伝統板・第二

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恩 ② - 伝統

2018/12/05 (Wed) 03:18:56

《神への恩返し》

      *「生命の實相」第三十八巻幸福篇下(12月5日)より抜粋

恩を忘れてはならない。
恩を忘れる者は根を培わない樹木の枝のごとく、
一時(じ)は生け花のごとく美しくともやがては枯れてしまうのであろう。

人に深切をつくすのが、最善の宗教である。
ただ説教師になってはならないのである。

1日、1回以上、できるだけ自分の利益にも何にもならないことで、
純粋に他(ひと)のために尽くせ。
純粋で無我でつくすこと自体が神に通ずる祈りである。

無我の愛でささげたる奉仕は神の献(ささ)げたことになるのである。

自分の収入の2分(ぶ)ないし1割で、
自分の救われた教えを広めるために真理の小冊子を買って
無代進呈することは神に対する恩返しとなる。

与えただけが与え返されるのである。

・・・

<関連Web>

(1)光明掲示板・第一「恩 (4315)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=824

(2)光明掲示板・第二「【恩】 (1250)」
    → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=303 (消滅)

   伝統板第二「恩」(光明掲示板・第ニ)
    → http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7825689

(3)光明掲示板・第三「【恩】 (1733)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=347

(4)光明掲示板・伝統・第一「【恩】 (59)」
    → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=38

(5)伝統板・第二「恩」
    → http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6458994

       <感謝合掌 平成30年12月5日 頓首再拝>

感恩の念(ねん) - 伝統

2019/02/08 (Fri) 04:21:11


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(2月8日)」より

われわれを嬉しくし、楽しくし、悦ばせてくれるものは実に「恩」の感じである。
「恩」とは因(もと)の心と書くが、因を知る心である。

恩を感ずるとき、わたしたちは苦しみの中にも喜んで飛び込むことができるのは、
恩の感じは苦しみを「歓喜(かんき)」にかえる念(こころ)であるからである。
恩を感じるとき実際苦しみは歓びに変わるのである。

激しい皇恩を感ずるとき、
弾丸(だんがん)雨飛(うひ)の中へわたしたちは歓声を挙げて
跳び込みうるし、また弾丸があたっても痛まない。

感恩の念(ねん)は苦痛を歓喜にかえるからである。

痛みあり、苦しみがあるのは恩の感じ方が足りないからである。

皇恩に感謝せよ、汝の父母に感謝せよ、汝の夫または妻に感謝せよ、汝の子に感謝せよ。
汝の召使に感謝せよ。天地の万物(すべてのもの)に感謝せよ。
その感謝の念のうちにこそ汝はわが姿を見、わが救いを受けるであろうと
『生命の實相』の巻頭にある
―― 生長の家の教えを要約すれば、
ただこの数句に尽きていると言ってもよいくらいである。

            <感謝合掌 平成31年2月8日 頓首再拝>

《献資の報恩行について》 - 伝統

2019/03/06 (Wed) 04:41:48


       *『人生の秘訣365章』第12篇(P297~298) より

報恩行の第二のあらわれは献資となってあらわれる。

献資は旧約聖書では什一献金(Tithing)という名によって呼ばれており、
自分の収入の十分の一を、神様の御用や、慈善事業や、公けの福祉のために
献金することをいうのである。

そしてそれを献金したときには、神様の悦びとなって、
その献金額の数倍になって報いられて来るのであると
時には宣伝せられることがあるのである。

しかし、「数倍になって報いられる」という
最も利廻りのよい貯金のように考えて献金するならば
それは商取引であって、決して報恩でもなければ感謝でもなく、
決して宗教行事ではないのである。

            <感謝合掌 平成31年3月6日 頓首再拝>

父母の恩を知る日 - 伝統

2019/03/09 (Sat) 04:30:05


           *「光明道中記」(3月9日)より

【執愛は捉われている愛である。「愛の愛たるは愛に非ず」。
                   (『生命の實相』第十一巻)】


初めて子供が生まれたときにどんなにその母親は勿論、
父親もその子供を可愛く思うであろう。
その愛は尊き愛である。

その愛がなかったならば幼い脆弱(ぜいじゃく)な肉体を有った赤ん坊は
生活し得ないで大人まで成長する者は稀(まれ)であろう。

子供を生かすのは、そして吾々を今日まで生活することを得しめたのは
兎も角も父母の愛である。
吾々は此の点に於て父母に感謝しなければならない。

子が生まれたとき父母に感謝せよ。
育児の根本は報本反始(ほうほんはんし)にある。

科学的な育児法がどんなに巧みに行なわれても、若しその若き父母が、
その老いたる自分の父母に感謝し得ない時には育児の根本は覆われて了うのである。

最初に生まれた子供がどんなに可愛いからとて、その愛に溺れて、無暗に抱きかかえたり、
頬ずりしたりして、折角安静に眠っている赤ん坊の神経を掻きみだしてはならない。

昔から「総領(そうりょう)の甚六(じんろく)」などと言って
長男は頭が鈍(にぶ)かったり、祖父(じい)さん祖母(ばあ)さんに
育てられた子供が「甘え手(た)」で我儘(わがまま)で始末が可(い)けない場合が
多いのは、生まれた最初からあまり抱きかかえ過ぎるからである。

