伝統板・第二

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縁 ② - 夕刻版

2018/02/06 (Tue) 19:33:05

      *伝統板・第二「縁 」からの継続です。
        → http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6463672


【用件に入る前に、お礼を言おう】

      *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年02月06日)より

   (中谷彰宏氏の心に響く言葉より…)

   用件に入る前に、お礼を忘れていないだろうか。
   オベンチャラを言う人は、お礼を忘れている。


   電話をかける時、いきなり用件から入っていませんか。
   何か、お礼を言うことを忘れていませんか。


   社交辞令を言う前に、お礼を言うのを忘れていませんか。

   お天気の話をする前に、お礼を言うのを忘れていませんか。

   オベンチャラを言う前に、お礼を言うのを忘れていませんか。
   オベンチャラを言う人ほど、お礼を言うのを忘れがちです。

   何かきっとお礼を言うのを忘れていることがあるはずです。


   用件に入る前に、お礼を言うことはなかったか、思い出してみましょう。

   お礼は、後回しになってはいけないのです。

   「こんにちは。この間のあれ、ありがとうございました」というのが、
   いつなんどきでも、話し始めの言葉なのです。

          <『強運になれる50の小さな習慣』PHP>

            ・・・

人は、相手に何かをあげたり、おごったりしたことはよく覚えている。

しかし、反対に、何かをもらったり、おごってもらったりしたことはすぐに忘れてしまう。

だからこそ、久しぶりに会った時、
「先日はステキなものをいただきありがとうございました」
「この間はごちそうになりました」と言われると、とてもうれしい。


「かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む」という言葉がある。

縁を大切にする人は、どんな小さなことであっても、受けた恩をずっと覚えている。

そうすることで、縁が広がり、またいつかその縁に助けられることもある。


用件に入る前に、お礼を言う人でありたい。

・・・

<関連Web>

(1)光明掲示板・第二「縁 (7277)」
    → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=1479 

(2)光明掲示板・第三「縁 (108)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=49

(3)光明掲示板・伝統・第一「縁 (27)」
   → http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=15

         <感謝合掌 平成30年2月6日 頓首再拝>

手相芸人・島田秀平「良縁・運気のつかみ方」を伝授! - 伝統

2018/02/07 (Wed) 17:46:32


       *Web:nifty ニュース(2018年01月30日)より

手相芸人の島田秀平さんが、TOKYO FM「JA全農 COUNTDOWN JAPAN」にゲスト出演。
リスナーから届いた“縁”についての相談にアドバイスを送りました。


【リスナーの相談】

弟2人が先に結婚してしまい、兄の僕は焦りを感じています。
良い縁をつかむために「これをしたほうがいい」というものはありますか?


【島田秀平さんのアドバイス】

「日本には昔から面白い風習があるのですが、
寝間着を裏返しに着て寝ると好きな相手が夢に出てきて両想いになれる……
なんてことが信じられていたそうです。
世界3大美女の1人、小野小町もやっていたらしいですよ。

なので、今日から寝間着を裏返しにして着てみてはいかがですか?

リバーシブルのパジャマなら、どっちを着ても気にならないかもしれないですね(笑)。

こういうことでも面白がってやってみる、動くってことが大切ですよ!


縁結びの祈願に行かれることもあると思いますが、実は順番があるんです。

相手がいない場合は、良い縁を呼び込むために、
まずは『良縁祈願』をしたほうがいいですよ。

そして相手ができたら、その相手と
さらに良い縁で結ばれるように『縁結び祈願』をするんです。


また、人間関係の根っこは家族ですよね。
恋愛だけでなく人間関係がうまくいかないなら、
家族と仲良くしてみることで変わるんじゃないかなと思います。

根っこが腐っていたら大きな木は育ちませんよ!」


◆運のつかみ方

また、島田さんは番組リスナーに「運のつかみ方」についてもアドバイスしました。

「『運』って『運ぶ(はこぶ)』という字を使っていますよね。
いろんな場所に足を運ぶ行動力のある人って、みんな運がいいんです。
2018年はいろいろ足を運んで行動力を持って運をつかんでほしいと思います」
とのことでした。

   (https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12199-mqY3eYnPAw/

         <感謝合掌 平成30年2月7日 頓首再拝>

手相芸人・島田秀平「お金とのご縁を強める“財布”」は? - 伝統

2018/02/09 (Fri) 17:49:37



       *Web:nifty ニュース(2018年01月31日)より

手相芸人の島田秀平さんが、TOKYO FM「JA全農 COUNTDOWN JAPAN」にゲスト出演。
自身のパワーフードや、お金とのご縁を強める方法を教えてくれました。


◆島田さんのパワーフード

島田さんのパワーフードは「天重」と「ぜんざい」のふたつ。
入試前や試合前に“勝つ”との語呂合わせでかつ丼を食べる人がいますが、
島田さん曰くかつ丼より縁起がいいとされるのが天重とのこと。

「天ぷらは“天まで運があがる”ということ。
他に、天重には“衣(ころも)”があり、“食”べ物で、
“お重(じゅう)”に入っているということで、
衣食住が揃っている食べ物なんです」と説明してくれました。


もうひとつのパワーフード“ぜんざい”には、
出雲大社が大きく関係しているとのこと。

出雲大社のある島根県・出雲地方では旧暦の10月のことを
“神無月”ではなく“神在月”と呼びますが、
この“神在”がズーズー弁でなまってしまい“ぜんざい”になったのだとか。

そこからぜんざいは神様が入った、とても縁起がいい食べ物と言われているそうです。


◆お金とのご縁を強めるには?

お金とのご縁を強める方法については、

「緑色の財布を持つといいとされています。
金運というと、黒や黄色のイメージがありますが、
金運が上がるということは入ってもくるけど出ちゃうんです。
そこで安定をもたらすのが緑と言われています」とのこと。

そういえば、ゆうちょや各銀行などの通帳には緑色のものが多いですよね。

また島田さんは

「ご縁はよって来るものではなく、自ら動いてつかみに行くことが大切です」

と話していました。

    (https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12199-55hyjBGCB1/

         <感謝合掌 平成30年2月9日 頓首再拝>

【今、目の前にいる人を大事にすること】 - 伝統

2018/02/11 (Sun) 19:05:22


     *メルマガ「人の心に灯をともす」(2018年02月11日)より

     (小林正観さんの心に響く言葉より…)

     《今、目の前にいる人、目の前にあることが重要》

     私たちの周りで起きているすべての現象、人生のあらゆる出来事に、
     〈重要なこと・重要ではないこと〉〈大きいこと・小さなこと)の
     区別は、実はありません。

     というのは「小さいこと」の定義を言ってくださいと言われても、
     誰も答えられないからです。

     何らかの現象について、そのときは、小さいこと、些細なことと思っていても、
     それがなければ、今の自分はなかった、ということを考えたら、
     (大きいこと・小さいこと)の区別は、つきません。

     このことを、実際にあった状況を取り上げて説明しましょう。


     私が出た高校の同級生の一人が、大学にも行かず、就職もしないで、
     とりあえずアルバイトとして晴海のイベント会場でコーラの販売をしていました。

     そのとき、コーラ売り場の前をアメリカ人の夫婦が通りかかり、
     70歳ぐらいの歳のご主人が足を滑らせて倒れてしまいました。

     彼は自分の売り場の前ですから、走り寄って助け起こし、
     ケガの手当てをしたりとかいろいろ世話してあげたそうです。

     そしたら、「あなたのような親切な人に、初めて会った」と、その夫婦は大変感激し、
     「実は、私たちは結婚して40年も経ちますが、子どもがいないのです。
     あなたさえよければ、 私たちの養子になりませんか」と言われました。

