伝統板・第二

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「恩」(光明掲示板・第ニ) - 伝統

2019/02/19 (Tue) 14:53:44


光明掲示板・第二 消滅により、「恩」の
伝統板・第二への再掲示です。

《天地の恵み、父母の恩》

         *「女の浄土」(P100~103) より

神から生かされている生命(いのち)だから
出来るだけこの生命(いのち)を生かして使わなければならないのです。

「三千万円借金がある、獅子奮迅」という高橋さんも、
三千万円の借金があるのに、こんな結構な家に住まわして頂くのは自分の力ではない、
申し訳がないという獅子奮迅に働く心持ちになったわけです。

そこで皆さんも”おぎゃぁ”と生まれて、自分は何の力もなかったのにみんなが保護して
くれてこんなに成長さして戴いて、又此処でこんな教えを聞かして貰うのも
これは自分の力でないのである。

天地(てんち)の神の恵みや、父母の愛というものが、自分に集まって来て
生かされているのだということがわかって来たら、
自然と人のためになる働きをせずにはおられないということになるのです。

そうすれば、折角此処に修養の為に来さして戴いているその何ヶ月かを無駄に
過ごすことは出来ない。自分の力でやって来たのではない、神の愛が父母の愛と現われて
こうさして下さるのであるからそれに報いなければならないという気持ちが起って、
高橋正雄さんのように、”獅子奮迅の力”を起こして報いなければならない。

皆さんと比べると、高橋正雄さんは三千万円の借金であったのですが、
皆さんはもっと借金をしていられる。

人間が生まれてから愛情ある父母から受けた恩愛は金銭には換算できませんが、
金銭に換算できる生活費や学資等を計算するだけでも、「三千万円」では済まないのです。
もっともっと皆さんは父母から借金しておられるわけである。

謂わば親には無限の借金がある。
お金にしたら百万円になるか、千万円になるか大変な額ですが、併し愛の価値というのは
百万円や千万円じゃないので、そうなって来ると無限の借金があるということです。

そこで皆さんは、朝起きたら、「自分には無限の借金があるのだ、この万分の一でも親に
返さなくちゃならない。自分には無限の恩の借金があるんだ」と考えて、そこで獅子奮迅の
力を起こして、その御恩に報いることを決意しなければならないということになるので
あります。

そういう決意をせられますと又不思議に御恩に報いるところの力が内部から湧いて来るので、
高橋正雄さんは「三千万円の借金があった為にこれを払う為に力が湧いて来た」と
いわれるのであります。


  [杉野] 兎角この有難いという感じは、家族同士では感じられにくいのでありまして、
       他人にして貰ったらその度毎(たびごと)に礼をいうことを毎度して貰い
       ながらも、有難いと思わずに、一つ二つ気に食わぬことがあると、いつも
       気に食わぬことをしているように腹が立つのであります。

       先日も、谷口先生が「家族に礼を言うようにならねばならぬ」と仰いました
       が、本当だと思いました。みんな礼をいうような気持ちになっておれば、
       仕事でも何でも気持ちよく能率が上がって、人間に宿る無限能力が現われて 
       その家が栄えるのであります。

だけども我々は、お父さんやお母さんから色々な世話をして貰っていながら、それを
有難いと思わない場合が多いのでありますが、それじゃいけないのであります。

誰(たれ)か他人の人にやってもらったら直(す)ぐお礼をしなければならぬようなことを
毎日親達からして頂いていながらも、一寸(ちょっと)もお礼を言ったことがないという
ことになるのです。

例えば晩御飯を食べさして貰うのでも当前(あたりまえ)の顔して
当前(あたりまえ)に食べているわけです。

ところが自分が飢饉か何かに出遭って、飢えている場合に、誰かが自然に一杯のご飯を
恵んで下さったら生命(いのち)の恩人であると思って拝むわけですが、子供はお父さん
お母さんが食膳に御馳走を並べて下されたのを、お礼も言わずに当前(あたりまえ)の顔を
して食べているということになっている。

それを当前(あたりまえ)だという気持ちでいるのでは、
本当に受けるべきものを受けていないのです。
それは物質を受けているかも知れないが、恩を受けていない。

当前(あたりまえ)に思わないで、これは天地の恵み、父母の恵み、神の恵みというものが
現われているのだということを何時(いつ)も忘れないようにしなければならないのです。

