伝統板・第二

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実践力 ② - 伝統

2018/07/25 (Wed) 04:53:56


     *伝統板・第二「実践力」からの継続です。
      → http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6920400


真理は実践しなければならぬ

         *「幸福を招く365章」(P176)より

「人間本来完全」の真理を教えられて知ったならば、如何なる問題でも起こって
来たときに、その問題が、自分の問題であろうと、家族の問題であろうと、
友人の問題であろうと、どんな小さな問題であろうと、大きな問題であろうと、

「あの人は完全だ、善い人だ、不親切な人ではない」と云う風に、相手を心の
うちで拝んで、その実相の完全さを常に念ずるようにすることです。

そうすると念じた通りにその完全さがあらわれて来るのです。

先ず小さな問題から始めることです。

そしてその効果を体験することによって、自信を増し、
更に段々ほかの大きな問題を念ずるようにするのも好い方法である。

併し、最初から「世界平和」を念ずるようにすることは、結果はすぐあらわれないでも
自己の魂の向上にだけでなく健康増進のためにも大いに役にたつのである。

            <感謝合掌 平成30年7月25日 頓首再拝>

決心をすぐ実行に移せ - 伝統

2018/08/09 (Thu) 05:05:12


           *『生命の實相』第7巻(P132~133)より

今、なんじの決心をすぐ実行に移せ。
思想はそれが実践せられるまではただの夢でしかない。

諸君に競争者があるか。
あっても恐れることはない。
それはただ人間ではないか。

行け! あえて行くところに道が開かれるのだ。

決意をもって進む人の前には、万人がひざまずいて奉仕しようと申し出るのだ。
困難、それがなんだ。勇敢にそれを押しのけよ。

失意すべき時に失意せず、落胆すべき時に落胆せず、
勇気を失わずにあえて前進する者には困難が困難でなくなるのである。

それは臆病者は事物の前に立ってあえて行なう勇気を欠いて、
捕うべき機会を見失ってしまうからである。

「機会」に向かって最初の第一歩を踏み込まない者は
永遠に機会を見のがしてしまうのである。

人生は明快な決断力を有する人のためにのみ、
よい座席をあけて待っていてくれるのである。

不決断の人の前にはたとい空席があろうとも、彼がその座席に座るまでに、
ほかのいっそう決断力のある人がその椅子にかけてしまう。

勇敢なる人は自分の目の前にあらわれたる困難を、
そのまま神が自分に与え給うた「希望」実現のための踏み石として
感謝して受け、困難を踏み台としてなおいっそう前進する。

かかる人には困難はかえってその人の魂の向上の資料となる。

およそ大胆と勇敢と決行の迅速と、
どこどこまでもやりとげる押しの強さとは大人物なるものの一つの資格である。

右顧左眄して人の思わくに気がねし、猫を恐れる鼠のように周囲に気がねして、
コソコソオズオズ自分の行為を進める者は一生大事業をなしとげえない人である。

            <感謝合掌 平成30年8月9日 頓首再拝>

【やってみなければ、その先がどうなるかはわからない】 - 伝統

2018/08/27 (Mon) 03:31:54


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年08月21日)より

   (渡部昇一氏の心に響く言葉より…)

   わたしは人から「どういう選択をしたらいいと思いますか?」
   とアドバイスを求められることがときどきあります。

   しかし、相談されても正しい答えが何なのか、わたしにはわかりません。

   だから、「よく考えて、断固、自分の信ずる道に行くよりしかたがないでしょう」
   と答えます。

   結果として、その選択がうまくいくかどうかは本人次第です。


   エマソンのいうとおり、本当のことは自分以外にはわからないのです。

   そして、自分でも、本当に何ができるかはやってみるまでわからないのです。


   難しい言葉ですが、「鉄案(てつあん)」という漢語があります。

   「確固たる意見」という意味ですが、これこそ、
   植民地時代から発展してきたすべてのアメリカ人のモットーであった
   と思います。

   先行きが何も予測できないような状況にあっては、
   自らの信じるところに基づいて断固として進んでいくしかないのです。


   それはエマソンを読んだ明治の人たちも同じように感じたはずです。

   明治をつくった維新の志士たちは、大体が下級武士の家の出身です。

   彼らには幕藩体制の中、「このままいても、一生、足軽みたいなものだ」
   という気持ちがあったに違いありません。

   だから討幕をめざしたという動機も、少なからずあったように思います。


   一方で、討幕といっても、自分の仕える殿様を鉢植のごとく転封できる将軍家
   というものがどういうものなのか、想像もつかなったはずです。

   ましてや、その将軍家を倒すとなると、
   まったく見当のつかないことだったに違いありません。

   とにかくやってみなければ、その先がどうなるかはわからなかったのです。

   思い切ってやってみたら結果としてうまくいった、
   というのが実際だったのではないでしょうか。

   そう考えると、「わからないことでも勇気を出してやってみる」
   というところには、人生の転機があるといってもいいのではないかと思うのです。

         <『エマソン 運命を味方にする人生論』致知出版社>

              ・・・

変化が激しくて、先が予測できない時代は、
考えずにとにかくやってみるしか、他に方法がない。

現代はその激しい変化の時だが、
経済学者や専門家でさえ、一瞬先がどうなるかはわからない。

必死に考えたところで、誰も予想がつかないのだ。


サントリー創業者鳥井信治郎氏は、

「やってみなはれ。やらなわからしまへんで」

という名言を残している。

鉄案という、自分の確固たる考えが決まったら、あまり深く考えずにやってみる。

新しいことや知らないことをやってみるには、「エイヤ」という勇気が必要だ。

あれこれ考えたら、勇気はでてこない。


ただし、勇気と無謀とは違う。

勇気とは、誰もが恐れるようなことに対し、理性を持ち、肚を決めて行動すること。

覚悟を決めなければ勇気はでてこない。

無謀とは蛮勇(ばんゆう)ともいうが、後先考えずに、
自分の正義感や価値観だけで行動してしまうこと。


何事も、やってみなければわからない。

            <感謝合掌 平成30年8月27日 頓首再拝>

【行動力を身につける】 - 伝統

2018/09/20 (Thu) 02:34:37


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年07月08日)より

   (鍵山秀三郎氏の心に響く言葉より…)

   お客様へのサービスを議論するとき、
   よく出る意見が「お客様の立場に立って考える」です。

   もっともらしい意見ですが、
   この考えでご満足いただけるサービスを提供できた試しがありません。

   「お客様の立場に立って考える」、このこと自体は正しい姿勢です。

   ところが、そういう人にかぎって、
   行動するときは「自分の都合」で動いてしまう傾向があります。


   これでは、お客様が真に喜ぶサービスにはなりません。

   大事なのはお客様の立場に立って「考えて」、
   お客様の立場に立って「行動」しなかれば、
   お客様は満足してくださらないということです。


   サービスは理屈ではありません。

   お客様に「何をいったか」ではなく「何をしたか」で評価が決まります。

   つまり行動の伴わないサービスはお客様に受け入れられることはありません。


   私はその行動力を身につけるためにも、長年掃除をしてきました。

   足元のごみを気づいたときにさっと拾う実践を積み重ねていると、
   突発的な出来事にも即対応できるようになります。

   この行動力ばかりは、実践しなければ絶対に身につかない習慣です。

   毎日の腹筋運動がお腹の筋肉を鍛えるように、
   掃除の実践がサービスに即対応できる行動力を育むのです。

   動いて喜びを提供できてこその、サービスでなければなりません。

        <『困難にも感謝する』PHP>

              ・・・

「この地球は行動の星」と言ったのは、斎藤一人さん。

考えているだけ、思っているだけでは、何も変わらない。

行動することでしか、この地球上では何事も動かないのだ。


その行動力を身につけるには、いくら考え力を強化してもダメだ。

そうではなくて、具体的に、行動することをクセにすることだ。

例えば、掃除。

掃除を長く続けていると、足元にゴミが落ちているのが、
とても気になり出し、体が勝手に動き、それをサッと拾うようになる。


或いは、仕事において、新商品を出したり、新しいお店や、営業所を出すのも、
やってみなければうまくいくかどうかはわからないのだから、
かけるお金を最小限にして、まずやってみる。

しかし、成功する率は本当に少ないから、失敗の山となるが、
それを続けているうちに、失敗を恐れなくなり、結果的に行動力が身につく。

行動できない人は、失敗を恐れる人が多い。


つまり、行動力を身につけるには、サントリー創業者の鳥井信治郎氏の言葉、
「やってみなはれ」の精神。

口で、ああだこうだ言っているうちは何も変わらない。


行動力を身につけたい。

            <感謝合掌 平成30年9月20日 頓首再拝>

熟慮し迅速に行動する - 伝統

2018/09/21 (Fri) 02:48:25


      *『生命の實相』第38巻幸福篇下(9月21日)より

精神力をみだりに分散しては、その戦力を消耗して大いに成功することはできないのである。
一人一業はその意味において成功の一つの要素である。

一業を志してそれに立ち向かう以上は、その方面にのみ心を集注しなければならぬ。
左を顧み、右に秋波を送り、精神力を四方八方に分散していて、一業といえども
水平線以上に出ることができないならば、その人が成功しえないのは当然のことである。

しかし、その事業に関することはあらゆる方面にわたって知識を収集し、
熟慮した上は迅速に断行することが必要なのである。

心に念じて描いておけば、
自分はなんら行動せずとも天から富が降って来ると考えてはならぬ。

             <感謝合掌 平成30年9月21日 頓首再拝>

時を移さず行動に移す - 伝統

2018/09/22 (Sat) 04:33:20


      *『生命の實相』第38巻幸福篇下(9月22日)より

心を常に積極的に明るく建設的にのみ使うように心がけよ。
悲観的な暗い心を起こしたときに考えついたことは常に多少とも破壊的なものである。

一つの仕事をあらゆる方面からゆきわたって考察したならば、それを行動に移さねばならぬ。
目的とする事物の実現に必要だと思われる手段は、時を移さず行動に移さねばならぬ、

1分遅れたために汽車に乗り遅れることもあり、
1分遅れたために踏切りで汽車に轢かれる人もあるのである。
時を得ない行動は役に立たぬばかりか、破壊的なことがある。

善き考えも時を失えば悪しき結果をひき起こす。
全然「悪」というものはないのであって、時を失い、処を得ない状態が「悪」である。

             <感謝合掌 平成30年9月22日 頓首再拝>

「やってみること」「試してみること」 - 伝統

2018/10/11 (Thu) 04:36:58


         *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年10月09日)より

   【人生は壮大な実験】

   (本田直之氏の心に響く言葉より…)

   わたしは「人生は壮大な実験だ」と思っています。

   特に今のような価値観の変化している時代には、
   他人との比較ではなく、自分で試すことがなによりも価値のある経験となります。

   一昔前までは何歳で部長になり、年収はこのくらいで退職したら
   退職金と年金でこんな暮らしをしていこう
   …というプランが描きやすい連続性のある社会でした。

   その時代は実験よりも、前例に沿った生き方をする方が賢かったのかもしれません。

   しかし、今は良い意味でも、悪い意味でも何が起きるかわからない非連続の社会です。

   連続していないということは
   社会にも個人にもどんなことが起こるかわからないということです。

   決めつけた生き方では可能性を狭めるだけでなく、
   変化に弱いライフスタイルになってしまいます。

   決まりきった正解はなく、典型的な人生もどんどんなくなってきている時代には、
   常に実験を繰り返し、前例のない道を歩んでいかなければいけません。

   期待していた結果が出た時も、出なかった時も、
   実験したことでチャンスが広がっていくことはたしかです。

   また、テクノロジーの進化によって
   今後はますますおもしろいやり方、思いがけないチャンスが
   広がっていくかもしれません。

   やってみなければ、良し悪しは誰にもわからない。

   シンプルな教訓を大切にしていきましょう。

   日々を見直していくことの重要性。

   時には強制的に飛び降りることの大切さ。

   わたしは自戒も込めて、日産自動車のテレビCMで使われた矢沢永吉さんの、
   この言葉をよく思い出しています。


      2種類の人間がいる。

      やりたいことやっちゃう人とやらない人。

      やりたいことやってきたこの人生。

      おかげで痛い目にもあってきた。

      散々恥もかいてきた。

      誰かの言うことを素直に聞いてりゃ、
      今よりずっと楽だったかもしれない。


      でもね、これだけは言える。

      やりたいことやっちゃう人生のほうが、間違いなくおもしろい。

      俺はこれからもやっちゃうよ。

      あんたはどうする?



   生活の中に小さな変化をつけていくことは、
   年齢や家庭環境に関係なく試すことができます。

   配偶者がいて、子どもがいて、家庭があり、守るべき物が多くなっていたとしても
   365日のうちほんの1週間だけでも実験に時間を割くこと。

   自分のためだけに使える時間を作ること。

   その試みが、あなたの次の5年、10年を大きく変えていくキッカケになります。


   大事なのは、本気で自分で考えを突き詰め、小さなことから試していくこと。

   すると、必ず本人にとって財産になる視点が得られます。

   あなたは、忙しさをやらないための言い訳に使ってはいないでしょうか?

       <『何を捨て何を残すかで人生は決まる』青春新書>

              ・・・

行徳哲男師の「変化」についての言葉がある。

『変化は断続する。
切断されているから至るとこに崖がある。

だから、いつでも身軽に翔べることが大事である。

このような時代に重い荷物を持っていては翔べはしない。
ゆえに、いろいろな持ち物を捨てたり忘れたりすることが必要である。

これからは「忘」と「捨」の時代である。


変化は波及する。

波及の時代にあって経営者は経営学の勉強をしすぎてはいけない。
むしろ経営学以外の勉強をし、裾野を広げることによって波及する変化をつかまえ、
味方にすることができる。

文学や芸術や歴史、そして趣味の世界である。

変化を味方にできる人間こそ、二十一世紀に生き残る人間である』(感奮語録)より



先の見えない変化の時代にあっては、「何事もやってみなければわからない」。

理論や理屈をいくら言ったところで、未来を正確に見通せる人など誰もいないからだ。

だからこそ、「やってみること」「試してみること」が必要だ。


「人生は壮大な実験」

変化を味方にできる人間でありたい。

             <感謝合掌 平成30年10月11日 頓首再拝>

実生活に於ける愛の実践 - 伝統

2018/10/24 (Wed) 02:08:55


          *『白鳩』(昭和24年新年号)より
           ~ 吉田 國太郎  

神は愛である。 

愛するとは欲望することではないのである。 
欲望するのは愛欲である。 
真の愛は与えるところの愛であって、欲望することではないのである。 

神はただ吾々に与えることのみを実践しておられるのであって、
何一つ吾々よりは与えられようとはしておられないのである。 

これこそが真の愛であるのである。

自己の神性を自覚するところの神想観に於て、
只神より無限の智慧、無限の愛、無限の生命、無限供給が流れ入るのみ念じて、
自己が欲望の塊となっている有様をみつめるが如きは真の神想観ではないのである。 

自己が神であるところの実相を観ずるのは、
自己が如何に多くの人に与えているかの実相を観じなければならないのである。

『わが全身神の生命にみたされて光明燦然と輝く』 と念ずるのは、
自己が威張らんが為に光明燦然と輝いているのではないのであって、
その光がすべての生きとし生けるものを光被しすべてのものを愛し恵み、
光を与えるために輝いているのである。 

その積りですべて生きとし生けるものに光与うる自覚に於て
自己の全身が光明燦然と輝くのを凝視するのが神想観である。

ここにも 『与えれば与える程ふえる』 の法則が行なわれているのである。 
親は子供を愛する、その愛の反映として子供は親を愛するのである。 

親がもし子供を老後に養って貰いたいために貯蓄をして置くつもりで世話するならば、
それは真に与える愛ではないから、子供の方も親を本当に愛することはないであろう。 

又子供が親を単に物質的供給をしてくれる世話人であるとのみ思っているならば、
親の方も子供を真に深い愛情をもって愛することはできないであろう。

すべて蒔いた種類の種が刈りとられるのである。 
蒔かぬ種は生えぬのである。 

これが心の法則である。 

もし諸君が神の愛を受けようと思うならば、神の愛と同じき 『無我の愛』 を
諸君の隣人に対して与えなければならないのである。 
斯くの如くすることによって諸君は神から又無我愛を受けとることができるであろう。

愛は単に心で愛しているという丈では足りないのである。 
愛は実践を要求する。 
愛は相手をよろこばす所の何か行為によって裏づけられなければならないのである。 

もし実践的行為に於て他を喜ばす何事をもなさないでいて、 
『自分は人類を愛する』 等という人があるならばその人は大インチキである。

しかし絶対安静の病人以外の人は誰でも日々何かの行為をするのである。 
だから、その行為を愛の方向にふりむけるならば、
誰でも愛行を実践することができるのである。 

御飯を食べるにしてもただそれを利己的に食べないで  
『この食を受くるによりて神の生命がわが生命となり吾を通して神の愛が実現致しますように』  
と祈りながら食するならばその食事が直ちに愛の実践に変わるのである。

何事をなすにも、この仕事を通して人類を愛し給う所の
神の愛が実現いたしますように念ずるならば、それはただの利己的祈りではなく、
人類を愛する神の愛の媒介となる行為である。 

『神は常に吾が仕事を通して人類を祝福し給う』 と念じながら
仕事をなすならば神の全智全能の波長と一つになるが故に
その仕事は完全に行なわれ同時に自己及び他を害するが如き故障が
おこることがなくなるのである。 

まず神を愛することである。 
そして神と自己同一することによって、すべての人類を愛する、のである。  

『神の愛自分に流れ入って自分の愛を通して神が人類を愛し給うているのである』  
かく念ずることが自己自身を祝福することになるとともに全人類を祝福することにも
なるのである。  

『与えれば与えるほど与えられる』 のが心の法則であるから、
吾々は愛を他に対して流し出すことに努めなければならないのである。

世界に対して何か貢献するということは
何か偉大な仕事をしなければならないように思ったり、
何かすばらしい機会が見つかったならば、その時に人類のために働こうなどと
考える人があるかもしれないけれども、愛は今すぐ手近に実践すべく待っているのである。 

深切なことを今実行するそれが如何に小事であろうともそこに神の愛が実現するのである。

毎日毎日時々刻々、一挙手一投足 
『われは今ここに神の愛を実現しつつある』 と念じてすべてのことを為せ、 
やがてすばらしいことが実現してくるであろう。 

毎日蓄積されるところの愛の念波が、次第次第と雪達磨の如く巨大となって、
凡ゆるよきものを世界からひきつけることができるようになるのである。

   ( https://blogs.yahoo.co.jp/yghms533/24598642.html )

             <感謝合掌 平成30年10月24日 頓首再拝>

【「身口意」の法則】 - 伝統

2018/11/16 (Fri) 02:34:50


         *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年10月27日)より

   (空海密教阿闍梨、種市勝覺氏の心に響く言葉より…)

   密教とはなにか?

