反対して来たけれども、この生長の家こそ本当の宗教だ”
と信じて、それから熱心におなりになったのであります。
その後ずっと後に、この安恵さんの夫の直二さんが病気になって入院して
医者が脈をみても、脈がない、息もしていないから、もう本当にだめだ
ということになった時、奥さんの安恵さんは、
「生長の家は病気が<ない>と言いながら、病院に入院して、
病気で死んだということになったら、生長の家の恥だ。
だからもう一ぺん生き返って下さい。
病気なんか無いんだということを証明してください」
と言って一所懸命祈って、祈って、
その最後には“谷口先生、谷口先生”と一生懸命祈ったというんですね。
そしたら突如としてその夫が生き返って健康を回復して退院して、
それから半年ほど生きておられて、仕事の仕残しがあったのも全部解決して、
今度は本当に大往生されたという例もあるのであります。
これなどは死期が、祈りによって、そして周囲の人に真理を実証してみせるために、
修正されたのだと観るべきものだと思われるのであります。
(http://blog.goo.ne.jp/vannon32/e/89d583d420fa24be5c67f1884837669b より転写)
<感謝合掌 平成27年9月22日 頓首再拝>
過剰な延命措置 - 伝統
2015/09/29 (Tue) 12:24:44
*「親の死なせかた 医者が父母の最期を看取って考えたこと」米山公啓・著より
海外では「口から食べられなくなった時点で医療を打ち切る」のだという。
それは社会のコンセンサスとして、不要な延命措置は患者の利益にならないとされているからだ。
しかし日本では、(盲目的に)「医療は命を救うもの」とされてきたこと、
何もしないことよりも何かすることが望ましいと考えられること、
医療機関側からすると「点滴」「胃瘻」などが患者の管理を行いやすいことなどの理由から、
過剰な延命措置が行われてきた。
しかし医療の世界でも「死」に対する考え方が大きく変わった。
「死」が「医師の敗北」というわけではないと考えられるようになったのだ。
口から食べれなくなった場合、選択しとしては、
「鼻腔栄養」と「中心静脈栄養」という2つがあった。
「鼻腔栄養」は鼻から管をいれて胃の中へ栄養を入れるというものだが、
「肺炎」の原因となりやすい。
「中心静脈栄養」は鎖骨下静脈のように太い静脈に点滴を行うが、感染症を起こす可能性がある。
そのため、最近では胃に直接栄養を送る「胃瘻」という方法が用いられるようになった。
胃瘻は病院側からは患者の管理が容易なこともあり、積極的に採用している施設もある。
しかし認知症などで寝たきりとなった患者に胃瘻を続けた結果、
何年も延命し続け介護を続ける家族の負担がいたずらに増加する場合もある。
最後まで口から食べる努力ができる環境、それが周囲の負担にならない雰囲気が必要であり、
そこまでやっても食べられないなら余計な延命はしないというのが理想だろう。
<感謝合掌 平成27年9月29日 頓首再拝>
地上の生命は予定されているけれども - 伝統
2015/10/06 (Tue) 12:14:56
*「人生を支配する先祖供養」(P101)より
私たちの地上の寿命は、だいたい予定されているのである。
謂わば地球生活への出張期間が受胎のとき既に任期何年何ヶ月という風に
決められているのである。
しかし、大抵その任期一ぱいに地上に生活している人は少ないのである。
大抵の人は、正しい生活法を守らず、正しい健康の法則を守らず、
更に地上に任命された役割を果さず他の人への迷惑になることをかまわず、
勝手気儘な不規則な生活を送っているために、
恰も折角、優秀な社員として海外出張を命じてあるのに、その任務をつくさないで
放埓(ほうらつ)な生活を送っているために、任期満了にならない先に本社へ帰還命令
が出て、他へ転出せしめられる社員のように、
地上生活へのあらかじめ定められた出張期間が満了しないうちに霊魂が霊界に
召喚される(肉体の死)人もあるのである。
<感謝合掌 平成27年10月6日 頓首再拝>
「大往生」 という言葉 - 伝統
2015/10/20 (Tue) 12:35:40
*メルマガ「人の心に灯をともす(2010-12-14)」より
(小林正観氏の心に響く言葉より…)
「生前(せいぜん)」という言葉があります。
「生まれる前」と書きます。
「生前、あのかたが使っていたものです」というような使い方をします。
意味としては、「生きていたとき」「死ぬ前」ということです。
常識的に考えると、「死前」と書かなくてはいけないはずでした。
似た言葉に、「大往生(だいおうじょう)」という言葉があります。
「往生」は死ぬこと、「大往生」は「安らかに穏やかに死ぬこと」です。
「往生」は、「生(の世界に)往(ゆ)く」と書きます。
これも、本来なら、「往死」「死(の世界)に往く」と書くべきところでした。
どうも、昔の人たちは、「あの世」があると思っていたようです。
さらに、「あの世」のほうが「ほんとうの生」の世界であって、
こちらの世界は「仮の世」と思っていた節があります。
<『幸も不幸もないんですよ』マキノ出版>
・・・
お葬式などで、遺族から、「生前はお世話になりました」という挨拶はよく聞く。
しかしながら、よく考えると、「生前」ではなく「死前」の方が正しいような気もする。
生前は、「生まれる前」で、つまり仏教の輪廻でいう、前世(ぜんせい)のことだ。
生まれる前の世界がある、という考え方は、
「前世を記憶する子供たち」、「臨死体験」というような本で多く発表されている。
斉藤一人さんは、目に見えない世界は大事だ、
しかしそれにのめり込んではいけない、という。
「高い崖(がけ)から身を乗り出して、下をのぞいているとき、
二、三割くらい体を乗り出すなら崖から下には落ちない。
しかし、七、八割も身を乗り出してしまうと、崖から下に落ちてしまう」
目に見えない世界、魂の世界は信じないより信じたほうがいい。
人間の幅や、厚みや、深みが圧倒的に違ってくるからだ。
しかし、あまりその世界に入り込みすぎると、自分を見失ってしまう。
我々が生きているのは、この現世(げんせい)であり、
ここでの修行や行動が一番大切だからだ。
禅では、それを「今、ここ」すなわち「即今(そっこん)」という。
もしかしたら「あの世」が本当の世界で、「この世」は仮の世なのかもしれないが、
だからこそ、「今ここ」を力の限り精一杯生き、
世の中のお役に立つことをする必要があると思う。
<感謝合掌 平成27年10月20日 頓首再拝>
薬漬けが、大往生を遠ざける - 伝統
2015/10/27 (Tue) 12:17:55
*「薬をやめれば病気は治る」岡本 裕・著(P22~23) より
病気を患っている方、あるいは薬を沢山飲んでいる方の死に際ですが、
その多くが、体がむくんで重くなっていきますし、顔も腫れぼったく、
息遣いも荒くていかにも苦しそうです。
実際には意識がほとんどなくなってしまうので、
さほど苦痛は感じていないようなのですが、見た目は非常に苦しそうで、
そばに寄り添っていらっしゃるご家族の方もつらそうです。
薬を飲んでいると、副作用が出てきたり、あるいは薬がだんんだん効かなくなったりする。
そうすると薬の種類や量が増える。さらに副作用が出て、体も薬にだんだん依存していく。
すると、さらに飲む薬の量が増えて・・・と悪循環に陥ってしまいます。
ですから大往生からますます遠ざかってしまうのです。
<感謝合掌 平成27年10月27日 頓首再拝>
平穏死10の条件 - 伝統
2015/11/03 (Tue) 12:47:33
*『平穏死10の条件』長尾和宏・著より
(1)平穏死できない現実を知ろう!
①医師法の問題があります。医師法21条は、どのようにして亡くなったか分からない
「異状死」に医師が遭遇した場合の警察への届け出を義務付けています。
②家族に頼まれて患者を楽にしようとしても罪になる。
日本には尊厳死という概念がないのです。
(2)骨折をシミュレーションしよう! 転倒、入院による認知症
①私は、「老いる」ことは、筋肉量が減ることだと思っています。
②鍛えることは大事です。大切なのは筋肉と骨です。
③「転倒、骨折、入院」、2回繰り返すと認知症状が出てきます。
(3)多額の年金を残さないこと
①なぜ胃ろうをするのでしょうか。これには年金問題があります。
②家族はそれ(年金)にすがって生きている。
これが結構多いんです。
(4)平穏死させてくれる施設を選ぶ
①高齢者の施設としては、療養型病床、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、
グループホーム、高専賃、ケアハウス、病院なら療養型病床などいろいろあります。
最近は特養の嘱託医から病院に対して胃ろう造設を依頼するケースが増えているんです。
②特養でも、きちんと看取りをするところもあれば、すぐに救急車を呼ぶところもあります。
施設によって考え方が違うと思います。
いわゆる「姥捨て山」的なところもあれば、平穏死を熱心に勉強している病院もあります。
同じように見えても中身が違う場合があります。
(5)往診してくれる在宅医を探せ!
①在宅医療の現場では認知症、老衰など様々な状態の方がおられるので、
何年も介護をしていると疲れてしまいます。地域の老人病院に預かってもらったり、
ショートステイとの連携が大事です。
②在宅を選択した場合はほとんどが平穏死です。
在宅死は平穏死だと自信を持って言えます。
それに沿う在宅医が必要ですが、どうやって見つけるか。
インターネットや口コミで上手にお医者さんを探すことです。
元気なうちから探すことが大事です。
③老いはいつか来る、必ずその時は来るから準備をしておくことが大事です。
(6)24時間ルールを誤解するな!