我々は恵みの中に生かされて、その恵みがふんだんに常にあると忘れてしまうものです。
空気を吸っても空気にお礼を言ったという人はない。
「空気有難う」と言ってお辞儀をしない。

ところが空気がなくなってしまったら我々はすぐ死んでしまうのです。
それが無ければすぐ死んでしまうほどの貴(とうと)い恩恵を受けながらも、
我々は有難うと言う気がしないのは常にふんだんにあって慣れているからです。

一杯の御飯を貰ってでも、他人なら慣れていないから「有難う」と言うのですが、
父母からだと「有難う」と言わない。

一杯でさえ有難うと云うのなら、365日幾年間も食べさして貰ったらその何千回のお礼を
言わなければならぬことになる。それ位に恩があっても我々はわからないで過ごしている。

恩に慣れすぎているということは貴いものを貴いのだと知らないということになるのです。

若し慣れ過ぎているということがなしに、新鮮な気持ちで凡(すべ)てのものから、
すべての人から来る恩というものが知れたら、我々は唯(ただ)もう数え切れない恩恵の
中に生かされているということがわかるのです。

本当に有難い世界であって、もう御礼を間断なしに「有難う有難う」と言ってでも、
言い尽くせない位の有難い世界の中に我々は住んでいるのです。

それなのに「有難い」ということに気がつかない人の多くは、何か一日に1、2回
自分の気に食わない出来事があると、この世界が暗黒の世界のように感じられて
「こんな詰らない世界はないのだ」というふうに考えるのであります。

それでは事物の真相を観ていないということになるのです。
こうして、よくよく、「自分の本当の相(すがた)」、「人生の本当の相(すがた)」
というものを観たら感謝せずにおられないということになるのであります。

・・・

<関連Web>

(1)「生長の家“本流宣言”掲示板」内に関連として次のスレッドがあります。

  ①母の大恩 (964)
    →  http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=224  

  ②父の恩 (2607)
    →  http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=509  

(2)「生長の家光明掲示板・第一」内のスレッド「恩 (4315)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=824   

        <感謝合掌 平成25年9月28日 頓首再拝>

・・・

「恩贈り」


       *「GIFT」平野秀典・著(P176~178)より抜粋

私たちは、人との関わりの中で、勇気や情熱、ねぎらいの言葉、素敵な笑顔、
親切、心配り、愛情など、たくさんの喜びや感動をもらっています。
人からもらった喜びや感動を、「恩」という言葉に置き換えてみましょう。

恩をもらった人にお返しをすることを「恩返し」。
恩をもらったのに、知らん振りする人を「恩知らず」。

そして、もらった恩を、自分を通して他の人へ送っていくことを、
江戸時代の人たちは「恩送り」と呼び実践していたそうです。

辞書で調べてもすでに掲載されていないこの言葉、
日本人がどこかに置き忘れてきたものの重要な一つなのかもしれません。

「恩返し」は、当事者2人だけの世界で終わってしまいますが、
「恩送り」は、社会全体に感動が広がっていくイメージが湧いてきます。

私は、もらった恩を、そのまま「送る」だけでなく、自分という存在を通して、
一味の価値を加えて、ご縁のある人へギフトとして「贈る」という意味で、
「恩贈り」という言葉で甦らせたいと願っています。

(中略)

恩贈りとは、感謝の循環のこと。
恩が自分のところで止まっている人には、感動や感謝は循環しません。
スムーズに循環させるために、誰かに贈る恩の基本、
自分がもらっていた恩を思い出してみましょう。


  お世話になったこと。
  感動させてもらったこと。
  勇気をもらったこと。
  
  助けてもらったこと。
  応援してもらったこと。
  教えてもらったこと。

  許してもらったこと。
  守ってもらったこと。
  励ましてもらったこと。


自分が「してもらったこと」を、思いつくまま紙に書き出してみてください。
思い出す過程で、大切なことに気づく人は多いようです。

あなたという一人の人間が行なう恩贈りという行為は、
池に投げ入れた小石の波紋のように、やがて世界を幸福にする
感動のつながりになっていきます。

        <感謝合掌 平成25年9月29日 頓首再拝>

・・・

ギブ・アンド・ギブ

      *メルマガ「人の心に灯をともす(2013年09月17日)」

   (筑波大学名誉教授、村上和雄氏の心に響く言葉より… )