     彼としては、別にほかにすることもなかったから「わかりました。いいですよ」
     ということで、アメリカに渡り、その夫婦の養子になりました。

     彼はそこで英語を覚え、大学にも行かせてもらい、
     卒業してからは企業買収の専門家になりました。

     今は日本に戻り、その分野で大手の外資系企業の社長をやっています。


     コーラの販売をしていた、その前で人が滑った、その人を助けてあげた、
     これらはすべて小さいことのように見えますが、
     結果としては小さいことではありません。

     因果関係がわかったときには、一つひとつが
     ものすごく重要で大変な出来事だったと、気がつくでしょう。


     優先順位とか、出来事の大きい小さい、とかの区別がないことを、
     さらにわかりやすく説明します。

     人生はドミノ倒しだと思ってください。

     ドミノ倒しの如く、人は連続した瞬間を生き、
     最後の一個がパタッと倒れて、人生を終えます。

     これらのドミノは、すべて同じ材質で、同じ厚さで、同じ形状です。
     大きい小さいはありません。
     重さも全部一緒。

     それが一個ずつ、ただ淡々と倒れていくだけです。

     自分の目の前に現れる人が、小学生であろうが、中学生であろうが、
     大人であろうが、大会社の社長であろうが、出会う人は全部一緒です。

     それを一緒だと思えるかどうかに、その人の人間性が表れます。

     社会的な地位や権力といったものを背負ってるかいないかで人を見るのは、
     まだ自分の中で本質的なものが形成されていないからです。

     出会うすべての人、どんなに些細に見える行為も、
     人生を成り立たせるうえでは、どれも必要不可欠なことであり、
     ドミノの一個一個が同じ価値だということに気がつくと、
     何も怖くなくなります。


     人生で最も大事なのは、今、目の前にいる人です。
     一人ひとりをきちんと受けとめていくことで、
     その後の人生を組み立てていける、ということです。

     この一個一個のドミノ、それ自体が結果であり、
     次のドミノを倒す原因になっています。

     倒れた「私」が、また次のドミノを倒していく。

  
     今、目の前にいる人を大事にすることが、私の未来をつくっていくのです。
     人生は、その繰り返しのように思えます。

            <『神さまに好かれる話』五月書房>

              ・・・

   「人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)」という中国の故事がある。

   幸福だと思ったことが災(わざわ)いだったり、
   災いだと思ったことが幸福だったりする。

   人生の幸不幸は予測ができない。

   だからこそ、様々なできごとに、一喜一憂してはいけないということ。


   有名人や成功者に出会ったから運がよくなるわけでもなく、
   通りすがりの名も知らぬ老人に出会ったことが、
   あとで考えると幸運の始まりだった、ということもある。

   運は人が運んでくる。


   実践の哲学者森信三先生の言葉に、

   「人は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
   しかも一瞬早過ぎず一瞬遅すぎない時に」

   というものがある。


   縁(えん)は絶妙なタイミングで我々にやってくる。

   ただし、その縁を大事にするかどうかだ。

   有名人だから大事にするとか、無名の人だからないがしろにする、
   というのでは良縁はやってこない。


   今、目の前にいる人を大事にする人でありたい。

         <感謝合掌 平成30年2月11日 頓首再拝>

縁を正しく結び、丁寧に扱うこと - 伝統

2018/02/15 (Thu) 17:47:07


        *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P20)より

人生が上手くいっている人は必ず、ある段階で必要なご縁をつかんでいる。
訪れたご縁に感謝して大切にしている。

だからうまくいく。

大切なのは人とのご縁をムダにしないこと。
ご縁を正しく結び、丁寧に扱うこと。
それができれば人生はもっとうまくいく。

そして豊かになる。

         <感謝合掌 平成30年2月15日 頓首再拝>

一番大切なのは親子の縁。 - 伝統

2018/04/22 (Sun) 19:32:22


       *Web:充実人生ラブ(2018年4月8日)より抜粋

社会教育家、一般社団法人「いのちを守る親の会」理事長であります、
大熊良樹先生がYOUTUBE配信されている『いのちが喜ぶ話』。

先日、第66話をリリースされました。

久しぶりですね・・・、私も待っておりました(笑)。

(youtube → https://www.youtube.com/watch?v=eNNd1TR1Zn0)

『いのちが喜ぶ話』を応援し、感謝し、愛聴する一ファンとして、
久しぶりに出されましたこの第66話、簡単ではありますが、
以下感想を述べたいと思います。

(1)一番大切なのは親子の縁。

  ①(ブログ管理人のハル さまは)

   私は朝起きると、顔を洗い、書斎に行き、
   まずは亡くなった父と母の写真に向かって朝の挨拶を行います。

   ”お父さん、お母さん。おはようございます。
   今日も一日頑張ってまいります。ありがとうございます。”

   と言って、手を合わせて拝みます。

   これが私の一日の始まりです。

  ②西山徳先生が、ご自身が書かれた御本、「天皇を仰ぐ」の中で
   このように言っておられます。


     旧制の高等学校の時代から、私は、いつも懐に両親の写真を、
     また別に母の写真をもう一枚入れて持つやうになった。

     学ぶ時も、遊ぶ時も、
     いつでも両親と共に行動してゐる思ひがするからである。

     私は、まことに貧弱なものにすぎないが、
     自分としては精一杯の努力をしてゐることを、
     世間の誰が知らなくても、懐の亡き両親が見てくれてゐる
     といふ思いは、常に私に勇気を与えてくれるのである。

                    本文 P5

  ③どんなことがあっても、両親だけは自分を信じ、応援してくれている。

   例えどんな悪いことを犯したとしても、見捨てずに、
   最後の砦として自分を見守り、愛し、支えてくれる。

   だから、自分には還るところがある、心のよりどころが常にある・・・。

   親子の縁とはかくも深く、強固で、
   心に安心を与えてくれる有難いものなのです。

   自分が今ここにいて、家族を築き、生活して行けるもの、両親あってこそだ。

   過去にいろんなことがあったとしても、
   そんな過去の時点にいつまでも留まって、
   恨みつらみを抱えて生きて行ってなんの甲斐があろう。

   自分は今を生きて行るのだ。

   過去の一切は消え、新生したのだ。

   日々新たに生まれ変わるのだ。

   そのような想いで日々過ごしていると、いつの間にか、
   父との悪い思いでが、みんな消え去って行きました。


   毎朝拝む父の写真は、生後数か月の私を父が抱いている写真です。

   そんな父に感謝を述べてから一日を始める。

   父は常に私を見ていてくださっている・・・。

   有難い、今日も頑張ろうという気になります。


   毎朝拝む父の写真は、生後数か月の私を父が抱いている写真です。
   そんな父に感謝を述べてから一日を始める。
   父は常に私を見ていてくださっている・・・。

   有難い、今日も頑張ろうという気になります。

(2)今回の大熊先生によるいつもの、最後の締めのお言葉、

   ”嬉しい、楽しい、有難い。

   嬉しい、楽しい、有難い。

   ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます。

   今日は人生最良の日だ。

   今日は人生最良の日だ。

   今日は人生最良の日だ。

   本日もご清聴ありがとうございました。”

   (http://livewelllaboratory.com/2018/04/08/life-mind-parents/

         <感謝合掌 平成30年4月22日 頓首再拝>

ご縁で、人生は成り立っている - 伝統

2018/06/07 (Thu) 19:06:32


       *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P16)より

ご縁とは、私たちの人生に欠かせない、とてもありがたいものです。

人とのご縁のみならず、仕事とのご縁、お金とのご縁、モノとのご縁、
そしてひっとしたら神様とのご縁・・・
(ちなみに「縁日」は「神様とのご縁がつ7がりやすい日」という意味だそうです)。

人生は、あまねく「ご縁」というもので成り立っている 
と言っても過言ではありません。

         <感謝合掌 平成30年6月7日 頓首再拝>

ご縁に恵まれる - 伝統

2018/06/08 (Fri) 19:12:26

       *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P20)より

一般的に成功していると言われる人は、ほぼ間違いなく
「不思議なご縁のめぐり合わせ」エピソードを持っています。

これは、他でもなく、訪れたご縁に対して敏感であると同時に、
それを決して当たり前のこことは思わず、ありがたく感謝しているからこそ、
普通の人なら見過ごしがちなエピソードも、その人たちにかかれば
「なんともありがたい、稀有な物語」に転ずるのです。