①医師法20条が医療者を縛っています。
正しい解釈は、「24時間以内に診察していれば、死亡に立ち会わなくても
死亡診断書を発行できる」。
でも、「24時間以内に診察していなければ、死亡診断書を発行できない。
つまり、警察に届けなければいけない」と誤解しているんです。
②病気で家で亡くなるのには、在宅主治医がいれば問題ないんです。
主治医が往診する場合、病的なものじゃなくても寿命と判断したら診断書を書けます。
主治医が「今日明日がヤマ」や「死期が近い」と感じて亡くなっていく時、
それは事件じゃありません。救急車を呼ばなくてもいいんです。
そういう時は在宅医に電話してください。
在宅主治医がいれば問題ないということはぜひ知っておいてほしいです。
(7)救急車を呼ぶ意味を考えよう!
①老衰で救急車を呼ぶということは救急病院に行って、気管内挿管をして、
心肺蘇生マッサージをやってくださいということ。延命して下さい、ということです。
たまに「延命処置、蘇生は拒否。だけど生かしてください」と言われる方がいて、
どうしたらいいか分からなくなります。
②看取りの場合は、救急車を呼ぶのではなく、
まず在宅主治医に電話するとよい。
(8)死ぬ前に葬儀屋さんと勇気を出して話してみよう!
①病院と在宅の違いは何か。病院は生かすことしか考えません。全く文化が違うんです。
生かすことが使命だから1秒でも長く生かそうとします。
でも在宅では違います。
亡くなった後のことも家族と相談しながら準備していきます。
②私の患者さんの中には、お亡くなりになる前に自分で葬儀屋さんを呼んで、
お金も渡し、焼き場のことも話していたという方がおられました。
私が行ったら葬儀屋さんがいるので驚きました。そういう人もいます。
こういう準備をしていくことで、今何をすべきかと考えられるようになるんです。
(9)「がん」も「非がん」も、脱水は友
①食べられなくなって脱水が起こります。
脱水は悪いことのように言われますし、脱水になったらいけないような気がしますが、
終末期においては脱水は良いのです。
なんで良いかというと、脱水のほうが苦痛が少ない、長生きする、そういう論文もあります。
脱水は悪いことじゃないんです。カラカラの方が楽で長生きするんですね。
②がん末期に高カロリー輸液にしてしまうと、がんがどんどん大きくなります。
がんが栄養を取って大きくなるから、胸に水が溜まって、痰が出て、
吸引しながら亡くなっていくという事もあります。
自然に任せると良く、脱水は悪くないことを覚えていただけたらと思います。
③昔は8割の人が家で亡くなっていました。
1970年代半ば、病院での死亡が在宅死の数を上回りました。
がん患者の約9割が医療機関で亡くなっています。
自宅はたった6%程度です。
④在宅看取りをしながら気付いたことがあります。
医師からすらなかなか信じてもらえないのですが、
自然経過に任せると本人の苦痛は少ないです。
自然な脱水があると胸水や腹水がたまりにくいのです。
水を抜くこともほとんどない。
亡くなる直前までADL(日常生活動作)は良いです。
(10)すべての病気に緩和医療を!
①緩和医療とは「痛み」を和らげる医療です。
「痛み」には、身体的苦痛(疼痛、呼吸困難など)、社会的苦痛(働けない、
ハンディキャップなど)、精神的苦痛(治療や病気への恐怖、見通しへの不安など)、
スピリチュアルな苦痛(「なぜ死なねばならないのか」など答えのない問い)がある
と言われます。それも含めて、いろんな痛みを和らげます。
②在宅で看取っていると、皆が尊厳死だったと思います。
不謹慎な言い方かもしれませんが、皆さん、亡くなった後に安堵の表情があります。
大往生をしたと、仕事をやり終えたと、めでたい雰囲気すら流れる時もあるんです。
尊厳死、平穏死だと感じます。
(11)補足
①胃ろうの何が問題かというと、注入を中止できないことです。
本人が植物状態になっても中止できない。
やめれば医師が罪に問われる可能性があります。
胃ろうがすべて悪いのではなくて、病気、病態、病期を考えて活用することが大事です。
②尊厳死のキーワードとしては、人間としての尊厳が保たれること、
そしてあくまで本人の意思であって、家族は関係ありません。
③日本では、助かる見込みのなくなった時に延命処置を行わないでほしいと意思表示する
「リビング・ウィル」と言われる方法があります。
(1)~(5)http://lohasmedical.jp/news/2011/10/27020701.php?page=2
(6)~(10)http://lohasmedical.jp/news/2011/10/27020701.php?page=3
<感謝合掌 平成27年11月3日 頓首再拝>
「生死なき生」こそ本当の実在なのである - 伝統
2015/11/10 (Tue) 13:26:57
*「生命の實相」第23巻常楽篇(P40~41)より
「死のない世界が欲しい」「死なないでいたい! 」
あらゆる物質的手段を尽くした果てに、
こうわれわれの魂は叫ぶでしょう。
しかし「死の無い」ことは、
そして「死の無い世界」は、物質的方法では得られないのです。
「生死」が「念」の現ずる白日夢であることを悟って、
生死の仮相(かりのすがた)の奥に「永生」がある ――
《生死なき生》があるという真理を
悟ったとき、われらははじめて死の無い世界へ出ることができるのです。
自己とは壊(く)え朽(く)つべき物質的存在ではない。
永遠朽つることなき《久遠の神の子》なる霊的実在であると悟ったとき、
はじめてわれらは、自己の永生を掴むことができるのです。
自己の永生を、もう本当に悟ったならば死の恐怖はない
―― 「死」の像がその人の「念」の中に描かれない ――
さすれば形の上にもやがてその人から「死」が消滅し、
輪廻転生なき永遠の生の世界に出ることができるのです。
死は念像であり、生死(しょうじ)の生も念像であり、
「生死なき生」こそ本当の実在なのであります。
人間を物質的存在であると認めている限り、
物質は朽ち変化して止まりなきものでありますから、
人間に永生は得られないのです。
わたしがこの世に来れる使命は
「人間が神の子であり、霊的存在であり、永遠の生命である」
という真理を人々に悟らせることにあるのです。
五官に視え触れ感ずるとおりに実在はあるのではない。
病気になっているように見えていても人間は病気になっているのではない。
死の姿を現じても、人間は死んでいるのではない。
五官の証明を全然信ぜず、感覚の主張する存在の状態を実在だと思わず、
ただ実相覚の指し示す永遠不死の生命のみを実在だと知ることが肝腎なのです。
<感謝合掌 平成27年11月10日 頓首再拝>
遺される人のために、死の準備を怠らない - 伝統
2015/11/17 (Tue) 12:02:21
*「それでもなお生きる」佐々木常夫・著(P190~191)より
死は、自分だけのものではありません。
できれば大切な人や親しい人には、きちんとお別れのあいさつをしてから
死にたいと思います。
直接会うのが難しいのなら、少なくとも手紙で気持ちを伝えたい、
そうしないと、何より自分自身が心残りです。
死にゆく者が、遺された人に別れのあいさつをすることは、相手に対するマナーでもあります。
(中略)
私は以前、日本尊厳死協会の存在を知って、すぐ入会しました。
そして、数年前、正式なる公正証書の形で遺言書を作成しました。
いつ訪れるか知れない死の準備をしておくことは、
人としての義務ではないでしょうか。
死がいつ自分に訪れるかは、誰にもわかりません。
死は自分のすぐそばにあると考えて、
いつ死んでも悔いのないように、
その最小限の準備をしておきたいものです。
<感謝合掌 平成27年11月17日 頓首再拝>
自然死の話 - 伝統
2015/12/01 (Tue) 12:39:49
*Web:瑞雲院法話(自然死の話)より
「大往生したけりゃ医療とかかわるな」という本がよく売れているという。
医療を否定するような書名の本であるが、著者は特別養護老人ホームに勤めている
現役のお医者さまである。
著者はその施設でたくさんの高齢者の死を見取ってきた。
しかもその中には点滴も酸素吸入も一切おこなわないという自然死が数百例含まれていた。
その貴重な体験から著者が、大往生するための一番いい死に方として勧めるのが、自然死である。
誰しも死に際になると物を食べなくなり、水もほとんど飲まなくなる。
そして飲まず食わずの状態になると一週間から十日で死亡する。
これは飲食しないから死ぬのではなく、死ぬから飲食しなくなるのであり、
死ぬ前には腹も減らず、のども渇かないのである。
その飲まず食わずの間に体の中の栄養分や水を使い果たし、
枯れ木のようになって死んでいくのが自然死であるから、自然死の内容は餓死である。
ならば飢餓と脱水状態のために苦しみながら死ぬのかというと、
そうではなく、以下の理由から安らかな死を迎えられるようになっているという。
(1)飢餓状態になると脳内にモルヒネのような物質が分泌され、幸せ一杯の気分になる。
(2)脱水状態になると意識レベルが下がりボンヤリとした状態になる。
(3)呼吸が充分できなくなると、体内が酸素不足になり一方で体内の炭酸ガスが増える。
そして酸素不足になるとやはり脳内にモルヒネのような物質が分泌され、
また炭酸ガスには麻酔作用がある。
これらのことが組み合わさることで、いい気持ちのまま意識レベルが低下し、
痛みも苦しみもない、不安も恐怖もない、もうろうとしたまどろみのうちに死んでいく。
死は自然の営みであるから、本来、過酷なものであるはずがなく、