   人間関係を結んでいる要素として、多くの人は、ギブ・アンド・テイクが、
   その基本にあると考えているのではないでしょうか。

   親孝行は、子供を育てた「ギブ」に対する見返りですし、
   江戸の任侠の世界で重要視された「一宿一飯の恩義」も、
   ギブ・アンド・テイクの関係です。

   しかし、世の中の人間関係を見渡してみると、案外、
   ギブ・アンド・テイクだけでない人間関係があるのに気づかされます。

   たとえば、親子の関係です。

   子育てというのは非常に大変な仕事ですが、子育て真っ最中のお母さんは、
   果たして大きくなったら親孝行をしてもらおうと思って
   子育てをしているのでしょうか。

   そんなことはないと思います。

   やはり、いわゆる「無償の愛」があればこそでしょう。

   そこに見返りを求める気持ちなどないはずです。


   これは、「ギブ・アンド・テイク」と言うよりは、
   「ギブ・アンド・ギブ」と言ったほうが適切ではないでしょうか。

   そして、これが人間関係のあるべき姿なのだと思います。

   親孝行をしてもらうため、あるいは、生活のために子育てなり家事なりの
   ギブをしているとしたら、得るものは、将来の身の保証や給料です。

   それはもちろん大切なものには違いありませんが、
   言ってみれば、それだけのことにすぎません。

   しかし、無償の愛や、相手を支えたいという気持ちで日々いそしんでいれば、
   そうした具体的な見返りよりも、さらに大きな見返りを得ています。

   すなわち、幸福感です。

   そして、そいう心境のときこそ、遺伝子はオンになっているのです。
   実際、ギブ・アンド・ギブの人の周りには、自然と人が集まってきます。
   これは、遺伝子オンの為せる業に他なりません。

   したがって、出会いにおいても遺伝子をオンに持っていきたいのなら、
   人間関係から即物的な見返りは求めず、常に与える姿勢でいることです。

       <『そうだ!絶対うまくいく!』PHP文庫>

   ・・・・・

誰かに何かをしたとき、見返りを求める人は、「恩着せがましい」人。

「何かをしてあげたのに、お礼の一つもない」などと言う。


頼まれもしないのに、勝手にやったことにまで見返りを求める。

俗にいう、「器の小さいヤツ」。


見返りを求めないギブ・アンド・ギブの人の周りには、自然と人が集まってくる。

受けた恩は石に刻み、かけた情けは水に流す人でありたい。

        <感謝合掌 平成25年10月3日 頓首再拝>

・・・

「ミャンマーへの報恩」

         *『致知』2013年10月号
          ~今泉清詞(今泉記念ビルマ奨学会会長)「致知随想」より

人間の運命とは実に不思議なものだと、90年の人生を振り返ってつくづく感じます。

大正12年、新潟県の農家に生まれた私は、18歳の時、兵役を志願しました。

次男坊だった私が分家を継ぐことが決まっていたために、中学へも進学せず、
「志願すれば早く除隊できる」という親や親戚の勧めに従って入隊を決めたのでした。

ところが同じ年に太平洋戦争が始まり、その話も断念せざるを得なくなります。

私はビルマ(現・ミャンマー)戦線に従軍し、インパール作戦の準備に当たりました。

中学も出ていなかったため、一兵卒のままでしたが、
高等教育を受けた将校の大半が戦死したことを思うと、
学歴がなかったために命を救われたと言えるかもしれません。

また連隊本部から事務要員を出すよう命令があった時、私の名が挙がりましたが、
中隊長が「今泉は俺の手元に置く」と却下し、他の兵が派遣されました。

ところがその兵士が不適格として中隊へと戻されてきます。

偶然にもその時、中隊長が不在だったため、今度は私が事務兵として送り込まれたのでした。

元いた部隊が全滅したと知ったのは、その半月後のこと。
10万以上といわれる夥しい死者を出したインパール作戦でも、
何度も死線を彷徨いながら私は九死に一生を得ました。