そうです。たとえ同じようなご縁に恵まれたとしても、そのご縁を
「良縁」にするか、ただの「縁」にするか、
はたまた「悪縁」にしてしまうかは、あなた次第なのです。

ご縁というものをよく知り、正しく結び、丁寧に広げたり、しっかりと深めたり
していけたら、かけがえのない人たちとのつながりのなかで、
人生は、いっそう豊かになるに違いありません。

         <感謝合掌 平成30年6月8日 頓首再拝>

誰もが出会った時点で「ご縁」がある - 伝統

2018/06/09 (Sat) 18:28:58


        *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P24~26)より抜粋

人生、いい出会いもあれば、悪い出会いもあるでしょう。

誰もが出会った時点で「ご縁」がある。
そう思うと、自分を取り巻く人間関係が、ちょっと違って見えてきます。

どんな出会いも、前向きに活かせるかどうかは自分次第。
悪いご縁にも意味があった、自分に必要なものだった
とらえたほうが、人生は豊かになる気がします。


とはいっても、なかには、
どうしたって苦手な人、嫌いな人だっているでしょう。
それはそれで、ご縁を断ち切るというもの、アリだと思います。

ただ、何かしら気づかせてもらったという意味合いで言えば、
悪い出会いにも、それなりに意味があると言えるでしょう。

だから、「ありがとう、さようなら」でいいと思うのです。

         <感謝合掌 平成30年6月9日 頓首再拝>

ご縁を呼ぶシンプルな方法 - 伝統

2018/06/11 (Mon) 21:14:13


        *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P30~32)より

(1)笑顔はご縁を呼ぶための一番簡単な方法。
   ブスっとしているよりも、ニコニコ笑顔の人の方が良縁をつかみやすい。

(2)束の間でも不機嫌な顔を浮かべるだけで、
   ご縁を遠ざけてしまいます。

   もし、失敗などして、自分が不機嫌になったら、
   そんなときこそ、自分から自分を笑ってしまいましょう。

   たとえば、自分を笑いとばすための言葉を使います。

   「わあ、やっちゃったー !!」
   とかわいく言ってみ見るとか・・・。

   自分を笑い飛ばすきっかけの言葉は、なんでもいいのです。

(3)大切なのは普段から自分の表情に気を使うこと。
   多少大げさなくらい、ニコニコ笑顔を作って人と接すること。

         <感謝合掌 平成30年6月11日 頓首再拝>

ご縁をダメにしてしまう悪習 - 伝統

2018/06/12 (Tue) 17:06:00


        *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P34~35)より

(1)ご縁力を下げてしまう悪口

  ①悪口グセのある人は、人を遠ざけてしまいます。
   ご縁力が下がってしまいます。

  ②ご縁に恵まれない人生を送りたければ、四六時中誰かの悪口を言っていればいい。
   そうすれば人生ずっと、孤独で寂しい人生を送ることができます。

(2)人の不幸話を好む人も同様で、人を遠ざけてしまいます。

(3)共感力のある人は、ご縁力の高い人、と言ってもいい。

  ①とくに人の幸せを喜ぶことのできる人とは、
   「また会いないなあ」と思うものです。

  ②相手の成功を願うこと、喜ぶことで、
   自分の意識も、また一つ引き上げられます。

   そういう関係性を相手と築けると、ご縁も、俄然生きてきます。

         <感謝合掌 平成30年6月12日 頓首再拝>

連絡は自分から - 伝統

2018/06/13 (Wed) 17:21:02


        *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P48~49)より

(1)出会った人は大切にする。
   そのためには定期的な連絡が必要不可欠。
   そして連絡は自分が送るのが良い。

(2)別に難しいメッセージを送る必要はない。

   「久しぶり。最近どうしてる?」

   「そろそろ誕生日だよね。おめでとう!」

   というような短くてシンプルなメッセージで構わない。

   定期的にメッセージを送って、「私はあなたのことを気にかけていますよ」
   というサインを示すこと。

   それが縁を保ち、つなげていくための秘訣。

         <感謝合掌 平成30年6月13日 頓首再拝>

とりあえず流れには乗る - 伝統

2018/06/14 (Thu) 17:50:27


        *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P50~53)より

(1)物事には流れがあって、とくに頑張らなくても
   なぜかサクサク、物事が進んでいくときがある。

   そんなときは、その流れに乗っていくのが良い。

(2)それで上手くいくことはご縁があったこと。
   逆に、上手くいかなかったことはご縁がなかったこと。

   流れがやって来ていることそのこと自体が大切なので、
   何はともあれ、流れには乗ること。

         <感謝合掌 平成30年6月14日 頓首再拝>

縁切りは「卒業」と考える - 伝統

2018/06/16 (Sat) 19:47:45


        *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P59~61)より

(1)人との縁が切れるとき=その人との関係を卒業するとき。

   つまり、もうその人から学ぶべきことを学んだサインであり、
   もはやもう会う必要性がなくなってしまったということ。

(2)縁が切れることでそこに新しいスペースができ、
   新しいご縁を呼び込むことができる。

   だから切れてしまう縁、断ち切りたい縁はさっさと切っておくことが大切。

         <感謝合掌 平成30年6月16日 頓首再拝>

ご縁を引き寄せる心のあり方 - 伝統

2018/06/17 (Sun) 19:23:40


        *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P62~64)より

(1)まず自分のほうが、「ご縁をとらえられる状態=アンテナが働いている状態」
   になっておくことが大事なのです。

(2)ご縁をとらえるアンテナを働かすためにはどうすべきか。

   その答えは、「前向きな気持ちであること」と
   「肩の力を抜いて、リラックスしていること」だと思います。

   ふと気づいてみれば、そこには無限大の「ご縁の世界」が広がっている
   というのに、」悩みや不安があったり、肩に力が入りすぎたりしていると、
   ご縁のアンテナが鈍くなってしまうのです。

(3)ご縁は相手のあることなので、自分のほうに、
   まず人に対する優しさや労りの心が備わっていることも重要でしょう。

(4)ご縁は、感性でとらえるもの。

  ①現代は、テレビ、インターネット等の影響で、情報が多すぎるため、
   脳が疲れ、つねにストレスを感じています。

  ②脳が疲れれば、心も疲れ、感性も鈍ります。
   そこで、いったん情報の波から離れて、脳と心を休め、
   リフレッシュさせる時間を持つことも必要でしょう。

   たとえば、テレビ、ネットから離れ、
   好きな音楽を聴いて、心を空っぽにしてみる。
   自然に触れに出かけてみる。・・・

  ③五感を働かせる機会を持つと、日ごろのストレスが和らぎ、
   自然と前向きな心の土台が整えられていきます。

   それにともなって、ご縁をとらえる感性も研ぎ澄まされていくはずです。

         <感謝合掌 平成30年6月17日 頓首再拝>

仕事のご縁に恵まれるのは、「頭のいい人」より「感じのいい人」 - 伝統

2018/06/19 (Tue) 19:39:55


        *『島田秀平が3万人の手相を見てわかった!「ご縁」のつかみ方』
          ~島田秀平・著(P70~72)より

(1)縁に恵まれる人は、能力や才能がある人ではなく、感じがいい人。
   人に不必要に嫌われない人。

(2)感じのいい人

  ①いつも笑顔を絶やさない。

  ②きちんと挨拶する。

  ③態度や言葉などで、好意を表現できる。

  ④細やかな気配りができる。

(3)「感じのいい人」は、人に好かれます。

   言葉を変えれば、「感じのいい人」とは、
   「ご縁を引き寄せやすい人」「ご縁力のある人」とも言えるでしょう。

         <感謝合掌 平成30年6月19日 頓首再拝>

善智識、善き書物は、如来からの、機縁・仏縁である - 伝統

2018/09/12 (Wed) 17:47:41


          *「光明道中記」(9月12日 神に催される日)より抜粋

 【吾が生命は、よき水脈に穿たれた井戸のように汲めども尽きぬ。
  (『生命の實相』第十一巻)】

信心は内部に宿る仏性の催しなのである。

而も仏性はどうして内部から開発され催して来るのであるのか。
善智識に遭い又は善き書物に触れることである。

善智識に遭い、善き書物に触れるのは「自己のつくれる過去の業」によるか
 ―― そうすれば、自力となるのである。
然らず、それは如来より廻施(えせ)せられたる機縁である。仏縁である。