ガンでさえも自然死の場合には痛みはないという。
ところが病院に入院していると、
飲まず食わずの状態になるとすぐに水分や栄養物が注入され、
呼吸がだめになるとすぐに酸素吸入が行われる。
そのため体は枯れ木ではなく水ぶくれの状態になり、
穏やかに死を迎えるための機能も働かなくなる。
医者の仕事は治療することにあって自然死させることではない。
病院は治療の場であって患者を放置する場ではない。
そのため入院している限り自然死は期待できないというのである。
だから、と著者は言う。
救急車を呼ぶのはあらゆる延命医療をして欲しいと頼むことであるから
、自然死を希望する人はいよいよという状態になったら救急車を呼んではいけない。
たとえ他の人が呼んでも乗ってはいけない、追い返せ、と。
ただし医者にかかっていない人が死亡した場合、不審死と見なされて
警察が介入してくることがあるから、まったく医者にかからないのも問題があるという。
著者は言う。
治療には病気を治すとか、生活の質を改善するなどの目的がなければならず、
それが望めない人に治療を施すのは、いたずらに苦痛を長引かせることでしかない。
また医者といえど死にゆく人にできることは実際には何もない、と。
フランスの老人医療の基本は、
「本人が自力で食べ物を飲み込めなくなったら、
その時点で医者の仕事は終わり、あとは牧師の仕事」だという。
北欧では、患者の前に食べやすく調理した食べ物を置き、
手を付けなければ下げてそれ以上のことはしないという。
日本でも昔は、食べなくなった人には水だけ与えて静かに見取る、
ということが行われていたという。
要するに自分であれ家族であれ、口から飲食できなくなったらいよいよ寿命が尽きたと
覚悟を決めるべきであり、その状態になったらいろいろと手出しをする「看取り」よりも、
ただ見ている「見取り」の方がいいという。
ただし若い人の場合は別である。
著者は終末医療の鉄則として次の2つのことをあげている。
(1)死にゆく自然の過程の邪魔をしない。
(2)死にゆく人に無用の苦痛を与えない。
今の日本人は死に関することを考えたり口にしたりすることを忌み嫌う傾向があるが、
いくら目をそむけていても死は訪れるのだから、
死も人生の一部と考えて準備しておくべきである。
準備も覚悟もない人が死に直面すると、とにかく1分1秒でも長く生きていればいい
という選択しかできなくなり、結局は自分や家族を苦しめることになる。
いざという時まごつかないためには予行演習も必要で、
自分の生前葬をしてみると死を実感することで多くの発見があるという。
末期のガンは猛烈に痛むという常識がある。
著者も
初めはそれを信じていたというが、ガンによる自然死を何十人も見取った経験から、
この常識はまちがいだと結論している。
こういうまちがい常識ができたのは、ほとんどの医者は自然死を見たことがなく、
またガン患者を放置するとどうなるかも知らないからという。
ガンが痛むのは、放射線を浴びせたり、猛毒の抗ガン剤で痛めつけたりするのが原因であり、
攻撃的な治療をやめて放置すればガンは痛まない。
手遅れのガンが見つかるのはそれまで痛みがなかったという証拠で、
ガンは本来痛まず穏やかに死んでいける病気だという。
著者は
ガンで死ぬことの長所を列挙し、死ぬのは完全放置のガンにかぎると言っている。
今の日本では2人に1人がガンにかかり、3人に1人がガンで死んでいる。
ところが健康な人であっても毎日5千個もの細胞がガン化しており(なんと1秒間に3個)、
免疫細胞がそれらを退治してくれるお蔭でガンにならずにすんでいるが、
歳を取るとこのしくみが衰えてくる。
つまりガンの最大の原因は加齢であり、高齢者のガンは長生きの税金みたいなものである。
だから患者が高齢の場合には、治療のことばかり考えるのではなく、
残された時間を治療以外のことに使うことも考えに入れるべきだと著者はいう。
参考文献「大往生したけりゃ医療とかかわるな」中村仁一。2012年。幻冬舎。
(http://www7b.biglobe.ne.jp/~zuiun/248sizensi.html)
<感謝合掌 平成27年12月1日 頓首再拝>
誰にでもいつでも死の可能性がある - 伝統
2015/12/08 (Tue) 12:53:59
*「それでもなお生きる」佐々木常夫・著(P197~202)より抜粋
良寛和尚は言った、「死ぬる時節には死ぬがよく候」
『災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬる時節には死ぬがよく候
是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候』
→ http://www.plinst.jp/musouan/26.html
今の言葉に端的に訳せば、「運命を引き受けなさい」という言葉に通じます。
「死ぬる時節には死ぬがよく候」と、すべてを受け入れて最期を迎えられる人生なんて、
なんて幸せな人生なのだろうと思います。
(中略)
人は一刻一刻死に向かって歩き続けます。
そして人の寿命は本人にはわかりません。
しかし私は身体が動く限り、そのときまで働くべきだと思います。
(中略)
吉田松陰が刑の2日間に書いたといわれる「留魂録」の冒頭にある和歌一首は、
松蔭の面目躍如たるものです。
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」
第8節には
「人にはそれぞれに相応しい春夏秋冬がある。
十歳にして死ぬものには十歳の中に自ずからの四季がある。
二十歳には二十歳の四季が、三十歳には三十歳の四季がある。
五十には五十の、百には百の四季がある。
私も花咲き実りを迎えた。
私のささやかな真心を憐れみ、受け継いでやろうとする人がいるなら喜ばしい」
何歳で亡くなろうともそれぞれの人生だと言います。
この松蔭の「留魂録」は、死に直面した人間が悟り得た死生観を語る日本史上
最高級の遺言書だと思います。
人生を納得して生きるためにも、
ときに死を意識するということがあってもいいのではないでしょうか。
・・・
<参考Web>
(1)本流宣言掲示板「エンディング(死生観)」
→ http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=1433
(2)吉田松陰の死生観
本流宣言掲示板「松陰スピリッツ 」
→ http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=998
(3)坂本龍馬の死生観
本流宣言掲示板「坂本龍馬の死生観 (6421)日時:2012年01月30日」
→ http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=551
(4)高杉晋作の死生観
本流宣言掲示板「高杉晋作の死生観 (6422)日時:2012年01月30日」
→ http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=1104
<感謝合掌 平成27年12月8日 頓首再拝>
【生きた長さではなく、どう生きたか】 - 伝統
2015/12/15 (Tue) 12:27:02
*メルマガ「人の心に灯をともす(2015年12月10日)」より
(医学博士、帯津良一氏の心に響く言葉より…)
アナトール・ブロイヤードさんという評論家が
『癌とわわむれて』(晶文社)という本を書いています。
ブロイヤードさんは、前立腺がんになり、わかったときには全身の骨に転移していました。
それが1989年8月のこと。
彼は、1990年に70歳で亡くなりますが、その間にたくさんの文章を書いています。
それをまとめたのが、『癌とたわむれて』という本です。
とてもウイットに富んだものの見方が私は好きで、患者さんにもおすすめしています。
ブロイヤードさんは、全身の骨転移がわかったとき、「ときめいた」と言っています。
なぜ、ときめいたのか。
これがなかなかしゃれています。
「わが人生にも締め切りが設けられた」
というわけです。
彼は優秀な評論家でしたから、いつも締め切りに追われていました。
締め切りがあるからこそ、いい原稿が書けるということも知っていたと思います。
自分ががんとわかったとき、それを人生の締め切りととらえた感性には感服します。
締め切りのない人生は、どうしてもだらだらと怠惰になってしまいます。
締め切りが設けられた瞬間に、ぴしっと気持ちも締まります。
締め切りまでに何をしようかと、真剣に考えます。
今までは躊躇(ちゅうちょ)していたことでも、思い切って行動できるでしょう。
人生が一気に充実するのです。
長生きすることがばかりが求められますが、
大事なのは、生きた長さではなく、どう生きたかです。
私の大好きな夏目漱石は49歳で亡くなっています。
正岡子規は35歳。
早すぎる死だといわれる年齢です。
しかし、彼らは、長くは生きられなかったけれども、
とても充実した生を生きたはずです。
本当にすばらしい仕事をし旅立っていきました。
まさに、常に締め切りを感じながら、今を力いっぱい生きたのではないでしょうか。
江戸時代の禅僧、白隠禅師は弟子たちに向かって、こう問いかけています。
「古だぬきが古い巣の中で眠っているような生き方でいいのか」
どきっとしますね。
私は、何年か前から、一日一日を人生の締め切りとして生きるようになりました。
いつも、今日が最後の一日です。
そのつもりで生きると、一瞬一瞬が輝いてきます。
食事もおいしくありがたくいただけます。