赤ん坊の言葉は「泣く」ほかないのであるから、
泣いたからとて必ずしも抱いてはならない。

            <感謝合掌 平成31年3月9日 頓首再拝>

報恩のあるところに万物は栄える - 伝統

2019/04/18 (Thu) 03:55:52


          *『生命の實相』第37巻幸福篇上(4月18日)」より

たえず人に温熱を供給する太陽は熱が減ってだんだん貧弱になってしまうかと思えば、
事実は反対でいよいよますますその熱量が殖えてゆくのだと最近の天文学は教えている。

たえず人を饒益(にょうやく)し、たえず人に愛行を行なう人も
太陽のごとくますます自分が殖えるのである。

自分はこれだけ利益を貰ったから信心を止めようというような人があったら、
それは自分はもうこれだけ太陽から温熱を受け、太陽の熱というものはよく解ったから
太陽系統を去ろうと思うという地球のようなものである。

地球は太陽の恵みを解るために太陽系統に属しているのではない。
太陽系統を実践するために太陽系統に属しているのである。

今まで受けた温熱を次へ次へと送るので地上の万物は育つのである。
報恩とはかくのごときものである。報恩のあるところに万物は栄える。

            <感謝合掌 平成31年4月18日 頓首再拝>

祖先の恩を知る日 - 伝統

2019/04/24 (Wed) 03:55:02


           *「光明道中記」(4月24日)より

【人間の本性は「愛」でありますから、
「愛」を失ったときその人は自暴自棄に陥るのです。(『生命の實相』第十七巻)】

もう一人私に伯母さんがある。
もう此の世にはいないが、好い伯母さんであって私を常に愛していて呉れた。

時々夫婦喧嘩をして逃れて私の家へ来たときなどには、
私は一ヶ月も二ヶ月も此の伯母さんと一緒の布団に寝たものである。

私が一緒に寝ないと言うと、
「伯母さんと一緒に寝たら一晩に1円ずつお小遣銭(こづかい)をあげましょう」
と言った。

私は買い食(ぐい)も何しない子だったので、その金を皆養母(はは)に渡した。
養母はそれを貯金して置いてくれた。ついにその1円ずつが貯蓄されて
三百幾十円かになったものである。
私の大学での費用の一部は此の貯金で賄(まかな)われた。

此の伯母さんは家庭は裕福であったが、
良人は裕福なその「金」を人生のためになる方向に使わず、よく酒ばかり飲んでいた。

従って伯母さんは仏の道に志して四国八十八カ所を十幾度も遍路して
金の納札(おさめふだ)を納めたとか、西国三十三カ所を幾十回廻ったとか、
高野山にも毎年まいることを怠らなかった。

此の伯母さんには子がなかった。
此の伯母さんの唯一の希望は「私」であった。

最も大きな遺産は此の伯母さんが
私に神信心の福田を遺して置いてくれたことだと思う。

            <感謝合掌 平成31年4月24日 頓首再拝>

恩返し(誰でも人からたくさんの恩を受けてきた) - 伝統

2019/05/23 (Thu) 02:59:46


       *Web:今日も良いことがあるように(2019/04/09)より


   「なんば ぜいたくなことば言いよっかあ。
   高校にもいけんと就職した子どんがことば思うてみい」

     今井美沙子著『きょうも一日ありがとう』


昔の学級通信をつらつら眺めていたら、
『きょうも一日ありがとう』という本からの引用がありました。

この本を書いた今井美沙子さんは、
長崎県五島に貧しい家族の五人兄弟の末っ子として生まれた人です。

「人間なんてめだかのように弱い存在なのだから、助け合って生きてゆかねば・・・」

と、ふるさと、長崎県五島で肩寄せ合って生きる人々を描いて、
1977年のデビュー作『めだかの列島』で大反響を呼びました。

ご紹介するのは、今井さんの高校時代、お母さんとのやりとりを語ったエッセーです。


(会話文は、長崎五島弁です)

   ちょうどそのころ、大学に進学するつもりでいっしょうけんめい
   勉強してきたのに、経済的に余裕がないということで、
   進学を断念しなければならなくなった。

   (中略)

   そのとき、心ならずも、母の前で、

   「ああ、金持ちの家に生まれとったらなあ、
   ああ、都会で生まれちょれば自分の家から通えるから大学へいかるっとに・・・」

   とつぶやくと、母は烈火のごとく怒った。

   「もう一回言うてみい」

   母の顔はみるみる紅潮した。

   「なんば ぜいたくなことば言いよっかあ。
   高校にもいけんと就職した子どんがことば思うてみい。

   あがんほうが(あんたのほうが)3年も余計勉強したとぞ。
   その3年の分の恩返しばしようっちい気にはならんとかあ。

   そげんぜいたかっことば(ぜいたくなことを)言うとは、かあちゃんが許さん」

   私は母を怒らせたことを反省し、母にあやまった。

   「恩返しっちいうとは、とうちゃんやかあちゃんに対する恩返しとは
   言うちょらん。学校へいけんじゃた子どんに対する恩返しのことたいね」

   と母はつけ加えた。

         今井美沙子著『きょうも一日ありがとう』(中央出版社)