やがて終戦となり、復員が決まって皆は大喜びでしたが、
自分だけがのうのうと帰るわけにはいかないと、私は後ろ髪を引かれる思いでの帰国でした。

戦後は開拓営農として埼玉に移住し、新たな一歩を踏み出しましたが、
当時は皆が生き抜くことに精いっぱいの状態。

日々の生活に追われ、亡き戦友たちのことを
ゆっくり考えられるようになったのは、昭和40年代に入ってからのことでした。

激戦地となったビルマには延べ32万人の兵隊が従軍し、
約19万人が戦死したといわれています。

その中で生き残った戦友たちが皆、
口を揃えて言うのは 「ビルマだったから帰ってこられた」ということでした。

戦況が不利になると、日本軍がどんどん現地の村へと逃亡していきます。

そんな時、ビルマの人は

「日本の兵隊さん、イギリス軍が隣の町に来ているから
 捕まっちゃうよ。早く家の寝台の下に隠れなさい」

と我われをかくまってくれただけでなく、食事までご馳走してくれたのです。

こんなことが知れれば、間違いなく彼らの身にも危険が及んでしまう。
それを覚悟の上で我われのことを庇ってくれたのですが、
これと同じ体験をした兵士の例は枚挙に遑がありません。

戦友たちを弔うため、烈師団の有志約60人でビルマを訪れ、
6か所の激戦地で慰霊祭を行ったのは昭和48年のこと。

出発時、私の脳裏に浮かんだのは、
ビルマの人たちは日本人のことをなんと思っているのだろう、ということでした。

戦地では食糧や家畜を徴発し、畑を踏み荒すなどの迷惑を掛けてきた。

我われが行けば反日デモでも起きてしまうんじゃないか……。

そうした不安もある中でしたが、
慰霊祭は大勢集まった地元民で、黒山のような人だかり。

皆でともに礼拝を行った後は、
テーブルを出してきてミルクを沸かしてくれたり、
焼き鳥を焼いてくれたりと大変なもてなしようでした。

不思議に思った私は、
なぜこんなにも温かい歓迎をしてくれるのかと
尋ねてみました。

すると彼らは「当然だ」と言うのです。

「我われは子供の頃から、
“幸せの神は東から来る”と親から教えられてきた。
 その幸せの神とは日本人だった。

 あなた方は知らないかもしれないが、
 我われはイギリス軍に植民地化され、
 実に酷い目に遭わされてきた。

 その支配を日本軍が終わらせてくれたおかげで、
 やっと人間的な生活が送れるようになった。
 これが感謝せずにいられるか」


あぁ、彼らはそういう気持ちでいてくれたのか……と、
ほっと胸を撫で下ろすとともに、深い喜びが込み上げてきました。

そしてそんな想いを寄せてくれているビルマの人たちに、
なんとか恩返しをしたいものだと感じました。

何かよい方法はないものかといろいろ思案した結果、
国の将来を担う若者に教育を授けることが一番よいのではないかと考えました。

戦友会の幹事にも協力してもらい、
財団の設立に向けて外務省へ3年間通い詰めました。

私の所有地の半分以上に当たる
3千坪の土地と基金2億円を銀行から借り入れて
財団をつくる構想でしたが、どうしても許可が下りません。

そこで、最終的に自分のポケットマネーから
年間1千万円程度拠出する計画で奨学会を設立し、
奨学生は関東圏内の大学に在籍するミャンマー人留学生を対象として、
多くの応募者の中から毎年10名選抜して2か年間、
毎月4万円返却不要の条件で支給いたしました。

ただし毎月支給日には
必ず本人が今泉宅へ受領に参りました。

その都度、私が人生訓話や情報交換を行ったため、
結果的に奨学金以上に効果が大きかったと感謝されています。

この活動は1989年から2009年までの20年間続き、
奨学生の数は200人近くになりました。


「金や物はいくら有ってもあの世へ持って行けない。
 欲は程々にして人に施し不滅の徳を遺そう――」


数年前、知人に請われて認めた処世訓の一節ですが、
卒寿を迎えられたことへの感謝の念を持ち、
亡き戦友の分まで精いっぱい生きたいと願っています。

        <感謝合掌 平成25年10月20日 頓首再拝>

・・・

困難な時にこそ人の情けを知る

          *メルマガ「人の心に灯をともす(2011年08月06日)」

   (台湾の元総統、李登輝氏の心に響く言葉より…)

   1999年、私が総統時代に台湾大地震が起きました。
   日本はその日のうちに世界に先駆けて救援隊を差し向けてくれましたし、
   義損金も世界の中でトップでした。