   一言でいえば、仏教の中でも言葉では伝えられない秘密の教えのこと。

   その中で最も重要なもののひとつが、「身口意(しんくい)」の法則です。

   「身」…やっていること(行動)

   「口」…言っていること(言葉・思考)

   「意」…思っていること(心・意識・フォーカス)

   です。

   身口意の3つが揃っていれば、自分がやろうとしたことが成し遂げられる。

   逆に、身口意がバラバラになっていれば失敗するというシンプルな法則です。


   人生がうまくいかないのは、
   身口意がバラバラであるためにうまくいかないのです。

   ● 自分を変えたいと言いながら(口)、
     心の中で変化を怖がり(意)、
     新しい行動をしようとしない(身)

   ● 痩せたいと言いながら(口)、
     心の中でダイエットは辛いと思い(意)、
     好きなものを食べて運動もほとんどしない(身)


   つまり、やっていること、口にしていること、思っていることがバラバラなのです。


   逆に身口意が一致していればどうでしょうか。

   ● 新しい理想の自分が言う言葉を口にし(口)、
     心の中で新しい理想の自分をイメージできていて(意)、
     新しい理想の自分がやるべき行動を続けている(身)

   ● 痩せることを公言し(口)、
     心の中で本氣で痩せたいと思いながらダイエット後の自分の姿をイメージし(意)、
     食事の見直しや運動を重ねている(身)


   身口意を一致させることができるだけで、
   心で望んだこと、頭で考えたことが自然と実現するのです。

   あなたの現実は、すべて「身口意」によって形づくられるのです。


   身口意を一致させるとなぜ、願いが成就するのか?

   今の現実は、あなたが重ねてきた「身口意」の通りになっているからです。

   あなたの身口意は、実は多くが自分で意識的に選んだものではありません。

   自分で心に思い、言葉を話し、行動しているにもかかわらず、
   その身口意の選択はほとんどが無意識に動かされています。


   実は、無意識の習慣が、今のあなたの現実をつくっているのです。

   この無意識の習慣になっている「現在の身口意」を捉え
   「新しい身口意」を意識的につくっていくことで、
   あなた自身の心と思考・言葉、行動は変化していきます。

   それが新しい無意識の習慣になれば、
   それが新しい自分と現実をつくることになります。

         <『「身口意」の法則』フォレスト出版>

              ・・・

ものごとがうまくいかない人のほとんどは、
「言っていること」と、「やっていること」が一致していない人。

その上、「思っていること」まで一致していなかったら、
それは絶望的にうまくいかない。

「言行不一致」と呼ばれる人だ。


行動が鈍(にぶ)い人のほとんどが、考えすぎる人だ。

失敗したらどうしよう、まだまだ穴があるからもっと準備しなければ、
と考えているうちに行動に移せない。


「草履片々、木履片々(ぞうりかたがた、ぼくりかたがた)」

という黒田官兵衛の言葉がある。

人は、危急存亡のとき、駆け出して気がついたら、
片足が草履で、片足がゲタの状態のときがある。

そんな準備不足のときでさえ、決して振り返らず、
走り出さなければならないことがある、という意味だ。


織田信長が本能寺の変で急死を遂げたとき、秀
吉は、岡山県の備中高松城攻めをしていた。

この情報を知り、「本能寺に一番乗りした者が天下を取る」と、
黒田官兵衛が秀吉に進言し、発した言葉だ。

とにもかくにも、何が何でも、早く行動するべし、と。

その結果、即座に講和し、全軍を本能寺に向かわせた。

全行程200kmをたったの5日で移動するという、
伝説の「中国大返し」を強行し、その後、明智光秀を討ち、天下人へと上りつめた。


「身口意」の法則の実践を重ねたい。

             <感謝合掌 平成30年11月16日 頓首再拝>

“本当に知る” ことは実行することである - 伝統

2018/12/03 (Mon) 03:49:05


        *『白鳩』(昭和46年11月号)より

自分が “神の子” であり、 “霊的実在” である
ということを悟ったと思っていても、
まだ本当に悟っていない人が多いのである。

それは、その人が肉眼で真理の本を読み、 脳髄で、 
その真理の本に書いてある 『人間は “神の子” で霊的実在である』 
という文字の意味を知ったというだけのことである。 

それは 『殺人』 のことをかいてある新聞記事を彼が読んでも彼自身が 
『殺人者』 でないのと同じく、

人間・神の子の真理を読んだだけでは、
彼はまだ “神の子” にはなっていないのである。

彼が本当に殺人者となるために、殺人の記事を読んで
それを理解しただけでは駄目で、本当に自分が人を殺さねば 
『殺人者』 になれないのと同じように、

彼がただ真理の本に 『人間は神の子』 だという説明文を
読んでわかっただけでは、まだ “神の子” にはなれていないのである。

彼が本当に “神の子” になるには、真理の本を読むだけでは足りないので、 
“神の子” を実践しなければならないのである。 

神は愛であるから、その人が “神の子” になるためには、
人を助ける “愛行” を実践しなければならないのである。

“愛行” の出来ない限り、 “神の子” という説明文をいくら読んでも、
彼はまだ “神の子” になっていない ―― 換言すれば、
まだ “神の子” たる實相があらわれていないのである。

 (http://predictional46.rssing.com/chan-21595050/all_p4.html<07/23/13>)

             <感謝合掌 平成30年12月3日 頓首再拝>

熟慮、断行せよ - 伝統

2018/12/07 (Fri) 04:21:57


      *「生命の實相」第三十八巻幸福篇下(12月7日)より

常に落ちついて、周囲と自分の立場を見定めた後(のち)、行動の方向を定めたら、
その方向に一路邁進しなければならぬ。

いったん決意した以上は、右顧左眄することが禁物である。
ひとの中傷にまどわされるな。

            <感謝合掌 平成30年12月7日 頓首再拝>

“行動なき信仰” と “信仰なき行動” - 伝統

2018/12/21 (Fri) 04:49:52


          *『白鳩』(昭和40年7月号)より

『汝ら求めてなほ受けざるは慾のために費さんとて妄りに求むるが故なり』 
とヤコブの言葉は金を儲けたいと想いながら、中々儲からず、損をする人たちに
適切な金言であるといわなければならない。

慾を棄てて人類の希望と人類の魂の向上とに奉仕するために、
あなたが誠意ある行動を行えば、自然に福田がつくられて、
家庭は幸福となり、現象界の富もおのずから得られる事になるのである。

行ないなき信仰は空念仏であり、功徳は乏しいのである。 

ヤコブは言う、 『ああ虚しき人よ、なんぢ行為(おこない)なき
信仰の徒然(いたずら)なるを知らんと欲するか ・・・・・ 』 と。 

しかしまた信仰なき行動は、 “吹く風” “揺れる地震” のようなものであって、
ただの盲動となるのみであって、自己を生かさず、また他(ひと)を生かす事が
できないのである。 

毎朝怠らず神想観を修して信仰を深め、神の “声なき声” に耳を傾け、
神の導きに従って行動するならば、毎日の行ないが一々肯綮に当り、
希望が成就し、自己を生かし、他を生かし、自己の行為が
世を照らす光となる事ができるのである。

https://blogs.yahoo.co.jp/yghms533/24653624.html

            <感謝合掌 平成30年12月21日 頓首再拝>

《明るさ・悦び・祈り・而して行動》 - 伝統

2019/01/12 (Sat) 04:28:44


       *『人生の秘訣365章』第11篇(P284) より

明るい悦びの感情をもって、自分の希望は必ず成就するのだと信じて、
その希望実現に必要な行動的努力をつづけるがよい。
必ずあなたの希望は実現するであろう。

行動的努力を伴わないで、ただ「祈る」だけで物事が成就するなどと、
《甘い》ことを考えてはならないのである。

「悦べば悦び来(きた)る」と教えられているのである。
明るい心で悦びながら祈ることが、
「既に御心の成る世界」に波長を合わすことになるのである。

しかしテレビセットのチャンネルを合わしても、
画像が前面にあらわれて来ないのは、スイッチを入れるという
行動的努力が忘れられているからである。

行動を伴わない祈りは「空念仏」と教えられているのである。

            <感謝合掌 平成31年1月12日 頓首再拝>

【行動力がある人が成果を出していく】 - 伝統

2019/02/02 (Sat) 03:45:06


     *メルマガ「人の心に灯をともす」(2019年01月20日)より

   (堀江貴文氏の心に響く言葉より…)

   ■《「修行」は意味がない。「研究」しよう》…価値はユーザーが決める…

   一番よくないのは、10年修行したこと自体を「ありがたがる」ことだ。

   「10年修行をして作った卵焼きなのだから、そこに価値がある」と思ってしまう。

   同様に、「苦労して何かの資格を取りました」というのも
   自分の中で「価値」だと思ってしまう。

   価値は、「苦労」したことにあるのではなく、ユーザーが決めるものだ。

   研究と修行はワケが違う。

   どうせなら、意味のある「研究」に力を注ぐべきだ。



   ■《「できるわけがない」という言葉は言い訳でしかない》…人間は楽なほうを選択する…

   たとえ今住んでいる家の家賃が払えなくなったって、
   シェアハウスに住むことだってできるし、短期間なら泊めてくれる友達だっているだろう。

   実家があるなら利用すればいいし、住み込んで働ける場所を探したっていい。

   とりあえず食つなぐ仕事が必要なら、
   コンビニでもスーパーでも常にスタッフを募集している。

   本当にどうにもならなくなったら生活保護だってある。

   考え方も、手段もいくらでもあるのだ。

   「できるわけがない」という言葉は、
   「変化したくない」や「このままでいたい」の言い訳でしかない。

   しかし、本当に今の会社で、苦しい働き方をしながら、「このまま」でいていいのか。

   よく考えれば、答えはすぐに出てくるはずだ。



   ■《経験で重要なのは、どれだけ小さな勇気を振り絞ったか》…コンプレックス克服法…

   たとえば、人前で話すことに怯えていた人が、
   失敗を何度も繰り返すうちにプレゼンが得意になるまで成長したり、
   女の子が苦手だった人がフラれたりバカにされたりを繰り返し、
   それでもめげずに頑張り続けたことで少しずつ得意になっていく。

   そのようにしてようやく、人はコンプレックスを抱えた自分から旅立つことができるのだ。

   経験はどれだけ時間をかけても、深まるものでも広がるものでもない。

   そうではなく、どれだけ小さな勇気を振り絞ったかで決まるのだ。



   ■《行動力がある人が成果を出していく》…動くが勝ち…

   大事なのは行動力。

   動くことだ。

   いくら競馬の予想を的中させていても、馬券を買っていなければ意味がない。

   そんな人に限って「予想はあたっていたんだ」などと言う。

   そこまで言うなら、馬券を買えばよかったのにと思ってしまう。

   結局、行動力のある人が成果を出していく、
   動かなければ何もはじまらないのは、至極当然のことである。


   ■《打席数が多ければ多いほどホームランの確率は上がる》…成功の確率論…

   僕だって、いままでにたくさん失敗をしてきた。

   でも、僕には失敗したという記憶がない。

   実際には、ただ忘れているだけだ。

   そう、失敗したとしても忘れて、そのときの状況から次に進めばいいだけのこと。

   足が速くなりたかったら、ひたすら走ればそれなりに早くなる。

   そこで「なんで僕は足が遅いんだろう?」と考えても、
   走り込む以上に足が速くなる方法なんてない。

   とりあえず走っていれば、筋力がついて早くなるのは確実だ。

   失敗を恐れずに動きだそう。

   打席数が多ければ多いほどホームランの確率は上がる。

        <『考えたら負け』宝島社新書>

            ・・・

堀江氏は表題の「考えたら負け」について本書の中でこう語っている。

『いちばん怖いのは未来を恐れ、「心ここにあらず」の状態になってしまい、
停滞してしまうことだろう。
不安にさいなまれ、思い悩み、考え込んでしまうと守りに入り、行動できなくなる。
そいういう意味で、「考えたら負け』の時代がやってくる』


行動ができなくなることを「行動渋滞」という。

考えすぎると行動渋滞が起こる。


理性や知性を磨き過ぎると、感性が鈍(にぶ)る。

感性が鈍ると、感動することやワクワクすることができなくなる。

感動とは、「感即動」すなわち、感じて即(そく)動くこと。

つまり、思ったらすぐ行動すること。


人が死に臨んで、もっとも後悔することは、
「失敗を恐れて挑戦をしなかったこと」だという。

「行動力がある人が成果を出していく」

失敗を恐れない行動力あふれる人でありたい。

            <感謝合掌 平成31年2月2日 頓首再拝>

【いくつになっても学び続け、行動する】 - 伝統

2019/02/28 (Thu) 04:21:35


         *メルマガ「人の心に灯をともす」(2019年02月23日)より

   (伊那食品会長、塚越寛氏の心に響く言葉より…)

   学ぶ目的について、二宮尊徳先生の有名な遺訓があります。


   翁曰(いわ)く

   人、生まれて学ばざれば、生まれざると同じ

   学んで道を知らざれば、学ばざると同じ

   知って行うこと能(あた)はざれば、学ばざると同じ

   故(ゆえ)に、人たるもの、必ず学ばざるべからず

   学をなすもの、必ず道を知らざるべからず

   道を知るもの、必ず行はざるべからず



   二宮先生は、人間生まれたからには、
   終生、必ず学び続けなさい、と教えておられます。

   「学ぶ」とは、学校の勉強だけを意味しているのではありません。

   人の話を聞いたり、見学をしたり、自然から観察して教わること、
   本を読むこと、仕事をしながら体験することなど、広いものごとを含みます。

   どんなことからも、問題意識さえあれば、学ぶことはできると思います。


   そして、「学んだら必ず道を知りなさい」とおっしゃいます。

   ここで「道」とは、それぞれの「本来あるべき姿」だと、私は考えます。

   人によって、職業や立場は違いますが、
   それぞれの職業や立場のあり方の本質を見極めなさいという意味です。


   つまり、ものごとの真の目的を理解すること。

   それが、道を知ることではないでしょうか。

   私は、すべての人間に通じる最終的な目的とは、
   この世の中に生きる人々を、幸せにすることであると考えます。


   ですから、「道を知って行う」とは、
   人間の幸せのためにお役に立つという目的に向かって、
   暮らし、働くということだと思います。

   近年、武士道、商人道への関心が高まっています。

   これは、日本だけではなく、世界的に見て、
   「本来あるべき姿」を見失い、倫理観をもたない人が増えている
   ということではないでしょうか。


   これからも、「本来あるべき姿」を見つめ、
   その目的に向かって努めていきたいと思います。

   いくつになっても、また立場が変わっても、人は学びつづけたいものです。

        <『新訂いい会社をつくりましょう』文屋>

              ・・・

人生100年の時代、生涯現役でいようとするのなら、学び続けるしかない。

いくつになっても、生きる意欲にあふれ、好奇心を持ち、驚きや感動のある人は、
学び続けている人だけに与えられた特権だ。

生まれたときよりも少しでもましな人間になってあの世にいくために、
我々はこの地球で様々なことを学ぶ。

「この地球に学びにきている」のだから。


そして、実践者は、学んだら行動する。

エマーソンはこう言っている。

『よき思想も、これを行わなければ、よき夢と異ならない』


また、トーマス・カーライルもこう語る。

『幸せになれる思想があっても、幸せになる行為がなければ、幸せにはなれない』


「地球は行動の星」とは、斎藤一人さんの言葉だ。

どんなに優れた考えやアイデアがあったとしても、
この地球では、それが行動に移されなければ無かったと同じ。

            <感謝合掌 平成31年2月28日 頓首再拝>

【インプットとアウトプットの黄金比は3:7】 - 伝統

2019/03/17 (Sun) 04:25:11


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2019年02月19日)より

   (精神科医、樺沢紫苑氏の心に響く言葉より…)

   インプットとアウトプットの最も効率的な割合はどのくらいでしょうか?