このお母さんの言葉には、私自身、ハッとさせられます。

親のすねをかじって大学まで行かせてもらい、
いまだに十分な恩返しができていない私自身が、
叱られているような気にもなります。

あの時代、日本には、
高校へ行きたくても貧しくて行けなかった子がたくさんいました。

今井さんのお母さん、お父さんはもちろん
確かお兄さんやお姉さんたちも、そうだったと思います。

近所の「子どん」たちの多くも、そうでした。

もっと勉強したいけれど、泣く泣く就職した子もいました。

中には身売り同然で、家を離れねばならない子もいました。

そういう人たちが一所懸命働いて、困った時は互いに助け合って生きてきた。

そういう人たちのおかげで、この島も暮らしが少しは豊かになった。

当たり前のように学校で勉強ができるようになった。

あんたは、そういう人たちのおかげで、3年間も余計に勉強できたことを忘れるな。

  《その恩返しとして、みんなのために何かしなさい。》

今井さんのお母さんはそういう考え方をする人だったんですね。


恩返し・・・

心がけていないと、忘れてしまいがちです。

ときどきは、自分が受けてきた恩を考えてみなければならないと思います。

親がいて、自分がいる。

まわりの人がいて、自分がいる。

だれでも、私たちは、生まれたときから・・・今日まで
たくさんの恩を受けてきたのですから。

それを忘れてはいけないのです。

これまでいただいた恩を考えてみよう。

親の恩だけでも、きっと山より高く、海より深いのです。(^.^)

【参考】今井美沙子著『めだかの列島』(ポプラ文庫)には、
    今井さんのお母さんのように、
    貧しくても助け合って生きていた人々の姿が描かれています。

  ( https://lucky.t-nakai.work/2019/04/09/thinking-45/ )


            <感謝合掌 令和元年5月23日 頓首再拝>

無限に恩返しをする - 伝統

2019/06/08 (Sat) 04:35:42


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(6月8日)」より

恩を受けて返さない感じがしている間は人間は落ち着けぬ。
とり得の感じがしている間は落ちつけぬ。

恩を返したときの感じほど楽しい感じはない。
恩着せがましい態度に出られても、
どれだけでも無限に素直に恩を返しうる感じは無限のよろこびである。

もうこれだけ恩を返したらおしまいだという感じは卑怯な感じである。
恩を無限に感じ、そして無限に恩返しする力が滾々(こんこん)と湧いてゆく感じは
また格別である。

孝ならんと欲するところに父母はいまさずという諺(ことわざ)がある。
恩を返せる財力ができたときに恩人がいないことがある。

いつでも恩を返すことが必要である。
実力で恩を返す力がなくとも、感謝の心を起こすことそのことがすでに報恩である。

実力ができたとき、実力で恩を返す。
実力がまだ備わらないとき、感謝の心で恩を返す。

実力ができたときに恩人がもうこの地上にいないとしたら、
国のため世のためにつくすことによって恩を返すがよい。

自他は一体だから。

           <感謝合掌 令和元年6月8日 頓首再拝>

親の恩を思わないような者は人間ではない - 伝統

2019/06/28 (Fri) 04:35:11


        *Web:GAIA(2018年12月03日)より

小林隆彰師は比叡山の最高職の一つ執行をされ、酒井雄哉阿闍梨を得度させた方である。

小林師は、四国の香川県の善通寺の生まれである。

「私自身、何で仏様を信じるようになったのかと言えば、一番大きいのは親の影響です。
もう一つ、小学校6年生の時に、四国の土讃線で鉄道事故に遭ってからです。

多度津という所から琴平まで、朝の通勤用のガソリンカーが走っていたんです。
昭和14,5年くらいかな、その頃、毎朝、同じ時間にガソリンカーが
琴平を出発して北へ向かって多度津へ行くわけです。

その朝、丁度私たちが学校へ行くくらいの頃にお遍路さんがその道を通ります。

お遍路さんといっても、乞食遍路といいましてね、
木賃宿に泊まり込んで、遍路の格好をして、物もらいをして生活するのです。

1年でも2年でも、そこに定住して、今日はこの部落、明日はあの部落と、
順番にまわって物をもらって歩く。

ところが四国の人は元々、信心深いですから、そういう商売で来ているお遍路さんでも、
ひょっとしたら弘法大師の身代わりかもわからないと思い、大抵の人は物を上げるわけです。