   台湾には「風雨故人来、艱難見真情(困難な時にこそ人の情けを知る)」
   という言葉がある。
   
   私たちはあの時の日本の恩義を忘れません。
   台湾大地震の時、曽野綾子さんが会長を務めていた日本財団から3億円の義損金を
   いただき、そのうちの1億円近くを使ってNGOの捜救総隊をつくりました。

   創設のお披露目に来ていただいた曽野さんに、私は約束しました。
   「この捜救隊は日本に何かあった時、一番に駆けつけますから」と。

   私は日本統治下の台湾に生まれ、22歳まで日本人として教育を受け、
   日本人として生きてきました。

   京都帝国大学に在学中、学徒出陣で日本陸軍に入隊。

   台湾の大地震の陣頭指揮も、戦時中に日本の陸軍少尉として大空襲に見舞われた
   千葉・東京で指揮した救援活動の経験が大きく活かされていたのです。

   私は日本のよさは、おそらく日本人以上によく知っています。

   今回の大震災で日本の復興を危ぶむ声もありますが、
   私は、日本は再生するに決まっていると思っています。

   ただし、条件があります。
   それは国や国民を第一に思うよい指導者が現れるかどうかです。

   台湾にはいまも「日本精神(リップンチェンシン)」という言葉があるんです。
   真面目、勤勉、正直、無私などを総称していうのですが、
   その言葉が根づいたのは、やはり台湾に来ていた日本人が「日本精神」でもって
   台湾の近代化に尽力してくれたからだと思います。

   リーダーとしての一番大切な条件は、強い信仰を持つことです。

   私が総統の職務を担った時機は、毎日が闘争でしたよ。
   反対勢力や世間から攻撃されるのが最高指導者の宿命、
   言われなき非難や糾弾(きゅうだん)、誹謗(ひぼう)中傷もありました。

   あまりのことに妻が「総統をやめてください」と泣いたぐらいです。

   リーダーはあらゆる局面において、最終的には自分以外に頼れるものはない。

   しかし孤独ではない。
   頭上にはいつも神が存在して助けてくれる。

   そのような信仰が、一国の運命を左右する孤独な闘いに挑(いど)むリーダーには
   必要だと思います。

   そして、「権力は人民のもの」と弁(わきま)えること。
   権力を自分のものと思うな。
   権力はいつでも放棄しろ、ということです。

   そして、「誰もやりたくないきつい仕事を喜んでやる」。
   また、「公と私を区別する」ということも大切です。

   そして、最後の条件として「カリスマのマネをしない」ということです。
   テレビを利用して人民にかっこいいことを言って人気を取ろうとするのはやめろ、と。

   誠実に、正直に、自分の中にあるものを訴えるのです。

   私は90年の人生を振り返って、やはり日本統治下で受けた教育があったからこそ
   肯定的な人生観を持つことができ、それが政治家としてのバックボーンにありました。

        <『月刊 致知(2011年9月号)』致知出版社 >

   ・・・・

「一将功成りて万骨枯る」(いっしょうこうなりてばんこつかる)という中国の言葉がある。

一人の将軍の輝かしい功績の陰には、多くの兵士の屍(しかばね)が累々としている。
リーダーは、部下の犠牲の上にその功績があることを片時も忘れてはいけない、
という戒めの言葉だ。

どんなに、国民が優れていようと、一国の指導者に民を思いやる気持がなくては、
奮い立つ気持はいつしか失せてしまう。

リーダーの力は大きい。


「受けた恩は石に刻み、かけた情けは水に流す」という言葉があるが、
東北大震災での台湾の人々の心に沁(し)みる援助はまさにそれであった。

「困難な時にこそ人の情けを知る」

我々も、受けた恩は決して忘れずにいたい。

        <感謝合掌 平成25年10月30日 頓首再拝>

「恩」(光明掲示板・第ニ) ② - 伝統

2019/02/19 (Tue) 14:56:12

親からもらった体に「お返し」をする

  *「お母さんにしてもらったことは何ですか?」(大山真弘・著)<P159~161>

江戸時代、ある村に信仰深い太平さんという人物がいました。
ある雨の日のことです。
太平さんが雨のなかを、傘も差さずに小躍りしながら歩いています。

村人が不思議に思って、
「おーい、太平さんよ、何をそんなに嬉しそうにしているんだい」
と尋ねました。

「いやー、鼻の穴が下を向いているのが嬉しゅうて嬉しゅうて、もし、上を向いてみてみい、
雨の日には、息ができんで死んでしまうがな。なんとありがたいことだなあ」

太平さんは、そう答えたということです。

ふだん当たり前に思っている「健康」が、じつは一番ありがたいと気づくために、
体について思いをめぐらすという方法があります。

自分の体の各部分(目や手・足から胃などの内臓、肛門まで)に対して、
もしいま病気や痛みがあるなら特にその部位について、
「してもらったこと」「お返ししたこと」「迷惑をかけたこと」の3つを考えてみるのです。

