伝統板・第二

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大晦日・正月の宮中祭祀 - 夕刻版

2017/12/31 (Sun) 18:04:39


《12月31日の宮中祭祀》~節折(よおり)の儀・大祓(おおはらい)の儀

(1)節折の儀は天皇陛下の身を清められる儀式

  ①12月31日の午後2時から3時まで、宮殿正殿「竹の間」において営まれる。

  ②まず天皇が御小直衣に金巾子の御冠を被って出御されると、掌典長が一拝する。
   ついで侍従が掌典から御贖物の御服を受け取る。

   その呂の蓋を開けて差し出すと、それに陛下が口気を三度吹き入れられ、
   それを侍従から掌典に渡される。つぎに侍従が掌典長から御麻を受け取る。

   それを差し上げると、陛下がその御麻で御体を三度お撫でになり、
   それを侍従から掌典長に渡される。

  ③さらに侍従が、掌典から御竹九本を受け取る。
   そのうち、初めの長い一本で、陛下の御背丈を測り、竹に筆で墨の印をつける。
   それを掌典から掌典補へと下げ送ると、掌典補が墨印のところでピシッと折る。

   同様に次の二本で御胸から指先まで、次の二本で左右の御膝から足元まで、
   順々に測って竹に墨印をつける。
   するとそれらを下げ渡された掌典補がそれぞれ印の所でパシッと竹を折り、
   櫃に納める。

   そのあと侍従が、掌典から御壺を受け取る。
   それに陛下が口気を三度吹き入れられ、それを侍従から掌典に渡される。

  ④このような一連の儀式が、二度繰り返して行われる。
   初度を荒世の儀、再度を和世の儀というが、
   御身の長さに御竹の節を折るところから節折と総称する。

   その内容はまったく変わりはないが、初度の御服に白絹の荒妙を用いるので、
   荒世、再度の御服に紅絹の和妙を用いるので和世という。

   また前者が荒御魂の御身(荒)後者が和魂の御身(和世)を祓い清めることになる、
   と解されている。

  ⑤いずれにせよ、至純の天皇といえども、無意識のうちに触れると感じられる
   ツミ・ケガレを祓い清めるため、一年の前半半日と後半半日に御服・御麻
   および御竹・御壺を御贖物に用いて、いとも丁寧な祓いの儀が行われている。

   <Web:「天皇のための節折の儀」より抜粋
        → http://blogs.yahoo.co.jp/meiniacc/42728507.html >

(2)万民の身を清める儀式(大祓の儀)

  ①大祓の儀は、神嘉殿の南庭で行われるため、そこに白木の案(机)四脚を並べる。
   そして第一案の上に大麻(おおぬさ)、
   第二案の上に皇族方の御贖物(白絹と紅絹の二包)
   第三案の上に諸員の贖物(白布と白絹の二包)
   第四案の上に御麻(天皇の節折に用いた荒世・和世の榊二本)を置く。

   やがて午後三時、通常礼装の皇族および宮内庁と皇居警察本部の職員などが
   着床すると開始される。

   まず掌典補二人が第四案の御麻(天皇の御身を撫で祓った榊二本)
   に稲穂を差し挟み祓う。
   ついで掌典長の命を受けた掌典が賢所に一拝してから、大祓の詞を読みあげる。

   さらに他の掌典が第一案の大麻で参列した皇族と諸員を祓う。
   ついで掌典補は、その大麻を下げ渡され、大祓いの詞を読んだ掌典から、
   贖物を大河へ流し棄てるよう命じられる。

   他の掌典補四人も、第四案の荒世の御麻と和世の御麻
   および第二案の皇族方の御贖物と
   第三案の参列諸員の贖物を執り持ち退く。

  ②ちなみに、このような大祓は古くから行われてきた。
   すでに「日本書紀」天武天皇十年(六八二)紀に
   「天下をして悉く大解除せしむ」とみえ、
   大宝、養老の「神祇令」に「六月と十二月の晦日、大祓。・・・・

   百官の男女を祓所(宮城入口の朱雀門前)に聚め集えて、
   臣が祓詞を宣り、ト部が解除せよ」

   と制度化されている。きわめて大々的な天下万民のために為される
   祓の儀式であったことがわかる。

   これも応仁の乱後廃絶していたものが、
   明治四年(一八七一)に再興され今に至っている。

   <Web:「万民のための大祓の儀」より抜粋
        → http://blogs.yahoo.co.jp/meiniacc/42729420.html >