米をもらったり、お金をもらったりするから、そこそこ生活ができる。

私たちが通学する頃に、その人たち何人かがトボトボとうつむいて歩いていました。


香川県という所は、北風が強いんです。北風が吹くと結構寒い。
汽車が南から来ますと、北から風が吹いてきますので音がしない。

そこをうつむいて歩いて踏切を越える。

私は丁度その日、そのお遍路さんから3,40メートルほど後を歩いていました。

そしたら、そのお遍路さんが踏切を越えようと思ったら、そこへ汽車が来たわけです。

バーンと跳ねられた。
まるでゴム鞠が跳ぶように、ポーンとやられて、道路に叩きつけられ、バチンと音がした。

もちろん舗装などしていません。
そこへ力一杯バシーンとぶつけられて、血がパーッと飛び散った。

見ていたんですよ、「あー、コワー」と思ったけど、もう身が縮むような心地でした。

「何と、人間というもは簡単に死ぬものやなー」、その時思いました。


それを見てから1週間ほどしてのことです。

その日ちょっと学校へ行くのが遅くなって、もう遅れると思って、
自転車を引っ張り出して乗って行った。

お遍路さんが跳ねられた時間にそこへ行ったんです。

粉雪の中をうつむいて走っていって、
その踏切をジューッと上がったら、すぐ左側に汽車がいる。

私も跳ねられたんです。
跳ねられたというよりも、後ろのサドルの所を跳ねられてね。
飛び降りたんでしょう。だからズック靴が脱げて、半分にパッと割れていました。

自転車は大破しましたし、学校の教科書はバラバラになっていた。


私を跳ねた汽車が止まりかけたけれども、
私が「何ともないよ」と手を振ったら安心して行ってしまいました。

教科書やノートをかき集めて、裸足で必死に走って学校へ行きました。


家に帰ってきましたら、母が飛んできて私の身体を抱いて、泣くのです。
仏壇にはちゃんと灯火を上げ、神棚にはお酒を供えて拝んでいました。

「どうしたんだ!?」と私が言ったら、

「朝、お前が学校へ行ったのを心配で裏で見ていた」と、こう言うのです。

大事な子供が出かけていったら、汽車が来た。

「あーっ、もう、いかん!」と思ったら、汽車が行ってしまった。

子供が手を振っている。

もう、ひとえにこれはお救いだと思ったんですね。


首に木の板のお守りを持たされているわけです。
お不動さんの身代わりお守りを。

「それ、割れているやろ」と、こう言うから、出してみたら、本当に割れているんです。

それを見て母は、「これは助けてもらったんだよ」と泣いて喜びました。


その頃から私は、

「人間というものは本当に無常なものやなぁ、元気そうにしているけれども、
いつ命が終わるかわからない、何があるかわからない。
確かなのは今だけだなぁ。明日のことはわからない。」

と思うようになりました。

その時、小学校6年生でした。

それからだんだんと深く思うようになって、結局は比叡山へ来てしまった。
それからもう60年が経ってしまいました。

子供の時に人とはちょっと違う仏縁をいただいたものですから、
どうも人間には見えない世界というものがあるのではないかと思うようになりました。

結局、そういうものを求めたいために、比叡山に来てしまったのです。


私の師僧だった生田孝憲師は、

「人間はなぁ、固定観念というものを持ってはいかんぞ」

ということを初めて言われたことがあります。決まったものはない。


私の体験ばかりを言って恐縮ですけど、去年大病をしました。

後従靱帯骨化症という病気です。難しい病気です。

どういう病気かといったら、首の骨を守ったり、頸椎の中にある
すべての神経を守ったりする靱帯が固くなって骨になるという病気です。珍しいですね。

そしたら、お医者さんが、

「小林さん、あんたはまだ若いんだから、早く手術しなさいよ。
こんなもの、すぐ治ります。首を切って削ったら、それで仕舞いです」と、こう言う。

「恐ろしいことをするなぁ」

「日本人は100人に1人は皆、発病しています。
しかもこれはモンゴル系のDNA(遺伝子)を持っている人しかなりません」

と、こう言うのです。

「じゃ、あんたに任せます」と、その医師に任せまして、去年の7月9日に手術をしました。

「手術時間は2時間、入院期間は2週間」と言うから、安心して入った。

ところが手術開始から5時間経っても出てこない。

お医者さんが来て、真っ青な顔をして、

「えらいことになりました!」と言うわけです。

「経験しないことが起こりました」

手術をする前に導尿をして、手術を始め、半分くらい済んだところで
首の骨がどんどん腫れてきている。

「おかしい!」

お腹が太鼓のようにポンポンに膨れ、小便が止まって血が出ている。

「えらいことだ!」と、慌てふためいた。

どうやら、尿を採る時に膀胱のところを誤って横に穴を開けたものだから血が出てきた。

血が出て、尿道を止めてしまった。

手術をしている医者はそんなことを知らない。

それから慌てふためいて、結局、手術は7時間程かかりました。

6時間くらい経過した頃、
担当の医師が家族たちのいる部屋へ青い顔をして来て言うのには、

「実は、心臓が6分間止まりました。4分止まると半身不随です。
8分で完全に死にます。6分ですから、よくて植物人間。
ごめんなさい、もしものことがありましたら堪忍してください」

と、こう言うんですね。
ところが、そんなことでみんなが打ちひしがれている時です。
1時間30分ほどして医者が入ってきました。

今度はニコニコした顔です。

「いやー、麻酔が切れてみましたら両手が動きました。
もう何ともありません。大丈夫です、完全に治ります」とこう言う。

医者の話を聞いて、皆がワーッと泣いたそうです。

その明くる日、その医者が来ましてね。

「小林さん、すべてを申しますけどね。本当に神仏のお陰です。
こんなことになるはずがない。絶対に駄目だと思った。ひとえに神仏のお陰です。
神様、仏様のお陰です。医者がこんなことを言ってすんませんけど・・・」と、
深々と頭を下げられました。

それから4日間、一睡もできませんでした。
同じ手術で3回も麻酔をかけられましたから、体中が麻酔漬けです。
当然、体調は最悪。

ところが、4日間眠れないのが私にとって大変幸運でした。

と申しますのは、4日目の夜、じっと天井を見ていましたら、
その天井が急に金色に輝きだしたのです。

そこへ金々満々の仏様たちが現れたのです。

三十三間堂(京都)の千一体の観音様が、
創建当時を思わせる美しさと神々しさで現れたのかと思うほどでした。

あまりの美しさに驚きながら、付添の弟子に

「あの天井の仏様たちが見えるか?」と、問いましたら、

「いえ、何も見えません」と答えるのです。


それからしばらくして、今度は比叡山の大講堂に祀られている
各宗のお祖師さんが次々に天井に現れてくるのです。

それぞれがそれぞれの方向に向かって説法をしている。

この人は法然さん、この人は日蓮さんと、はっきりわかるのです。


その次に母が出てくる、山田恵諦お座主は出てくる、箱崎文応師は出てくる、行者が出てくる。

これはもういよいよ死が近いと思い、私の葬式の方法まで全部指示していました。


ところが、5日目から急に元気になり始めて、どんどん回復をいたしました。

38日間寝て、最後に膀胱の手術を受けて退院しまして以来、
こういう調子、元気になりました。

「本当にこれはスゴイものを見たなぁ。
人間は見える世界だけではない、来世もあるし、仏の世界もある」

これは見た者でなければ信じませんから、こんなこと言うことではないのだけれども、
私は、この年になってきますと、1回1回が遺言だと思って、
みんなに信じる信じないにかかわらず、自分が尊かったと感じたことは
言っておかなければならない、とこう思って、今話しているわけです。