   大学生を対象に、勉強時間のうち「インプット」(教科書を読む)と
   「アウトプット」(問題を解く)をそれぞれどのように時間配分して
   勉強しているかを調べた研究によると、
   インプット対アウトプットの平均的な比率は7対3でした。


   また、私がセミナー参加者(社会人)の88名を対象に行った調査では、
   インプットとアウトプットの比率は、7.1:2.9。

   やはり7対3という結果になりました。


   またアウトプットの割合が4割以下の人が全体の88%を占め、
   ほとんどの人がインプット中心の勉強、学びを行っていることがわかりました。

   つまり、学生も社会人も、
   ほとんどの人がインプット中心の勉強をしているのが現実です。


   一方、コロンビア大学の心理学者アーサー・ゲイツ博士が
   興味深い実験をしています。

   小3から中2までの100人以上の子どもたちに、
   「紳士録」(人名年鑑)に書かれた人物プロフィールを
   覚えて暗唱するように指示しました。

   子どもたちに与えられた時間は9分間でしたが、
   そのうちの「覚える時間」(インプット時間)と
   「練習する時間」(アウトプット時間)の割合は、
   グループごとに異なる時間が指示されました。


   もっとも高い結果を出したのは、
   約40%を「覚える時間」に費やしたグループでした。

   年長の生徒になると「覚える時間」が少なくて済むようになり、
   「覚える時間」に約30%の時間を費やしたグループが高得点をとりました。

   アウトプット比率でいうと、初心者は6割、熟練者は7割の時間を
   アウトプットに振りわけるのが、効果的な勉強・学びの方法といえるのです。


   多くの人は、「インプット過剰/アウトプット不足」に陥っており、
   それこそが「勉強しているのに成長しない」最大の原因ともいえます。

   インプット時間の2倍近くをアウトプットに費やすよう意識しましょう。

      《教科書をじっくり読むより、問題をどんどん解いていこう》

       <『アウトプット大全』サンクチュアリ出版>

                ・・・

行徳哲男師のこんな言葉がある(「感奮語録」より)。


『現代人は考えすぎる。
しかし、考えて解決する問題など皆無である。
問題を解決するには行動するしかない。

考えることは行動にブレーキをかける。
考えるから行動しない。
行動渋滞が起きる。

行動しなければ証は何も得られない。

禅の教えにもある。

「行ずれば証はそのうちにあり。行ぜずして証は得ることなし」と』


また、こんな言葉もある。

『これからは行動の時代だ。
勝利は行動した人間のものだ。
行動すれば証は鮮やかであり、生が強烈になる。

「言うこと能(あた)わず、行うことも能わざる者を国賊と見做(な)す」と。

日本の危機も乗り越える唯一の方法は行動することにある。』


「「言うこと能(あた)わず、行うことも能わざる者」とは、
言うこともしないし、行動も起こさないということ。

つまり、インプットもせず、アウトプットもしない者ということだ。


アウトプットとは、行動のこと。

ただ頭に知識を詰め込むというインプットなら、
それは今やITやAIの方が数百万倍優れている。

行動することこそが、人間の人間たる証(あかし)なのだ。


いつまでも準備ばかりをしているなら、
本番を迎えることなくあの世に行ってしまうことになる。

アウトプット多き人生でありたい。

            <感謝合掌 平成31年3月17日 頓首再拝>

誰かに憧れるのではなく、行動に移す - 伝統

2019/05/07 (Tue) 03:11:05


    *メルマガ「人の心に灯をともす」(2019年03月10日)より


   ”ただ、誰かに憧れるのはやめよう”

   (本田直之氏の心に響く言葉より…)

   《いいなと感じられたら、きっと自分にもできる》

   誰かに「憧(あこが)れる」のはやめよう。
   遠い存在にしてしまうと、そこに自分はたどりつけない。
   自分でも気づかず、心にブロックをかけてしまうからだ。

   人に「憧れる」と、その瞬間、自分を鎖でしばることになる。

   大事なことは、この人にできているなら、自分にもできるだろうと思うことだ。

   自分の足りないものに気づいて、
   それをどうすれば手に入れられるかという発想に切り替えればいい。

   ごく一部の天才を除いて、そんなにすごい人なんていない。

   どんな人だって、少しずつやり方を考えて、一つずつ身につけていっただけだ。

   そのやり方を、ただ参考にすればいい。

   せっかく同じ人間なんだから、わざわざ神様のように崇める必要はない。

   《「憧れの人」になるような人物は、はじめから誰にも憧れていない》

          <『思考をやわらかくする授業』サンクチュアリ出版>

             ・・・

どこかの繁盛店や話題の会社を見学に行き、
やたらと感動をしている人がいる。

感動するのが悪いと言っているわけではない。

多くの人は、感動だけしてそのあと何も行動しない。


成功する人は、感動したら、それを自分のお店や会社にどうやったら生かせるか、
それを自分でやるためには何が足りないのかを考え、行動に移す。

ただ感動だけして何も行動しないのか、
感動してそれを行動に移し自ら変革していくのかの違いだ。


講演会でいい話を聞いて感動したり、誰かに憧れるのも同じこと。

他人事として考えるのか、自分事としてそれを考えるのか。


自分は何もしないのに、だれかを無責任に批判したり、
文句を言ったりする傍観者(ぼうかんしゃ)になってしまってはいけない。

「ただ、誰かに憧れるのはやめよう」

感動もするが、行動もする人でありたい。

            <感謝合掌 令和元年5月7日 頓首再拝>

行動を通して、実相の完全さが実現して来る - 伝統

2019/05/29 (Wed) 03:42:36


         *『光の泉』(昭和34年4月号《果報は寝て待て》)より

  「果報は寝て待て」 と云う諺がありますがね、
   「果報」 というものは、原因に対して起る結果としての報いであります。

   悪い原因に対して起る結果は悪い報いとしてあらわれて来ますが、
   「果報は寝て待て」 と云う場合の 「果報」 は“善い果報” であります。 

   “善い果報” を得るには、「我」 のはからいで盲動してはならない。 
   心を鎮めて、そのままの動きにまかせよと云うのが 「寝て待て」 であります。

   「我」がなくなり天地自然と一つになって、自然と眼が覚めて天然自然にあくびでもして、
   ‘ほっ’と“伸び”でもしたら、棚にゴツンと、伸ばす手があたると、
   自然に棚から‘ぼた餅’が落ちてくるのであります。 

   それは「我」のはからいでなく、自然の動きであります。 

   「動き」がなければならない。 
   行動化がなければならないが、「我の心」の行動化ではなく、
   天地自然の動きそのままに動くことが必要なのであります。

   紛失物を探すのにも、我々がうろたえ騒いでさがし廻ると、なかなか見附からないもの
   ですけれども、そう云うときに落着いて、心を鎮めて神想観をして、天地自然の智慧と
   一つとなって、‘ふと’明けたくなって抽斗を開いてみると、

   「ああ、ここに探していた品物があった。不思議だな、さっき此の抽斗の中の物を
   ひっくり返して調べてみたのに、あの時はどうしても見附からなかった。 
   それなのに、神想観をしてから、‘ふと’開くと‘そこ’にあった」 

   というようなことがおこってくるのであります。

   すべて我々が動いて失敗するのは、天地自然の智慧の中にとけこまないで
   「我」の塊で運動しておるから、うまくいかんのであります。

   「祈り」 又は 「神想観」 によって天地の智慧の中に没入し
   「我」と云うものが無くなり、天地自然の智慧と一つになって動き出したら、
   何事でも調和した姿に現れてくることは間違いがないのであります。

   併し祈ったり「神想観」すると言っても、
   動かないで祈っておったらいいというわけではありません。

   祈り且つ神想観をすれば、心が整って、実相の智慧と一つになるのです。 
   実相の智慧と一つになって、そこから自然法爾に動き出そうという内からなる
   “催し”が自然と湧いてくるのです。

   その内からなる“催し”に素直に従って、その導きのままに行動する
   という所に信仰が行動化し、そこに実相の完全さが、その行動を通して実現して来る
   ということになるのであります。

   (http://blogs.yahoo.co.jp/vanon32/19662144.html より転写)

            <感謝合掌 令和元年5月29日 頓首再拝>

【言い訳をやめて行動を起こそう】 - 伝統

2019/06/19 (Wed) 04:35:44


      *メルマガ「人の心に灯をともす」( 2019年06月11日)より

   (マーク・レクラウ氏の心に響く言葉より…)

   思い切って何かをしようとすると、どんなことになるだろうか?

   恐怖と疑念のために、
   さまざまな「できない言い訳」を思いつくのではないだろうか。

   たとえば、「今はそのタイミングではない」「若すぎる」
   「年をとりすぎている」「それは不可能だ」「私にはできない」
   「お金がない」などなど。

   お金がある人は「時間がない」と言い訳する。


   きっとあなたは「私の場合は事情が特別だ」と言うだろう。

   だが、そんなことはない。

   完璧なタイミングは永遠に訪れないのだから、今すぐに始めたほうがいい。

   そうしないと、いつまでも待つことになりかねない。


   ピンチはつねにチャンスなのだ。

   あなたは若すぎることも年をとりすぎていることもない。

   インターネットで検索するといい。

   年をとってから夢をかなえた人たちや
   若くして事業を立ち上げる人たちがたくさん見つかる。


   お金がない?

   興味深いことに、ファイナンシャルアドバイザーに相談すると、
   多くの人は「突然、お金が見つかった」と言う。

   それと同様に、「時間がない」と言っていた人たちも時間が見つかる。


   それでもあなたは「いや、私の場合は本当に特別な事情があるんだ」
   と言い張るかもしれない。

   たしかに、そうやってずっと言い訳をすることもできるが、
   言い訳をやめて行動を起こすこともできる。

   ひとつ確実に言えるのは、今までと同じことをしているかぎり、
   同じ結果しか得られないということだ。

        <『習慣を変えれば人生が変わる』ディスカヴァー>

                ・・・

「勝者はどんな問題にも解答を見つけ、
敗者はどんな解答にも問題を見つける」(ロバート・アンソニー)


なにかやろうとすると、必ずそこにできない理由を探す人がいる。

現状を打破しようとせず、現状維持することを強固に守る人だ。

どんなにもっともらしい言い訳をしようが、
「動かない」という行動を見ればすぐわかる。


反対に、問題をなんとしても解決しようとする人は、何度失敗しようとあきらめない。

なぜなら、「打つ手は無限」だと思っているからだ。

解決と行動はセットだ。

仮説を立て、それを行動によって検証する。


言い訳をやめて行動を起こせる人でありたい。

            <感謝合掌 令和元年6月19日 頓首再拝>

【何を描きたいかは、描きはじめてみなければわからない】 - 伝統

2019/07/05 (Fri) 04:24:22


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2019年07月03日)より

   (ロルフ・ドベリ氏の心に響く言葉より…)

   あなたにこっそり、「文章を書くための最大の秘訣」をお教えしよう。

   たとえあなたが文筆業にたずさわっていなくても、この知識は役に立つ。

   その秘訣とは、何を書くかというアイデアは、
   「考えているとき」にではなく、「書いている最中」に浮かぶということだ。


   この法則は、人間が行う、ありとあらゆる領域の活動に当てはまる。

   たとえば、ある製品が市場に受け入れられるかどうか、
   企業家にそれがわかるのは、市場調査によってではなく、
   製品をつくって市場に出してみてからだ。

   セールスマンが完璧なセールストークができるようになるのは、
   セールス方式の研究を通してではなく、話術を何度も磨きあげ、
   数えきれないほど断られた経験があってこそ。

   親は子育ての指南書を読むことによってではなく、
   日々自分の子どもを育てながら教育者としての能力を育んでいく。

   音楽家は楽器の演奏方法を頭で考えるのではなく、
   実際に演奏しながらその楽器の名手になっていく。


   それはどうしてか?

   なぜなら、世界は不透明だからだ。

   くもりガラスのようにぼんやりしていて、見通しがきかない。

   先行きを完全に予測できる人はいない。

   最高の教養を身につけている人でも、
   先が読めるのは、特定方向の数メートル先までだ。

   予測できる境界線の先を見たければその場にとどまるのではなく、
   前に進まなくてはならない。

   つまり、「考える」だけではだめで、「行動」しなければならないのだ。


   私の友人の話をしよう。

   彼は、すでに10年以上、起業しようと試行錯誤を重ねている。

   頭のいい男で、大手製薬会社の管理職というよいポストにつき、
   MBAも取得している。

   起業についての本を何百冊も読み、扱う商品を考えるのに何千時間も費やし、
   市場調査の資料を山のように集め、これまでに20を超えるビジネスプランを
   書き上げている。

   だが、まだひとつも形になっていない。

   彼の思考はいつも、「起業のアイデアに将来性はある。
   だがうまくいくかどうかは、計画をスムーズに実行に移せるかどうか、
   そして予想されるライバル企業がどう動くかにかかっている」
   というところまでは進むのだが、そこでストップしてしまう。

   彼の思考はすでに、これ以上長く思い悩んでも
   1ミリも先に進まないポイントに達してしまっているのである。

   いくら考えて、もう新たなことに思いいたらない。

   このポイントを、ここでは「思考の飽和点」と呼ぶことにしよう。


   頭の中で検討を重ねることに、意味がないわけではない。

   短期間でも集中して考えれば、とてつもなく大きな気づきがある。

   しかし、時間とともに新たに得られる認識はどんどん小さくなり、
   すぐに思考は「飽和点」に達してしまう。


   頭の中で熟考しても、懐中電灯で照らす程度の範囲にしか考えはおよばないが、
   行動を起こせばサーチライトであたりを照らし出したかのように、
   一気にいろいろなものが見えるようになる。

   その強い光は、考えただけでは見通せない世界の奥まで行き届く。

   それに、いったん先を見通せる新しい場所にたどり着いてしまえば、
   懐中電灯を使った頭の中での熟考もまた力を発揮するようになる。

         <『Think clearly』サンマーク出版>

             ・・・

ロルフ・ドベリ氏は本書の中で、こう語る。

『パブロ・ピカソは
「新しいことに挑戦する勇気」がいかに大切かを、きちんと理解していた。

ピカソはこう言っている

「何を描きたいかは、描きはじめてみなければわからない」。

同じことは、人生にも当てはまる。

人生において自分が何を求めているかを知るには、何かを始めてみるのが一番だ。

考えているだけではよい人生は手に入らない。』


「事上磨錬(じじょうまれん)」(伝収録)という教えがある。

中国、明の学者、王陽明の言葉だ。

事上磨錬とは、実際の行動や実践活動を通して、知識や心、精神を磨くこと。

実行の中にのみ、学問がある、と。

つまり、知っていても行わなければ、知らないのと同じことだ。


「何を描きたいかは、描きはじめてみなければわからない」

つまり、やってみなければ何もわからない、ということだ。


これから世の中はますます「VUCA(ブーカ)」の時代となる。

それは、

Volatility(変動性・不安定さ)、
Uncertainty(不確実性・不確定さ)、
Complexity(複雑性)、
Ambiguity(曖昧性・不明確さ)

という、予測困難な時代だということ。

予測困難な時代を生きるには、試してみること、実践してみること、
行動してみることが絶対に必要だ。


「やってみなければわからない」、と…

どんなときも、行動する人でありたい。

            <感謝合掌 令和元年7月5日 頓首再拝>

行動しない者は、常に行動するものを批判する - 伝統

2019/08/16 (Fri) 03:36:03


         *メルマガ「人の心に灯をともす」(2019年08月14日)より
           ~【人は自分に理解できないものを嘲笑する】

   (細谷知司氏の心に響く言葉より…)

   《人は自分に理解できないものを嘲笑する。》

   ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(ドイツの詩人・劇作家・小説家)


   何かを嘲笑した人が、実は何もできていない。
   それは決して珍しいことじゃない。

   かつて、野茂英雄がメジャーに挑戦したとき、

   あるいは、大谷翔平が二刀流を宣言したとき。


   多くの人が、彼らの挑戦を嘲笑した。
   しかし、彼らの可能性をまったく理解できていなかった。


   何かがくだらないと感じたとき。
   本当にくだらないのは、君自身かもしれない。

   そう考える謙虚さを、ゲーテは大切だといっている。


   君の言葉を誰かが笑う。

   中島みゆきの歌にもあった。

   「闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう」


   笑うのはいつも、挑戦しない人たちだ。
   挑戦する君の勇気を、理解しようとはしない人たちだ。

   誰かの勇気を笑った瞬間、君の敗北が決まる。

    <『自分らしく幸せに生きるための100の言葉』シャスタインターナショナル>

               ・・・

誰かの挑戦を、嘲笑したり、軽蔑したり、
(斜に構えて)「くだらない」と言ったりする人は、
たいていが危害の及ばない安全な観客席で見て言っている。

灼熱のフィールドで闘っている人を、
冷房の効いた部屋でビールを飲みながら罵(ののし)ったり、
「最低」呼ばわりする人は常に部外者で、評論家だ。


行動しない者は、常に行動するものを批判する。

成功すれば嫉妬をし、失敗すれば「それ見たことか」と留飲を下げる。

それは、失敗を恐れて、「私は挑戦をしない人です」という
ゼッケンを洋服につけているようなもの。


挑戦とは勇気と行動だ。

そして、この地球は、誰がなんと言おうと、「行動」で判断される場所。

たとえば、頭の中でどんなに素晴らしいことを考えていようと、
それを行動に移さなければ誰の目にも止まらず、それは無いのと同じになる。

つまり、「証(あかし)は行動の中にある」


「人は自分に理解できないものを嘲笑する」

誰かの勇気と挑戦を称(たた)える人でありたい。

            <感謝合掌 令和元年8月16日 頓首再拝>

【0秒で動け】 - 伝統

2019/09/02 (Mon) 04:28:41


        *メルマガ「人の心に灯をともす」( 2019年08月30日)より

   (伊藤羊一氏の心に響く言葉より…)

   「ビジネスマンにとって大事なことは何か」ということがテーマになった時、
   「踏み出すのが大事」「まず動く」とよくいわれます。

   確かに、最終的には踏み出したり、動いていくことが大事なんですが、
   「それができないからつらいんだよね」という方も多いと思います。

   動くためには、やる気や勇気も必要ですが、「スキル」も必要です。

   100%の確証がなくとも、腹落ちする結論をすぐつくることができれば、
   自分自身も納得して、自信を持って動き出していくことができます。


   私は、すぐ「行動」するためには、

   1.自分なりの結論をすぐ着想し、
   2.仮説を組み立て、
   3.自信を持って踏み出す、

   という3つが大事だと考えています。

   1.「自分なりの結論をすぐ着想する」とは、
    「頭出しの結論」を出す、ということです。

   100%の正解がない中では、「まずは結論を出してみること」が大事です。

   それが最終結論ではなくても、よりよい結論にたどり着くための
   「頭出し」をすることに大きな意味があります。

   たとえば会議の場面で、誰も発信せず、シーンとしている。

   その時に、仮でもいいので
   「これは、こういう方向がいいのではないでしょうか?」という意見があれば、
   それを軸に、「俺は絶対こうなんだよね」と、最初の意見が呼び水になって、
   議論が活発になったりします。

   たたき台が生まれて物事は進むわけです。

   要は「頭出しの結論」とは、たたき台です。

   最初に意見を言うのはみんな怖いから、黙っているわけですね。

   そして、すぐ動ける人は、「自分なりの結論」をすぐ出しています。

   つまり、「すぐ、(自分の)ポジションをとれる」ということです。
   どちらの意見がいいと思うのか、自分の立場や方針を決めることを、
   「ポジションをとる」と言ったりします。

   今の日本は終身雇用が崩れてきて、
   保身しているだけでは誰も守ってくれない時代に入ってきています。

   意見を言わないことは、自分の身を守ることではなく、
   「いらない人」「会議に来なくてもいい人」と
   みなされてしまうことになるでしょう。

   それよりも、A案かB案かをスピーディに決めて動き出し、
   もし失敗したとしても、すぐに軌道修正する。

   そんな個人やチームがどんどん勝つ時代になっています。


   2.「仮説を組み立てる」とは、「ベータ版(β版)を出す」ということです。

   インターネットサービス等では、「ベータ版(β版)」
   という言い方をしますが、正式版を公開する前に、
   まずは試しにユーザーに使ってもらうためのサンプルの
   ソフトウェアやアプリのことを指します。