・・・

宮中の元日は「四方拝」から始まり、続いて「歳旦祭」が行われる。
この元日にも二日にも國内外の代表や一般國民の祝賀行事が繰り返される。

ついで三日には「元始祭」、そして四日には「奏事始」、
さらに3日後の七日には「昭和天皇祭」がある。


《元日の宮中祭祀》~四方拝

四方拝について

四方拝(しほうはい)とは、宮中で行われる一年最初の儀式で、
元旦に、天皇が天地四方と山稜を拝する儀式。「しほうばい」とも言う。

天皇が伊勢の皇太神宮・豊受大神に向かって行われる皇室祭祀(さいし)。
天皇が清涼殿の東庭に出て、属星(ぞくしょう)・天地四方・山陵を拝し、
五穀豊穣・天下太平を祈る。

明治以降は神嘉殿で、皇大神宮・豊受大神宮・四方の神々を拝することに改められた。
現在は神嘉殿の南座で伊勢皇大神宮・天地四方に拝礼する。

具体的には、大晦日の夜、天皇は体を清め、元日の寅の刻(午前4ごろ)より準備にはいる。
黄櫨染御袍と呼ばれる天皇のみが着ることが出来る特別な装束を着て、
皇居の宮中三殿の西側にある神嘉殿の南側の庭に設けられた建物の中に入り、
午前5時30分に開始。伊勢の神宮の皇大神宮・豊受大神宮の両宮に向かって拝礼した後、
続いて四方の諸神を拝する。

この時に天皇が拝される神々・天皇陵は伊勢神宮、天神地祇、神武天皇陵・
先帝三代(明治天皇の伏見桃山陵、大正天皇の多摩陵、昭和天皇の武蔵野陵)の各山陵、
武蔵国一宮(氷川神社)・山城国一宮(賀茂別雷神社と賀茂御祖神社)・石清水八幡宮・
熱田神宮・鹿島神宮・香取神宮である。


天皇陛下が儀式の中で唱える呪文

    賊冦之中過度我身(賊冦の中、我が身を過し度せよ)
    毒魔之中過度我身(毒魔の中、我が身を過し度せよ)
    毒氣之中過度我身(毒氣の中、我が身を過し度せよ)
    毀厄之中過度我身(毀厄の中、我が身を過し度せよ)
    五急六害之中過度我身(五急六害の中、我が身を過し度せよ)
    五兵六舌之中過度我身(五兵六舌の中、我が身を過し度せよ)
    厭魅之中過度我身(厭魅の中、我が身を過し度せよ)
    萬病除癒、所欲随心、急急如律令。

  <参照Web:困難を過度する(四方拝)
         http://www.kmk21.com/21/sihouhai >


《元日の宮中祭祀》~歳旦祭

四方拝に続いて、同日早朝午前5時30分から宮中三殿において掌典長が主宰し、
祝詞をあげ、午前5時40分ごろ四方拝を済ませた黄櫨染御袍姿の天皇が拝礼し、
黄丹袍姿の皇太子が続いて拝礼します。

「歳旦祭(さいたんさい)」では、天皇と皇太子が、
天照大神、歴代天皇、および八百万の神々に、旧年の神恩を感謝され、
新年にあたり国家の隆昌と国民の幸福を祈願されます。


<参考Web:(生長の家“本流宣言”掲示板)天皇陛下の正月祭祀 (5970)
       → http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=1324 )

            <感謝合掌 平成29年12月31日 頓首再拝>

天皇にとって1年のうちで最も忙しい日、元日の過ごし方 - 伝統

2018/01/01 (Mon) 18:53:09


        *Web:NEWSポストセブン(2018年1月1日)より

元日は、天皇にとって“1年のうちで最も忙しい日”。

初日の出にはまだ早い早朝5時半、天皇の元日は始まる。
伊勢神宮をはじめ四方の神々を遥拝(ようはい)する宮中祭祀「四方拝」に臨むのだ。

皇室ジャーナリストの神田秀一氏が解説する。

「四方拝は宮中の神嘉殿の前庭に敷かれた畳の上で行なわれます。
最初に皇室の祖先神が祀られている伊勢神宮の方向へ、それから東、南、西、北の順番で
四方の神々に遥拝していきます。

遥拝の作法は、まず正座の姿勢から立ち上がり正座に戻るという動作を2回繰り返す
。正座の姿勢のまま深いお辞儀を1回挟んで、再び同じ動作を2回繰り返します。
このようにして陛下は国家国民の安寧と五穀豊穣を神々に祈られているのです」


四方拝の前には身を清める「潔斎(かかり湯で心身を清める)」という儀式もある。
それから天皇しか身につけることのできない「黄櫨染御袍」という重い装束に着替え、
宮中の神嘉殿に移動する。