(略)


私の若い時に、滋賀県の知事に谷口久次郎と言う人がいました。
この人は農協出身の知事さんです。
その人は話になると、内ポケットから両親の位牌を出すんです。

「これはワシの両親や。ワシが今日、こうしておられるのも
両親のお陰やと思うと、両親が恋しくなる

東京へ出張した時は、旅館に入った最初にこれを床の間に祀るんです。

この頃どうも親の恩を思わんというようなことが当たり前になってきた。
これはもう我々年寄りの責任やと思うから、いつも自分でみんなに見せているのです。
あんたもちゃんと見ときなさいや。」

坊さんにしっかり説教をする谷口久次郎さんはすごい知事さんでした。

その時も、
「あぁ、良いことを聞いたなぁ。これは真似をせねばならん。
ワシもこれから袂に入れておこう」
と思ったのですけれども、いつの間にやら忘れてしまいました。


今までの私の人生は人間ではなかった。

親の恩を思わなくても当たり前のように思って、
何をしても自分の功績にする、手柄にする。
悪い時は人を悪者にするような恐ろしい根性があるのですが、
これはもう大きな間違いである。

親の恩を思わないような者は人間ではないと、今やっと思っているのであります。

  (https://plaza.rakuten.co.jp/jifuku/diary/201812030002/ )

           <感謝合掌 令和元年6月28日 頓首再拝>

《恩を施して恩返しを期待せず》 - 伝統

2019/07/17 (Wed) 04:49:45


        *『 生長の家 』(昭和26年4月5日の法語)より

   人に恩を施して、心の中に恩に着せる心を持っている限り、
   相手は束縛せられた気持になって、
   こちらに対して恩を返さなくなり勝である。

   若(も)し恩を与えながら、恩に着せる心がなくなるならば、
   束縛されることなく、従って反撥(はんぱつ)心がなくなり、
   相手は正直に恩を受けていることを承認して
   却って恩を返すようになるものである。

   喜んで相手を助けて、
   あとは忘れてしまっているようなのが本当によいのである。

   相手が恩を返さないので、
   やむを得ず、恩返しされることをあきらめたのと、

   全然恩返しなどを期待しないで
   相手に与えたのとは 余程 相違があるのである。


    → http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12206004.html

           <感謝合掌 令和元年7月17日 頓首再拝>

師弟の恩も因縁不可思議で造られる - 伝統

2019/08/23 (Fri) 04:51:34


       *「光明道中記」(8月23日《仏縁尊き日》)より

【久遠常住の今――お前が仏であり、お前が極楽である。(『生命の實相』第六巻)】

(歎異抄第六条)

   即(つ)くべき縁あれば伴(ともな)ひ、離るべき縁あれば離るることのあるをも、
   師をそむきて、他(ひと)につれて念仏すれば、
   往生すべからざるものなりなんどといふこと、不可説なり。

   如来より賚(たまは)りたる信心をわがものがほにとり返(かへ)さんと申すにや、
   かへすがへすもあるべからざることなり。自然の理(ことわり)にあひかなはば、
   仏恩をもしり、また師の恩をもしるべきなりと、云々。

真宗につくべき因縁があるならば、真宗の同朋として同信の道に伴うのであるが、真宗に
離れるべき因縁のあるものは自然に真宗を離れるようになるのである。
真宗に即(つ)くのも離れるのも因縁によって催して来るのである。

自分が真宗に即くのも自分の手柄ではないし、
他(ひと)が真宗を離れて他の宗教で念仏しても
往生出来ないという訳ではない。

自分の時としてそれを標準に他を攻撃するような人は、
自分の頂いている「信心」を如来から廻施(いただく<えせ>)
せられている「信心」だと云うことを忘れて了って、
自分の力で獲得(ぎゃくとく)した信心だと思っている間違である。

師弟の恩も因縁不可思議で造られるのであって私(わたくし)のはからいではない。
すべての恩は仏に帰せらるべきものだと解ったら、
師の恩と云うことも却って知られるようになる
と聖人は仰せられた。

       <感謝合掌 令和元年8月23日 頓首再拝>

太陽の恩を知る生活 - 伝統

2019/09/29 (Sun) 05:01:54


        *「幸福をひらく鍵」(P151)より抜粋

太陽のさし昇る前に起床せよ。
太陽は生命(せいめい)の根元である。

物質的にいっても、吾々の利用し得るエネルギーの根元は、
石炭にせよ、石油にせよ、米麦(むぎ)にせよ、野菜にせよ、
悉く太陽のエネルギーが姿を変えてあらはれているものである。