会う人会う人がいとおしくなってきます。
人生には間違いなく締め切りがあります。
それを意識するかしないかで、
人生の充実度はまるっきり違ってくるのではないでしょうか。
<『粋な生き方』幻冬舎ルネッサンス>
・・・
ほとんどの仕事は数値化できる、と言われる。
その一つが、「締め切り」。
「いつまでに」、という締め切りが決められた途端、
どんなに怠惰(たいだ)な人間も動き出す。
人は、数値化されていない漠然(ばくぜん)とした夢や、目標では、行動は起きない。
人には、この世に生まれ落ちたときから、「いつかは必ず死ぬ」、という定めがある。
死亡率は100%。
早いか遅いかの違いだ。
漫然(まんぜん)生きていると、今日と同じ明日が続くと思ってしまう。
「一期一会」
「人生二度なし」
『生きた長さではなく、どう生きたか』
毎日毎日、この瞬間を一所懸命に生きたい。
<感謝合掌 平成27年12月15日 頓首再拝>
「死にゆく過程の5段階」 - 伝統
2015/12/22 (Tue) 12:03:29
*「死ぬ瞬間」エリザベス・キューブラー=ロス・著より
(1)第1段階「否認」
自分が死ぬということは嘘ではないのかと疑う段階である。
末期がんであることを告知されたり、残り少ない命であると医師から告げられたときに、
まず現れるのがこの「否認」です。
「これは何かの間違いに違いない」
「自分に限ってそんなことは起こりえない」
という具合に、否認をすることで自分を防衛しようとします。
(2)第2段階「怒り」
なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階である。
「否認」が維持できなくなると、次第に自分の命が短いことを認めざるを得なくなります。
すると、「怒り」が現れます。
「なぜ自分がこんな目にあうんだ!」
「一体私が何をしたというのか!」
というように、あらゆることに対して「怒り」が向けられます。
(3)第3段階「取引」
なんとか死なずにすむように取引をしようと試みる段階である。
何かにすがろうという心理状態である。
十分な「怒り」を体験した後は、もはや避けられない今の現実を少しでも
先延ばしにできないものかと、交渉する段階に入っていきます。
これが「取引」です。
「何か人々の役に立つようなことをするから、死を避けたい」
「もう2度と悪い行いはしないから、命だけは助けて欲しい」
このような「取引」は、主に個人が信じる「神」と行われます。
(4)第4段階「抑うつ」
なにもできなくなる段階である。
神との「取引」が成立しない、自分はもう死ぬしかないのだ、
という心理状態にたどり着くと、「抑うつ」という段階に移行します。
「愛する人々と別れなければいけないのか・・・」という
死への”準備的な抑うつ”と、病気に関する”反応的な抑うつ”があります。
(5)第5段階「受容」
最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階である。
この段階まで来ると、自分の死を「受容」できるようになってきます。
ゆったりとした平安な気持ちになり、死に向けて気持ちが整ったような状態になります。
・・・
すべての患者がこのような経過をたどるわけではないとも書いています。
今この瞬間、心から幸せを感じて生きる練習をして
最期の瞬間、心から幸せを感じて肉体を脱ぎたいものです。
<参考Web:【終末医療の先駆者】研究家キューブラー・ロス
→ http://matome.naver.jp/odai/2142292248322500801 >
<感謝合掌 平成27年12月22日 頓首再拝>
「好きなように死なせてくれない」日本の終末期の実態 - 伝統
2016/01/26 (Tue) 13:28:20
*Web:ダイヤモンド・オンライン(平成28年1月20日)より
《「日常の延長線上で自然に死を迎えたい」》
「死ぬときぐらい、好きにさせてよ」――。
1月5日の全国紙朝刊を開くと大きな文字が目に飛び込んできた。
青いドレス姿の女優、樹木希林さんが「ハムレット」のオフィーリアと同じように、
小川の中で目を開けて横たわっている。
穏やかな表情で手には花束。
(→ http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000281.000005069.html )
言葉は、さらに続く。
「人は必ず死ぬというのに。
長生きを叶える技術ばかりが進化してなんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。
死を疎むことなく、死を焦ることもなく。
ひとつひとつの欲を手放して、身じまいをしていきたいと思うのです。
人は死○ば宇宙の塵埃。
せめて美しく輝く塵になりたい。
それが、私の最後の欲なのです」
*○:ね
出版社「宝島社」が、朝日、読売、毎日の各紙と日刊ゲンダイの紙面に載せた企業広告である。
19世紀の英国の画家で、ラファエル前派の創設者であるジョン・エヴァレット・ミレイの
有名な作品「オフィーリア」をモチーフにした。
森の中で溺死したオフィーリアの神々しい名画の姿をそのまま拝借。
正月早々の見開きのカラー広告。
「全身ガン」を宣言している樹木希林さんということもあって話題を集め、
ネット上で投稿が相次いだ。
樹木さんは、この企画について
「生きているのも日常。死んでいくのも日常。
死は特別なものとして捉えられているが、死というのは悪いことではない。
そういうことを伝えていくのもひとつの役目なのかなと思いました」
と思いを語っている。
「長生きを叶える技術」である延命治療を疎ましく感じ、
「日常」の延長線上で自然に死を迎えたい、という熱いメッセージである。
宝島社の企業広告はこれまでも注目されてきた。
1998年に詩人の田村隆一を登場させて「おじいちゃんにもセックスを」と言わせたのを皮切りに、
2002年に「国会議事堂は、解体」、2012年に「ヒトは、本を読まねばサルである」
と衝撃的なコピーを放っている。
時代の空気を2、3歩先取りする鮮やかな提言と言えるだろう、
そして今年は「好きに死なせて」である。テーマは死。
100歳以上の老人が約6万人にも上る時代となった。
看取りの場や方法についての議論が次第に高まり、
尊厳死や安楽死の話が身近になりつつある。
3年前に社会保障の長期展望を示した国の「社会保障制度改革国民会議」の報告書では、
「死の質」即ちQOD(Quality of Death)を議論しましょう、と述べた。
QODを国の文書として初めて採りあげ、「よくぞ踏み込んだ」と拍手を送られた。
《世界各国の終末期の実態》
そのQODを問いただし、延命治療に疑問を持つ医師の切実な思いを聞いた。
各国の事例を次々上げて、「終末期は点滴や経管栄養は行っていません」と話したのは、
北海道中央労災病院院長の宮本顕二さんと桜台明日佳病院(札幌市)の宮本礼子さんの医師夫妻。
1ヵ月ほど前の12月17日に日本創生会議と日本生産性本部が東京都内で開いた公開シンポジウム、
「高齢者の終末期医療を考える」の場である。
夫妻は終末期の実態を探ろうと、8年前のスウェーデンを振り出しに、
オランダやオーストリア、米国、豪州などの諸国を回ってきた。
「スウェーデンでは、肺炎は高齢者の友達なので抗生剤を使わない。
おしっこが出なくても利尿剤に手を出さない。
看護師が血圧や尿量を調べることもない」と話す。
行わない医療として、このほか昇圧剤、点滴、経管栄養、血液透析、人工呼吸器装着を挙げた。
いずれも日本のほとんどの病院では当たり前に行われている。
翌年訪問した豪州のナーシングホーム(特別養護老人ホーム)では
「口から食べるだけ、飲むだけです。
食べなくなれば約2週間で亡くなるので、寝たきり老人はいない」
と報告する。
確かに、豪州政府発行の「緩和医療ガイドライン」(2006年版)を読むと、
「無理に食事をさせてはいけない」「栄養状態改善のための積極的介入は倫理的に問題」
「経管栄養や点滴は有害と考える」とある。
延命治療からの離脱を国が率先して指導している。
オランダの施設で「なぜ、点滴や経管栄養をしないのか」と宮本夫妻が尋ねると
「倫理です」と当然のような言葉が返ってきた。
オーストリアでも「食べないのも患者の権利です」と断言された。
さらに衝撃的な事実も報告する。米国西海岸の2つの施設では
「スプーンを口元に近づけない」、つまり食事介助をしない方針を聞いたと言う。
欧米で点滴や経管栄養をしない理由として
(1)尊厳の尊重、即ち倫理であり
(2)本人の意思
(3)医療費の抑制の3点を宮本顕二さんは挙げる。
日本では、医療保険で緩和医療がガンとエイズに限定されている制約が大きい、と指摘した。
宮本医師の話を聞いた「認知症の人と家族の会」京都府支部の荒牧敦子さんは、
「点滴を拒絶した実母を看取り、自然死させて良かったと胸にすとんと落ちた」と壇上で話した。
だが、「後から孫に餓死したと言われ、落ち込んだ」と続けると、
隣席の宮本礼子医師が「いいえ餓死ではありません。体が受けつけなかったのです。
食べたくても食べられないのが餓死です」と、良い判断へのエールを送る一幕もあった。
《「死は医療の敗北」だから「好きなように死なせてくれない」日本》
終末期の食事や栄養補給については、
2010年に石飛幸三医師が「自然の摂理を忘れた行為」と否定し、
自然死を「平穏死」と著書で唱えた。
このネーミングに尼崎市の在宅医、長尾和宏医師が賛同し「平穏死10の条件」を著す。
京都市の中村仁一医師は、無理やり食べさせる食事介助は「拷問」と