「準備時間を考えれば、陛下は午前4時には起床されているでしょう。
寒風吹きすさぶ屋外でコートを羽織ることもなく儀式を行なうわけですから、
ご負担は相当なものです。

ご高齢が考慮され、近年は御所のベランダにてモーニングコート姿で
行なわれるようになりましたが、ご負担が大きいことに変わりはありません」(同前)

 
神道学者の高森明勅氏によれば、四方拝は1000年以上の歴史があるという。

「史料で確認できる四方拝の起源は、平安時代の初め、嵯峨天皇の時代まで遡ります。
当初は在来の信仰を土台としつつも、中国的要素が強かったのですが、
伊勢神宮への遥拝が加わり、今の形は明治に確立しました」

四方拝は10分ほどで終わり、その後すぐに宮中三殿に移動して、
「歳旦祭」という年始の祭典に臨む。

歳旦祭では賢所、皇霊殿、神殿の宮中三殿にそれぞれ祀られている
天照大神や八百万の神々、歴代天皇・皇后・皇族の霊に対し拝礼する。
天皇にとっての“初詣”のようなもので、明治時代以降、行なわれるようになった。

国民は初詣で個人的な祈願をするが、天皇は国家国民の安寧を祈るという違いがある。

皇室ジャーナリストの久能靖氏が語る。

「歳旦祭からは皇太子もお出ましになります。しかし陛下と同じ部屋で、
同時に拝礼を行なうわけではない。陛下が拝礼を終えて退室されてから
皇太子が入室されるので別々です。

宮中三殿には冷暖房がなく、床は板敷ですから非常に寒いはず。
近年は掌典職(しょうてんしょく)が陛下の代わりに拝礼し、
陛下は皇后とともに儀式終了まで御所でお慎みされています」


◆手をつけない「おせち」

歳旦祭終了後は、御所にて侍従長はじめ侍従職職員らと「新年祝賀およびお祝酒」を行ない、
9時半からは宮殿にて「晴の御膳」という行事に臨む。

これは新年を迎えたお祝いと自然の恵みに感謝するための儀式であり、
ここでは勝栗や干しナツメなどの木の実や果物、塩や酢などの調味料、
鮎白干しなどのメニューが用意される。

おせちのルーツともいわれるのだが、天皇は皿に箸を立てる所作をするだけで、
これらの料理を召し上がることはない。

実際に朝食として召し上がるのは、「御祝先付の御膳」と呼ばれる料理だ。
本膳で小串鰤焼き、浅々大根(大根の塩漬け)、菱葩というお餅。
二の膳で割伊勢海老、栗を甘い汁で煮込んだ福目煮勝栗、雉の胸肉を焼いて
熱燗を注いだ雉酒などがある。雑煮や屠蘇は出ないという。

 
朝食を終えると、9時45分から「新年祝賀」と「新年祝賀の儀」が待つ。

前出の久能氏がいう。

「天皇皇后両陛下は『祝賀』と『祝賀の儀』を合わせて数百人の方々と
分刻みでお会いになり、夕方までずっと立ちっぱなし。
しかも祝賀を述べる方々が両陛下の部屋に来るのではなく、
彼らが待機している宮中内の複数の部屋を両陛下が移動されるのです。
正装で重い勲章もつけておられますから、相当なご負担でしょう」

平成25年の元日に両陛下が祝賀を受けた人数はなんと計686人に及んだという。

前出の高森氏が解説する。

「午前中の『祝賀の儀』では、首相、衆参議院の議長、最高裁長官などが
順番に天皇に祝賀を申し上げます。これにより、行政、立法、司法の三権よりも
天皇の権威が上位に位置していることを、目に見える形で毎年確認しているのです」


「祝賀の儀」の源流は、飛鳥時代の「元日朝賀」まで遡る。
朝廷で皇族や大臣以下役人たちが元日のたびに天皇に拝賀していたという。
646年に行なわれたのが史料上の初見で、実に1300年以上前から行なわれていた儀礼なのである。

「午後からの『祝賀の儀』には、各国の大使ご夫妻が訪れます。
それぞれの国を代表した全権大使から祝賀を受けるのが、
首相ではなく天皇であることは、日本の“国家元首”が天皇であることを示しています。

ちなみに陛下は、三権の長から祝賀を受ける時は壇の上に立たれますが、
海外の大使の場合は互いに国を代表する立場ということで、
壇を設けず同じ目線に立たれています」(同前)