 
更に霊的にいえば太揚は生きている。

太揚の生命に吾々は生かされているのである。
 
太揚がさし昇って生命(せいめい)を吾々に与えようとしているのに、
吾々がそれよりもおそく起き出でることは太陽の恩を知らざるものである。

健康になり、繁栄したいと思うものは、
太陽より早く又は太陽と共に起きて、静かに坐って神想観し、
神の声をきき、その神の声の導きに従ってその日の生活を送るがよい。

           <感謝合掌 令和元年9月29日 頓首再拝>

「礼を知らぬは獣なり」 - 伝統

2019/10/15 (Tue) 03:06:52


      *メルマガ「IISIA(今日のことば)」(2019年10月2日)より

⇒その理由は……:
─「礼」を知らないのは獣です。
 ヒトではありません

─ヒトであるかのような仮面をかぶっているかもしれません。
 しかしそれは「人間」であって「ヒト」ではないのです


─「礼」とは何でしょうか。
 それは「報恩の原理」です

─していただいたこと。
 これに対して感謝を捧げさせていただく

─ただそれだけなのです。
 しかしこれが出来ない、全くもって

─その結果、崩壊しているのが・・・実は我が国なのです。
 このことを忘れてはなりません


「報恩」が語られなくなって久しい。
その代わりに人々はスマホばかりを見ている

本当はそんなものは要らないのに、だ。


その代わりに思い起こすべきは全く違うのだ。
恩義、それでしかない

一度きっちりと己に問いかけてもらいたい。
「報恩を知っているか」、と

それで答えが出る。
全ての

           <感謝合掌 令和元年10月15日 頓首再拝>

神への恩返し - 伝統

2019/12/05 (Thu) 04:54:26


      *「生命の實相」第三十八巻幸福篇下(12月5日)より抜粋

恩を忘れてはならない。
恩を忘れる者は根を培わない樹木の枝のごとく、
一時(じ)は生け花のごとく美しくともやがては枯れてしまうのであろう。

人に深切をつくすのが、最善の宗教である。
ただ説教師になってはならないのである。

1日、1回以上、できるだけ自分の利益にも何にもならないことで、
純粋に他(ひと)のために尽くせ。
純粋で無我でつくすこと自体が神に通ずる祈りである。

無我の愛でささげたる奉仕は神に献(ささ)げたことになるのである。

自分の収入の2分(ぶ)ないし1割で、
自分の救われた教えを広めるために真理の小冊子を買って
無代進呈することは神に対する恩返しとなる。

与えただけが与え返されるのである。

           <感謝合掌 令和元年12月5日 頓首再拝>

父母の恩を知る日 - 伝統

2020/03/09 (Mon) 04:55:44


           *「光明道中記」(3月9日)より抜粋

【執愛は捉われている愛である。「愛の愛たるは愛に非ず」。
                   (『生命の實相』第十一巻)】


初めて子供が生まれたときにどんなにその母親は勿論、
父親もその子供を可愛く思うであろう。
その愛は尊き愛である。

その愛がなかったならば幼い脆弱(ぜいじゃく)な肉体を有った赤ん坊は
生活し得ないで大人まで成長する者は稀(まれ)であろう。

子供を生かすのは、そして吾々を今日まで生活することを得しめたのは
兎も角も父母の愛である。
吾々は此の点に於て父母に感謝しなければならない。

子が生まれたとき父母に感謝せよ。
育児の根本は報本反始(ほうほんはんし)にある。

           <感謝合掌 令和2年3月9日 頓首再拝>

「The Corner Perk」~恩送り - 伝統

2020/03/24 (Tue) 03:55:38

「The Corner Perk」(恩送り)

          *Web:グリーンズ(2012.02.24)より抜粋

今日紹介するのは映画『Pay It Forward』のようなことが、
小さな町の小さなコーヒーショップで実際に起きた物語です。


舞台となったのは、アメリカ・サウスカロライナ州のブラフトンという町にある
コーヒーショップ「The Corner Perk」。

地元の人たちで賑わうこのカフェに、2年前のある日、一人の女性客がやってきました。

その女性は自分のコーヒー代を支払った後、100ドル札を置いて店員にこう言いました。


   ”このお金がなくなるまで、ここに来たお客さんの分をごちそうしたい”


店員は驚きながらもその提案を受け入れ、実行することに。

驚いたのは店員さんだけではありません。

後から来たお客さんたちはみな「コーヒーが無料って、どういうこと?」とびっくり。

そのたびに「先ほど来たお客さんが、みなさんの分も払ってくれたんですよ」と
説明したそうです。


この噂は町中に流れて12,000人以上もの人に広まり、
多くの人がこれからやってくるほかのお客さまの代金として、
お金を置いていったそうです。

中には何も買わずに、寄付だけしに来た人もいたとか!

この映画みたいな本当の話はテレビや雑誌などからも注目を浴び、
「The Corner Perk」は一躍有名になりました。

   (https://greenz.jp/2012/02/24/corner_perk/ )

           <感謝合掌 令和2年3月24日 頓首再拝>

《恩を施して恩返しを期待せず》 - 伝統

2020/04/05 (Sun) 04:54:28


         *『 生長の家 』(昭和26年4月5日の法語)より

   人に恩を施して、心の中に恩に着せる心を持っている限り、
   相手は束縛せられた気持になって、
   こちらに対して恩を返さなくなり勝である。

   若(も)し恩を与えながら、恩に着せる心がなくなるならば、
   束縛されることなく、従って反撥(はんぱつ)心がなくなり、
   相手は正直に恩を受けていることを承認して
   却って恩を返すようになるものである。

   喜んで相手を助けて、
   あとは忘れてしまっているようなのが本当によいのである。

   相手が恩を返さないので、
   やむを得ず、恩返しされることをあきらめたのと、

   全然恩返しなどを期待しないで
   相手に与えたのとは 余程 相違があるのである。


    → http://blogs.yahoo.co.jp/meikyou123/12206004.html(消滅)