仏縁おろそかならず、善智識はその人にとり弥陀であり、
善き書物はその人にとり弥陀の説法である。

         <感謝合掌 平成30年9月12日 頓首再拝>

「ご縁」のつかみ方 ~その1 - 伝統

2019/03/22 (Fri) 19:04:57


        *「「ご縁」のつかみ方」島田秀平・著より

(1)はじめに

  ①人生が上手くいっている人は必ず、ある段階で必要なご縁をつかんでいる。
   訪れたご縁に感謝して大切にしている。だからうまくいく。

  ②大切なのは人とのご縁をムダにしないこと。
   ご縁を正しく結び、丁寧に扱うこと。
   それができれば人生はもっとうまくいく。そして豊かになる。

(2)ご縁を呼ぶシンプルな方法

  ①笑顔はご縁を呼ぶための一番簡単な方法。
   ブスっとしているよりも、ニコニコ笑顔の人の方が良縁をつかみやすい。

  ②大切なのは普段から自分の表情に気を使うこと。
   多少大げさなくらい、ニコニコ笑顔を作って人と接すること。

(3)人の悪口を言う=ご縁をダメにする最も簡単な方法。

   ご縁に恵まれない人生を送りたければ、
   四六時中誰かの悪口を言っていればいい。
   そうすれば人生ずっと、孤独で寂しい人生を送ることができる。

(4)出会いの幅を広げるには

  ①いろんな人と知り合い、人間関係を広げるには、馴染みの店を持つのがおすすめ。

  ②「ここぞ」というお気に入りの店を持ち、そこに定期的に通う。
   それによっていろんな人と知り合うことができるし、
   食事以外にも、「おいしい」思いをすることができる。

(5)連絡は自分から

  ①出会った人は大切にする。そのためには定期的な連絡が必要不可欠。
   そして連絡は自分が送るのが良い。

  ②別に難しいメッセージを送る必要はない。

   「久しぶり。最近どうしてる?」

   「そろそろ誕生日だよね。おめでとう!」

   というような短くてシンプルなメッセージで構わない。

  ③定期的にメッセージを送って、「私はあなたのことを気にかけていますよ」
   というサインを示すこと。

   それが縁を保ち、つなげていくための秘訣。

(6)とりあえず流れには乗る

  ①物事には流れがあって、とくに頑張らなくても
   なぜかサクサク、物事が進んでいくときがある。
   そんなときは、その流れに乗っていくのが良い。

  ②それで上手くいくことはご縁があったこと。
   逆に、上手くいかなかったことはご縁がなかったこと。

  ③流れがやって来ていることそのこと自体が大切なので、
   何はともあれ、流れには乗ること。

(7)縁が切れるとき

  ①人との縁が切れるとき=その人との関係を卒業するとき。

   つまり、もうその人から学ぶべきことを学んだサインであり、
   もはやもう会う必要性がなくなってしまったということ。

  ②縁が切れることでそこに新しいスペースができ、
   新しいご縁を呼び込むことができる。

   だから切れてしまう縁、断ち切りたい縁はさっさと切っておくことが大切。

(8)感じがいい人になる

  ①縁に恵まれる人は、能力や才能がある人ではなく、感じがいい人。
   人に不必要に嫌われない人。

  ②縁に恵まれる人になりたければ、、笑顔を大切にして、きちんと挨拶し、
   態度や言葉で人に好感を示せる、そんな「感じがいい人」を目指すことが大切。

(9)運について

  ①成功するために運は絶対必要。しかし運だけでもダメ。
   成功するために必要な努力をする。限界まで頑張る。
   そこに運が加わることによって、成功することができる。

  ②つまり運と努力は成功の両輪。どちらが欠けてもダメ。

(10)大切にすべき人々

  ①自分が年を取れば取るほど、立場が上に行けば行くほど、
   下の人間に気を遣うこと。

   基本的に人の人間性は、自分より立場が下の人に対して
   どう振る舞うかによって明らかになる。

  ②偉くなって部下に横暴に振る舞う人は
   結局その程度の人間性だし、驕れる者久しからず。
   いつかは運に見放される。

  ③しかし、どんなときも自分より立場の下の人を大切にできる人は、
   下から支えてもらえるので、いろんな意味でめでたしめでたしになれる。

   つまりどんな人も大切にかつ丁寧に接することが肝心。

(11)ご縁を広げる考え方

  ①ご縁は人間力。人間の器が大きければ大きいほど、
   いろんなご縁を引き寄せることができる。

  ②器を広げるために大切なのは、自分の考え方や価値観に固執しないこと。

   そのためには、人の話をしっかり聞く。
   むやみに否定しない。
   自分の世界を狭めない姿勢で生きることが大切。

(12)お金をけちらない

  ①ご縁はご円。人とのつながりにお金は必要不可欠。

  ②お金をケチって、大切なご縁を見逃さないようにすべし。


   (https://akit723.com/sshimada_goen/ )

         <感謝合掌 平成31年3月22日 頓首再拝> 

【人と人を結びつけること】 - 伝統

2019/06/07 (Fri) 19:46:10


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2019年04月24日)より

   (松永修岳氏の心に響く言葉より…)

   「良い縁」を築いていくには、
   「人と人を結びつける」ことに力を入れていくという方法があります。

   つまり、人を積極的に紹介していくのです。

   人は、自分に誰かを紹介してくれてる人を信頼します。

   なぜなら、紹介してもらうことで、
   相手が自分を大事に思ってくれていると感じるからです。


   人を紹介することが習慣になっていくと、
   相手との信頼関係が深まるだけでなく、
   「良い縁」そのものがどんどんと広がっていきます。

   誰かを紹介したことで、相手から喜んでもらい、
   そのお返しとして、今度は別の人を紹介してもらえるということが起こります。

   「良い人」を紹介すればするほど、「良い縁」が増えていくのです。


   人を紹介するときの動機の多くは、「人の役に立とう」という思いです。

   常日頃から、そうした意識があることから人を紹介するという行動ができるのです。

   動機がもてる人は、「愛」をもっています。

   相手を支援しようという思いがあります。
   心の中がやさしさにあふれているのです。

   だからこそ、周りの人にも信頼されるのです。

   そうした「信頼」が土台になって、良い縁を築いていくことができるのです。


   ただし、ここで注意してもらいたいのが、信頼関係が生まれるのは、
   相手にとって「良い人」を紹介できたときだけです。

   相手にとってまったく必要としない人を紹介しても、
   相手を喜ばせることはできません。

   ましてや、相手にとってマイナスになる人を紹介しようものなら、
   逆に不信感をもたれてしまいます。

   したがって、誰を誰に紹介するのかが、重要なポイントとなってきます。


   そのためには、今その相手がどういう人を必要としているのかを、
   しっかりと見極める必要があります。

   そして、「この人とこの人とが出会ったら、お互いにとってプラスになる」
   という確信が、ある程度得られた上で紹介していきます。

   今までを振り返って、あなたは人を人に紹介していますか?

   人と人とを積極的に結びつけようとしてきていますか?