2012年発行の著書「大往生したけりゃ医療とかかわるな」で記している。
こうした医師たちの指摘が「海外では常識」であることを、
宮本夫妻は多くの事例で示したことになる。
樹木希林さんの望む「好きなように死なせて」くれないのが日本の病院の実情だろう。
「死は医療の敗北」と教えられてきた医師は、
命をできるだけ長らえさせる延命治療を医療者の義務とみなしてきた。
樹木希林さんと違って、「死は悪いこと」と教育された。
たとえ患者本人から「医療はここまでにしてください」と懇願されても、
家族から「医療放棄」と訴えられかねないため、とことん治療する姿勢になりがちだ。
だが、本人の意思を尊重し、その尊厳を守ろうとする医師が増えつつあるのも事実である。
とりわけ在宅医療に熱心な診療所の医師は、
患者の自宅(長期入居の施設も第二の自宅)に通ううちに、
本人本位の考えに近付いていく。
命の「量」よりも「質」を尊ぶ。
日々の暮らしの生活の質(QOL)を高める診療の先に、
死の質(QOD)を見据えるようになるからだ。
こうした「病院から在宅へ」の流れを実証するデータが12月17日に厚労省から発表された。
3年に一度実施される患者調査の2014年の結果だ。
歯科診療と併せた在宅患者がこれまでの最多の15万6000人に達したという。
在宅医療には、往診と訪問診療、それに看護師ら医師以外の訪問の3種類あるが、
このうち、訪問診療を受けた患者が前回の6万7200人から11万4800人に7割も増えた。
逆に、往診は3万5700人から3万4000人へと減少している。
これによって医療保険の制度である在宅療養支援診療所による訪問診療が
急速に浸透しているという事実が裏付けられた。
患者や家族の要請で医師が飛んでいく往診ではなく、
あらかじめ月2回以上の診察日を決めて計画的に赴く訪問診療が増えている。
世間では、往診と訪問診療との区別がなく話されることが多いが、仕組みは異なる。
看取りにつながるのは訪問診療が圧倒的に多い。
この3年の間に、終末期をきちんと受け止める訪問診療の態勢が広がってきたということだ。
患者調査は、在宅医療の施設別内訳も出ている。
病院が1万4400人、歯科診療所が4万600人、一般診療所が10万1500人だ。
歯科診療所が全体の4分の1にも達している。
嚥下障害を防ぐ口腔ケアなど歯科の重要性が指摘されているなかで、
現実に出番が増えていることもよく分かる。
訪問診療の7割増は、人間の自然な死に方である老衰死の急増という事実と呼応するものだろう。
老衰死の推移については、この連載の第42回で指摘した。
2014年には7万5000人に達し、57年前にやっと戻った。
浸透しつつある訪問診療医の医療観、死生観が大きく影響していることは間違いないだろう。
《在宅医療を手掛ける診療所増加への流れも》
死のあり方に対して、時代の流れは明らかに過渡期に入った。
それでも、自然死、平穏死つまり老衰死はまだまだ多数派ではない。
看取りに真正面からきちんと向き合う医療態勢が不十分ともいわれる。
在宅療養支援診療所には、患者への24時間の対応が義務づけられている。
だが、医師一人だけの多くの診療所では、週末や休日、休暇中も含めての24時間対応が
高いハードルになっている。
在宅医療の報酬は高めに設定されているが、
それでも「全国どこでも在宅医」という状況ではない。
そこで、ハードルを下げようと、夜間と休日に稼働する専門医師を
地域の診療所に送り出す斬新な医療機関が現れ、注目されている。
佐々木淳医師が率いる医療法人社団「悠翔会」(東京)である。
東京23区と川崎市や千葉、埼玉両県で9ヵ所の診療所を持つ。
夜間と休日に、他の診療所と連携してその診療所の医師に代わって出向く。
患者の診療情報を電子カルテで共有しており、連携先の医師や患者からの
緊急の要請を受ければ、当直拠点の診療所から訪問に出る。
患者は、一旦決めたかかりつけ医を変えることなく、外来から在宅医療に移ったり、
緊急時の訪問診療も同じ診療所から受けることができる。
訪問診療医にとっては、夜間や休日の診療負担が軽くなり、
看取りまで長期的に患者に関わることができる。これによって、
在宅医療を手掛ける診療所が増えていく可能性が高まりそうだ。
悠翔会では現在の連携先の14の診療所を年内には30ヵ所に増やしていく。
《「アウェイの病院」よりも「ホームの自宅・地域」を実現する制度変更へ》
「病院から在宅へ」の流れを加速させる制度変更も進んでいる。
厚労省は、地域の診療所などからの紹介状を持たないで大病院を受診した患者に、
別料金として5000円以上を請求する方針を決めた。
再診時にも1000~2500円の追加負担を検討している。
高度医療を提供する84ヵ所の「特定機能病院」や
ベッド数が500以上の164ヵ所の「地域医療支援病院」の大病院を対象とする。
昨年5月に成立した医療保険制度改革の関連法に導入が盛り込まれていた。
近く開かれる中央社会保険医療協議会(中医協)に厚労省案を示して、
この4月から実施する。
現在でも、ベッド数200以上の病院では同様の追加料金を請求できる。
5000円以下を徴収している都心部の病院もあるが、地方では全く徴収していない病院も多い。
これをきちんとした制度に仕立てる。
大病院が専門治療に専念できるように医療機関の役割分担を推進するのが狙いだが、
同時に、地域の診療所への診療を増やすことにつながる。
軽い症状であれば、できるだけ身近な診療所への受診を促す。
診療所との関係が深まれば、重度になって外来受診が出来なくなっても、
訪問診療に移行することがたやすい。
大病院での「医師任せ」でなく、自宅や近隣の集合住宅などで過ごせば、
本人の意思、判断を尊重した医療や介護を受けやすい。
「アウェイの病院」よりも「ホームの自宅・地域」のほうが落ち着くのはサッカーだけではない。
病院は暮らしの場ではない。本人が望む死に方を実現できる可能性も高まる。
「ひとつひとつの欲を手放して、身じまいをしていきたい」(樹木希林)
という願いも達せられそうだ。
(http://diamond.jp/articles/-/84870)
<感謝合掌 平成28年1月26日 頓首再拝>
最高の「死」の迎え方 - 伝統
2016/02/02 (Tue) 13:18:27
*「強運のつかみ方」橋本 京明・著(P232~233)より
人生で「運」を上げていった結果、何が待っているか、それは、最高の死です。
私たちは、死ぬ間際に「この世に生を受けて本当によかった。最高に楽しかった」
と思えたら、人生を全うしたと心から言えるのではないでしょうか?
生を受けたものはいつか死なければならないことは、誰もがわかっています。
しかし「死」を最初から受け入れることができる人はなかなかいません。
(中略~40代の女性で乳がんを宣告された人に、やり残していることに時間を使う
ように指導し、それをやり遂げて、あの世に旅立ったのです)
すべてのものに陰と陽があるように、「死」も人生のなかの流れのひとつです。
だからこそ、やりたいことをやり遂げてこの世から卒業できたら幸せなのだと思います。
<感謝合掌 平成28年2月2日 頓首再拝>
「死の直前に思うこと」 - 伝統
2016/02/16 (Tue) 12:14:02
「死の直前に思うこと」。看護師が聞いた、後悔する5つの刺さるコト
*Web: Whats(2014.12.06)より
オーストラリアの看護師「ボニー・ウェア」さんは、
長年にわたって余命わずかな患者たちに関わってきました。
彼女が患者たちから「人生で後悔したこと」で最も多かったのは、
次の5つの事柄だそうです。
(1)「自分自身に忠実に生きれば良かった」
この言葉は、ボニーさんが看護した患者の中で最も頻繁に口にされたものでした。
人生を振り返ると “達成できなかった夢がたくさんあったこと” に人間は気づくのだそう。
今、あなたが抱いている夢を尊重することはとても大切です。
(2)「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
男性患者の多くがこのような後悔をするそうです。
仕事に時間を費やしすぎたことを悔み、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、
と感じるのだとか。
人生に余裕を持つことで、幸せになる機会も増えるのです。
(3)「もっと自分の気持ちを表現する勇気を持てば良かった」
多くの人間は周囲との関係を尊重しすぎるあまり、自分の感情を抑えようとします。
その結果 “自分が本当になりたかった人間になれず、当たり障りのない人生だった”
という無念が最後に訪れるようです。
もっと自分に正直になることで、あなたの人間関係は健康的なものになるかも。
(4)「友人関係を続けていれば良かった」
多くの人は自分の生活に精一杯になってしまい、古くから大切な友情を忘れてしまいます。
亡くなる間際の人たちは、昔の友人と会わなくなってしまったことを後悔する
とボニーさんは言います。
しかし彼らにはもう、友達に会いに行く時間も体力も残されてはいないのです。
(5)「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と
ボニーさんは言います。
いつもの習慣に慣れることが無意識に変化への恐れを呼び、「選択」を恐れてしまう。
現状に心の奥底には自分が本当に求めている幸せな人生があるかもしれません。
どの内容も胸に響くものでした。
さて、あなたは明日からどう生きますか?