           <感謝合掌 令和2年4月5日 頓首再拝>

報恩のあるところに万物は栄える - 伝統

2020/04/18 (Sat) 04:11:07


          *『生命の實相』第37巻幸福篇上(4月18日)」より

たえず人に温熱を供給する太陽は熱が減ってだんだん貧弱になってしまうかと思えば、
事実は反対でいよいよますますその熱量が殖えてゆくのだと最近の天文学は教えている。

たえず人を饒益(にょうやく)し、たえず人に愛行を行なう人も
太陽のごとくますます自分が殖えるのである。

自分はこれだけ利益を貰ったから信心を止めようというような人があったら、
それは自分はもうこれだけ太陽から温熱を受け、太陽の熱というものはよく解ったから
太陽系統を去ろうと思うという地球のようなものである。

地球は太陽の恵みを解るために太陽系統に属しているのではない。
太陽系統を実践するために太陽系統に属しているのである。

今まで受けた温熱を次へ次へと送るので地上の万物は育つのである。
報恩とはかくのごときものである。報恩のあるところに万物は栄える。

            <感謝合掌 令和2年4月18日 頓首再拝>

人知れず、恩送りができる人でありたい - 伝統

2020/05/27 (Wed) 04:13:26


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.05.22)より
         ~【パンの耳ちょうだい】

   (志賀内泰弘氏の心に響く言葉より…)