   もし、その習慣がないのでしたら、
   なぜ、自分は人と人とを結びつけるのに消極的なのかを考えてみてください。

   すると、「自分が他人に紹介できるような人とつきあっていない」
   という事実に気がつくと思います。


   人間は、成長していく過程において、つきあうレベルが上がっていきます。

   そして、新しいステージに上がれたとき、
   周りには自分よりレベルが上の人がたくさんいることに気づき、喜びます。

   この喜びは、誰かに伝えたくなります。

   そうした気持ちが起こらないということは、
   結局は、喜びを与える「レベルの高い人たち」が周りにいないということです。

   厳しい言い方をすれば、あなたの今の段階では、人脈のレベルが低いということです。


   ここから脱却するには、すばらしい人たちと出会っていく必要があります。

   これまで述べてきたように、あなたが出会いたい人のいる場所に行き、
   そこで信頼関係を築いていくのです。

   そうした関係の中から、
   いずれ自然と「紹介したい」という思いがわき上がってくはずです。

   そして、それらの紹介から「縁」がどんどん広がっていくのです。

      <『一生お金に困らない人の運の習慣』中経出版>

               ・・・

鎮西一(ちんぜいいち・九州いち)の風格と賛嘆された、
真木和泉(まきいずみ)は、人物たるにふさわしい条件をいくつかあげているが、
その中の大事なものが、「斡旋(あっせん)の才」だという。

斡旋とは、仲をうまく取りもったり、双方のなかだちをすることであるが、
その人にふさわしい人物や職業を斡旋する。

斡旋は、利己的な人はできない。

相手の利益や幸福より先に、自分の利益や効率を考えてしまうからだ。

誰かを紹介したり、斡旋をして、
その見返りを求めたり、口銭を取ろうとしたりするのは、
ケチくさくて、人間的には小さい。

だから、その人に、志、誠、愛情、あるいは徳が備わっていなければ、
斡旋はできない。

そして、斡旋には、相手を思う気持ち、相手を喜ばせようとする気持が、
一番必要である。


「良い縁」を築いていくために…

人と人を結びつけることができる人でありたい。

           <感謝合掌 令和元年6月7日 頓首再拝>

【人はけっして1人では生きていけない】 - 伝統

2020/04/17 (Fri) 14:15:51


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2020.04.08)より

   (野村克也氏の心に響く言葉より…)

   私は高校を卒業してプロ野球選手になるとき、占い師にこう言われた。

   「あなたの仕事運は、とてもいい。
    もし失敗するとしたら、それは女が原因です」

   いまにして思えば、さすが京都で「よく当たる」と
   評判だった先生だけのことはある。


   考えてみれば、私がまったく女の人にモテないというのは、
   子どものときからだった。

   女子からまるで人気がなくて、
   盆や正月に同級生の女の子の家にお呼ばれするようなときにも、
   なぜか私は声をかけてもらえなかった。

   貧乏でみすぼらしい子どもだったからだろうか。

   そのうえ、上級生の男の子たちにはよくいじめられた。

   それを見つけて私を助けてくれたのが、担任の女の先生だった。

   当時、代用教員として赴任していた20歳の若くてきれいな先生だった。


   先生は、私の境遇を知って、いつも何かと優しくしてくれた。

   放課後は1人だけ残って先生の手伝いをさせてもらったり、
   おやつをもらったりしていた。

   あるとき、先生は、いつも私をいじめている上級生が、
   校庭でみんなと相撲をとって遊んでいるのを見て、その上級生にこう言った。


   「私と相撲しましょう」

   先生は、その体の大きな上級生を気持ちいいぐらいに投げ倒すと、
   私を見てミッコリと笑った。

   先生にみんなが拍手喝采をした。

   「や~い。女に投げ飛ばられた~」

   次の日から、上級生はすっかりおとなしくなった。

   そして、私はますます先生が大好きになった。


   あれは、まちがいなく私の初恋だった。

   「俺は将来、この先生みたいな人と結婚したい。
    美人で優しくて賢くて強くて、こういう最高の女性と一緒に生きていきたい」

   ずっとそう思っていた。


   そして、いま私の隣にいる古女房は、たしかにだれよりも強い女性だった。

   しかし、それ以外は、まるで初恋の先生とは違っていた。

   あの占いの先生に言われたとおり、やはり私は女運が悪かった。

   この女房のおかげで、
   私は南海の監督をクビになり、阪神の監督もクビになった。

   しかし、いまこの歳になって改めて振り返ってみると、
   この女房がいたらからこそ、どんなときでも野球を捨てずにがんばることができた。


   あのとき、南海を追われて落ち込んでいる私に女房は言った。

   「南海なんかやめたってなんとかなるわよ。
    あなたには野球しかないんだから、もっと野球をがんばりなさい」

   そう尻を叩いてくれる人がいたから、
   ここまで長く野球の世界で生きてこられたのだ。


   私はこう見えても気が小さくて人がいい。

   そのうえ本当は怠け者だ。

   そういう男は、こういう強い女に叱咤激励されなければ
   何ひとつ満足に成し遂げられないということを見抜かれていたのだ。


   だれが見抜いていたのか。

   それは神様と女房だ。

   どっちも「カミさん」だ。


   そう考えれば考えるほど、私は運がいい。

   私は結局、仕事運にも女運にも恵まれていたのだ。

   感謝、感謝である。

   その感謝とは、神様と女房だけでなく、野球への感謝でもある。

   野球を通じて出会ったすべての人たちに対する感謝である。


   人はけっして1人では生きていけない。

   私はミーティングで選手たちにそう言い続けながら、
   その深い意味を自分に問い続けてきた。


   人は人によって生かされていると気づいたとき、
   人のために何かができる人間になる。

   人のために何かができる人間になったとき、
   人は人の気持ちがわかるようになる。

   人の気持ちがわかるようになったとき、
   私たちは人との縁や運を知る。

        <『運「ツキ」と「流れ」を呼び込む技術』竹書房>

           ・・・

運は、「運ぶ」「運送」「運搬」という字にもあるように、
運ばれてくるものだ。

つまり、誰かが運んできてくれるもの。

だから、誰と知り合うかが大事だ。


運をもたらしてくれる人と知り合いになった方がいい。

しかし、結婚で言うなら、その運を運んできてくれる人は、
必ずしも世間一般に言われる「良妻」だけではない。

それは悪妻でもいいのだ。


古代ギリシャの哲学者ソクラテスの有名な言葉がある。

「とにかく結婚したまえ。
 良妻なら幸福になれるし、悪妻なら哲学者になれる」


なぜなら、「運」には色がついていないからだ。

良妻がよくて、悪妻が悪いということではない。

これは「病気」が悪くて、「健康」がいいというのと同じ。

病気でも幸せな人はいるし、健康でも不幸な人はいる。


知り合った人との縁を、良くするか、悪くするかは、
その人の考え方次第、捉え方次第。

「人はけっして1人では生きていけない」


どんなご縁も大事にする人でありたい。

         <感謝合掌 令和2年4月17日 頓首再拝>

縁を生かす - 伝統

2020/12/10 (Thu) 13:30:20


      *メルマガ「人間力」(2020.12.10)より
       ~『心に響く小さな5つの物語』

その先生が5年生の担任になった時、
一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。

中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

ある時、少年の1年生からの記録が目に止まった。

「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。
 勉強もよくでき、将来が楽しみ」

とある。

間違いだ。他の子の記録に違いない。

先生はそう思った。


2年生になると、

「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」

と書かれていた。


3年生では

「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」。

後半の記録には

「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、

4年生になると

「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」。

先生の胸に激しい痛みが走った。

ダメと決めつけていた子が突然、
深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。

先生にとって目を開かれた瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた。

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、
 あなたも勉強していかない?
 分からないところは教えてあげるから」。

少年は初めて笑顔を見せた。

それから毎日、少年は
教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。

授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。

少年は自信を持ち始めていた。


クリスマスの午後だった。

少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。
あとで開けてみると、香水の瓶だった。

亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。

先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。

雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、
気がつくと飛んできて、
先生の胸に顔を埋めて叫んだ。