   いわば、お試し版ですね。

   ソフトウェアやアプリには、小さなバグがつきものです。

   正式版として発売してから、
   致命的なバグが見つかったら、とんでもないことになります。

   ですから、正式版を出す前に、あえて未完成版を出して使ってもらい、
   改善点などを集め、正式版の完成度を高めていくのです。


   「ポジションをとって頭出しの結論を出す」にしても
   「ベータ版を出す」にしても、大事なことがあります。

   それは、早い段階で「仮説」を出して、
   仮設に基づいて考えていくということです。

   仮説とは、「おそらくこうだろう」という仮説です。

   仮説を立てながら、判断材料にしていくわけです。


   3.「自信を持って踏み出す」とは、
    「行動力は『才能』ではない」ということです。

   行動に移せる人と、そうでない人を比べてみると、
   その一番大きな違いは、才能や性格などではなく、

   「リスクがゼロになるまでは動かない」のか、
   それとも「リスクはあって当然」としているか、
   その考え方の違いだけではないかと気づいたのです。

   リスクは「危険」ではなく、「変動可能性」です。

   新しいチャレンジをする際には、
   必ず(何かが変わる、という)リスクがあるわけです。

   「リスクはあって当然」と考える人は、
   リスクが何なのか知って、コントロールしようとします。

   動く前に100%の確証(リスクゼロの)を求めようとしても、
   最後の最後まで、絶対にわかりませんよね。

   そもそも外からではわからないことが多いですし、
   世の中の選択肢を全部検証しきることなんて、不可能なわけです。

   言い換えれば「『正解』なんてどこにもない」ことを知ることで、
   初めて動けるようになるのです。

        <『0秒で動け』SB Creative>

                ・・・

失敗することを恐れない人には、失敗耐性がある。
失敗耐性とは、ストレスに対する耐性であり、不安に対する耐性でもある。
「打たれ強い人」ということもできる。


何か新しいことにチャレンジすれば失敗するのは当然だ。

もちろん、誰だって失敗を前提にチャレンジする人はいない。
しかし、ベストを尽くした上で、「失敗しても仕方ない」という
覚悟や諦観を持つことは必要だ。


昨今は、失敗させないように、させないようにと、
親や周囲の人が過度に過保護になっている場面が多い。

コンプライアンス意識が過剰になり、冒険をさせない。


「0秒で動け」

行動多き人でありたい。

            <感謝合掌 令和元年9月2日 頓首再拝>

時を移さず行動に移す - 伝統

2019/09/22 (Sun) 03:56:30


      *『生命の實相』第38巻幸福篇下(9月22日)より

心を常に積極的に明るく建設的にのみ使うように心がけよ。
悲観的な暗い心を起こしたときに考えついたことは
常に多少とも破壊的なものである。

一つの仕事をあらゆる方面からゆきわたって考察したならば、
それを行動に移さねばならぬ。

目的とする事物の実現に必要だと思われる手段は、
時を移さず行動に移さねばならぬ、

1分遅れたために汽車に乗り遅れることもあり、
1分遅れたために踏切りで汽車に轢かれる人もあるのである。
時を得ない行動は役に立たぬばかりか、破壊的なことがある。

善き考えも時を失えば悪しき結果をひき起こす。
全然「悪」というものはないのであって、
時を失い、処を得ない状態が「悪」である。

             <感謝合掌 令和元年9月22日 頓首再拝>

0秒で動け - 伝統

2019/10/06 (Sun) 04:14:41


         *『0秒で動け』伊藤羊一・著より要点の紹介

<本書の紹介>

タイトルは『0秒で動け』ですが、実際には、
個人が行動力を高めるための方法論と、
他人を動かす方法論の2つが盛り込まれています。

人生を変え、豊かな未来をつくるには、今日の行動を変えること。

ただ、行動を変えるのは、決して容易なことではありません。

多くの人は、会社を辞めようと思っても辞められず、
タバコ、お酒を控えようと思っても、ついつい手を出してしまう。

行動を変えるには、「スキル」が必要なのです。

著者によると、行動力は3階層のピラミッドになっています。

マインド、スキル、アクションの3つです。

第一層:行動しよう!というマインドの層(土台となる層)
第二層:どうやって行動するかというスキルの層
第三層:実際に行動するアクションの層

これらを鍛えていけば、少しずつ動けるようになる、
というのが著者のロジックです。


<ITmediaビジネスONLINE(2019.09.03)
 → https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191003-00000040-zdn_mkt-bus_all >

<(Kindle 版 https://r.binb.jp/epm/e1_119044_07082019153428/ >


<本書の要点>

(1)もし昨日までと変わらない今日を繰り返していたら、
   その延長線上にあるのは、現在と変わらない(少し歳をとった)自分
   ということになります。

   ですから、もし未来の自分を変えたいと思うなら、
   今この瞬間から行動することが必要なのです。

   要するに、動けるようになるための要素としては、「行動しよう!」
   という「マインド」と、

   どうやって行動し、人を巻き込むか、という道筋をつくる「スキル」と、

   そして「アクション(行動そのもの)」があるのです。

   それらを鍛えていけば、少しずつ「動ける」ようになります。

(2)「行動」するための重要な3つのこと

  ①自分なりの結論をすぐ着想し、
  ②仮説を組み立て、
  ③自信を持って踏み出す、


   すぐ動ける人は、「頭出しの結論」をすぐ出せる。
   結果、ポジションをとって、すぐ動いていける。

   まずは形にして、走行テストを繰り返す。
   すると、多くの検証データが集まってくる。
   そのデータをもとに改善策を議論し、実行する。

   仮説のあるところに情報は集まる。

   どれだけ念入りに準備をしても、リスクをゼロにすることはできない。

(3)まず意識してほしいのは「頭出しの結論」を出す、ということです。
   100%の正解がない中では、「まずは結論を出してみること」が大事です。
   それが最終結論ではなくても、よりよい結論にたどり着くための
   「頭出し」をすることに大きな意味があります。

   正しい、間違っている、ではありません。
   仮説を立てる、結論を出す、意見を言う、
   ということをしてみるのが大事なのです。

   たとえば「これからは人生100年時代だ」という話を聞いたとしましょう。
   「ふうん、そうか」と漫然と聞き流すこともできます。

   「人生100年時代なら、
   80歳までは現役で働くのが当たり前になるかもしれない」と、
   予想が入った意見ができれば、それが仮説になります。

   「じゃあ私は今40歳だけど、これから40年仕事をするために、
   今からもう1つ仕事をはじめよう」これが自分なりの「結論」です。

   ここまで考えることで、初めて「行動」につながります。

(4)行動に結びつきやすいのは、
   ワイルドな選択をした経験や修羅場経験でしょう。

   自らの意思でそうした挑戦をした経験があれば、
   「あんなに大変だった時に大丈夫だったのだから、
   今回もこうすれば大丈夫だ」と踏み出せるはずです。

(5)「結論と根拠のピラミッド」を使って、
   直感でいきなり得られた結論に対し根拠を与えるには、

  ①結論につながる情報を3つ見つけて根拠とする
  ②それで理屈が通るか確認してみる

   という順番で考えます。

(6)直感を鍛えるには、次の4つが大事です。

  ①体験(直感を生み出すもとになります)
  ②志
  ③妄想
  ④好奇心

(7)「コミットメント(約束)と一貫性」という考え方があります。
   人間は無意識のうちに、一度コミットしたことと一貫した行動を
   とろうとします。

   ですから、ちょっと不安でも、まずは宣言してしまいましょう。

(8)議論の4つのステップ

  ①「想い」が伝わるよう、ストーリーを話す。
  ②ロジックが理解されるよう、「結論と根拠のピラミッド」を話す。
  ③対立点と共通項を見つける。
  ④クロージングする。

   対立は、考え方の違いではなくて、単に立場の違いである。
   資料の1枚目に共通の目的を書いておく。

   自分がやりたいことを踏まえたうえで、
   社会や相手が何を考えているのかということも考えて行動したほうが、
   最終的にいい結果が生まれるのです。


   会社を動かすのは、一人ひとりの意思の積み重ねです。
   そこで、会社を動かしていくのも、誰かについていくのも、自分自身の選択です。

(9)最終的には、「志」や「軸」が、
   瞬間的に自信を持って動くための原動力になります。

  ①自分の軸を明確にすることで
   「あの人はこういうことが得意なんだな」
   「こういう価値観を大事にしているんだな」
   ということが周囲にもわかりやすくなります。

  ②自分の軸が明確になっていると、自信を持って結論を出せ、動けます。

   ・軸は価値観の中から生まれるもの
   ・価値観は、過去の経験の蓄積から生まれるもの
   ・志は、軸の上にあるもの

   つまり、過去(経験)、現在(価値観、軸)、未来(志)を常に意識し、
   自分の想いを鍛えていきましょう。

             <感謝合掌 令和元年10月6日 頓首再拝>

行動の方向を定めたら、断行せよ - 伝統

2019/12/07 (Sat) 03:58:11


      *「生命の實相」第三十八巻幸福篇下(12月7日)より

常に落ちついて、周囲と自分の立場を見定めた後(のち)、行動の方向を定めたら、
その方向に一路邁進しなければならぬ。

いったん決意した以上は、右顧左眄することが禁物である。
ひとの中傷にまどわされるな。

            <感謝合掌 令和元年12月7日 頓首再拝>

“本当に知る” ことは実行することである - 伝統

2019/12/31 (Tue) 02:30:02


         *『白鳩』(昭和46年11月号)より

自分が “神の子” であり、 “霊的実在” である
ということを悟ったと思っていても、まだ本当に悟っていない人が多いのである。

それは、その人が肉眼で真理の本を読み、 脳髄で、 
その真理の本に書いてある 『人間は “神の子” で霊的実在である』 
という文字の意味を知ったというだけのことである。 

それは 『殺人』 のことをかいてある新聞記事を彼が読んでも彼自身が 
『殺人者』 でないのと同じく、人間・神の子の真理を読んだだけでは、
彼はまだ “神の子” にはなっていないのである。

彼が本当に殺人者となるために、殺人の記事を読んでそれを理解しただけでは駄目で、
本当に自分が人を殺さねば 『殺人者』 になれないのと同じように、
彼がただ真理の本に 『人間は神の子』 だという説明文を読んでわかっただけでは、
まだ “神の子” にはなれていないのである。

彼が本当に “神の子” になるには、真理の本を読むだけでは足りないので、 
“神の子” を実践しなければならないのである。 

神は愛であるから、その人が “神の子” になるためには、
人を助ける “愛行” を実践しなければならないのである。

“愛行” の出来ない限り、 “神の子” という説明文をいくら読んでも、
彼はまだ “神の子” になっていない ―― 換言すれば、
まだ “神の子” たる實相があらわれていないのである。

http://predictional46.rssing.com/chan-21595050/all_p4.html
07/23/13

            <感謝合掌 令和元年12月30日 頓首再拝>

「今日、いま、すぐ!」やる習慣の効果 - 伝統

2020/03/11 (Wed) 04:37:54


        *Web:今日も良いことがあるように(2019/02/03)より

「今日、いま、すぐ!」やる習慣の効果(聖ホセマリア・エスクリバー)

今日は、このうち「今日、いま、すぐ!」についてお話ししようと思います。


   「今日という一日は、明日という日の二日分の値打ちをもっている」

                by ベンジャミン・フランクリン


いわゆる仕事のできる人は、ほとんど例外なく
「今日、いま、すぐ!」仕事をする習慣がついています。

よく仕事のできる人は、例外なく返事や御礼が早い。

3分できることなら、いますぐその場でやってしまいます。

ですから、仕事を遅らせることなく、次々とこなしていけるのです。


《仕事には期限が必要》

ところで、どんな仕事(夢・目標)にも「期限」が必要です。

「いつか、やろう」では、決してうまくいきません。

「いつか、やろう」と思っていると、
目先の仕事に追われ、ついつい先延ばしにしてしまうのです。

そして、いつまでたってもできません。

そのうち忘れてしまい、後で気がついて慌てふためくこともあります。

あるいは、すでに手遅れになってしまうことがあります。

「できるだけ早くやろう」というのもあいまいで、同じことです。

「できるだけ早く」も、結局、仕事を先延ばしにしてしまう、魔の言葉なのです。

仕事は「今、する」か、今できないなら、
「いつまでにする」と明確に決めておかなくてはなりません。

仕事を頼んだ上司や顧客に、
「わかりました。できるだけ早くします」と言っても、彼らは納得しないでしょう。

頼んだ人は、「いますぐ」やってほしいのですから・・・。

「いますぐできない」のなら、
「いついつまでにやります」と約束してあげるべきでしょう。


《「いま」やったほうが効果的》

今日、いま、すぐ!」やるのは、難しいようですが、
その方がたいていのことはうまくいきます。


   「案ずるより生むがやすし」(ことわざ)


できそうもないかなと思うことでも、やってみると意外とできてしまうものです。

車を走らせるときと同じで、始めるときには、大きなエネルギーが必要です。

でも一旦動き出すと、あとは慣性の法則でエネルギーはさほどいらないのです。


   「千里の道も一歩より起こる」(老子)


大きな成功も、結局は小さなことの積み重ねです。

まずは、今日、はじめの一歩を踏み出すのです。

その一歩とは、電話一本かもしれません。
一本のメールを打つことかもしれません。
一枚の企画の一行目を書き始めることかもしれません。

その一歩を今日のうちにしておくのです。

明日でもいいと思うことを、今日、いま、始める。

そうすると、きっとうまくいくようになります。

(おかげで、文章を書くのが苦手だった私が教師をやめてから、
70冊ほどの本を発行していただけました)

あなたの夢につながることを、今日、いま、すぐやろう!

ちなみに、この「今日、いま、すぐ!」の精神を教えてくださったのは、
聖ホセマリア・エスクリバーという聖人です。

(聖ホセマリア・エスクリバー
  ~https://happy.t-nakai.work/category/josemaria/ )

  (https://lucky.t-nakai.work/2019/02/03/custom-14/

            <感謝合掌 令和2年3月11日 頓首再拝>

【この世界は、早いもの(=早い行動)が正しい】 - 伝統

2020/03/25 (Wed) 04:42:07


         *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.01.31)より

   (斎藤一人さんの心に響く言葉より…)

   私のお弟子さんたちは、みんな億万長者になりました。
   そうすると、奇跡だって言われるんだけど、奇跡なんかじゃないよ。
   ただ、私ができることをしてあげただけ。

   試験会場に行って、お弟子さんの代わりに、
   私が問題を解いてあげてるようなものなんです。

   それをやってるうちに、お弟子さんたちは私がやってるのを見て、
   自分でちょっとずつ成長したの。


   難しいことじゃないんです。
   だれにでもできることなんだよね。

   普通はお弟子さんの仕事を手伝っちゃいけないとか、
   お弟子さんの実力そのものをつけてあげようとかって思うんです。

   だけど、そんなことより、私がしてあげたほうが早い。


   この世界にいる間は、なぜか早いものが正しいんです。

   人はみんなそれぞれ、優れているところがあります。

   ただ、事業のことや、修行のことがわからないっている人もいる。

   それなら、できる人がやってあげたらいい。
   そして、できることをどんどん教えちゃうの。


   そうすると、できない人はできる人がやっていることをじーっと見ているだけで、
   いつの間にか自分も覚えていくんです。

   しかも、それにプラスして自分の個性的なものが出てくるから、
   もっとよくなっちゃうんだよね。


   世間では、まずは実力だとかって言うけど、それって本当なのかなって思う。

   私は、世間が正しいと言っていることを、
   何でも「本当なのかな?」って思う癖がある。

   よくよく考えて見ると、本当のこともあれば、そうじゃないこともあるんだよ。


   学校では、試験の解答を見せ合っちゃいけないよね。
   それはわかります。

   だけど、学校じゃないところでそれをする意味ってわからない。


   私は、仲間は助け合うべきだと思っています。

   で、よその会社とは競い合うべきだと思っています。

   時と場合によっては競い合うことが正しいし、
   ここは助け合いが正しいんだっていうときもあるんだよね。

         <『斎藤一人俺の人生』マキノ出版>

           ・・・

斎藤一人さんは「早いもの」についてこう語る。

『やりたいこと、挑戦したいことがあるなら、
 理由をつけずに今すぐやっちゃうことだよ。

 「豪華列車で旅がしたい」と言うなら、最短でできることを考えるんだよ。

 貯金してもいいけど、誰かに借金して行く方が早い。
 そして、早く返す方法を考えればいい。

 列車の中で仕事をして稼ぐ方法を考えてもいい。

 最短で、目的を達する知恵を絞るんです。

 これができると、人生も仕事もうんとたのしくなるよ』(齋藤一人一日一語)より


『「チャンスの神さま」は、チャンスの顔はしていないんだよ。
 大切なのは、チャンスかどうか躊躇していたらダメなんだってこと。

 だって、つかんで行動してみて、初めて正しいかどうかわかるんだよ。

 だから、まず、つかむんだよ。

 行動の遅い人はね、すべて遅いの。

 ゆっくり慎重に行動すればいいことが起こりそうな気がするけど、
 それは気のせいなの(笑)。

 だって、じっくり考えたって正解かどうかは、行動しなければわからないんだから。

 行動の早い人は、失敗したら次の行動に移るのも早いから、
 失敗したようには見えないんだ。

 反対に、行動の遅い人は失敗してもなかなかやめようとしないから、
 ずーっと失敗し続けることになる』(齋藤一人「強運」になれる7つの法則)より


我々がこの世に生まれてきた目的は、「魂を磨くこと」だと言われる。

魂を磨いて、少しでもましな人間になってあの世に行くこと。


しかしながら、我々の人生は限られている。

うかうかしていると、あっという間に過ぎてしまう。

だからこそ、「早く」というのが大事になってくる。

「早く」というのは考えることではなく、行動のこと。

「失敗」だって、めげずに、倒れたらすぐに起き上がって、
もう一度チャレンジするという姿勢があれば、まわりからは失敗したようには見えない。


何事も最短でできることを考えると、それがゲームのようになる。

すると、効率が高まり、また別のチャレンジをする時間ができる。

余裕が生まれるのだ。


「この世界は、早いものが正しい」

とにかく、早い行動ができる人でありたい。

            <感謝合掌 令和2年3月25日 頓首再拝>

【武器は走りながら拾え!】 - 伝統

2020/04/08 (Wed) 02:18:42


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.02.07)より

   (ニューヨークBIZ発行人兼CEO、高橋克明氏の心に響く言葉より…)

   …ニューヨークはマンハッタンで、東海岸最多発行部数を誇る
   日本語新聞を発刊し、最多アクセス数のニュースサイトを運営、
   同時に日本からのイベントプロモーション、米国進出サポート事業を展開する
   マルチメディアカンパニーを経営しています…

