伝統板・第二

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元旦、尊師の言葉 - 伝統

2016/01/01 (Fri) 04:50:41

【 我れ今日(こんにち)新生す 】

         *「幸福を招く365章」(P3)より

我々が眠りより覚めて意識の世界に再び帰って来たとき、
其処に我々は新しく生まれた自分を発見するのである。

過去との一切のつながりは、除夜の鐘(かね)を境として、完全に断ち切られたように見える。
過去の一切のものは完全に過ぎ去ってしまったものに感じられ、「新しく生きるのだ」と云う
希望と決意とが湧き起って来るのである。

まことに正月元旦は新生の時である。
元旦の曙こそ、我々の心が清らかな白紙のように浄(きよ)められている時である。

あなたの未来は、今あなたの掌中に握られているのである。
今、この時、善き事を考えましょう。
今善き事を計画しましょう。

まことに1年の計は元旦にあるのである。


・・・

【 わが家は喜びの庭 】

            *「女性の幸福365章」(P3)より

よろこびよ来れ。
わが家はよろこびの庭。

すべての人新しき日を仰ぎ、すべての人新しき生命(いのち)を生き、
さんざめきて、われら新しき年を迎う。

悲しみは過去にさりたり。
歎きの日は消えてあとなし。
暗黒は光の前に、其の無をば暴露したり。

わが家はよろこびの庭。
わが家は光の御園。
ああ大いなる光われを包めり。

天国は今此処にあり。

さんさんと日は輝けり。

悲しみよ、わが家に入ることなかれ。
憂いよ、わが庭に入ることなかれ。

この家は喜びの家、わが庭は悦びの園。
苦しみの来るときにもわれは喜び、
悩みの来るときにもわれは神を讃う。

われは現象にとらわれず、ただ神のつくりたまえる實相の世界のみを見る。

現象を見るときは現象のとりことなる。
虜(とりこ)は縛られて自由を得ず。

現象を見ず、常に實相を観ずるとき一切の禍は消ゆ。


・・・

【 われ新しき天と地を迎う。祝福すべきかなこの新天地。】

        *『栄える生活365章』(P4)より

今よりのち一切の悩み、悲しみ、失望、落胆ことごとくなき新天地に我生まれたるなり。
暗黒は空の彼方に消え去り、新しき光、五彩の虹を放って今この新天地を照らすのである。
われは一切の過去を放ち去ってこの新天地に立ち、この新天地に呼吸するのである。

生命(せいめい)満ちあふれたわが生命よ。
汝は神のいのちである。
一切の汚れなき新しき生命である。

過去の悪しき印象は、青空が飛ぶ鳥の跡を印しないと同じように、
わが潜在意識から消え去ったのである。

わがいのちは新しき自由と繁栄の世界に羽撃(ばた)くのである。

一切の”悪”は過ぎ去ったのであった。
”悪”は実在ではなく、単に妄想の幻影に過ぎないのであるから、
一度過ぎ去った後(あと)に再び還ってくることはないのである。

わが新しき天地は永遠に新しく汚れなく悩みなく神聖である。

神わが家族すべてを祝福したまうのである。


・・・

【 あなたは幸福の磁石である 】

           *「人生の秘訣365章」(P21~22)より

あなたは今、幸福の年を迎えたのである。

過去に如何なることがあったにせよ、
それは除夜の鐘の音と共に消え去ったのである。

新しき天と地とが黎明の帳(とばり)をあげて、
新しき日光があなたの家に射し込んだのである。

闇は消え、光の世界が始ったのである。万物が悉く新たになったのである。
あなたの心が新たになったのである。
見る心が一変して天地一新したのである。

過去は過去のあなたの心に描いたものや、潜在意識に蓄積していた想念が
形にあらわれていたのである。
これからは、あなたが今後あなたの心に想念するところのものがあらわれて来るのである。

あなたは今後、幸福のみを想うのである。
世界人類の幸福を、日本国民全体の幸福を、あなたの属する団体の幸福を、
あなたの家庭の幸福を、そしてあなた自身の幸福を想念するのである。

想念するものが集って来るのである。類を以て集るのである。
あなたが今後幸福ばかりを想念すれば、
あなたは幸福ばかりを引き寄せる磁石の如くなるのである。


《あなたの想念があなたの運命に》

新年を迎えると誰でも心機一転して新鮮な気持になるものである。

それは人類全体が過去に於いて幾千年にわたって、
そのように考えて来た想念が人類意識として地球上ぜんたいに充ち満ちていて、
その人類意識の波動をあなたが感ずるからである。