(http://whats.be/100836)
<感謝合掌 平成28年2月16日 頓首再拝>
自然死は「痛み」を感じない - 伝統
2016/02/23 (Tue) 12:53:42
*「人殺し医療」ベンジャミン・フルフォード(著)(P195~197)より
メディアが絶賛する「素晴らしい大病院」にとって、
最大の「金づる」となっているのが老人たちであろう。
ある年齢になれば、誰もが老化による慢性疾患で衰えていく。
植物が枯れそうになっている状態なのだから、
あとは痛みがないようケアしながら自然に「枯れる」のを家族で見守ればいい。
1年草は、何をどうしたって1年で枯れるのだ。
どんなに栄養を与えようが、日光を当てて水をかけていようが、枯れるときには枯れる。
それが自然の摂理なのである。
ところが「大病院」は、そんな自然死に向かっている老人たちに
チューブを差し込み、栄養を流しこんで、最新の呼吸器で酸素を送り込み、
無理やり「死」を引き伸ばす。
そんなことをしてもまったく意味がない。
それどころか、苦痛しか与えないことを、きちんと理解すべきだ。
そもそも自然死、老衰は、基本的に「痛み」を感じないといわれている。
老衰で身体の機能を徐々に失っていく過程で、大量の脳内麻薬が分泌され、
実は人生最大の快楽を感じながら亡くなる。
大往生と呼ばれるご老人たちの顔が安らかなのは、そのためだ。
ところが、強引に自然死から外れて寿命を引き伸ばすと、脳内麻薬の分泌が抑制される。
身体が壊れているのを感じながら死を待たなくてはならなくなる。
言いたくはないが「拷問」と一緒なのだ。
そうして多くの老人が苦痛に顔を歪めて亡くなっている。
医者は、経験からそれを熟知している。
心ある医師は、最後の段階で早めに呼吸器を外したり、
生命維持装置をゆっくりと止めたりする。
酸素不足で脳内麻薬の分泌を促し、結果的に苦痛が和らぐことを知っているからだ。
だが彼らの心ある行為は、たいてい「医療放棄」として 弾される。
病院経営からすれば、老人が苦痛に苛まれようと、
無理やり寿命を伸ばす行為が「金儲け」となるからである。
老人医療は無料だが、病院側はちゃんと医療保険から代金を頂いている。
自然死などされては、病院は丸損。絶対に認めるわけにはいかないのだ。
そこで大病院は、大切な肉親の死を前にした家族に、耳元でこう囁く。
「最高の医療を提供してあげるのが最後の親孝行ですよ。私たちに任せてください」
家族にしてみれば、「出来る限りのことをしてあげたい」という感情を持っている。
そんな肉親の情につけ込むのだ。
老人たちの苦痛のうえで儲けたお金で最新医療機器を買いまくり、
スタッフを集め、医師たちを必要以上に確保する。
ちょっと前まで一人の医師でやっていた仕事を10人でやっていれば
「医師不足」にならないほうがおかしい。
それが医師不足の原因なのだ。
正しい医療とは「自然死は痛みもなく大往生できる」という情報を提供することである。
亡くなる老人も自宅で家族に見守られながら自然死(老衰死)するほうが、
よっぽど嬉しいはずだ。
先進国における死因第一位が「自然死」になることが、
人殺しではなく、正しい医療の姿なのである。
<感謝合掌 平成28年2月23日 頓首再拝>
大往生への誘い - 伝統
2016/03/01 (Tue) 12:54:47
《身心一如》
*「大往生の養生力」帯津良一・著(P66~67)より
「正法眼蔵」に次のようなくだりがあります。
「身心一如のむねは、仏法のつねに談ずるところなり。しかるに、なんぞ、
その 身の生滅せんとき、心ひとり身をはなれて、生滅せざらん」(『正法眼蔵』弁道話)
道元は身と心が一つだからこそ、生も死も別のことではなく、
生の延長に死が続いていること(死生観)を述べているのです。
さらに「身心一如」には別の意味が含まれていると思うのです。
それはつまり「心と体は一体である」ということです。
したがって、心に聞くことは体に聞くことであり、
また体に聞くことは心に聞くよいうことになります。
二つは表裏一体であり、体の健康を知る上では、心に体のことを尋ね、
身心に必要な養生をすることが重要になってくるのです。
・・・
《「断捨離」「放下著」》
*「大往生の養生力」帯津良一・著(P74~75)より
昔から「病は気から」といわれますが、
「悩む気」「迷う気」「妬む気」といった悪い気を一切、
見事に捨て去ってしまえばいいのです。
それが今、私たちに必要な「心や体からアプローチする健康」の一つであり、
その方法を「断捨離」「放下著」(というブーム)は示しています。
・・・
《【粥有十利 (しゅうゆうじり】~お粥の十の御利益》
*「大往生の養生力」帯津良一・著(P116~117)より
この " 粥有十利 " は、道元禅師自身が 『摩訶僧祇律(まかそうぎりつ)』
という仏典から引用していて、次にあげる十項目を指します。
(1)【色】 ~ 血色をよくする。
(2)【力】 ~ 体力をつけ、気力を増す。
(3)【寿】 ~ 寿命を延ばす。
(4)【楽】 ~ 食べ過ぎとならずお腹がに楽である。
(5)【詞清辯】~ 言葉が清く爽やかになり、はっきりする。
(6)【宿食除】~ 前に食べたものが残らず胸やけもせず。
(7)【風除】 ~ 風邪を引かない。
(8)【飢消】 ~ 消化よく栄養となって空腹をいやす。
(9)【渇消】 ~ のどの渇きをいやす。
(10)【大小便調適】 ~ 便通を整える。
・・・
《死後の世界はある、と考えたほうがよく生きられる》
*「大往生の養生力」帯津良一・著(P138)より
(1)どんな死に方をするにせよ、ときめいた状態で亡くなりたい。
(2)死はずべての終わりではなく、虚空への旅という次の壮大な
ジャーニーへの入り口でもあるのです。
・・・
《老境を楽しむことが大往生につながる》
*「大往生の養生力」帯津良一・著(P192~204)より抜粋要約
(1)老境は本来、楽しいものであって暗く寂しいものではないのです。
「楽しむのは人間の生まれつきの性質なのだから、いつも養生の道に
従って欲を自制しながらも、楽しみを失ってはならない」(貝原益軒)
(2)日々の暮らしに楽しみを見つけられる人が、最高の老境に達するのです。
(3)青雲の志を胸に抱き、ときにひらめき、ときにときめき、
こつこつと攻めの養生を果して行くことに尽きるようです。
大事は平凡な日常のなかに潜んでいるようです。
<感謝合掌 平成28年3月1日 頓首再拝>
華かやな人生を歩んでも、どのように死を迎えるかが大切 - 伝統
2016/04/26 (Tue) 12:41:07
*『ベテラン弁護士の「争わない生き方」が道を拓く』西中務・著 (P36~37)より
もう3年前になります。
門構えの立派な邸宅で奥様が亡くなり、数日間発見されなかったことがあります。
知人だったので、ショックを受けました。
なぜ気づいてあげられなかったのだろうと悔やまれました。
もし、毎日お会いしていたならば、今日はどうなされたのだろうかと心配もし、
お宅をほうもんしていたかも知れません。
しかし、日ごろあまり交流のない方でしたから、気づく術もありませんでした。
人生は「棺(かん)を蓋う(おお)うて定まる」と言います。
そんなに華やかな人生を歩んだとしても、死をどのように迎えるかが大切では
ないのかと、この出来事があって実感しました。
私は弁護士として、たくさんの人生をみてきました。
地位も名誉も財産もおありなのになぜか寂しそうな人、
不幸せに見える人にもたくさん出会いました。
不幸になろうと思って生きている人はいません。
それなのに、幸せを感じられないのはなぜでしょうか。
人生の目的とは、他を思いやり、温かい心づかいと行ないを積み重ね、
世の中をよくしていくことだと私は考えています。
それは品性を高め、徳を重ねる生き方です。
そんな生き方をしていると、家族だけでなく、会社や地域社会にまで
明るい影響を及ぼすので、多くの人に感謝もされました。
人脈もひろがり、社会にとっても大きな財産となるのです。
立派な邸宅でお亡くなりになった奥様は、寂しい思いをされていたのではないかと、
私は察するのです。奥様が徳を重ねておられたのかどうかはわかりません。
ただ、社会とのつながり、人との交流をあまりされていなかったのではないかと思います。
どんなに輝かしい人生であっても、逝(い)くときにたったひとりで
誰からも知られず天に昇りたいでしょうか。
せめて家族や友人に「ありがとう」と言ってから逝きたいものだと、私は思うのである。
そして願わくば、そばにいる人に「あなたに会えて、本当のよかった」と
言ってもらえたら、それは最高の人生といえるのではないでしょうか。
<感謝合掌 平成28年4月26日 頓首再拝>
老衰死 穏やかな最期とは - 伝統
2016/06/07 (Tue) 13:16:09
*NHKおはよう日本ダイジェスト(2015年9月17日)より
阿部
「人生の最期をどう迎えるか、命の閉じ方についてです。」
和久田
「最期は苦しまず安らかに逝きたいというのは誰もが願うことですが、
国が今年(2015年)発表した高齢者への意識調査の結果では、
90%を超える人が、延命治療は行わず自然な最期を望んでいることがわかりました。」
阿部
「そうした中、今、大きく変化しているのが、大往生ともいわれる『老衰死』の数です。」
和久田
「戦後一貫して減り続けてきましたが、高齢者人口の増加とともに10年前から増加に転じ、
今月(9月)発表された統計では、初めて7万人を超えて過去最高となりました。」
阿部
「今回、自然な形でのみとりを進めている、ある介護施設を取材し、