   そう自己紹介すると、特に日本のみなさんは僕のことを
   エリートだと誤解してくれます。

   アメリカの大学を卒業、MBAなんかを取得し、TOEICやTOEFLでもハイスコア、
   日々ビジネス英語を駆使して、現地のニューヨーカーたちと商談している
   …そんな、優秀でバリバリの「スーパービジネスマン」だと。


   バレる前に実際のところをカミングアウトすると、
   正体はまったく違う、むしろ真逆のタイプの人間です。

   瀬戸内海の片田舎で育ち、学生時代はケンカに明け暮れ、
   テストなんてまともに受けたことがない。

   MBAどころか、浪人してやっと入った日本の私立大学をたった4ヶ月で中退し、
   そこからフラフラとフリーター生活を開始。

   新聞配達、テキ屋、ホスト、怪しいケータイ電話販売など
   実に30職種近いアルバイトを転々としては、
   その日暮らしで食いつないでいた20代でした。

   TOEICやTOEFLは存在すら知らなかった。



   エリートどころか、完全に落ちこぼれ側の人間でした。

   今でも本質は変わっていません。

   TOEICやTOEFLの違いは未だに厳密にはわからない。



   それでも今、世界の中心といわれる街のど真ん中にオフィスと自宅を構え、
   日々この街の最新事情を最先端で取材し、あらゆる国籍の人たちと商談し、
   365日24時間、これ以上ないほどの刺激的な生活をしています。

   日米の政界、財界、芸能界、ビジネス界のトップ中のトップと仕事をし、
   「え?この人、今、オレとしゃべってるの?ウソだろう」と思う毎日です。


   幼少の頃から「死ぬまでに一度は生で見てみたい!」と
   憧れたハリウッドスターやメジャーリーガー、思春期に誰よりも影響を受けた
   アスリートやアーティスト、社会人になってから尊敬してやまない
   経営者や文化人の方々とは、ひとり残らずご一緒しました。

   本当にひとり残らず、です。


   渡米するまで海外留学の経験どころか、
   海外旅行はおろか国内線の飛行機すら乗ったことがなかった僕が、
   なぜ、12歳のとき、みんなで書いた七夕の短冊に
   「将来は、ニューヨークでジャーナリスト」と願ったそのままの人生を、
   あるいはそれ以上の人生を歩めるようになったのか。

   それはたったひとつのことをしたからに、他なりません。

   それは、自己啓発セミナーに出席し続けたからでも、
   特定の宗教に肩入れして拝み倒したからでも、
   毎日、決まった時間だけ日本経済新聞を読み続けたからでも、ありません。

   流行りの「ウィンウィン」だの「ポジティブシンキング!」だの
   「ブラッシュアップ!」だのを口癖にしたからでも、
   異業種パーティに顔を出し続けて名刺を配りまくったからでも、ない。


   僕がした本当にたった、ひとつのこと。それは、

   「行動した」ことでした。


   「はぁ?」という声が聞こえてきそうです。

   「何を当たり前のことを」と言われるかもしれません。

   セミナー参加も立派な「行動」じゃないか、と。


   果たして、そうでしょうか。

   僕がここで言う「行動」とは「インプット」のことではありません。

   「アウトプット」のみを指した言葉だと思ってください。

   具体的な夢に向かって行う、直接的な体現方法のみのことを指しています。


   27歳のとき、ニューヨークにコネどころか、知り合いさえひとりもいない状態で、
   ビザとパスポートの違いもわからない圧倒的準備不足のまま、
   七夕の短冊に書いた「第一希望」の夢だけを胸に渡米した。

   第2希望や第3希望の夢を捨て、その結果、第10希望くらいの人生に
   落ち着くかもしれないけれど、それでもいい、ただ、実現すると決めて
   生まれて初めて飛行機に乗った。

   そこには、自分に才能があるかないかすら、関係なかった。

   アメリカに飛び立ったあの日が、僕にとっての究極の「アウトプット」だった、
   と今でも思っています。


   日常の生活や普段の仕事でも、満足のいかない現状を劇的に変えるのは、
   多少のリスクを背負った「アウトプット(行動)」しかないのではないか、
   と思っています。

   日めくりカレンダーのありがたい言葉に納得しているだけでは、何も変わらない。

   ニューヨークに来て、日本との違いを一番実感したのは、
   人々の「インプット」と「アウトプット」のバランスでした。


   日本は、国民全体が一定の教育を身につけていて、
   それは世界に誇れることだと思います。

   その一方で、情報は必要以上に溢れ、普通に生活しているだけで、
   望む望まないに関わらず、あらゆる知識、教養がインプットされていく。

   サブカルチャーの裾野は広がり、次から次へと
   トレンドを追いかけなくちゃいけない空気が蔓延し、
   半年前の流行語を口走っただけで、周囲から白目で見られる圧力に疲労している。

   情報の海を泳いでいるつもりが、いつしか、その情報に溺れてしまっていく。

   それが今、僕が外から母国を俯瞰(ふかん)した印象です。


   世界では、とんでもない(愛すべき)バカに会うことがあります。

   本当に、頻繁に(笑)。

   日本では、なかなか出会えない、そんな超越的な彼らに会うたび、
   日本人の多くが今、「インプット」のしすぎなんじゃないか
   とさえ感じてしまうのです。


   人は「生涯勉強」ではあるけれど、
   それは「インプット」のみを指している言葉ではないはずです。

   それだけ頑張って得た知識や人脈を、いつ、どこで使うのか。

   世界はもっと、行動しています。


   特にニューヨークは、夢を追って世界各国から来た人間、
   あるいは命がけで母国の内戦や差別、貧困から逃れてきた人間が、
   新しい人生を作るため、ひしめき合い、競争し合っています。

   言葉もままならないまま、「行動力」だけを武器にして。

   その極意をひと言でいうなら、


   …見る前に飛んじゃえ…


   アメリカには「leap on faith」という言葉があります。

   この国で暮らしていると本当によく聞く言葉です。

   直訳すると「運命に(on faith)飛び込もう(leap)」。

   宗教的な深い意味合いもあるみたいなのですが、
   一般的には、「まずは、やっちゃおうぜ!」とか
   「とりあえず、スタートしてみよう!」みたいなときに使います。


   そう、「見る前に飛んじゃえ」くらいな感じです。

   僕はそれを実践しただけに過ぎない。

   言葉やスキル、資格は、ニューヨークに渡ったあと、
   走りながら身につけていきました。


   インターネットの発達以降、世界の流れはどんどん加速しています。

   そのスピードのなかでは、
   インプットしすぎているうちにチャンスは流れていってしまいます。

   動き始めるための最低限のスキルはすでにあるはず。

   なにより知識や教養なんて青天井、100%なんて存在しないから、
   いつまでも追いかけることになる。

   そうなる前に…。


   氾濫している、“有益チック”な情報をかき集めることも、
   流行りの「自分探し」のための「自分探し」も直ちに止め、
   本棚に並んだ自己啓発本をすべて処分し、

   まずは本当に自分のやりたいことを自分に聞き、
   そして、そこに飛び込んでみよう。

   準備はいらない。

   あなたを含め、この本を買ってくれる誰よりも、
   落ちこぼれであったと自信を持って言える僕は
   「行動したこと」だけで、人生をすべてひっくり返しました。

   次はあなたの番です。

   「見る前に飛ん」じゃって、「武器は走りながら拾え」、ばいい。

        <『武器は走りながら拾え!』ブックマン社>

          ・・・

中国の朱子学の考え方の一つに「先知後行(せんちこうこう)」がある。

先知後行とは、先に正しい知識を得たのち、それをもとに行動しなさい、という考え方。


それに対する概念として、王陽明は「知行合一(ちこうごういつ)」を唱えた。

知識と行動は、分けることのできないものであり、表裏一体であるとの考え方だ。

本当の知とは実践を伴うものであるということ。


正しい知識や思想を得るために、まずは勉強しなければいけない、という人は多い。

今の学校教育がまさにそれだ。

知識を得るのがいけないと言っているのではない、
ただ頭に知識を詰め込むだけ詰め込んで、
それをアウトプットしない人が如何に多いかということだ。

本来は、知識と行動というアウトプットは表裏一体のもの。

準備もなしに「とにかく走り出せ」というのは少し乱暴ではあるが、
現代人はそのくらいのスピード感でちょうどいい。


薩摩には、西郷隆盛や大久保利通らをつくり上げた、郷中教育というのがあった。

その中にこんな言葉が残されている。

「泣こかい 飛ぼかい 泣こよか ひっ飛べ」

高いところから、飛び降りようかどうしようか迷って泣く子供に向かって、
「泣くくらいなら、サッサと飛び降りろ」と言ったのだ。

ぐずぐず考えてないで行動しろ、ということだ。


「地球は行動の星」

ぐずぐず考えていないで、さっさと行動できる人でありたい。

            <感謝合掌 令和2年4月8日 頓首再拝>

【やってみなけりゃわからんことだけが楽しい】 - 伝統

2020/04/28 (Tue) 04:36:23


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020年02月11日)より

   (ひすいこたろう氏の心に響く言葉より…)

   「いつか本を書いてみたい」

   僕が漠然とそんな夢を見始めたのが2002年。

   でも、僕の周りには本を書いたことのある人が誰ひとりいなかったので、
   作家になる方法がわからなかったんです。

   だから、行動を起こすこともなく、なんとなく2年が過ぎました。


   そんなある日、心理学の講座を受講したときのこと。
   8人のグループワークで、僕は本を書いてみたいという夢を語りました。

   すると偶然にも、その輪の中に作家さんがいた!


   「おまえ、本、書きたいの?」

   彼は僕よりだいぶ年下だったにもかかわらず、「おまえ」と完全な上から目線!

   「…はい。本を書いてみたいんです」と僕が答えると、いきなりこう言いました。

   「原稿は?」(作家さん)

   「え? 原稿ですか? まだ書いてないです」

   「おまえ、意味わかんねえよ」(作家さん)

   「え?」

   「だって、おまえ、本書きたいのに原稿はないんだろう?意味わかんねえよ」(作家さん)


   いきなり、「意味わかんねえよ」扱いです。


   「よく考えてみろ。
   『僕はミュージシャンを目指しています。1曲も作曲していませんが』
    というヤツはミュージシャンになれると思うか?

    おまえはそれと一緒だよ。

    俺は本を書きたいと思った時点で書いてた。
    で、いつなんどき編集者に会ってもすぐに渡せるようにカバンに入れてた。

    なんでおまえのカバンから、原稿が出てこない?
    いまおまえのカバンから原稿が出てきたら、俺はすぐに編集者に渡してあげたよ。

    おまえはチャンスを台無しにしてる。
    意味わかんねえよ」


   これに対して、僕は「そうは言うけど、俺の周りで本を書いた人なんか
   誰ひとりいないんだ。だからやり方がわからないんだ!」と
   言い返したかったのですが、気が弱くて言えませんでした。

   もう、悔しくて、悔しくて、とにかくわからないまま進むしかないと思い、
   ブログを立ち上げて、なんでもいいから1話書いた。

   それ以来、毎日ブログを書き続けた。

   結局それが僕のデビュー作『3秒でハッピーになる名言セラピー』につながりました。

   方法なんかわからなくたって、
   今日できる1歩を踏み出せば、次の1歩が見えてくるのです。


   最後に、きつかわゆきおさんの言葉を贈りましょう。

   「やってみなけりゃわからんことだけが楽しい」

   《わからないまま進め。やり方がわかるようなら、それは夢ではなく、「ただの予定」。》


      <『あなたの人生がつまらないと思うんなら、
        それはあなた自身がつまらなくしているんだぜ。』ディスカヴァー

                ・・・

将来、「サッカーの選手になりたい」と思っている子どもが、
現在サッカーをやっていないし、なんの運動もしていない、などということはあり得ない。

起業もそうだ。

いくら、「素晴らしいレストランのアイデアがあるんです」と言っても、
レストランの経験もなく、頭の中だけでチラっと考えているだけなら、
それは成功する確率は限りなくゼロに近い。

本気で思っている人は、すでに駆け出している。

レストランで働いて料理や接客を覚えたり、レストランの人脈を築いたり、
自分の理想の店を何軒も見て食べまくったり、食器やインテリアに興味を持ったり、
設計士と友達になったり、経理や計数を勉強したり…と。


多くの人が、なんとなく、「そうなったらいいなぁ」と、ただ、夢を夢見ている。

まだ、一歩も踏み出していない人が、
いくら夢を語ったとしても、それを本気にする人はいない。


「やってみなけりゃわからんことだけが楽しい 」

人生を楽しくするため…

とにかく、一歩を踏み出したい。

            <感謝合掌 令和2年4月28日 頓首再拝>

すぐ! 行動する - 伝統

2020/06/15 (Mon) 04:41:08


    *『考えたら負け』堀江貴文:著 より
       (今すぐ行動できる堀江貴文150の金言)

(1)時間は有限、経験を積み重ねるしかない。

(2)考えて動かない時間はもったいない。
   時間は誰にも有限で、若いうちはすぐ過ぎ去る。

   「光陰矢のごとし」

   考えて動かないのが、一番の愚の骨頂。

(3)完璧よりスピード感をもって完了することが大切。

   考えすぎれば、悪い結果も考えてしまうのが人間です。

   リスク管理は、重要ですが、
   一番のリスクは、何もしないで動かないことだということです。

(4)過去にとらわれず、未来におびえず、今を生きろ。

(5)今日という日に、絶対達成すると自分で決めたことを、
   着実に実行していく。

(6)とにかく数をこなすしか上達の道はない。

   正直、緊張しないための即効薬はなく、
   とにかく場数を踏みなさいとしか言えない。
   シンプルにいうなら「慣れ」だ。

(7)自分で動き出すと、面白い人との出会いが増える。

   面白い人と付き合っていると、
   さらに面白い人との出会いの機会が増えていく。

(8)考え過ぎない。
   誰もあなたのことなんて興味がない。

   あなたの悪口を言った人は、次の日には、ケロっと忘れている。

   →あなた以外の人間なんて、所詮そんなものだ。

   そんな人間の目を気にして、
   あなた自身が自分の人生を無駄にしていいわけがない。

(9)惜しみなく与える人のもとには人がどんどん集まっていく。

   実際、僕が尊敬している人たちは、みな惜しみなく与える人ばかりで、
   そういう人たちのもとには人がどんどん集まっていく。

   人を惹きつける力がものすごく強いから、
   新しいアイデアもまたどんどん集まってくるわけだ。

(10)発想力を鍛えるには「よく遊ぶ」こと。

   いいアイデアなんて、突然降って湧いてくるわけじゃない。

   ここでアイデアを生み出すトレーニング法も伝授する。
   それは「よく遊ぶこと」に尽きる。

(11)いいアイデアを浮かばせるためには、
   うまくいっている先行事例を参考にさせてもらうのが一番だ。

   「オマージュ」という上品な言い方もあるが、
   「パクる」ぐらいの感覚でいい。
   法やルールを守りながら。

   まずパクれ。
   とにかく形にするところから始めるのが大事。

(12)本当にやりたいことなら、
   人の目なんか気にせず、どんな障壁があってもやってしまえ。

(13)取り入れている情報が足りていれば、
   やりたいことはあふれ出てくるはずだ。

(14)かの偉大なIT界のイノベーターは、

   「バラバラの経験は、次第に何らかの形で繋がる。
    点と点を繋げて線を引こう」

   と、歴史的な名言を遺した。

・・・

<参照Web>

自我(自分中心)の思考よりも、行動力が大事
伊勢ー白山 道2020-06-13
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/98bd0d45c0962a0d8d697b261ef92d32

            <感謝合掌 令和2年6月15日 頓首再拝>

【いいアイデアそのものには、価値などない】 - 伝統

2020/07/06 (Mon) 04:41:44


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.06.16)より

   (カスピアン・ウッズ氏の心に響く言葉より…)

   《“完璧”にこだわらない》

   いいアイデアそのものには、価値などない。
   これから起こるであろう出来事を予測して、
   吹聴して回ってもしかたがない。


   成功するのは実際に行動を起こす人物だ。

   ノアが名声を得たのは洪水を予言したからではなく、
   方舟(はこぶね)をつくったからだ。


   完璧な製品に仕上げようと頭を悩ます必要はない。

   いつまでたっても世に出ない完璧なアイデアよりも、
   ちょっとくらい不完全でも、すぐに実現できるアイデアのほうが勝ちだ。

   製品は、市場に出してから改良していけばいいのだ。


   スティーブ・ジョブズは「本物のアーティストは出荷する」といった。

   開発にかかわる社員たちに、はっぱをかけるための言葉だ。


   経営コンサルタントのトム・ピーターズは、
   共著『エクセレント・カンパニー』のなかで、
   「成功を収めた企業はみな、行動を重視している」と述べた。


   アメリカの格安航空会社「サウスウエスト航空」を創業した
   伝説的人物ハーバート・ケレハーは

   「戦略的プランとは行動することだ」

   と語っている。


   大企業もこの哲学をとり入れている。

   大手消費財メーカー「P&G」は、
   「試験崇拝」と呼ばれるシステムを導入した。

   トップダウン方式をやめて従業員に主導権を渡し、
   現場で対処させるようにしたのだ。

   そうすることで出荷期日が早まり、
   現場で解決しようとする意欲が生まれている。

   <『まじめなのに結果が出ない人は、
    「まわりと同じ考え方をしている」という法則』三笠書房>

             ・・・

我々は時々、「すごいサービス」や「画期的な商品」が出ると、
「これ、前に私も考えたことあったんだよねぇ」などと言ってしまうことがある。

たとえ、世界で初めて自分が考えたとしても、
それを実際に商品化しなければ、それは無いのと一緒だ。

それに、世界で初めて自分が考えたと思った時点で、
同じようなアイデアを考えている人は世界中に百人以上はいるはずだ。


斎藤一人さんは「行動」についてこう語る。

『この地球は、行動の星なんです。
 行動しなきゃ、思い描いているような成功や幸せは手に入らないんだよね。
 その行動の原動力となるのが、あなたの「思い」であり、
 その思いが「理想の未来」を連れてくるの。
 現実を形作っているのは、すべて自分の「思い」です。』
               (斎藤一人 絶対、なんとかなる!)より