「ああ、お母さんの匂い!
 きょうはすてきなクリスマスだ」


6年生では先生は少年の担任ではなくなった。

卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。


「先生は僕のお母さんのようです。
 そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」


それから6年。またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。
 僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。
 おかげで奨学金をもらって、医学部に進学することができます」。


10年を経て、またカードがきた。

そこには先生と出会えたことへの感謝と
父親に叩かれた体験があるから、患者の痛みが分かる医者になれる
と記され、こう締めくくられていた。


「僕はよく5年生の時の先生を思い出します。
 あのままだめになってしまう僕を
 救ってくださった先生を、神様のように感じます。
 大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、
 5年生の時に担任してくださった先生です」


そして1年。届いたカードは結婚式の招待状だった。


「母の席に座ってください」


と一行、書き添えられていた。


『致知』連載にご登場の鈴木秀子先生に教わった話である。

たった1年間の担任の先生との縁。

その縁に少年は無限の光を見出し、
それを拠り所として、それからの人生を生きた。

ここにこの少年の素晴らしさがある。

人は誰でも無数の縁の中に生きている。

無数の縁に育くまれ、
人はその人生を開花させていく。

大事なのは、与えられた縁をどう生かすかである。

・・・

<参照>

Web「伊勢ー白山 道」(2020-12-03)
途方も無い奇跡の縁の上で起こっている今の瞬間
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/7485d437b154a293f79ac4a3db5a4add

         <感謝合掌 令和2年12月10日 頓首再拝>

『一つ蓮』(ひとつはちす) - 伝統

2021/07/12 (Mon) 13:21:06


       *メルマガ「夢の言の葉」(2021年7月12日--旧暦6月3日---)より

☆-----死後、極楽浄土で、同じ蓮の上に生まれ変わること-----
 
 
死後に、極楽の同じ蓮の上に生まれ変わることを、
「一蓮托生(いちれんたくしょう)」といいます。
 
略して、「一蓮(いちれん)」ともいいました。
 
 
蓮の古名は、「はちす」。
 
そこで、「一蓮」を訓読みし、「ひとつはちす」という形でも用いました。
 
 
本来は、極楽往生して、仏様と同じ蓮の台座に
生まれ変わるという意味だったのですが……。
 
次第に、人同士……特に男女が、同じ蓮の上に生まれ変わる
という意味でも使われ始めます。
 
 
「一つ蓮の縁(えん)」という言葉もできました。
 
極楽往生して、同じ蓮の上に座るほど、固く結ばれた縁のことです。
 

さらに転じて、男女に限らず、また、よくも悪くも、
運命や行動を共にすることをもさすようになりました。
 
 
思えば、世界中の人々が、この世で、同じ地球の上に生まれた者同士。
よほど強い縁があったのでしょう。
 
 
「一つ蓮の縁」を願う前に、
「一つ星の縁」を大切にしながら、生きていこうと思います。

・・・

<参照>

伊勢ー白山 道(2021-06-10)
自分が知りたくなる対象とは、善悪の縁がある可能性
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/bd1314078c7b8439d28be885d3c7fa56

         <感謝合掌 令和3年7月12日 頓首再拝>

【「ご縁」に従う】 - 伝統

2021/08/23 (Mon) 13:11:47


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2021.08.23)より

   (曹洞宗徳雄山建功寺住職、枡野俊明(ますのしゅんみょう)氏の
     心に響く言葉より…)

   「ご縁」という言葉は人間関係でよく使われますが、
   仕事も日常の細々(こまごま)したことも、 すべて“縁もの”。

   私たちは「ご縁に導かれて行動する」ことで、
   人生はうまくいくようにできているのです。

   逆にいうと、誰かと、何かとうまくいかない場合は、
   「縁がなかった」ということ。


   たとえば入学できなかった学校や、就職できなかった会社、
   契約が結べなかった事案、打ち切りになった仕事、
   スケジュールが調整できずに断らざるをえなかったオファー、
   親しく付き合うところまではいかなかった人......。

   これらは、単に「縁がなかった」だけのことなのです。

   そう考えると、すっきりし ませんか ?

   心が軽くなりませんか ?


   それにご縁に逆らって、無理やり何か事を進めたところで、
   うまくいきません。


   たとえば実入りのいい仕事が入っても、
   すでにお受けした仕事があるなら、そちらを優先して断るべきでしょう。

   損得勘定に従うと間違えます。

   ご縁に従えば間違えること はありません。
   人生がうまく回るのです。

      <『放っておく力』知的生き方文庫
           https://amzn.to/3gjFwjW >

             ・・・

本書の中に『淡々と見送ればいい』という心に響く言葉があった。


『ともに仕事をした仲間が、会社を辞める。

 ともに厳しい練習に耐えてきた仲間が、チームを去る。

 三日にあげずともに酒を酌み交わした仲間が、転勤で遠方に行ってしまう。

 どんな形であれ、
 親しい人との親しい時間がなくなってしまうのはさびしいことです。

 去る者の背を追いかけていきたいくらいの未練が残るかもしれません。

 しかし禅に、「去る者を追わず」という言葉があるように、
 別れのつらさ・さびしさを引きずることなく、
 淡々と見送るまでのことです。

 そもそも付き合いが途絶えてしまうのは、
 結ばれた「縁」が切れただけのこと。

 場合によっては復活することもあるし、どういうわけか
 切れない「腐れ縁」みたいなものもあります。

 この「去る者は追わず」と同じくらい大事なのは、
 「来る者は拒まず」という姿勢です。

 自分と接点を持った時点で、それは大切な「ご縁」なのです。

 縁は人為的にコ ントロールできるものではありません。

 いうなれば「自然の巡り合わせ」ですから、あれこれ深く考えず、
 「去る者は追わず、来る者は拒まず」でいいのです。』



新しい仕事やプロジェクト、何かの団体の役職等々の頼まれごと。

あるいは、誘われた食事会や飲み会、勧められた本や映画、紹介された人…。


立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏は、
「食事やお酒に誘われたら、原則、断らない」
「10人以上集めてもらったら、可能な限り、どこへでも話しに行く」
のが信条だという。

ご縁を大切にする生き方だ。


逆に、ご縁がなくなる「別れ」もある。

最後の別れは「死別」。


仏教では「苦しみ」のことを「思い通りにならないこと」だという。

それが「一切皆苦(いっさいかいく)」。

世の中のすべての事象は、自分の思い通りにはならない。

死も、別れも、出会いも。


だからこそ、『「ご縁に導かれて行動する」ことで、人生はうまくいく』。

目の前にやってきた「ご縁」を大切にする人でありたい。

         <感謝合掌 令和3年8月23日 頓首再拝>

【縁あれば千里】 - 伝統

2021/12/06 (Mon) 03:58:52


      *メルマガ「人の心に灯をともす」(2021/11/13)より

   (曹洞宗徳雄山建功寺住職、
    枡野俊明(ますのとしあき)氏の心に響く言葉より…)

   人生はすべて「因果応報」です。

   「因果応報」と同じような意味の言葉に、
   「善因善果 悪因悪果」があります。

   「よい行ないにはよい結果、悪い行ないには悪い結果がある」
   ことを意味します。


   つまり、身の回りで起こるすべてのことには、原因がある。

   その原因をつくってい るのは自分自身だ、ということです。


   よくないことが起きると、誰が悪い、彼が悪い、社会が悪い、
   時代が悪いと、外に原因を求めたくなるものですが、
   それは大きな間違い。

   外に原因を求めている限り、どんなにあがいても事態は好転しません。


   大事なのは、いい結果を招くよう、
   日頃から「よい縁」を結ぶ努力をすることです。

   私はこの「縁」を「チャンス」と呼んでいます。

   チャンスは誰にでも平等にやってきます。

   しかしチャンスに気づき、つかむことができるのは、
   日々努力を重ねて準備をしている人だけ。


   十分に手入れされた畑や田んぼに豊かな実りがあるのと同様、
   “人生の果実” も努力と準備なくしては得られないものなのです。

   心してください。

     <『小さな悟り 人生には「小さな答え」があればいい』
      知的生き方文庫   https://amzn.to/3omqLjl >

            ・・・

「縁あれば千里」という言葉がある。

元の言葉は…

「縁あれば千里を隔てても会い易し、縁なければ面を対しても見え難し」

縁があれば、千里離れたところにいる人とご縁が結ばれることがあるが、
そうでなければ、面と向かって会っていても縁が結ばれることはない。


森信三先生の言葉に…

「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
 しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に。」