   都心から私鉄で、2つの大きな川を越えて1時間余り。

   終点手前の駅を降りると、「八起稲荷商店街」のアーチが出迎えてくれる。

   「七転び八起、九難を払う」ご利益があると伝えられる稲荷神社の門前町だ。

   その中に、「ベーカリー青山」はある。


   店主の青山市郎は苦労人だった。

   幼い頃に父親を病気で亡くした。

   悲しみの中、母親は酒浸りになった。

   市郎は泣きながら、何度も「お酒はもうやめてよ!」と頼んだが、
   酒量はますます増えた。

   やがて母親は心を病み入院した。


   市郎は、叔父の家に身を寄せることになる。

   小学校3年の時のことだった。

   その家は極貧だった。

   叔父は、毎日のように競馬に出掛けていた。

   叔母は昔、愛想を尽かして出て行ったらしい。

   叔父は、一つ年下の従兄弟のアッチャンと市郎に命じた。

   「食い物もらって来い!」と。


   アッチャンは慣れているらしく、薄汚れたTシャツに着替えて出掛けた。

   市郎は後ろからついて行く。

   駅前のパン屋さんの前まで行くと、
   お客さんがいなくなったのを見計らって素早く店に入った。

   慌てて追う。


   「パンの耳ちょうだい」

   店の人は、

   「はいはい、用意してありますよ」

   と嫌な顔一つせず、
   大きなビニール袋いっぱいのパンの耳を手渡してくれた。

   2人で意気揚々として帰宅すると、叔父さんが怒鳴った。

   「またパンの耳か!酒の肴(さかな)貰って来い!」

   とっさにアッチャンと一歩後ずさる。

   酔っぱらうと、叔父さんは殴るのだ。

   一日のうち、小学校の給食の他、家ではご飯が食べられない。

   市郎にとってはパンの耳はご馳走だった。


   中学校を卒業すると、
   市郎はそのパン屋に住み込んで奉公することになった。

   そこは天国だった。

   なにしろ、毎食、耳ではなくて
   フワフワとしているパンの真ん中が食べられたからだ。

   さらに、生まれて初めてクリームパンを食べた時は美味しくて涙が出た。


   そして15年が経ち、市郎は暖簾(のれん)分けして
   店をもたせてもらえることになった。

   市郎はご主人に改まって言った。

   「今までお世話になりました。
    これからはご主人に恩返しをしたいと思います」

   するとご主人は微笑(ほほえ)んで、こう答えた。

   「恩は返すもんじゃないよ。
    もしもこの先、困っている人がいたら、
    その人に親切にしてやりな」


   市郎は、いつかこの話を、
   最近店で働き始めたシゲルにしてやりたいと思っていた。

   そんな矢先のことだった。

   週に一度、店仕舞いの直前にパンの耳をもらいに来る女の子がいる。

   シゲルが、その女の子を探偵みたいに尾行して、家を突き止めたという。

   口より先に手が出ていた。

   憤りを抑えることができず、無意識に拳(こぶし)が上がっていた。


   市郎は1年ほど前、
   女の子が最初に店にやって来た日のことが忘れらなかった。

   店の前を何度も行ったり来たりした後、
   おどおどと貰われてきたばかりの子猫のような瞳をして店に入って来た。

   蚊の鳴くような声で、

   「パンの耳ちょうだい」

   と言う。


   市郎は、幼い頃の自分の姿と重なってしまい、
   胸が引きちぎれそうなほど苦しくなった。

   女の子に、できたてのクリームパンを差し出した。

   手を出そうとしないので、無理やりその手に掴ませた。

   ニッコリ笑ってやると、夢中でクリームパンを食べ始めた。

   口元に付いたクリームを指で拭ってやった。


   「毎週土曜日の夜、裏口にパンの耳を用意しておくからね。
    勝手にドアを開けて持って行きなさい」

   と言い聞かせた。

   幼い子どもとはいえ、慈悲を受けるには恥じらいがある。

   深く事情を知ることは何の役にも立たない。

   人には触れられたくない部分がある。

   それでいい。

   それが、自分の「恩返し」だと信じて。


   3日目にシゲルを許し、女房を家まで迎えに行かせた。

   そして、いつもと何ひとつ変わらない一日が始まった。

   五日、十日…一ヵ月が経った。

   あの日以来、女の子は姿を見せなくなった。

   きっとシゲルが家を突き止めたことを感づかれたに違いない。

   市郎は、「お前が余計なことをしたからだ!」と、
   もう一度怒鳴りたい気持ちをグッと堪えた。


   さて、その日の夕刻、市郎が厨房の片づけをしていると、
   「あんたに会いたいって人が来てるよ」と、女房が呼びに来た。

   店頭を振り向く。

   そこにはスーツ姿の中年男性がいた。

   粉だらけの手をパンパンッと叩きながら、

   「どなた様でした? 」

   と言いかけてハッとした。

   男性の後ろから、あの女の子がひょっこり顔を出したからだ。


   「え!…もしかして」

   「はい、この子の父親で、加藤良夫と申します。
    もうずいぶん長い間、パンの耳を恵んでいただいておりました」

   「そんな…恵むなんてめっそうもない」

   深く頭を下げる男性の肩に手を添え、

   「頭を上げてください」

   と頼んだ。


   「今日は、ご主人にお礼を申し上げに参りました。
    昔はこれでもバリバリの証券マンでした。

    突然のリストラで職を失ったのが1年前のことです。
    家内にも出て行かれ自暴自棄になりました。

    ときどき日雇いの仕事に出掛けますが、体が思うように動きません。
    うつ気味になり、ほとんど部屋にひきこもり状態です。

    ついには娘をダシに物貰いに落ちぶれました。

    そんな時でした。

    ある日、娘がこちらで頂いて来た袋を開けると、
    クリームパンが入っているではありませんか。

    いくつも…。

    まさか娘が万引き、などとも疑いもしました。

    聞けば、商店街の他の店でも娘はお世話になっていました。

    八百屋のお爺さんはいつも
    『おやつだよ。お友達と食べなさい』と言って、
    娘に黒い斑点が無数についたバナナを何本もくれたそうです。

    その話を聞き、泣けてきました。

    私は思いました。

    こんなことじゃダメだ。

    この子のため、商店街の皆さんの好意に報いるためにも頑張ろうと」


    「そうでしたか…」

    女房もシゲルも、傍らで黙って聞いている。


    「おかげさまで、今日、望む仕事に復帰できることが決まりました。
     それをイの一番にご報告したくて伺いました」

    「よかった! よかったですね」

    市郎は、男性の両手を握り、体を揺らして一緒に喜んだ。

    「時間がかかるとは思いますが、
     いただいた御恩をお返ししたいと思います」


    「いや、そんなことはお断りします」


    急に表情を強張らせた市郎に、
    男性だけでなくシゲルも「え!?」と瞳を陰らせた。

    「いつか、どこかの困っている人に
     手を差し伸べていただけたらそれでいいです」

    そう言うと、市郎は棚のクリームパンを二つ取り、女の子に差し出した。


    「いや…もうこれ以上は…」

    「いえ、これは就職祝いです」

    女の子は、心底嬉しいという無邪気な笑顔をして受け取った。

    市郎の後ろでは、シゲルが目に涙を浮かべている。

    泣くのをこらえているのか、顔が真っ赤だ。

    それをみて、みんなが笑った。

       <『5分で涙があふれて止まらないお話』https://amzn.to/36irCIi

            ・・・

以前、平野秀典氏の公演で「恩送(おんおく)り」の話を聞いた。


『恩をもらい、恩を返すことを「恩返し」という。
 恩をもらったのに知らんぷりをする人を「恩知らず」。

 もらった恩を、もらった人ではなく
 他の人へ送っていくことを「恩送り」という。

 これは江戸時代には日常的に使われていた言葉だ。

 恩をもらった人がこの世から旅立ってしまって恩を返せない場合も、
 恩送りならできる』


我々はたくさんの有縁無縁の人たちから恩をもらっている。

しかし、その中には到底返せない恩もある。

すでに亡くなってしまった人、
通りすがりに親切にしてくれた人、見知らぬ人、からの恩…


人知れず、恩送りができる人でありたい。

            <感謝合掌 令和2年5月27日 頓首再拝>

無限に恩返しをする - 伝統

2020/06/08 (Mon) 04:12:04


          *「生命の實相」第37巻幸福篇上(6月8日)」より

恩を受けて返さない感じがしている間は人間は落ち着けぬ。
とり得の感じがしている間は落ちつけぬ。

恩を返したときの感じほど楽しい感じはない。
恩着せがましい態度に出られても、
どれだけでも無限に素直に恩を返しうる感じは無限のよろこびである。

もうこれだけ恩を返したらおしまいだという感じは卑怯な感じである。
恩を無限に感じ、そして無限に恩返しする力が滾々(こんこん)と湧いてゆく感じは
また格別である。

孝ならんと欲するところに父母はいまさずという諺(ことわざ)がある。
恩を返せる財力ができたときに恩人がいないことがある。

いつでも恩を返すことが必要である。
実力で恩を返す力がなくとも、感謝の心を起こすことそのことがすでに報恩である。

実力ができたとき、実力で恩を返す。
実力がまだ備わらないとき、感謝の心で恩を返す。

実力ができたときに恩人がもうこの地上にいないとしたら、
国のため世のためにつくすことによって恩を返すがよい。

自他は一体だから。

           <感謝合掌 令和2年6月8日 頓首再拝>

Re: 恩 ② - lywtfodwjMail URL

2020/08/29 (Sat) 03:50:49

伝統板・第二
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lywtfodwj http://www.g4x83y29d0zohov8f33cc3d58u514h3es.org/
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