「商品化するには、まだ時期尚早だ」
「もうちょっと完成品に近づけてから商品化しよう」と
準備しているうちに、他の人に先を越される。

もちろん準備は必要だが、準備ばかりしていて、
実際のスタートを切ることができなかったら、レースに参加することさえできない。

走り出してからでも、修正はいくらでもできる。

しかし、走り出さないかぎり、レースは始まらない。


粗削りでも、完璧でなくてもいい…

「地球は行動の星」

走りながら考える人でありたい。

            <感謝合掌 令和2年7月6日 頓首再拝>

真理は愛の実践を要求する - 伝統

2020/07/30 (Thu) 03:30:58


    *『生命の實相』第38巻幸福篇(下)(7月30日)より

はじめに精神科学や光明思想に救われながら、
やがてそれに自分が救われなくなり落伍する人々が多いのはなぜであろうか。

ウィリアム・ジェイムズはその著『宗教的体験の種々相』の中に

「最善の悔い改めは神の道を一心不乱に前進して、
 今までありし罪と自分との関係についていっさい忘れてしまうことである」

と言っているが、これらの光明思想の落伍者は、
神の道に一心不乱に突き進むことを忘れているのである。

「彼らは光明思想に触れる。
 それによって引き上げられ、それの与える恵福を満喫する。
 そしてただそれを受けるだけで、周囲の人々にその恵福を頒ち与えることを
 忘れ、そしてそれゆえにそれを失ってしまう」

とボールトン・ホール氏は言っている。

真実確保しうるものはただ他に与えた部分だけであるのである。

ある人が真理に対する理解を得たとする。
そしてそれが自分の苦痛や、病気や、不幸を解除することができた
としてもそれは大したことではないのである。

自己の苦痛や悩みを救うだけに真理が使われるならば、
それはただ、利己的目的だけにすぎない。

利己的目的そのことが真理に反いているのであるから、
やがてその真理は自殺状態に陥って自分自身をも救いえなくなるのである。

真理は「私」してはならないのである。

真理を知らされたということは、それを他の人々に伝えるために
知らされたのだということを知らなければならない。

人類のまず目覚めなければならないことは、
個々人として孤立した存在ではないということである。

われわれは自他一体の存在であるから、
この世の中に一人でも不幸な人が存在するかぎり、
真に自分は幸福になることはできないのである。

1本の歯が痛むだけでも全体の肉体は痛むのである。

宇宙全体が一体に自分の生命(せいめい)と連関をもっていると知るとき、
その1本の歯にも比すべき一人の人間が苦しんでいるとき、
自分の生命(せいめい)もまた苦しむのである。

「真理とは何ぞや」(「ヨハネ伝」第18章36)とピラトはイエスにきいた。
イエスは黙然である。
それは言葉巧みな講釈ではないのである。

自分を捕えに来た獄吏の耳の傷を癒し、弟子の足を洗い、
自分を磔けにした人々の幸福のために神に祈り、
そして従容として十字架につくことである。

かく真理は愛の実践を要求するのである。

愛を実践する者のみ「王」であり、永遠に復活するのである。

            <感謝合掌 令和2年7月30日 頓首再拝>

《求めよ、而して行動せよ、さらば与えられん》 - 伝統

2020/08/21 (Fri) 04:41:33


          *「眞理」第2巻基礎編第6章(P164~165)より

嘗て或る人が食堂に入って行(い)った話を思い出しましょう。
其処には多勢(おおぜい)の人々が食事をしていました。
其人(そのひと)は今に自分にも適当な飲料と食料が来るであろう
と思って待っていました。

ところが、いつまで経っても一杯の飲料も一皿の食物も出て来ないのです。
何故、この人には一杯の飲料も一皿の食物も来ないのでしょうか。
それは彼が言葉で註文しないからです。

それと同じことが此の世界なのです。

若し吾々が心の中に、或は言葉に出して
(心の中<うち>に思うことも心にコトバを出すことです)
欲するものを唱えなければ欲するものは出て来ないのです。

勇敢に欲するものを言葉に出して、
「われこれを求む、神は必ずこれを与えたまう」と常に念ずることです。

そして其処に出された食物を食べることです。

            <感謝合掌 令和2年8月21日 頓首再拝>

【自分が実践する】 - 伝統

2020/09/10 (Thu) 02:31:18


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.08.26)より

   (小林正観さんの心に響く言葉より…)

   講演会のあとで、このような話をする方がいらっしゃいます。

   「今日の話を、〇〇さんに聞かせたかった」

   「今度は、××さんを連れてきたい」

   このように、「誰かへ」と言った瞬間、
   今日の話は自分のためになされているものではないと思っています。


   このときいちばん痛んでいるのは、話を聞いた本人の胸です。

   いままで、五戒(不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句)を言い、
   怒鳴ったり、怒ったり、不機嫌になっていたので、
   話を聞いていると、自分がとても辛くなります。

   どうしても「自分の胸に痛みが来ているのではない」
   「この話は自分のためのものではない」
   「これは〇〇さんに告げるべき話だ」とうっちゃりをして帰りたいのです。

   それを、私に確認しておかないと辛いので、
   「この胸の痛みは〇〇さんのところにいく話ですよ」と確認しに来るわけです。


   「多くの人に伝えたい」「世の中を変えよう」という考えを全部やめる。

   伝えたいという人は、自分が実践していない可能性があります。

   自分でやるべきことを感じたのなら、ただ自分が実践していくだけ。


   楽しくて笑顔になることを何十年も続けていき、周りの人に喜ばれるよう、
   光を発しながら生きていくだけでいい。

   それが「実践」。

   「自分がどう生きるか」に徹してみてはどうでしょう。

         <『笑顔で光って輝いて』実業之日本社
                https://amzn.to/2YuGY9V >

             ・・・

小林正観さんに、「引きこもりの子供」の話がある。

ある女性の息子さんが引きこもりになって困っていた。

それで、夫も子どもも暗くなり、家中が暗くなってしまったという。

正観さんは、夫や子どもに関係なく、自分が明るくなればいい、
というアドバイスその女性にした。

アドバイス通り、夫も子どもは不機嫌なままでいい、
自分は昔好きだった社交ダンススクールに通う、と決断した。

すると、毎日が楽しくなり、家事も鼻歌交じりにやるようになり、
結局息子さんは2年ぶりに自分の部屋から出てきたという。

そして、自分も「社交ダンスをやりたい」と言って、
ダンススクールに一緒に通いはじめ、ダンススクールで人気者になったそうだ。

(楽しい子育て孫育て・学研)より抜粋引用


人をどうこうしようとするのではなく、
自分が光って輝けばいい、というのが「実践」だ。

天照大神(アマテラスオオミカミ)が、天の岩戸にお隠れになったとき、
日本の神々は岩戸の前で、歌ったり、踊ったり、酒を飲んだりして、
楽しそうに大騒ぎをした。

なぜ、皆がそんなに楽しそうなのかを知りたくなった天照大神は、
外へ出てきたという。


学校の先生なら、自分の担当教科(たとえば数学)を、
好きで仕方ない、楽しくて、面白くて仕方ないということを伝えるだけ。

すると生徒は、数学が好きになるかもしれない。

商店主なら、商売が好きで仕方がない、
楽しくて、面白くて仕方ないということを子どもに伝えるだけ。

すると、後継者ができるかもしれない。


自らが光って輝くことこそが「実践」。

            <感謝合掌 令和2年9月10日 頓首再拝>

【ファーストペンギンこそ最強の生き方】 - 伝統

2020/09/21 (Mon) 04:29:26


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.09.08)より

   (堀江貴文氏の心に響く言葉より…)

   僕の公式チャンネルには、老若男女を問わず、たびたび
   「アイデアはあるけど、実現する力がない」という相談が寄せられる。

   話を聞いてみると、「絶対に売れるプロダクトを思いついたが、
   開発プロセスや製造設備を整える力がない」という。

   能力のある人を雇えばいいのだけど、そのお金も人脈もない。

   どうしたらいいでしょうか?というような相談だ。


   どうしたらいいも何も…呆れてしまう。

   なぜ、動かないのか?

   お金がないのだったら、お金を集める行動を取ればいい。

   借金してもいいし、CAMPFIREなどのクラウドファンディングサービスに、
   アイデアを持って問い合わせるのもいい。

   本当に売れる価値のあるアイデアだたら、すぐにお金は集まるはずだ。

   もしお金が集まらないのだとしたら、
   アイデアのブラッシュアップが、
   プレゼンのレベルが足りないだけだ。

   再チャレンジすればいい。


   いずれにしろ、立ち止まっていても現状は変わらない。

   アイデアは、実践とセットになって、
   初めてジャッジを受けるステージに立てる。

   ジャッジを受けるステージに立てないアイデアは、
   単なる「思いつき」で終わってしまう。

   自分には力が足りないから、経験がないからと、
   立ち止まっている人があまりにも多い。

   力がないからこそ、まずは走り出せ!

   と僕はいいたい。


   たしかに力がある人には、
   勝手にお金も情報も、魅力的な人材も集まってくる。

   ならばせめて、力がない君が、動き出しの早さで
   力のある人をリードする意欲を発揮してなくてどうするのだ。

   立ち止まっていれば楽かもしれないが、現状を突破する力は鍛えられない。

   成長に必要な検証の機会や、思いがけない出会いも生まれないのだ。


   アイデア自体には何の価値もない。
   アイデアを形にするために手を動かせ!

   それだけだ。


   悩むばかりで動き出さない人が多い原因は、やはり学校教育にあると思う。

   勉強でも部活でも、まず「しっかりとした準備が必要だ」と、
   いきなり動き出して失敗することを、子どもたちに避けさせようとする。

   まず道筋を考えて準備を整える子どもが評価され、
   先走って失敗したような子どもは、「ほら見たことか」と
   悪い見本にされてしまう。


   考えるより先に動いた旺盛な意欲とエネルギーを否定するような
   準備至上主義の教育が、ずっと行われているのだ。

   大間違いだと思う。

   準備すれば、たしかに失敗する確率は下がるだろう。

   しかし、そのぶん時間が浪費される。

   浪費される間にムダにされる検証と再実践の機会は、誰が補てんしてくれるのだ?

   結局、将来の自分に返ってくる。


   だから、失敗を「よくやった!」

   と褒める教育が学校でなされていないのは問題だ。

   委縮して座学に逃げこみ、結局何もできず
   「もっとやれるはずだったのに…」と、後悔にさいなまれる子どもを増やすだけだ。


   ベンチャービジネスの世界には“ファーストペンギン”という言葉がある。

   リスクのある新分野にチャレンジして、大きな利益を得る人のことだ。

   南極に住むペンギンは、群れで暮らす。

   彼らの餌は、海中の魚類だ。

   獲るには海に潜る必要があるが、
   アザラシやシャチといった大型の天敵と遭遇するかもしれない。

   だから、ペンギンの群れはなかなか海に飛び込もうとしない。

   海を見つめて、様子を窺っているペンギンたち…やがてついに、
   1羽のペンギンが勇気を出し、海へ飛び込む。

   群れはそのペンギンの無事を確認するやいなや、次々に海に飛び込んでいく。


   最初の1羽は、襲われるかもしれないリスクを引き受けて海へ飛び込んだ。
   だから、群れの仲間たちに邪魔されることなく、豊富なエサ、
   つまり先行者利益を腹いっぱい食べることができる。

   この最初の1羽になぞらえた存在が、ファーストペンギンだ。

      <『将来の夢なんか、いま叶えろ。』実務教育出版
                  https://amzn.to/321un07 >

             ・・・

本書の中に、「ファーストペンギン」のこんな話がある。

『歴史を変えたビジネスには、必ずファーストペンギンが現れる。
 
 兵器ロケットの技術をアメリカの宇宙開発事業へ導いた
 ヴェルナー・フォン・ブラウン、馬車製造から自動車製造に切り替えて成功した
 GM創業者のウィリアム・C・デュラント、

 反物の新たな商法をきっかけに呉服問屋から財閥に上り詰めた
 三井グループの祖・三井高利、真珠ビジネスの常識を覆したミキモトの御木本幸吉など、

 多くの起業家が、リスクを取った挑戦で、確信的なビジネスを成し遂げた。

 現代では、IT分野でのファーストペンギンの活躍が際立つ。

 スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグ、ジェフ・ベゾス、
 イーロン・マスク…まあ、彼らの突き抜け振りは、僕が語るまでもないだろう。

 ファーストペンギンたちの成果を見るとき、肝心な部分を忘れてはいけない。

 彼らはそれぞれの分野のビジネスで最初に始めた者ではなく、
 「最初に勝ちパターンを見つけた者」なのだ。

 彼らより早く、海へ飛び込んだ者はいたかもしれない。
 だが読みが外れたり、どこかで保険をかけたりして、中途半端に終わった。

 でも、ジョブズもゲイツもザッカーバーグも
 、自分の信じる「勝ちパターン」に振り切り、リスク覚悟で挑戦した。

 その結果、先駆者としての恩恵を、たっぷり得ることができたのだ。

 ファーストペンギンとは、失敗する恐怖を克服し、
 自分の「勝ちパターン」を信じ抜いて、
 ためらわず海に飛び込んでいける、メンタルの強い人を言う。

 失敗するかもしれない。
 でも腹いっぱい食べたいから飛び込む!という強いハートが求められる。

 逆に、失敗が多くても動きを止めないヤツは
 「あいつはメンタルが強い」と評価され、
 意外と途切れずにチャンスを回してもらえたりする。

 やらないヤツには、検証の機会もなければ、誰にもチャンスをもらえないのだ。

 いいアイデアを持つ人が勝つのではない。

 実践→検証→再実践のサイクルの数が多い人が、最後に勝つのだ!

 PDCAではなく「DCA」なのだ。』


どんなに素晴らしいアイデアをひらめいても、
高名なコンサルにアドバイスをもらったとしても、
それを実行しなければ成否は誰もわからない。

やったら失敗するかもしれないが、やってみなければ、もっとわからない。

同時期に、同じアイデアを考えている人は、
世界中でみれば何千人、何万人といる。

しかし、それを実行する人はほんの一握りだ。


この地球は行動でジャッジされる星。

行動で示さなければ誰もそれをわからない。


口先だけでわめいている人を評論家という。

真の起業家は、実践する人。


まさに、「やってみなはれ」の精神だ。

何事も…

まずやってみる人、行動の人でありたい。

            <感謝合掌 令和2年9月21日 頓首再拝>

《この順序で成功を期してやりましょう》 - 伝統

2020/10/03 (Sat) 04:14:04


          *「眞理」第2巻基礎編第6章(P165~166)より

すでに食堂の配膳台には自分の欲するものが列(なら)んでいるのに、
それを言葉で求めなければ自分の前に出て来ないし、
又それが食卓に出て来たにしても、その食物(しょくもつ)を
自分がたべなければ本当に自分のものにはならないのです。

「自分がたべる」と云うことは、自分が行動に移すことであります。

(一)欲するものを定(さだ)め、
(二)それを心に念じ、言葉にあらわし、そして
(三)行動を起すこと、

これが何事でも成就するために必要な三つの条件である。

例えば

(一)幼い時から、「わたしは文学者になろう」と決心し、
   欲するものを定(さだ)めたとします。

そして
(二)文学雑誌や同人雑誌に投書でもしていますと、
   常にそれを心に念じ言葉に表現しているのです。

そして
(三)必要な行動をとる。どこかの大学の文科に入学するとか、
   せっせと制作に従事するとか。・・・・

            <感謝合掌 令和2年10月3日 頓首再拝>

機会を待たずに行動せよ - 伝統

2020/10/20 (Tue) 04:23:07


       *「億万長者のお金を生み出す26の行動原則」から引用・要約
         (https://www.directbook.jp/boa/index_fb.html

「機会を待たずに行動せよ」

成功者とは行動する人である。


伝説のセールスライターとして知られる
私の友人はこのように話していた。

「考えるより動いた者が勝ちだ」と。

私を含め、底辺から
大富豪に上り詰めた起業家の
サクセスストーリーの秘密が

「機を待たずして、行動あるのみ」

と聞いて、唖然とする人もいるだろう。

(中略)

誰でも素晴らしいアイディアを持っている。
誰にでも隠れた才能や能力がある。

だが、それを実行する人はあまりに少ない。

しっかり肝に銘じておいてほしい。

アイディア自体に富はない。
富はそのアイディアを実現することで得られるのだ。

            <感謝合掌 令和2年10月20日 頓首再拝>

「ありがとう」も「成功」も「愛」も、行動しなければ相手に伝わらない - 伝統

2020/11/03 (Tue) 04:47:43


       *<メルマガ「人の心に灯をともす」(2020年09月29日)より
        ~【「成功」の反対は?】

   (山崎拓巳氏の心に響く言葉より…)

   「ありがとうの反対は何だと思う?」

   友だちからそう聞かれて、
   答えられない自分にガーンとしたことがあります。

   「『ありがとう』の反対は『あたりまえ』だよ」


   「有り難い」の反対は、「有ることが簡単」だということだから、
   「あたりまえ」となるわけです。

   そこにあるのが「あたりまえ」になってしまっている人やモノ。

   感謝する気持ちをなくしてしまっている人やモノたちのことです。


   ところで、「成功」の反対は何だと思いますか?

   「失敗」や「挫折」ではありませんよ。

   答えは、「何もしないこと」です。

   失敗を積み重ねていくと、成功にたどりつける。
   だから、失敗の向こう側に思考はある。
   なので、成功の反対に存在するモノは「何もしないこと」なのです。


   さらに、「愛」の反対は何だと思いますか?

   「嫌悪」や「憎悪」ではありませんよ。

   答えは、「無関心」です。

   愛も行きすぎると、嫌悪や憎悪に変わりますよね。

   「愛(いと)しさ余って憎さ100倍」という言葉もあるくらいです。

   しかし、関心がなければ、けっして愛には結びつきません。

   だから、人に関心を寄せることが愛なんですね。


   「ありがとう」も同じだと思いませんか?