目は、初夏に生き生きと茂る草木の青さや空の色、夕焼けに赤く染まった雲といった自然の美しさ、
そして大切な家族の表情を、豊かに伝えてくれます。友達や先生、初対面の人とコミュニケーション
を取るときも、目はとても大切な役割を担ってくれます。

鼻は、雨が降る前のしめった空気のにおいや草木のにおいなど、よい気分にくれるものから、
危険なものを察知するための不快なにおいも教えてくれます。

口はたくさんのことを話したり、歌ったり、
美味しいものを食べたりするために役立ってくれています。

耳は、音楽や言葉、自然の息吹を感じるための器官です。

手が器用に動いてくれるから、ピアノやドラマが演奏できる。
箸を握れるし、文字を書くこともできる。

足が動くからこそ、いろいろな場所に行って新たな発見ができる。

他にも、自分の体がしてくれることをあげたら、きりがありません。

逆に、自分から体にお返しをしたことは何があるでしょう。
入浴して体をきれいに洗い、乾燥している部分があればクリームを塗る。傷がついたら絆創膏を貼り、
筋肉痛になれば湿布を貼ったりする。それくらいしか思い浮かびません。

むしろ、迷惑をかけていることは、たくさん思い浮かぶのではないでしょうか。
転んで、膝小僧を擦りむいたり、カッターを持つ手がすべって何針も縫うようなケガをしたことも
あるかもしれません。

お腹がいっぱいでも、美味しそうなものを見ると我慢できずについ食べすぎて、
胃に負担をかけたり、少しぐらい具合が悪くても、これくらい大丈夫と無理をして、
本格的に体調を崩したりすることもあるでしょう。

このように自分の体に迷惑をたくさんもかけていても、いままで健康であることが当たり前だと
思っていると、いざ体調が悪くなったときに大きな不安に襲われます。

当たり前だと思っていたことが、じつは当たり前ではない。
自分の体が思ったように動いてくれないということが、どれほどたいへんなことか。
失って初めてそのありがたさに気づくことが多いのもです。

健康も同じで、両親からいただいた大切な体に、お返しをしましょう。
いまあるありがたさに気づき、感謝し、健康を心がけ、体をいたわるのです。

あなたの体も心も、決して自分ひとりのものではありません。
この世に生んでもらってから現在の成長に至るまで、あなたのすべてに、
お母さんにしてもらったことの数々が凝縮されているのです。

お母さんが愛しみ育ててくれた、あなたという人間、この尊い存在をよい方向へ、
幸福へ近づけるための7つの方法を紹介します。
このひとつ一つを心がけることが、お母さんに「お返し」することにつながるのです。

(1)明るいことや、よいことを考える。

(2)笑顔を心がける。

(3)とらわれすぎない。

(4)周囲を幸せにする。

(5)嫌いな相手を許す。

(6)健康を心がける。

(7)毎日が「母の日」と思う。


さらに、私たちは、決して自分ひとりの力でいままで生きてきたのではなく、
多くの「人」と同じく、「物」によっても生かされてきたことも忘れず、
こららお世話になった、お世話になっている人・物への感謝の気持ちと報恩の行動を心がけましょう。

        <感謝合掌 平成25年12月5日 頓首再拝>

・・・

此の人を見よ!