まさに、縁あれば千里だ。


小林正観さんは

「私たちの周りで起きているすべての現象、人生のあらゆる出来事に、
 《重要なこと・重要でないこと》《大きいこと・小さいこと》の区別はない」

という。

つまり、その時は小さなこと、些細なことだと思っていても、
それがなければ今の自分はなかった、ということばかりだということ。

自分の人生を振り返ると、
「大きいこと」または「小さいこと」と思っていたのはすべて自分の判断。

「何気ない」と思っていた出来事の積み重ねで、
今の自分が存在しているということだ。


だからこそ、今のこの一瞬一瞬を、
いかに丁寧に生きるかが大事になってくる。

目の前の、小さなこと、些細なことも大事にできる人でありたい。

・・・

<参照>

伊勢ー白山 道(2021-12-03 )
嫌な相手には、意地でも馬耳東風でOK
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/8de2b99c29f1a1818f9ca8e219e5fc00

         <感謝合掌 令和3年12月5日 頓首再拝>

悪縁の怖さと良縁のありがたさ - 伝統

2022/06/02 (Thu) 18:15:15


        *Web:宇宙の兄弟たちへ(2022年5月4日)より

以前東京で勤めていたときの話

電車を降りて駅の出口に向かうと、なんとも嫌な獣臭が漂っていました。


なんだろうかと思って出て行くと、
そこではかつて事件を起こしたオ○ム教の本が並んでいました。

当時はまだ地下鉄事件を起こす前で、信者が販売をしていたのだと思います。

その時はどんな団体かわからなかったのですが、
霊臭として獣のような匂いがしたのでしょう。

霊臭というのは、
霊の姿を見るのを霊視と言い、霊の言葉が聞こえるのが霊聴で、
霊の臭いがするのを霊臭といいます。

たとえば、ある人の命日になると、
不思議とその人が生前に使っていた香水の匂いがするとか、
吸っていた煙草の臭いがしてくるなどがあります。

これらは身近に亡くなられた霊が寄ってきていることを知らせる霊臭です。

ちなみに、この教団では座りながらピョンピョン飛び跳ねたりして、
それをありがたがっているような所がありましたが、
動物霊が憑いてくるとそうした動きをするのです。

狐や狸などの動物霊はピョンピョン飛び跳ねますし、
蛇などの爬虫類が憑いて来ると、クネクネした動きをします。

霊的なものを無闇に有り難がっていると引き寄せられていきます。

現在でも超能力を求めたり、霊的なものを求めて修行をしていると、
こうした獣の霊に憑かれることがあります。

動物は人間よりも霊的な感覚が鋭いですから、
憑かれると霊的に何か感じられるようになり、
それを有難がって憑かれてしまう事が起こります。

そのような悪しきモノといったん縁を作ると、
霊的なストーカーのようにずっと付きまとわれてしまうことがあります。

それは本やネットなどの情報でも、
おかしな霊能者の話を聞いていると縁が出来るようになります。

YouTubeなどでもスピリチュアルなチャンネルで人気の方がいらっしゃいますが、
その多くは残念ながら良くないものの影響を感じます。

そうした動画を観ていると、やはり縁が繋がっていて、
悪縁となり、ストーカーのように霊的に付きまとわれることがあります。


一方、ちゃんとした神社や仏閣などにお参りしている人を加護する良縁もあります。

ご本人がそんな熱心ではない方でも、
ご両親などがよく神社にお参りをされている方に、
霊的な加護が働いているということがあります。

芸能人で活躍されている方などでも、
ご本人はそんなに参拝などをされていなくても、
ご両親が熱心に参拝されて、その人の成功を祈られていると
思われる方がいらっしゃいます。

そのように親などを通じて、縁が繋がって、
加護をいただいているケースもあるのです。


良縁と悪縁というのは、
たとえばお友達でも、犯罪まがいのことをする不良グループと縁があると、
なかなか足を洗えなかったり、縁を切るのが難しくて、
悪い影響を受けてしまうでしょう。


善良な人と縁を結んでいるとその人も運がよくなってきますし、
良い影響を受けてきます

世の中は縁の法則によって動いていますので、
良縁と悪縁の繋がりによって運命が左右されて行くことがあるのです。

https://www.spacebrothers.jp/2013/08/blog-post_3.html

・・・

<参照>

伊勢ー白山 道(2022-06-02)
誰もが縁を創りながら今日を生きています
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/8d521c91a31c80b68d5ed2a84da69f97

           <感謝合掌 令和4年6月2日 頓首再拝>

新たな出会いのない時、縁遠いスピリチュアルな理由 - 伝統

2022/08/29 (Mon) 05:03:27


        *Web:宇宙の兄弟たちへ(2022年8月28日)より

新しい出会いがないですとか、なかなか結婚相手が見つからない、
縁遠いという相談をうけますので、
その理由の一端を、過去記事に加筆して述べてみます。

縁遠い方の原因の一つに、
実は、心の中で誰かを恨んでいて、憎しみが続いていて、
許せていないという場合があります。

それは、元彼や元カノかもしれませんし、ご両親の場合もあります。

例えば、昔の彼氏が浮気して、深く傷つけられたため、
恨みに思って、それがまだ心の底に残っているかもしれません。

あるいは、だらしのない母親を憎んだり、父親を恨んでいることが
あったりすることもあるでしょう。

そうした、過去の人間関係における、心の整理がついていない場合は、
次のステージに進むことができず、同じ場所で足踏みするように、
次に進めないことがあるのです。

次のステージに進むためには、
過去を清算し、重しを降ろしてから進めます。

心の中に恨み心が残っていたら、それを解除することです。

許しを実践してください。

私たちは人を許すことで、自分も許されるのです。

許されたあなたの元には、新たな出会いも用意されているでしょう。

縁がなかなか無いと悩んでいる人は、
いちど振り返ってみて反省して、恨みを解除するのが良いでしょう。



出会いが無い。縁結びの神社は効果ある?


なかなか出会いがないという方から、
縁結びの神様に願い事をするのは効果があるのか?
という質問も受けますので、そちらについてもお答えします

出雲大社など縁結びの神社等がございますけれど、
実際にご利益をいただけるかというと、
その人の信仰心によって確かにあるものだと思います。

真剣な気持ちで参拝なされたら、
相応しい方との縁を取り持っていただけるでしょう。

ただ、縁を取り持っていただけても、それを掴めるかは本人次第なのです。

いくら相手が手を差し伸べていても、
あなたがその手を握らなければ、通り過ぎてしまいます。

たとえば素敵な人にあったとしても、相手からのお誘いを待っているだけでは、
その間に他の人に取られてしまうかもしれません。


ご自身が選ばれるだけの相応しい人として、
磨きをかけておくことも必要でしょう。


そう言う事で、ただ縁が無いと嘆いているのではなく、
選ばれるに相応しい自分になるように自己研磨している事も大切です。


それと忘れがちな人が多いですが、願が成就されたら、
感謝の気持ちを伝えるお礼をしに行かれることが大切です。

ご縁をお願いして、ご相手が見つかったのなら、
ちゃんとご報告と感謝を伝えに行かれてください。

お願い事だけして、
その後のお礼参りを忘れる人も多いですので、ご注意願います。


その他にも、ご自身の守護霊さまにも、
お願いしておくのは効果があります。

夜寝る前にでも

「守護霊様どうか私に相応しい方と引き合わせてください」

とお願いしておくのです

そうすると何か知らの出会いは用意してくれるでしょう

https://www.spacebrothers.jp/2016/10/blog-post_17.html

           <感謝合掌 令和4年8月29日 頓首再拝>

【普段の世界を一歩踏み出してみる】 - 伝統

2022/09/10 (Sat) 04:50:17


        *メルマガ「人の心に灯をともす」(2021.12.27)より

   (岡本一志(かずし)氏の心に響く言葉より…)