夕刻まで続く「祝賀の儀」が終わると、ようやく夕食になる。
日本の伝統的な慶事の食膳「御祝御膳」とともに雑煮も食べるという。

「お身内との『御祝御膳』が22時頃まで続くこともありますから、
陛下にとっては非常に長い一日です。

心身のご疲労は想像もつきません。
それでも翌日、陛下はお疲れの様子を見せることなく『一般参賀』を迎えられます。
しかも陛下は一般参賀で読み上げられるお言葉をご自身でお考えになり、準備される。

陛下は国民の笑顔を間近で見られるこの行事を大事にされ、
高齢になった今も1日5回もお出ましになっています」(宮内庁関係者)

   (https://news.infoseek.co.jp/article/postseven_639553/ )

            <感謝合掌 平成30年1月1日 頓首再拝>

皇居の一般参賀12万6千人 平成最多の人出 - 伝統

2018/01/03 (Wed) 20:18:12


         *Web:日本経済新聞(2018/1/2)より

新年恒例の一般参賀が2日、皇居・宮殿の東庭であり、
平成で最多となる約12万6720人が訪れた。

天皇陛下は

「本年が少しでも多くの人にとり、穏やかで心豊かな年となるよう願っています。
年の初めに当たり、我が国と世界の人々の幸せを祈ります」

とあいさつされた。

陛下は2019年4月30日の退位が決まり、
天皇として新年の一般参賀に臨まれるのは19年が最後となる。

これまで平成で最多の参賀者は、
前年に皇太子ご夫妻が結婚した1994年の約11万1700人だった。
今回は2番目に多かった17年の約9万6700人も大きく上回り、
退位日が決まった陛下に国民の関心が高まったとみられる。

陛下はあいさつの冒頭、

「新年おめでとう。皆さんと共に新年を祝うことを誠に喜ばしく思います」

と述べられた。

陛下と皇后さまは皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さまら皇族方と
宮殿・長和殿のベランダに5回並び、参賀者に手を振られた。

眞子さまは18年11月4日に国際基督教大(ICU)時代の同級生、
小室圭さんと結婚式を挙げ、皇族の身分を離れられるため、
今回が最後の一般参賀となった。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25283030S8A100C1CR8000/?n_cid=NMAIL007

            <感謝合掌 平成30年1月3日 頓首再拝>

歌会始 - 伝統

2018/01/12 (Fri) 18:53:09

皇居で歌会始

         *Web:日本経済新聞(2018/1/12)より

新年恒例の「歌会始の儀」が12日、皇居・宮殿「松の間」で開かれた。

今年のお題は「語」。

天皇、皇后両陛下、皇族方、天皇陛下に招かれた召人(めしうど)、
選者のほか、一般応募2万453首から選ばれた入選者10人の歌が、
古式にのっとった独特の節回しで朗詠された。


天皇陛下

 語りつつあしたの苑(その)を歩み行けば林の中にきんらんの咲く
 

皇后さま

 語るなく重きを負(お)ひし君が肩に早春の日差し静かにそそぐ



皇太子さま

 復興の住宅に移りし人々の語るを聞きつつ幸を祈れり

 
皇太子妃雅子さま

 あたらしき住まひに入りて閖上(ゆりあげ)の人ら語れる希望のうれし

 
秋篠宮さま

 村人が語る話の端々(はしばし)に生業(なりはひ)の知恵豊かなるを知る

 
秋篠宮妃紀子さま

 人びとの暮らしに寄りそふ保健師らの語る言葉にわれ学びけり

 
秋篠宮家長女眞子さま

 パラグアイにて出会ひし日系のひとびとの語りし思ひ心に残る

 
常陸宮妃華子さま

 遠き日を語り給へる君の面(おも)いつしか和(なご)みほほゑみいます

 
三笠宮家寛仁親王妃信子さま

 我が君と夢で語りてなつかしきそのおもひでにほほぬれし我

 
三笠宮家彬子さま

 祖母宮(おほばみや)の紡がれたまふ宮中の昔語りは珠匣(しゆかふ)のごとく

 
高円宮妃久子さま

 学び舎(や)に友と集ひてそれぞれに歩みし四十年(よそとせ)語るは楽し

 
高円宮家長女承子さま

 友からの出張土産にひめゆりの塔の語り部をふと思ひ出づ

 
高円宮家三女絢子さま

 気の置けぬ竹馬の友と語り合ふ理想の未来叶ふときあれ

 
▽召人(敬称略)

 黒井千次

 語るべきことの数々溢れきて生きし昭和を書き泥(なづ)みゐる


https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25598950S8A110C1000000/?n_cid=NMAIL007

            <感謝合掌 平成30年1月12日 頓首再拝>

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