       *『無限供給の扉を開く』(P130~132)より

一人の男があった。

彼は隻脚を失って身体が不自由であり、胃が悪くて、始終胃痛にくるしめられ、
職業は無いし、肉体的にも経済的にも行き詰まって、町角に坐って、
道行く人に「物乞い」しなければならないようになったのである。

ところが或る日、彼の前に一人の光明思想の先生があらわれて、次のようなことを教えてくれた。

「此の世界には“法則”がある。そして神とは“法則”であり、“法則”によって与えたものが
与え返されるのである。君の坐っているこの町角は、君の持ち物ではなく、この町の一部分である。
而もこの町に住んでいる人々の多くは貧しいのである。

その貧しい町の一角に君は無料で住まわせて頂いているのであるから、
ただその恩恵を受けるだけではいけない。
受けた恩恵は返さなければならない。

受けた恩恵を受けただけで返さないと云うことは、それだけ“借り越し”になっているのである。
君が貧しいのは、“借り越し”があるからである。
“借り越し”になっているものは、法則によって償わされるから常に貧しくなるのである。

人間は宜しく“貸し越し”の生活をしなければならない。
“貸し越し”の生活になっている者は、法則によって、常に豊かに彼に支払われるから、
その人は常に豊かに恵まれることになるのである。

先ず君は、この町に対して、町の人々に対して何かを与えることにして、
自分の生活を“貸し越し”にしなければならない」

とその人は言うのであった。

「私はこの町の人に対して与える何物をも持っていません」と彼は答えた。

「私は人に“物乞い”して辛うじて生きているのであり、脚はこんな不自由であり、
胃は悪くて身体は衰弱しているので、労働奉仕をすることもできません」

光明思想の先生はこう言った。

「あなたの肉体は弱くて労働が出来ないでも、
またあなたが経済的に貧しくて何物も人に恵むことが出来ないでも、
あなたは、心でこの町の通りを歩む人たちに祝福の祈りをしてあげることはできます。

貧しそうな町の人があなたの前を通ったら、
“神の豊かなる供給が今あなたに注がれています”と
その人の實相の裕かさを心で念じてあげなさい。

若し病人があなたの前を通ったら、
“神の完全なる健康が今既にあなたに実現している”と
實相の完全さを念じてあげなさい。

すべてあなたの触れる機会のある人の幸福と健康と豊かさとを
“既にある”として祈ってあげるのです。
すると、既に實相に於いてその人にある幸福と健康と豊かさとが呼び出されて来るのです。

そして、あなたのお陰でそれらの人たちは幸福・健康・豊かさ等を得られたと云うことになります。
すなわちあなたは良き種を蒔いたのです。
良き種を蒔いたら、またあなたに良き収穫があるのです」

こう教えられた彼は、その教えられた通りを實践することにして、
町角を行く人々にいちいち“祝福の祈り”をささげることにしたのである。

それを1週間つづけて、八日目の朝になった。

彼は眼を覚まして見ると、常に慢性の胃痛にくるしめられていた自分の胃から
一切の不快感が消えさっていて、神気爽快な気持ちがするし、
頭は明朗な晴々した気持になっているので彼は驚いた。

彼は隻脚であったけれども、深切な人が出て来て、彼に適する仕事を与えてくれた。
また或る深切な人からは義足を贈られるし、両脚揃っている人のように快活にゆたかに
働けるようになったと云うのである。

            <感謝合掌 平成26年4月22日 頓首再拝>

・・・

【何を贈ったか】

       *メルマガ「人の心に灯をともす (2012年01月27日)」より

   (原尻淳一&小山龍介氏の心に響く言葉より…)

   アメリカのスターバックスが経営危機に陥ったときの話をご存知でしょうか。
   
   株価は48%急落し、来店客数も減少しました。
   そうした最悪の状況に陥っていた2008年、会長職に退いた創業者ハワード・シュルツが
   CEOに復帰するのですが、そこから短期間のうちに、スターバックスの評価は急激に
   回復します。

   その大きなきっかけとなったのが、1万人の店長を集めて実施した
   ニューオリンズでのカンファレンスでした。

   このカンファレンスは、なんと社会貢献運動からスタートします。

   カトリーナによる台風被害の爪痕の残るニューオリンズにおいて、
   集まった店長たちによるボランティアは、延べ5万4000時間以上にのぼり、
   ペンキ塗り、景観の修復、運動場整備などのプロジェクトに100万ドル以上が
   投資されました。


   シュルツは、この経験がなければ業績改善できなかったと語っています。
   その後、顧客満足度は上昇し、過去最高を記録したそうです。

   ここでキーとなったのは、自分の能力を人のために使おうとすると、
   さらに自分の能力が発揮されるという体験です。

   ボランティアに参加した人たちは、地域のために時間を費やすと、
   それだけ地域が豊かになるのを目の当たりにします。

   そして同時にそのことは、自分自身をも豊かにしていることに気づくのです。


   天賦の才能や直感は、天からの「贈与」です。
   その自覚のある人は、なんとか返礼をしたいと思うのですが、
   天に対してお返しするわけにはいきません。

   そのときに取れる行動といえば、別の第三者や、地域などの場に贈与するということです。

   スターバックスは、ニューオリンズという場への贈与を通じて、
   店長たちにこのことを体験的に気づかせ、その結果、自分たちにお店に戻ったあとでも
   そうした場への贈与を継続したのです。