   「あたりまえ」と思っていることは、
   「何もしないこと」と同じです。

   「あたりまえ」と思っていることは、「無関心」です。

   つまり、身のまわりの「あたりまえ」のことに関心を持ち、
   行動を起こすことが、あなたの夢をかなえてくれる原動力
   となってくれるのです。

      <『世界一やさしい成功法則の本』知的生きかた文庫
                https://amzn.to/3kVdcUU  >

            ・・・

山崎氏は「ありがとう」に対してこう語ります。

『成功のために、何かを始めるとき、勇気がいります。

 しかし、身のまわりのことに関心を持ち、
 感謝する気持ちを持つことは、
 今すぐにできることです。

 「おかあさん、ありがとう」

 家族や恋人の感謝する。

 けっしてあたりまえの存在と思ってはいけません。
 そうすると、家族や恋人は温かく応えてくれます。

 「きょうお会いできて、ありがとう」

 人との出会いに感謝する。
 けっして偶然だと思ってはいけません。
 そうすると、次のすばらしい出会いがやってきます。

 「仕事をいただけて、ありがとう」

 与えられた仕事に感謝する。
 けっしてやらされていると思ってはいけません。
 そうすると、やりがいのある仕事が自然とやってきます。

 感謝するものは人だけではない。
 モノに対しても同じことが言えます。

 「今日も乗せてもらって、ありがとう」
 乗っている車に感謝する。

 よく言われることですが、車に乗っているときは、
 けっして次に購入する車の話をしてはいけない。

 そうしないと、車はご機嫌に動いてくれません。

 「あたりまえ」なことに感謝すれば、
 それが「ありがたい」ことに変わります。

 そして、「ありがとう」は、次の「ありがとう」を連れてきます。

 「ありがとう」が伝われば、「ありがとう」が返ってきますよ。』


「成功」の反対は「何もしないこと」。

人生が終わりに近づいたとき、
最も後悔することは「挑戦しなかったこと」。

つまり、何かをして失敗したことより、
何もしなかったことを悔やむということ。

失敗はやり直すことができるし、起き上がって、
成功するまで何度でも挑戦すれば夢は叶う。

しかし、「やらなかったこと」は後からでは修正できない。

だからこそ、行動が大事。


同様に、いくら感謝の気持ちがあったとしても
「ありがとう」の一言がなければ、それは相手に伝わらない。

「愛」も同じで、それが相手に伝わらなければ、「無関心」と一緒。


「ありがとう」も「成功」も「愛」も、行動しなければ相手に伝わらない。

行動多き人でありたい。

            <感謝合掌 令和2年11月3日 頓首再拝>

「実践」が「結果」を生じます。 - 伝統

2020/11/19 (Thu) 04:28:11


      *メルマガ「人の心に灯をともす(2015年02月20日)」より
           ~「運(うん)は動より生ず

   (小林正観さんの心に響く言葉より…)

   「般若心経」の最後の部分は「ボウジ ソワカ」といいます。
 
   この「ソワカ」とは「事が成る」「事が成就する」という意味だそうです。

   まったくの偶然ですが、
   「神様が、人間の成す行為の中で、好きなものは何だろう?」と
   考えていたら、「そわか」の3文字に思い至りました。

     ☆「掃除」の「そ」

     ☆「笑い」の「わ」

     ☆「感謝」の「か」


   の3文字です。

   人間の行為・行動の中で、神様が好むベスト3が「そわか」。
   この3つの行為を続けている人間を、神様が応援しているように思えます。


   「そわか」の一番目は、「掃除」です。
   神様は、どうも「キレイ好き」らしい。

   「見た目」「心」「身のまわり(とくに、トイレや、台所などの水まわり)」
   をキレイにしている人を応援してくれます。

   あるホテルの経営者の話ですが、
   そのホテルに泊まったスポーツ選手が、
   「部屋をキレイにして出て行ったとき」は、
   好成績を残すのだとか。

   反対に、同じ選手が、
   「部屋をキレイにせずに荒れた状態で出て行ったとき」は、
   成績がふるわないのだそうです。

   「一流選手ほど、部屋がキレイですね」と、
   その経営者は言っていました。



   「そわか」の2番目は、「笑い」です。
   「笑い」とは、肯定すること、受け入れること、共鳴、共感すること。

   ですから、「笑顔」や「笑い声」は、宇宙や地球が神様の
   した行為(いろいろな出来事や現象、事件など)を、
   「肯定的に受け止めた」ことにほかなりません。


   
   「そわか」の3番目は「感謝」です。

   私は、「ありがとう」を言っているだけで、
   「いろいろな奇跡が起こるようだ」と、
   さまざまなところで述べてきました。

   「ありがとう」は元来、「神様に対しての感謝の言葉」です。

   したがって、「ありがとう」を言われ続けたら、
   神様もその人に好意的になるでしょう。


   この「そわかの実践」には、
   すばらしい共通項が「2つ」あることをつけ加えておきます。

   ひとつは、「いつでも、ひとりでできる」こと。
   場所と時を選びません。
   仲間がいなくても、「実践」できます。


   もうひとつは、お金がかからないこと。
   掃除も笑いも感謝も、お金がかかりません。
   無料です。

   ですから、今すぐに「実践」してみること。


   「『運(うん)は動より生ず」。

   これを「運動」と呼びました。

   「実践」が「結果」を生じます。

   実践すれば必ず、「運」がやってきて、
   楽しくおもしろい現象が生まれると思います。

         <『ありがとうの神様』ダイヤモンド社>

              ・・・

何事でも、お金のかからないことは本物だ。

占いなどで、「高価な壺(つぼ)を買わなければ病気は治らない」
などと言う人は偽物(にせもの)。

本物はお金のかからないアドバイスをする。


逆に言うなら、お金をかからないことの実践は難易度は高い。

お金のあるなしは別にして、
「金で解決する」ことほど簡単なことはないからだ。


神様が好むことは、
「そわか」といわれる、「掃除」「笑い」「感謝」。

「運は動より生ず」

「そわか」の実践を重ね、運を呼び込みたい。

            <感謝合掌 令和2年11月19日 頓首再拝>

【とにかくやってみること】 - 伝統

2020/11/29 (Sun) 04:51:15


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.11.18)より

   (精神科医、和田秀樹氏の心に響く言葉より…)

   《やりもしないでダメ出しばかりでは、人生は1ミリも好転しない。
    悩みは行動で軽くなり、正解は人それぞれ。あらゆることを試そう》

   壁を乗り越えるにはシンプルに「やるしかない」。

   これしかないです。

   考えすぎる人に、私はいつも
   「いろいろやってみないとわからないし、正解は人それぞれだから、
    ありとあらゆるものを試してください」と言うんです。


   これからは、悩むのは「期間限定」にして区切りをつけて、
   行動しながら考える癖をつけてください。

   動くことによって、少なくとも気持ちが軽くなります。


   私自身、苦しい思いはしょっちゅうです。

   でも、もがきながら、手探りしながら
   その場その場で最善と思えることをやって、
   ダメなら方向転換して、やり続ける。

   すると、自分らしい解決策の手がかりが見えてきます。

   「よし、大丈夫」と信じてさらにやり続けると、
   思いがけない援軍が現れたり、新しい道が開けたり。


   やってもやってもラチがあかなくても、
   あきらめない限り可能性が残っている。

   「ふられるかもしれないけど声をかけよう。
    ダメだったら、どうしたら好かれるか考えて、
    別の女性にまたアタック」。

   そう思える人には、彼女ができるものです。


   やってみる回数さえ増やせば「運」も「ツキ」もよくなります。

   出会い運でも仕事運でも、人と会う回数、トライの回数を増やすほど、
   いい人と出会ったり、うまくいく回数は自動的に上がるはずです。

   さらに人を見る目や仕事のスキルも、経験を積むほど磨かれる。

   つまり、いい結果を出す確率も上がることが多いのです。

   また一生懸命やっていると、
   目にとめて引き上げてくれる人もよく現れます。


   失敗して傷ついたり、自信をなくすのがこわい、
   という声もよく聞きます。

   世の中でなにかを成し遂げた人は口を揃えて、
   「失敗は成功の母」「失敗からなにを学ぶかが大事」と言っています。


   ユニクロの柳井正社長も

   「行動してみる前に考えても無駄です。行動して修正すればいい」

   と語っています。

   「とりあえず動く」「すぐやる」で、人生は一変します。

        <『感情の整理学』エクスナレッジ
                 https://amzn.to/3kCS84V >

              ・・・

本書の中に
「外出や人と交流が減ると、認知症や要介護のリスクが高まる」
という話があった。

『「歩行時間が1日30分未満」「外出頻度が少ない」
 「友人と会う機会が月1回未満」「地域への催しへの参加がない」
 「仕事や家事をしていない」などの項目にチェックの多い高齢者ほど、
 3年後に要介護認定になっていることが多いんです。

 前頭葉の大好物は「ときめき」です。

 ドキドキ、ワクワクする心があれば、脳の老化は遠ざかります。

 「時間を忘れて熱中できることを見つける」
 「楽しそうなことはなんでもやってみる」…。

 S・ウルマンの有名な詩「青春」にあるとおり、
 「60歳だろうと16歳だろうと、人には驚異にひかれる心、
  おさな子のような未知への探求心、生きる喜びにあふれた興味がある。

  精神が皮肉の雪に覆われ、悲嘆の氷に閉ざされるとき、
  20歳だろうと人は老いる。

  頭を高く上げ、希望の波をとらえる限り、
  80歳であろうと人は青春の中にいる」のです。

  特に仕事一筋できた中高年男性は心して、楽しみ上手になってください。』


このコロナ禍では高齢者だけでなく、
若い人たちも、外出や人との交流が制限されてしまった。

いわば、老いも若きも、半ば強制的に、
「認知症や要介護のリスクが高まる」ことをしていた、ということになる。


おさない子どものように、
ワクワク、ドキドキする気持ちを忘れてしまったとき、人は老いる。

同様に、新しいことや未来への好奇心を持てなくなったとき、人は老いる。


何事もやってみなければわからない。

何もやらなかったら物事は1ミリも動かない。


いつくになっても…

「とにかくやってみる」という姿勢を忘れない人でありたい。

            <感謝合掌 令和2年11月29日 頓首再拝>

熟慮、断行せよ - 伝統

2020/12/07 (Mon) 03:43:08


      *「生命の實相」第三十八巻幸福篇下(12月7日)より

常に落ちついて、周囲と自分の立場を見定めた後(のち)、行動の方向を定めたら、
その方向に一路邁進しなければならぬ。

いったん決意した以上は、右顧左眄することが禁物である。
ひとの中傷にまどわされるな。

            <感謝合掌 令和2年12月7日 頓首再拝>

【実践の人であれ】 - 伝統

2020/12/27 (Sun) 04:44:56


     *<メルマガ「人の心に灯をともす」(2020年10月29日)>より

   (小林正観さんの心に響く言葉より…)

   たまたま縁があって、
   岡山県倉敷市にある円通寺を訪れることになりました。

   良寛和尚がこの寺にいたとき、
   兄弟子に仙桂(せんけい)和尚という方がおられたそうです。

   詳しい記録は残っていないのですが、
   良寛和尚にとって大変に印象的な人物だったようです。


   仙桂和尚は30年の間、良寛さんの師匠でもある
   国仙(こくせん)和尚のもとにいて修行をしていました。

   ただ一度もお経を読んだことがなく、
   檀家の人たちに仏法上のお説教をしたこともないという
   珍しい僧侶でした。

   この仙桂和尚は来る日も来る日も野菜をつくり続け、
   それを村人たちに配って歩いていたのです。

   それだけをやり続けた僧侶でした。


   師匠である国仙和尚は、仙桂さんに対し、
   「もっと違う行いをしなさい」と言うようなこともなく、
   温かい目で見守っていたようです。

   良寛和尚は、この仙桂和尚の生き方にかなり影響を受けたらしいのです。

   のちに仙桂和尚のことを書いた記述の中で、
   「この仙桂和尚こそ、真の道者である」と良寛さんは書き記しています。

   ただ、「自分は仙桂和尚とともに過ごしているときに、
   この人のすごさ、深さがわからなかった。未熟だった」
   ということも言っているのです。


   のちに生まれ故郷の出雲崎に帰った良寛さんは、
   頼まれれば南無阿弥陀仏の念仏も、南無妙法蓮華経の題目も唱えるという、
   自在な生き方をした僧侶でした。

   良寛さんが学んだ円通寺は曹洞宗(禅宗)のお寺です。

   浄土宗の念仏である南無阿弥陀仏、
   日蓮宗のお題目である南無妙法蓮華経は、
   本来禅宗とは合致しません。

   しかし、良寛さんにとって、そのようなことはどうでもよいことでした。

   お経をまったくあげないことも、
   仏教上の説話や説法をしないことも多々ありました。


   このような良寛さんにとって、精神的な師匠というのは、
   もしかしたら兄弟子である仙桂和尚であったかもしれません。

   良寛さんの目に映った仙桂和尚とは、
   「実践の人」であったということにほかなりません。

   ただただ実践の日々であった。


   穏やかな人柄で、
   自分が人の上に立って何か立派なことを言うのではなく、
   へりくだって、行として野菜をつくり続けている人でした。

   否、「行として」ということさえも自覚はしていなかったかもしれません。

   自分の生きざまは、ただひたすら野菜をつくり続けることであり、
   それを村人たちに喜んで食べてもらうことである、というように
   思い定めていたとしか思えないのです。

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           ・・・

小林正観さんは、現在の円通寺のことをこう書いている。

『現在、円通寺の住職をしておられるのは、仁保(にほ)和尚という方です。
 お寺を訪れたとき、あまりに笑顔が素晴らしいので、私は魅了されました。

 良寛和尚もこのような優しい笑顔の持ち主であったのかもしれないと思いました。

 以前、仁保和尚のもとに、
 自分の子どもが不登校だから直してもらえないかという
 相談を持ち込んだ人がいたそうです。

 仁保和尚はこのように答えました。

「私にはそれを解決する力はありません。

 ただ、毎日早朝に座禅を組んでいるので、それに参加して、
 何か一緒に考えることは構いませんよ」

 そのお父さんは不登校の子どもを連れて、毎日車で通いました。

 そして半年もたったときに、そのお父さんからこのような話を聞いたそうです。

 「毎日送り迎えで2時間ほど車に乗っているうちに、
  息子とたくさん話をするようになりました。
  その結果、不登校の問題が解決し、息子は明るい子どもになりました。
  大変ありがとうございました」

 「私には力がないから、そのようなことはできません」
 と言った仁保和尚の謙虚さ、温かさというものは、
 どうも仙桂和尚や良寛さんとともに円通寺に受け継がれている
 思想なのかもしれません。』



どんなに美辞麗句を並べ立てたとしても、
理論的に素晴らしいことを言ったとしても、
それに行動が伴っていなければその人はニセモノだ。

たとえば、町や商店街の活性化をとなえ、
人がやってくる美しい街を作ろうと何べん唱えたとしても、
商店街に構えている自分のお店の跡継ぎがいなかったり、
それがあまり繁盛していないお店だったとしたら、
厳しい話だが、それは説得力はない。

すべてはその人の実践的行動で判断される。


学校の先生なら、自分の授業を、
楽しそうに、愛(いと)おしそうに教えているか。

商店主なら、自分の商売を、
楽しそうに、愛おしそうにやっているか、そして儲かっているか。

面白おかしく、笑いがあふれて、嬉しそうに、
自分の仕事をやっているかどうか。


もちろん、苦しいことも、辛いこともあるのが人生だ。

しかし、そんな中であっても、淡々と、面白がって実践を重ねる人。


実践の人でありたい。

・・・

<参照Web>
伊勢ー白山 道(2020-10-20 )
「とにかく、DOすればOK」
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/3a3497c327ac582e679a5d1afb1fbd46

            <感謝合掌 令和2年12月27日 頓首再拝>

【上手に語る人より「動き出す」人になれ】 - 伝統

2021/01/12 (Tue) 02:37:47


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.12.25)より

   (桑原晃弥(てるや)氏の心に響く言葉より…)

   《上手に語る人より「動き出す」人になれ》

   商工業を盛大にしなければいかぬという
   (中略)
   政治家、学者などもたくさんあったであろうが、

   そういう人々は自ら商売人に成りもせぬ、また成れもしなかった。(渋沢百訓)


   トヨタには「診断士ではなく治療士なれ」という言葉があります。

   生産現場を診断して問題を指摘しても、
   問題を改善しなければ意味がないという意味です。


   物事は、批評するとか理想を語るだけではダメで、
   それを成し遂げて、初めて世の中に貢献したと言えるのです。

   渋沢栄一が役人を辞した明治初めの頃は、
   官職に比べて商工業を一段下に見る傾向が強くあっただけに、
   理想を語る人はいても、

   「やってみよう」という人はとても少ないものでした。


   官職を辞するにあたり、渋沢はこう言っています。

   「学問があるとか、気力があるとか、知恵があるとか、そのほか
    一芸一能ある者は、みな官職に就くという傾向になって、
    民間に人物が少しもいない。

    だから、上下のつり合いがとれず、国家の実力を発展させることができない。

    このため自分は明日、辞表を提出する決心である」


   将来を嘱望される中で、官から民へ転出するというのは、
   常識的には考えられないことでしたが、

   渋沢にはみんながやらないなら、自分がやってみせるという
   強い決意がありました。

   大切なのは、理想を上手に語ることではなく、現実にやってみせることです。

   実行こそが世の中を動かし、変えていくのです。

         <『逆境を乗り越える 渋沢栄一の言葉』リベラル社
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                ・・・

本書の「はじめに」に渋沢栄一のこんな紹介がある。

『渋沢栄一は、2024年度からは新1万円札の顔としても登場します。

 渋沢が約500もの企業の設立や運営に関わったことはよく知られていますが、
 それ以上に注目すべきは約600とも言われる教育機関や社会公共事業の支援を
 行ったことや、悪化の一途を辿っていた日米関係を改善するために
 高齢の身を押して幾度も渡米するなど民間外交に力を注いだこと
 ではないでしょうか。

 渋沢ほど世界に目をむけた活動をする一方で、弱い立場の人たちに目を向け、
 かつそれを生涯実行し続けた企業家は世界でも稀有な存在と言えます。

 大政奉還が行われた時フランスに滞在していた渋沢は
 ヨーロッパに繁栄をもたらしている資本主義経済に触れ、
 銀行の果たす役割や株式会社のありようなどを懸命に学びますが、
 それはまさに明治維新の日本に最も必要な知識の1つだったのです。

 帰国後、静岡藩、明治政府を経て実業界に転じた渋沢は
 目覚ましい活躍をしますが、その際、最も大切にしたのが
 「道徳に基づいた経営」であり、
 「自分のことよりもまず社会を第一に考える姿勢」でした。