1人の入居者の最期を見つめました。」
《老衰死 穏やかな最期とは》
東京・世田谷区にある特別養護老人ホーム、芦花ホームです。
平均年齢90歳。
認知症やさまざまな病を抱えた高齢者100人が暮らしています。
医師の石飛幸三(いしとび・こうぞう)さんです。
これまで200人近い入居者をみとってきました。
石飛さんは、老衰にはある共通した特徴があるといいます。
“食べる”という機能の変化です。
ほとんどの人が亡くなる1週間ほど前からゼロになり、食べることができなくなっています。
中村イトさん、93歳です。
入居して3年、最近、食事の量が少なくなってきました。
「なんかゆっくりになってきた。」
食事をなかなか飲み込むことができません。
「ちょっと休もう。
あー、目が眠ってきた。」
食欲を示すことも、ほとんどなくなりました。
芦花ホーム 石飛幸三医師
「この人の体が(食べ物を)受け付けなくなった。
もうそれは終わりのサイン。いよいよ最終章に来たなと。」
老衰が進むとき、体の中で何が起きているのか。
海外では研究が進められています。
老衰のメカニズムを研究している、ジョンズホプキンス大学のニール・フェダーコ教授です。
着目しているのは、老化によって細胞の数が減っていく現象です。
フェダーコさんは、細胞の減少は臓器の萎縮を引き起こすと考えています。
小腸にあるじゅう毛。
栄養素を体内に取り込む役割を果たしています。
老化に伴ってじゅう毛や腸内の筋肉が萎縮すると、
栄養素をうまく吸収することができなくなるというのです。
食べることが難しくなった時、多くの人が直面するのが、
自然な最期を受け入れるのか、それとも胃ろうなどの延命治療を行うかどうかです。
日本老年医学会では、3年前、高齢者の終末期医療のあり方について、
ある指針を打ち出しました。
「医師などが患者のためにならないと判断した場合、
本人の意志に沿って人工的な栄養補給などを行わなくてもよい」という見解です。
食事の量が減ってきた中村イトさんです。
この日、家族が呼ばれ、イトさんの今後について話し合いが行われました。
芦花ホーム 石飛幸三医師
「だんだん食べる量が減ってきて、ときどき熱を出されて。
そろそろ近いのかな。」
イトさんは最期の迎え方を自分で決めていました。
延命治療は受けず、自然な最期を迎えたいと家族に伝えていたのです。
息子の孝さんは、母親の望んだ最期を尊重し、静かに見守ることにしました。
イトさんが食べられなくなって3日。
水を飲み込む事もできなくなり、少しの水分で口の渇きを抑えます。
息子 中村孝さん
「だいぶ弱っちゃったなという感じが強い。
まだ大丈夫だと思っていたら、日に日に弱ってきている。」
食事をとれなくなって1週間。
イトさんの呼吸の様子が変わり、肩を使いながら大きく息を吸うようになりました。
看護師
「少し進んだ気がしますね。」
こうした呼吸は、食事をとらなくなるのと同様に亡くなる前に起きる自然な変化のため、
施設では酸素の吸入はせず、静かに見守る事にしています。
その日の夕方。
イトさんの呼吸が弱くなりました。
孝さんに寄り添われ、イトさんは静かに最期の時を迎えました。
93歳、老衰死でした。
息子 中村孝さん
「よくここまで頑張ったなと、ほめてあげたいです。
ゆっくりこれから休んでくださいと思っています。」
いつか必ず訪れる命の終わり。
その現実から目を背けずに受け入れることが、
安らかな最期を迎えるために大切だと石飛さんは考えています。
芦花ホーム 石飛幸三医師
「火は自然に細まって消えていく、それがいちばん楽な方法。
いずれ自分は終わるということを覚悟して、そういう時点が来ることに
自分の心をちゃんと備えておかなきゃいけない。」
(http://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2015/09/0917.html)
<感謝合掌 平成28年6月7日 頓首再拝>
「自然に逝きたい」増える老衰 ~延命に疑問 変わる死生観 - 伝統
2016/07/26 (Tue) 12:59:21
130万人のピリオド 統計にみる多死社会(上)
「自然に逝きたい」増える老衰 ~延命に疑問 変わる死生観
*日本経済新聞(2016/6/6) より
国がこのほど発表した人口動態統計によると、老衰で亡くなる高齢者がこの10年で3倍に増えた。
長寿化が一因だが、死生観の変化も老衰急増の背景にある。
延命措置で生き永らえるよりも自然に枯れるように逝きたい。
年間130万人もの人が亡くなる社会を迎え、そう願う高齢者が増えているようだ。
昨年11月、西日本の地方都市で90代女性が自宅で亡くなった。
2人の子どもは関東住まい。夫は数年前に先立ち一人暮らしだった。
特段重い病気もなく元気に過ごしていたが、9月に食が細くなり、微熱が続いた。
検査入院しても異常は見つからなかった。
医師は点滴などによる栄養摂取と精密検査の継続を選択肢として示したが、女性は断った。
「検査を続けるよりも自宅で自然に過ごしたい」。
母のために2人の子どもは交代で実家に帰って看病した。
1日の睡眠時間が徐々に長くなり、最後は静かに息を引き取った。
食欲不振を訴えてから2カ月。主治医は死因を老衰と診断した。
2015年に老衰で亡くなった高齢者は8万5000人に上る。前年より9000人増えた。
厚生労働省「死亡診断書記入マニュアル」は、老衰を
「高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死」と定義する。
診断する立場になると死亡の原因が「ない」には「特定できない」も含まれる。
このため戦前は老衰死亡率(死者10万人に占める人数)は100人を超えていたが、
医学が進歩して診断可能な疾患が増えるにつれて老衰死亡率は減少。
1980年代以降は死亡率20人前後で横ばいを続けていた。
だが2000年半ばに増加に転じ、15年は67.9人に上る。
◇ ◇
老衰は加齢と関連するので、総人口に占める高齢者比率が高まれば老衰死亡率も当然高くなる。
ただ人口構成比の変化の影響を統計的に除いても、老衰死亡率は右肩上がりだ。
東埼玉病院内科・総合診療科医長の今永光彦氏は
「以前は長く生きることがよしとされてきた。
今は無理な延命よりも自然な死を受け入れる風潮がある。死生観の変化が影響している」とみる。
オリックス・リビングが運営する有料老人ホーム「グッドタイム リビング新浦安」
(千葉県浦安市)では15年度に入居者12人が亡くなった。うち8人をホーム内でみとった。
そのほとんどが老衰だ。
食が細くなり眠っている時間が長くなるなど衰えが見えてきたら、
施設の医師や看護師を交えて入居者の家族と終末期の対応を話し合う。
今年で開設10年目。当初は「最期は病院で」と望むケースが多かったが、
今は9割が住み慣れたホームでの自然のみとりを希望する。
ジェネラルマネージャーの立崎直樹さんは「『無理な治療で余命を延ばすより、
好きなものを好きなように食べて自然に逝きたい』。
そんな言葉を多くの入居者が普通に口にするようになってきた」と話す。
◇ ◇
老衰のみとりは、簡単なようで簡単ではない。
松山市などで在宅医療を手掛ける医療法人「ゆうの森」理事長の永井康徳医師は
「最期が近づくと自然と食べられなくなる。死に至る通常の過程なのだが、周囲はそれを
受け入れられずに点滴などで無理して水分・栄養補給をしようとしてしまう」と指摘する。
永井医師によると、その結果、むくみが出たり痰(たん)も多くなったりして体に負担がかかる。
「食べられなくなったら枯れるように逝くことが自然であり、
本人にとっても楽な逝き方だと理解してほしい」と強調する。
もちろん点滴による栄養摂取や延命措置も無意味・無駄ではない。
大切なのは本人の意思だ。
「少しでも長く生きてほしい」といった家族の思いが
逆に本人につらい思いをさせている可能性もある。
永井医師は「どのように生きてきたか。どんな風に生きたいと望むか。
本人に成り代わってその気持ちを家族が考えてあげることが大切だ」と助言する。
(http://style.nikkei.com/article/DGXMZO03162350T00C16A6NZBP00)
<感謝合掌 平成28年7月26日 頓首再拝>
望まないケア意思表示を - 伝統
2016/08/09 (Tue) 12:38:58
*日本経済新聞(2016/6/7) より
統計にみる多死社会㊦
望まないケア意思表示を 社会全体で意識改革
国際医療福祉大 大学院教授 高橋泰さんに聞く
2015年の人口動態統計では、年間の死亡者数が129万428人と戦後最多を更新した。
多くの人が亡くなる社会で今後問題になるのが、医療や介護にかかるお金と人材の不足だ。
打開策はあるのか。
国内外の医療・介護制度に詳しい国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授に聞いた。
――高齢化が進み、死に向かう人はどんどん増えます。
「2025年に団塊世代が後期高齢者になる。今後は地方の高齢者は減り、
首都圏で増えて高齢化が深刻になる。例えば介護関連施設。東京都と埼玉県では
確実にベッド数が不足する。需要に応じて施設をつくっても、介護人材が集まらない。
医療でも専門職の不足や救急医療のパンクが避けられない。
現状の医療や介護への需要が人口比で増えると、制度の破綻は確実だ」
「カギを握るのは、法整備や制度の改革ではなく、利用者の意識改革だ。
国民の死生観が大きく変われば、危機を乗り越えられると思う」
――どう変わるべきだと?