その人類意識の「新年を迎える心」に自分の中の心の波長を合わせて
「新しい心」になることは最もやさしい事であり、
最も好い機会を捉えることになるのである。

新年こそあなたの生活の新鮮な始まりである。
そして此の年の運命はあなたの掌中に握られているのである。

あなたは想念の自由を神から授けられているのである。
あなたが想念するもののみが現実界に具体化するのである。

ただ新しく自他の“幸福”のみを信ぜよ。
暗黒なことを考えるな。過去を過去たらしめよ。明るい事のみを考えよ。

新しい年、新しい生活、年齢にかかわらず、
自己を“神の子”と自覚する者は常に若いのである。


・・・

【 新たに生まれるあなたの自覚 】

         *「神と偕に生きる真理365章」(P19)より

新しく生まれ変る年である。

新生の年である。

今まで自分を一個の物質的な存在であると思っていたのを
”人間は物質に非ず肉体にあらず、聖なる神の子であり、
霊的実在である”と知る時が来たのである。

わが内に神の生命が宿っており、その”神の生命”が”本当の自分”であり、
肉体は地球という天体上で”神の生命”が一時的に被服として身にまとい、
地球上での仕事又は使命を果たすための”宇宙服”としてみずからの生命が
織り上げたところの被服であると知るときを迎えたのである。

この自覚の生まれ変りを得なければ新しき年を迎えるというこは、唯、
齢(よわい)を重ねて老いて行くというだけで、
人間の存在に何らの深い意義もないことになるのである。


・・・

【新たに生まれるための祈り】  

          *「如意自在の生活365章」(P21~22)より 

われ今、合掌、天地四方を礼拝して、天地一切のものに感謝し奉る。
古き天と地と四方一切のものは過ぎ去り、役目を果たし終りぬ。

ここにわれ住吉大神に導かれて龍官海に入り、龍宮城の“神癒の社(やしろ)”に入り、
大神の御前に坐して大神を礼拝し奉る。
大神、右の手をあげてその掌もてわが全身を撫下(ぶか)し給いて霊をもって我を浄め給う。

古き現象界の人類意識の妄想ことごとく浄められて、わが実相完全のすがたここに顕われたり。
今より後、一切の悩みあることなく、苦しみあることなく、病いあることなく、
老衰あることなく、貧しさあることなく、悲しみあることなく、憂いあることなし。

久遠不滅の生命われに宿れり、常住健康、歓喜無限の生命なり。

われ住吉大神の御禊(みそぎ)を受けて霊によって潔められ、
霊によって復活のいのちを受けしことを、大神に感謝し奉る。

今後、われ現象界に帰還したる後も、永遠にこの自覚をもちて生活せんことを大神に誓い奉る。
ありがとうございます。

            <感謝合掌 平成28年 元旦 頓首再拝>

新たに生まれる - 伝統

2016/01/02 (Sat) 05:01:07


     <「生命の實相」第37巻幸福篇上(1月1日)」より>

 われわれを生かすのは明るい思想である。
 さし昇る朝日のごとくさわやかな思想である。
 さし昇る朝日のごとくさわやかな精神こそ日本精神である。

 生命は暗黒の中にも光を見る。
 暗室に置かれたる豆もやしは、外から洩れるわずかな光を求めて、
 光の方へ光の方へと向いていく。

 そして光のない間は細く長くかよわく貧弱に伸びて行くにすぎないが、
 ひとたび光を得たときには、太くしっかりと逞しく勢いよく生長する。
 生命には光が必要なのである。

 光が全然ないときには、伸びかかった豆もやしも数日間で枯れてしまう。

 再び言う。生命には光が必要なのである。

 
 新しい年には新しい心が生まれる。
 元旦は物事の始めであり、生活更新に最も都合の良い時である。

 他の時にも新しい覚悟ができ、賢明なる人はいつからでも新生活に突進しうるが、
 われわれには新しい決意を実行するのには元旦がよい。

 元旦からまず始めよう。
 それは明るい心を持つということである。

 一度にあれもこれもと考えて、それが実行できなかったら、
 新しい決意も最初の一日から崩れてしまう。

 ただ今日一日明るい心をもつことにしたい。
 ただそれだけ一つのことである。
 これだけのことならばわたしにもできると思う。

 明るい心を持つには何事が起こっても怒らないということである。
 何事が起こっても悲しまぬということである。
 何事が起こっても失望せぬということである。

 何事が起こっても怒らず悲しまず失望せぬためには、
 起こった事物は「もうすんだのだ」と知ることである。

 去年の暮れはもう起こったからすんだのである。
 すんだからこそ新しい年が来たのである。
 木枯らしに散る葉があるからこそ、春に美しい若葉の美が讃えられるのである。


 天地一新。
 悪しきことは未だかつてひとつも起こらなかったし、これからも起こらない。
 それはすべて一新していく姿である。

            <感謝合掌 平成28年1月2日 頓首再拝>

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