 資本主義はとかく弱肉強食の世界であり、格差を当然のように生みますが、
 渋沢が目指したのはそこで生まれる弱者に対しても
 優しい目を持つ資本主義でした。』


渋沢栄一には「論語と算盤(そろばん)」という名著がある。

自分の利益だけでなく、公の利益になる行為をするべきだという。

そして、経済と両立する道徳観を打ち立てるべきだ、と。


そのために必要なことは、学びを継続し、人格を磨くこと。

『上手に語る人より「動き出す」人になれ』


口先だけない、実践の人でありたい。

         <感謝合掌 令和3年1月12日 頓首再拝>

【まずは早いとこ失敗しよう】 - 伝統

2021/02/03 (Wed) 04:21:31


      *メルマガ「人の心に灯をともす」(2021.01.09)より

   (ライアン・バビノー&ジョン・クランボルツ氏の心に響く言葉より…)

   息をのむステージパフォーマンス、すばらしい芸術作品、
   革新的なビジネス、天才的な発明など、成功者の偉業を目にすると、
   それらは類まれな才能の賜物で、最初から完璧だったと思いがちです。

   しかし実際、特にすばらしいとされる偉業のほとんどは、
   数えきれないほどの失敗と挫折の果てに生まれています。


   ハワード・シュルツのスターバックスコーヒー創設は、
   たくさんの失敗の中からどのようにして成功が生まれるか
   を示した良い例です。

   創設当初、シュルツはアメリカ人に新しい経験を提供しようと、
   イタリアのコーヒーショップをモデルにするつもりでいました。

   はじめから目の付け所は良かったのですが、
   現在のスターバックスコーヒーは、
   最初にシュルツが考えたものとはかなり異なります。

   事実、彼のアイデアには多くの問題点がありました。

   1号店では、バリスタたちは蝶ネクタイを締め、
   メニューはまずイタリア語で書かれており(これが客をいらだたせました)、
   ノンファットミルクも提供されていませんでした。

   現在のスターバックスコーヒーは、
   数え切れないほどの試み、調整、そして見直しの末に
   進化を遂げたものだったのです。


   早く学ぶためにはまず失敗する、
   もしくはシリコンバレーの起業家たちがよく言う
   失敗して前に進むという考え方は、革新的なビジネスの生命線です。

   まずは可能な限り早く商品のサンプルを作ってフィードバックを得、
   チャンスや問題点を知り、次のステップに踏み出す。

   この考え方は、ピクサー・アニメーション・スタジオの
   すばらしい作品作りの核心です。

   ピクサーの共同創設者で社長のエド・キャットムルは、
   ピクサーの創造性豊かな作品に関して、
   「転んで起き上がる」のプロセスが関係していると述べています。


   映画作りのプロセスは、ほんの一握りの優れたアイデアが
   大量のいい加減な発想や完全な駄作の中に埋もれる、
   大まかなストーリーボードからはじまります。

   アニメーションチームはそこから、果てしない修正や見直しを経て、
   最後の1カットにたどり着きます。

   自らに何度も何度も失敗するのを許すことで、
   アニメーターたちは可能な限り早く使えないアイデアを取り除き、
   本当に価値ある仕事ができる状況を作り出しているのです。

   『ファインディング・ニモ』や『ウォーリー』の監督を務めた
   アンドリュー・スタントンはこう語ります。

   「僕のやり方は、ずっと変わらない。まずはヘマをする。
    要するに《どうせ失敗するんだからそれはもう認めて、
    失敗を恐れないようにしよう。

    ただし、早いとこ失敗して答えにたどり着こう》ってこと。
    僕は最初から正しい答えが分からなくてもいい。
    ただ間違いでもいいからすぐに、とにかく早く何か答えがほしいんだ」


   自分に失敗するのを許すことは、
   あなたがクリエイティブな仕事をしようと思えば特に大切です

   (ただし、人は皆クリエイティブである、
    とまずお伝えしておかなければなりません。
    なぜなら私たちは皆、現実を生きる中でアイデアを練り、
    問題を解決し、夢を持ち、自分の道を突き進んでいるのですから。

    つまりあなたの人生そのものが、あなたの究極の創造物なのです)。


   著書『バード・バイ・バード…書くことと人生についての覚書』の中で、
   アン・ラモットは執筆と向き合う際の苦労について述べています。

   ラモットは、作品を完成させるために欠かせないのは、
   自分に「うんざりするほど最低な原稿」を書くのを許してあげることだ
   と言います。

   ラモットは、
   「自分が何を書いているか、書きながら分かっている作家なんて、
    ごく一握りしかいない」と言います。

   自分が何を書きたいか、物語がどこへ行こうとしているのかが
   分からなくても、とにかく座って言葉をかき混ぜていれば、
   物語が動き出す場所にたどり着ける。

   これは、「まずは失敗」アプローチの要となるアイデアです。

   つまり、まずは実際にやってみないことには、
   それがどんなもので、それに対して自分がどう感じ、
   そこから何かが得られるかは分からないのです。


    <『一歩を踏み出せば昨日と違う自分になれる!』日本文芸社
                   https://amzn.to/38pBtyO >

              ・・・

本書の中に「ダサイ」から力がある、というこんな文章がありした。

『ハワード・シュルツ、エド・キャトムルなどに代表される
 イノベーターの共通点とは何でしょうか?

 彼らは自分のすべきことを知り、前進し、学ぶために、
 自ら進んで何度でも失敗しようとします。

 成功している人は、何かを学び、上達するためのベストな方法は、
 まずはやってみて失敗することだと知っています。

 あらゆる偉業は、失敗やくだらないアイデア、出だしからのつまずき、
 報われない努力のあとに生まれるからこそ、

 彼らは何のためらいもなくとにかく早く、そして
 たくさん失敗して、先を急ごうとするのです。

 勉強したり準備したり先延ばししたりして失敗を避けようとする代わりに、
 たとえ自分の努力が無駄に終わるとわかっていても
 (もしくは自分には能力が全くないと分かっていても)、
 彼らはすぐに行動を起こし、形にし、取り組む道を見つけようとします。

 成功はいつも、頼りない第一歩や報われない努力の先にあるので、
 皆さんは何かを成し遂げたいと思えば、
 まずはどうやって失敗しなければならないか、という視点で考えることです。

 そしてそれは、こんな形で表現できます。

 ●一流のミュージシャンになりたければ、
  まずは下手くそな曲をたくさん弾かなければならない

 ●的確な判断ができる優れたビジネスパーソンになりたければ、
  まずは何度も誤った判断をしなければならない

 ●小説と呼べるものを書きたければ、まずは駄作を生まなければならない

 ●エネルギー効率の良さと洗練されたデザインで有名な
  一流建築家になりたければ、まずはエネルギー効率の悪い、
  不格好な建物を設計してみなければならない

 ●才能と勇気に溢れたロッククライマーになりたければ、
  まずは臆病で不器用なクライマーにならなければならない

 ●一流テニスプレーヤーになりたければ、
  まずはたくさんの負け試合を経験しなければならない

 失敗を避けるべきものととらえるのではなく、
 とにかくまずは派手に転んで、そこから学んでいくには
 どうすれば良いかを考えていきましょう。』


「やったことは、たとえ失敗しても、二十年後には笑い話にできる。
 しかし、やらなかったことは、二十年後には後悔するだけだ」
                      (マーク・トウェイン)

変化が激しくて、先の見えない時代は、
とにかくやってみるしか答えは見つからない。


「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」で、
やっているうちに何か別のアイデアがわいたり、違う道が見つかったりする。

それがクランボルツ教授のいう「偶発性理論」だ。

クランボルツ教授は
「個人のキャリアの8割は予想しないことによって決定される」という。

そして、その偶然を積極的に作りだすこと、
つまり、手あたり次第に数多く、色々なことを「やってみる」ことが大事。


何でもやってみると、ほとんどが失敗する。

でも、早いとこ失敗すれば、早いとこ成功への道も見つかる。


失敗を恐れず、チャレンジしまくる人でありたい。

         <感謝合掌 令和3年2月3日 頓首再拝>

【行動力の伴わない精神論は害である】 - 伝統

2021/02/17 (Wed) 01:56:37


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2021.02.13)より

   (高橋歩氏の心に響く言葉より…)

   ☆行動力の伴わない精神論は害である。

   ☆ぐちゃぐちゃ言うな。やれば、わかる。

   ☆根拠のない自信で突っ走れ!

   ☆攻撃者には自由があるが、防御者には自由がない。

   ☆もっともっと、突き抜けるんだ。
    あらゆるものをぶち壊す圧倒的なエネルギーで。
    想像力を超えた、爆発的な創造力で。一瞬で、すべてを決めてやれ。

   ☆頭がシンプルな奴ほど、行動はパワフルだ。


   ◆F1レーサー、アイルトン・セナ

   理想を語ることは簡単だが、自ら実践するのはすごく難しい。

   だからこそ、とにかく、どんな時でも、
   ベストを尽くして生きなければいけない。

   その結果、うまくいく時もあれば、そうでない時もある。
   間違いを犯すこともあるだろう。

   でも、少なくとも、自分自身に対しては誠実に、
   そして、自らの描いた夢に向かって、精いっぱい生きていくことだ



   ◆堤康次郎(西武グループ 創業者)

   それまでに経験した失敗は、
   人生観を見出すための月謝と思えば、安いものだ。



   ◆マドンナ

   たくさんの人々が反対するのはわかっている。

   でも、まず受け入れてみて実際に感じ、実践したうえで
   何が悪いのかを感じることが重要です。



   ◆ゲーテ

   芸術家よ造れ。
   しゃべるなかれ。



   ◆盛田昭夫(ソニー)

   アイデアの良い人は世の中にたくさんいるが、
   良いと思ったアイデアを実行する勇気のある人は少ない。

   我々は、それをがむしゃらにやるだけである。
   


   ◆ロバート・デニーロ

   口で言う前にやれ、と私は言いたい。



   ◆鳥井信治郎(サントリー創業者)

   なんでもやってみなはれ、やらなわからしまへんで。

          <『人生の地図』A-Works
              https://amzn.to/3p6JH49 >

            ・・・

斎藤一人さんの『地球は「行動の星」だから』という話がある。

『この星は、思ったことがかなう星ではありません。
 思ったことが正しいかどうか、それを行動に移してみて、
 うまくいったらそれは正しい、うまくいかなかったらそれは間違いである、
 ということがわかる星なんです。

 そのためには、まず人に聞くのもいいし、勉強するのもいい。

 けれど、いずれにしても行動ありきなんです。
 行動しながら自分にとっての正しい道を選ぶの。

 成功とか、楽しさとか、しあわせとか、
 そういうのを探す星なんだよね。

 それで、さらに言えば、最初からうまくいかない星なの。

 そんなことは当たり前なんです。

 だから「行動したけどうまくいきませんでした」って、
 当たり前のことにいちいち落ち込んでいたらダメだよ。

 とにかく成功するまでやる。

 それがおもしろさなの。

 成功がおもしろいんじゃないです。
 成功するまで改良する。
 その成長している自分が魅力的で、おもしろいの。

 成功、成功っていうけど、成功っていうゴールより、
 そこに向かっていく旅路の途中がおもしろいんだよ。

 旅行でも目的地に向かっているときがいちばん楽しいんです。

 着いたら、あとは帰るだけなんだよね。

 行動してもうまくいかなければ、それを改良・改善すればいいんです。

 特に大切なのは、自分を改良することです。
 そうすると魂的にも成長します。

 それと「改良グセ」を身につければ、
 仕事でもなんでもうまくいくようになるからね。

 この世のシステムはすべてそうだけど、
 改良しないといけないようになっているんです。』

 (地球は「行動の星」だから、動かないと何も始まらないんだよ。
                  /サンマーク出版)より

行動できない人は、失敗を恐れている。

失敗しないようにと、あらゆるリスクをゼロにしようとする。

すると、行動するところまで到達しない。

結局、頭の中で考えているだけ、ということになってしまう。


頭の中でだけで考えている人、
つまり理論や理屈が先行している人は、行動が鈍(にぶ)い。

口先だけで、何も行動しない。

つまり、「行動力の伴わない精神論は害である」ということ。


「地球は行動の星」

だからこそ…

「ぐちゃぐちゃ言うな。やれば、わかる。」という言葉を胸に刻みたい。

         <感謝合掌 令和3年2月17日 頓首再拝>

《柔和にして而も実行の勇気をもつこと》 - 伝統

2021/03/09 (Tue) 02:55:24


       *「真理」第9巻生活篇第3章(P65~66)より

吾々は謙遜で柔和でなければなりません。

イエスは

「幸福(さいわい)なるかな、心の貧しき者、天国はその人のものなり」

と言っています。

これは心の謙遜なものの事です。

またイエスは

「幸福(さいわい)なるかな、柔和なる者、その人は地を嗣がん」

と言っています。

謙遜にへりくだって、心やわらかく和(なご)やかと云うことは、
素直に逆らわずに、今与えられているすべてのものを
感謝して受けることです。

するとそこに天国はあらわれ、地上に天国状態が出現するのであります。

併し、今与えられているものが如何に辛くとも、その使命遂行に如何に
努力を要するとも、与えられたものを素直に受けて、それを完遂するには
「義(ぎ)に飢えかわく」熱意と実行の勇気とが要るのであります。

だからイエスは

「幸福(さいわい)なるかな、義(ぎ)に飢え渇く者」

と言っています。

義(ぎ) ―― 即ち正しき生活の在り方のためには
不惜身命に勇気をもたねばなりません。

            <感謝合掌 令和3年3月9日 頓首再拝>

恐れず、行動せよ! - 伝統

2021/03/26 (Fri) 02:12:11


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(3月26日)」より

まず恐れないで虎穴(こけつ)に降りて行かなければならない。
待っているということと、降りて行くということとは両立しないことではない。

恐ろしいものは何も出て来ない。

もし恐ろしい者に出くわしたら、
それはただ仮面を被っているだけだから恐れるにはおよばない。
まずそいつと取っ組んで征服し、その仮面を剥いでやるのだ。

すると本当はそのお化けの正体は
「幸福」というものであったことがわかるであろう。

            <感謝合掌 令和3年3月26日 頓首再拝>

【あなたはいま何をしていますか】 - 伝統

2021/04/21 (Wed) 03:10:58


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2021.04.13)より

   (森信三先生の心に響く言葉より…)

   《あなたはいま何をしていますか》(森信三)


   生涯マスコミに一切姿を見せず、
   在野の哲人として国民教育に心血を注いだ森信三先生。

   全国3000人といわれる門弟の一人、
   「実践人の家」元理事長・田中繁男氏が読書会に出席するたびに
   問いかけられた言葉です。


   ある読書会で、校内暴力が絶えないことを嘆く教師に対し、
   森先生はこう尋ねました。

   「それで、あなたは何をしましたか」。

   その人が黙り込むと、普段は柔和な森先生が
   凄まじい気魄(きはく)でこう言ったそうです。


   「現在の学校が困難な状況にあることは、私も知っています。
    だから、その中でいまあなたが何をしているか、それを知りたいのです。

    例えば、満員の講堂が停電になったとします。
    しかし、五燭(ごしょく)の電灯一つ、あるいはロウソク一本があれば、
    大きな騒ぎにもならず、無事退場できるのです。

    あなたはには、その一本のロウソクになろうとする気持ちがないのですか」


   目の前の現実に不平不満を言ったり、批判をするのではなく、
   その中でいま何をしているかを自らに問いかけよ…。

   97年の生涯を「実践」に捧げた森先生の魂のメッセージです。

   心したい言葉です。

      <『人生心得帖』〈監修・藤尾秀昭〉致知出版社
                https://amzn.to/3fZAYQl >

           ・・・

多くの人は、なにか問題があると、まるで評論家のように、
ただ批判したり、不平不満を言ったり、愚痴をいったりする。

自分が関わっている問題を、他人事(ひとごと)のように
愚痴を言ったりする人は、自分事と思っていない人、
当事者意識のない人だ。


批判だけなら誰でもできる。

自分では代替え案を出さないくせに、人の出した提案はつぶしにかかる。



斎藤一人さんは、それをこう言っている。

『私が本を出すときも、やっぱり売れない理由を言ってくる人がいるんだよね。
 そうすると、私はこう返すんです。

 「売れない方法を知ってるんだったら、売れる方法もわかるよね?」

 そうすると、たいてい相手は黙ります(笑)。

 これじゃダメだって言うんだったら、もっといい意見があるんだよねって。

 私の意見を否定するんだったら、もっといい意見がなきゃ。

 まさか代替案もないのに、人の意見だけ否定してるわけじゃないよなって。

 否定するのはいいけど、だったらコレやったほうがいいよって
 代替案を出すのが愛だよ。』(斎藤一人 俺の人生 /マキノ出版)



「あなたはいま何をしていますか」

という言葉の重みを噛みしめ…

一歩でも前に踏み出す、実践する人でありたい。

            <感謝合掌 令和3年4月21日 頓首再拝>

見えない力があなたを支援するためにすべきこと - 伝統

2021/05/24 (Mon) 04:34:31


        *Web:宇宙の兄弟たちへ(2021年5月23日)より

何かをはじめようとしても、
「はたしてうまくいくだろうか?」と決意が付かず、思いめぐらしたり、
「また次にしよう」と先延ばしにしてしまう事があります。

そうして私たちは、したいと思っていた事、
やりたいと望んでいた事を出来ず、いつしか忘れてしまいます。

このように日の目を見ずに消えてしまったアイディアは
世界にどれほどあるでしょうか?

思い巡らし、逡巡するというのも、エネルギーの消費です。


そんなことにエネルギーを消費するくらいなら、
やりたいことを実行した方がいいでしょう。

たとえ失敗したとしても、またやり直せばよいのです。

あなたのすべきことは、やりたいと思ったことに、
あれこれと考えあぐねるよりも、
実行にうつし、まずは一歩を進める事です。

するとあれほど考えていた事が徒労だったと思う事が多いものです。

実際に行った方が、ずっとスムーズに行く事があります。

あなたが本気で決意し、それが正しい道ならば、
見えない力も働きだすでしょう。

いろんな支援が入って来たり、
周りの人があなたをサポートし助けてくれます。


あなたが決心した時に、見えない世界で大きな流れが出てきて、
あなたを川の小舟のように運んでくれます。

もちろん、実現するための努力や工夫は必要です。

ですが、人間一人の力では、大きな仕事は成しえないのです

みんな見えない力によって
手助けされたり、後ろを推してくれています。

それまで予想しなかった体験や出会いを経験していくでしょう。

私たちのすべきことは、
それが正しい道であるのか見極め、決意したら
全力を尽くして邁進していく事です。

すると目に見えない大きな支援もいただけるようになるでしょう。

https://www.spacebrothers.jp/2021/05/blog-post_23.html

            <感謝合掌 令和3年5月24日 頓首再拝>

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