「介護や医療の供給側はこれまで、何とかして高齢者を生かしたいと考えてきた。
施設がみとってきたのは明治や大正生まれの高齢者。
戦争で生き残り、生きる義務があると考えた世代であり、施設は彼らの希望に応えてきた」
「ところが昭和生まれになると、何が何でも長生きしたいというよりは、
重度の介護状態で生き延びるのは真っ平ごめんという人が増えてきている。
どう死にたいかという理想像が変わろうとしているのに、
施設は明治・大正時代型のサービスを続けている。
自ら食べられなくなった人に食事介助で食べさせる。
飲み込めなくなったら胃に直接栄養を入れる胃ろうをつくるといった具合だ」
「そんなコースを望まない人が、自力で食べられなくなったときに
『食事介助をしないで』『延命治療は要らない』と声を上げることが重要だ。
利用者が変わらないと、提供者は変わらない」
――海外の現状は。
「フランスは90年代まで、日本と同様に胃ろうを延命措置として積極的に取り入れていた。
ところが2000年代半ばまでに急減した。現在、同国で高齢者に胃ろうを施すのは
虐待の一種と見なされるほどだ」
「02年に患者保護法が、05年には終末期の患者の権利に関する『レオネッティ法』が
制定された。患者本人が人工的な延命措置を希望しない場合、2人以上の医療者が
合意すれば中止できるなど、手続きを定めた法律だ。
国民の意識の変化が先行し、法整備を後押ししたようだ」
「北欧では、1990年代に現地で調査した時点で、介護施設に寝たきりの高齢者は
既にほとんどいなかった。自力で食べられなくなったら死ぬという考えが
広がっていたからだ。その代わり、高齢者に食べ物を飲み下すことを訓練し、
トイレに連れていく。これらが自力で無理になったら自然な形でみとる。
高齢者は寝たきりになる前に、静かに息を引き取っていく」
――日本でも変化の兆しはありますか。
「2010年ごろから、胃ろうを望まない人が少しずつ増えている。
試算によると、胃ろうを拒むと3カ月程度、食事介助を受けないと年単位で平均寿命が縮む。
もちろん、延命措置を否定はしない。だが今後は、死に方への意識変化がうねりとなって、
医療と介護の需要と供給のミスマッチを回避する方向に後押ししていくのではないか」
「死に方は結婚と同様に個人が決めるもので、国家が介入すべき分野とは思わない。
日本は欧米ほど個人主義は徹底していないが、付和雷同の国民性があるだけに、
いったん変化が始まると急速に進むのではないか。そう予測している」
《介護人材が不足、財政も限界》
2015年の人口動態統計を見ると、約130万人の死亡者のうち、約7割を75歳以上が占める。
80歳以上の死亡数は65~69歳、15~19歳の年齢層と並び前年を上回った。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、年間の死亡数は24年に150万人、
30年には160万人を超える見込み。39年には死亡数推計が最多の166万9180人となり、
15年と比べて3割増の水準だ。
認知症患者も急増する。16年度版の高齢社会白書によると、65歳以上の認知症患者数は
12年に462万人だったが、25年には約700万人に増える見込み。
高齢者の約5人に1人が発症する計算だ。
判断力が低下する人の増加は、本人が望む介護や看護、死に方の意思表示が、
いざとなった時では間に合わない例が増えることを意味する。
死亡数が増えるなか、高齢者の人口増に伴う介護需要の拡大と、生産年齢人口の減少により、
必要な介護人材の確保は難しくなる。経済産業省の研究会が3月にまとめた報告書では、
介護職員の数は35年には15年より108万人多い295万人が必要になると見込むが、
25年で31万人、35年には68万人が不足しそうだ。
内閣府が12年に実施した意識調査では、最期を迎えたい場所の最多が「自宅」(54.6%)。
2番目の「病院などの医療施設」(27.7%)の2倍近かった。
だが多くの人が望む死に方は、現状の介護・医療サービスの延長線上にある保証はない。
財政面で見ても、今の制度を継続するには無理がある。
多くの人が安心して死に臨み、周囲が心穏やかにみとることが可能な社会を実現するには、
意識や発想の大胆な転換が不可欠かもしれない。(南優子)
〔日本経済新聞夕刊2016年6月7日付〕
(http://style.nikkei.com/article/DGXMZO03162210T00C16A6NZBP00)
<感謝合掌 平成28年8月9日 頓首再拝>
ピンピンコロリは遠い夢。死なせてもらえぬ老人たち - 伝統
2018/05/15 (Tue) 14:41:47
*Web:MAG2NEWS(2017.07.26)
by 『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』
「ピンピンコロリ」が高齢者の理想だった時代はずいぶん前だ。
いまは医療の進歩でコロリと逝けない時代になっている。
病気やその後遺症の苦痛・不安を抱えながら過ごす時間や、
介護を受けながら生きる時間が長くなった。
当事者にとってはじつに不本意である。
いっそ死んだ方がよかったという声が上がる。
迷惑をかけている、お荷物になっている、という感覚は高齢者を苦しめる。
それを見守る家族にとってもつらいことである。
生きる希望がないのに生かされる「死〇ない老人」。
そしてもうひとつのパターンが、本人は治療や延命を望まないのに、
周囲の意向で「長生きさせられてしまう」高齢者がいる。
希望や生きがいを失った「死〇ない老人」対策は、
本人が「誰かの役に立つ」ことと、「好奇心を持って学ぶ」ことだ。
これらは本人次第でクリアできるもので、いくつもの選択肢があり、
その具体例をいくつも示す。
問題は「もう治療をやめて安らかに逝きたい」と思っても、それが叶わない日本の現状だ。
延命治療を施している医師や看護師でも、自分が終末期に至ったとき、
自分が行っているような治療を受けたいと思う人は皆無であろう。
にもかわらず、超高齢の患者にも濃厚な医療が続けられている。
患者が終末期に直面したとき、本人の意思よりも
家族の意向が強く働く傾向が、日本人には根強くある。
「延命を望まない」という親の意思を尊重したいと考える子と、
「まだ医療によって生きられる可能性がある」と考える子がいる。
後者の立場や主張が強いときは本人の意思に反して、
本人の望まない延命治療を施され寝たきり老人になり、家族間にも大きな亀裂が残る。
こんな人生の終わり方はつらすぎる。
本人の意思を尊重するのが「尊厳死」である。
人の不治かつ末期に際して、自己決定をして自分の死に方、
延命措置の不開始または中止を求めた自然死のことをいう(安楽死とは違う)。
けっこうなことだと思うが、尊厳死法案の成立を妨げるのは障害者団体の反対である。
また日本医師会も現時点では法制化は不要という見解だという。
法制化は難しいが、自分で意思表示すればよい。
終末期にどういう治療を受けたいか(受けたくないか)という意思・希望を
記したものがリビング・ウィルである。
ネットにはサンプルがいくつもある。
それを参考に、自分で作成すればいいだけだ。
その存在と内容を近親者にきちんと伝える必要がある。
*〇:ね
(http://www.mag2.com/p/news/258503)
<感謝合掌 平成30年5月15日 頓首再拝>
一度はじめた延命治療は死ぬまで続く - 伝統
2018/07/10 (Tue) 10:09:28
*『人が死ぬときに後悔する34のリスト』
川嶋朗(著)、第四章(P139~140) より
「生きていてもいいことなんて何もないです。苦しいだけです。
つらい、本当につらい。このまま死んだほうがどれだけ楽か」
こう口にする、寝たきりになった患者さんは決して少なくありません。
本人が望んでもいないのに、生きてしまう。
寝たきりになってまわりに負担をかけていしまうようになる前に死ぬというのは、
なかなかむずかしいことなのです。
たとえば、自力で呼吸が維持できない状態が長く続くような場合でも、
気管切開をして直接管を入れて気道を確保し、
人工呼吸器を取り付けて呼吸を維持できます。
ただし、もし回復が見込めない場合は、
それはただ生かすだけの延命治療となる可能性も高いのです。
また、栄養および水分補給ができなくなれば、お腹に小さな穴を開け、
そこから胃に管を入れて、直接水分や栄養を入れる
「胃ろう」という延命治療があります。
延命治療によって「死〇ない」患者さんの家族から、
しばしば「先生、いつごろ死ぬんですか」と聞かれます。
それでも、もう死なせてあげたほうがいいのではないか
というような状況のなかで死の淵をさまよっている本人を、
医療は延命します。
*〇:ね
せっかく長生きしたものの、人生の締めくくりである最晩年に、
「寝たきりで生命維持装置をつけられて暮らす」というような
不本意な状態で生きるとしたら、果たして幸せと言えるでしょうか。
QOL(生命の質)を保ちながらの長生きでなければ、
本人はもちろん、周囲の人をつらい目に遭わせてしまうことになる
ということを認識しておくべきではないでしょうか。
<感謝合掌 平成30年7月10日 頓首再拝>
Re: PPK(ピンピンコロリ)
- jrqoibnz
URL
2020/08/29 (Sat) 03:50:41
伝統板・第二
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