   その結果が、顧客満足度の向上につながり、スターバックスの社会的な「居場所」を
   確保することにつながったのだといえるでしょう。

         <『アイデアハック!2.0』東洋経済新報社>

      ・・・

スティーブ・ジョブスはこんなことを言っている。

「知ってると思いますが、私たちは自分たちの食べる食べ物のほとんどを作ってはいません。
私たちは他人の作った服を着て、他人のつくった言葉をしゃべり、他人が創造した数学を
使っています。

何が言いたいかというと、私たちは常に何かを受け取っているということです。

そしてその人間の経験と知識の泉に何かをお返しができるようなものを作るのは、
すばらしい気分です」


「人間の価値は何を成し遂げたかではなく、何を贈ったかによって考量される」(内田樹)

          <“アイデアハック!2.0”>

   
自分一人で生きている人はいないし、自分一人で全てを成し遂げた人もいない。

誰でも常に、周りの誰かの助けを借り、何かを受け取りながら生きている。

健康も、読み書きできることも、仕事上身につけた才能も、全ては天からの贈り物(ギフト)。


人の価値は、まわりに何を贈り、どのように喜んでもらったかで決まる。

            <感謝合掌 平成26年7月6日 頓首再拝>

・・・

感恩感謝の心

       *「運命を開く」安岡正篤・著(P210~211)より

人間は生きる、長ずるにしたがって、思えば思うほど、
いろいろの因縁というもの、情感的 emotional に言えば、
いろいろな「お陰で」自分というものができていることがわかる。

そこで、このいろいろなお陰でできた自分だから、
いろいろ報いなければならない。

これを「感恩報謝」といいます。

「□」-環境と、「大」-人の手足を伸ばした相と、「心」とより成るものが「恩」の字です。

(その意味は)何のお陰でこのように大きく存在しておるか、
と思う心が“恩を知る”ことです。

我々は天地の恩、人間の恩、道の恩、教の恩など、あらゆる「恩」の中にあります。
これに絶えず報いてゆくのが生活であります。


感恩報謝という心を失って、
いくら福祉政策などを国家の手でやってみたところで、
世の中は真実には良くならない。

良くなるように見えても、必ず反作用があって、結論は心もとないものです。

人間がこういう自然の美しい心をなくして、
反対に、憎悪・怒り・復讐・殺生・権力支配、
こういう悪心を長じてゆけば、どうなりましょうか。

そこに近代の最も深刻な社会問題があります。

            <感謝合掌 平成26年7月22日 頓首再拝>

・・・

国土の恩・先人の恩

          *「生命の實相」第四巻生命篇下(P53)より

郷土愛と祖国愛


《郷土愛》、さらにそれが大きくなっては《祖国愛》―― それは超越的な汎世界的な
立場からみますれば、一個の執着の念だとも評されましょうが、

更にそれを深く考えますと日本に生まれた日本人は日本を愛し善くすることによって
世界に奉仕し、人類に貢献すべきであります。

日本人が日本的であることが、世界のためになるのは、
桜の木が桜の花を咲かせることによって人類を喜ばすのと同様であります。

国民がその国土に生まれて、その国土から恩恵を受け、
自分が現在安穏に生活を続けられているのもすべて国土のお陰です。

国土の恩(おかげ・おん)と同時に、その開発につぶさに艱苦(かんく)をなめつつ
努力してこられた祖先の賜(たまもの)でもあります。

この恩(おん)この賜(たまもの)の一切を否定してしまって、祖国などはどうでもよい、
祖先の意思などというものはどうでもよいものだというように、祖国に対して反逆的思想を抱く
ということは、恩の否定、賜物の否定、感謝の否定ということになって、

これは神の道 ―― 人の道ではないのであります。

神の道といいますが、人間は神の子でありますから、
神の道とは人の道のほかにはないのであります。

            <感謝合掌 平成26年8月11日 頓首再拝>



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