   仏教に「機縁(きえん)」という言葉があります。

   機とは心のこと、縁とは教えを説くきっかけのことです。

   仏さまが私たちの心(機)の状態が整ったのを見計らい、
   「よし、今が教えを説くチャンスだ」と教えを説かれるのを
   「機縁が熟する」といいます。


   ここから転じて、その人の心(機)に合った縁がやってくることを
   「機縁が訪れる」といいます。

   人生にはさまざまなきっかけやめぐりあいがありますが、
   ただ単に待っているだけでは、何もチャンスは訪れないものです。

   めぐりあえる縁というのは、
   その人の心や行動のあり方によっても変わります。

   私たちの考え方や心のあり方、日々の行動が変わると、
   これまで出会うことがなかった縁がやってくるものです。


   人生の転機となるきっかけは、どんな人からもたらされるのでしょうか?

   このことについて、ある機関が研究調査した結果、
   転職や結婚相手との出会い など、人生の大きな転機は、
   普段めったに会わない人からもたらされることが判明したそうです。

   年に1回か2回しか会わない人、たまたま出会った人から、
   その後の人生を大きく左右するきっかけが与えられるということは、
   なんだか不思議な感じもしますが、よくよく考えると理屈が通っています。

   普段よく会う人は、持っている情報もたいてい似たものになりやすいです。

   近所の知人や友人を考えてみるとわかりますが、
   知人も重なっていることが多いので、
   話題も同じようなものになりがちです。

   ですから、そこからこれまでなかったようなきっかけが
   めぐってくることは少ないと言えるでしょう。


   一方で、普段めったに会わない人は、
   自分とは違った人とのつながりを持っていますので、
   自分の行動半径の中にはない情報を持っていることが多い
   と言えるでしょう。

   このことから考えても、普段よく会う人よりも、
   めったに会わない人から、思いがけないチャンスやきっかけが
   与えられることが多いのです。

   ただ待っているだけでは、転機というのは訪れません。

   いいめぐりあわせにあえないと嘆いているのなら、
   それは、ひょっとしたら、 自分の行動半径の中に閉じこもって、
   そこから出ていないだけなのかもしれません。


   ●普段、話しかけない人に声をかけてみる。

   ●いつも行かない場所に行ってみる。

   ●いつもは避けている仕事を買って出る。

   ●今日は、自分から挨拶してみる。

   ●普段、参加しないミーティングに出てみる。

   ●自分が読みそうもない本や映画を見てみる。


   転機となる扉は実はすぐそこにあって、
   普段の世界を一歩踏み出してみることで、開かれます。

   自分が変われば、チャンスはおのずともたらされるものです。

   <『ほとけさまと心がほっこり温まるお話』王様文庫https://amzn.to/3z24hcy

              ・・・

「縁尋機妙(えんじんきみょう) 多逢聖因(たほうしょういん)」(宝苑珠林より)

という安岡正篤師が紹介した言葉がある。


「縁尋機妙」とは、良い縁は次から次へと良い縁を結んでくれる。

縁とは誠に不思議なもの、計らざるものだ。


「多逢聖因」とは、結果には必ず原因がある。

いい人との出逢い、いい書物との出会い、いい師との出会い、気のいい場所との出会い。

それら全てが良い結果を創り出す。


「人生の大きな転機は、普段めったに会わない人からもたらされる」という。

つまり、何か、「新しいこと」や、「今まであまりやったことがないこと」を
やってみることだ。

すると、めったに会えない人と出会う確率があがる。


大事なことは、「まずやってみること」だ。

とりあえず、チャレンジしてみる。

やってみてから、合わなかったら止めればいい。

失敗することだって経験になる。


普段の世界を、一歩踏み出すことのできる人でありたい。

           <感謝合掌 令和4年9月9日 頓首再拝>

【人生は、縁を手繰り寄せる楽しみの旅】 - 伝統

2022/10/16 (Sun) 12:37:08


      *メルマガ「人の心に灯をともす」(2022.07.22)より

   (無能唱元師の心に響く言葉より…)

   「結局のところ、人生における目的とは、
    ひまつぶしの一語に尽きるのではあるまいか」

   このところ、私は、よくそんなふうに思うのです。


   成功したい。
   立派な人物になりたい。

   お金が欲しい。
   女にもてたい。

   人に尊敬されたい。

   自分を振り返ってみれば、こんな欲望は
   全部自分にあると思います。


   でも、それだから といって、
   「ああ、なんと私はあさましい人間であることよ」
   などと言って、自己嫌悪に陥ることもありません。

   私が人生において一番恐れていること、
   それは「退屈する」ことなのです。

   有り難いことに、私は欲張りで、やりたいことだらけ。

   お金も、名誉も、欲しいものだらけ。

   それで、なりふり構わず、いつもそれらを追いかけております。


   でも、それがうまく得られないからといって、悩むこともない。

   なぜなら、それらは、 私にとって、みんなゲームだからです。

   というわけで、私はいつも楽しく遊んでおります。
   これは結構な「ひまつぶし」じゃありませんか?

       <『小さなサトリ』河出書房新社>

        ・・・

「人生は冥途(めいど)までの暇つぶし」

とは、今東光大僧正の言葉です。

続けて

、”極上の暇つぶしをしなくてはあかん。
 人生は誰と出会えるか、その積み重ねでしかないんだよ”

と、語ったといいます。(島地勝彦)



暇つぶしだから、何もしないで、毎日ダラダラと怠惰に遊んで暮らす、
という意味ではありません。

日々起こる様々な問題に対して、
悲観的にならず、ゲームのように事にむかい合い、
面白がって暇つぶしをしていくことです。

そして、好奇心いっぱいに、機嫌よく、毎日を過ごし、
素敵な人と会い、常に新しいことを知ろうとすることです。

(中略)

様々な異質の人と会うことにより、「縁」が生じます。

その「縁」から、「運」がやってきます。


それを安岡正篤師はこう言っています。

縁尋機妙 多逢聖因 (えんじんきみょう たほうしょういん)

《縁尋機妙》 
良い縁は次から次へと良い縁を結んでくれます。
縁とは誠に不思議なもの、計らざるものです。

《多逢聖因》 
結果には必ず原因があります。
いい人との出逢い、いい書物との出会い、
いい師との出会い、気のいい場所との出会い、
それら全てが良い結果を創り出すのです。



まさに、極上の暇つぶしです。

冥途までの、極上の暇つぶしを楽しみたいと思います。

      <感謝合掌 令和4年10月16日 頓首再拝>

【時と人の縁】 - 伝統

2022/11/20 (Sun) 04:21:41


      *メルマガ「人の心に灯をともす」(2022.11.09)より

   (密蔵院住職、名取芳彦(ほうげん)氏の心に響く言葉より…)

   行きたかったライブやコンサート、講演会などに参加できなかったとき、
   あるいは誰かを 誘ったのに断られたときに「縁がなかった」と
   きれいにあきらめる人がいます。

   まったく正しい分析だと思います。

   自分が参加できなかったこと、期待していた人が来られなかったことを
   いつまでも 悔しがっているのは愚の骨頂です。


   参加できなかった、招く人が来なかったのには、「理由」があります。

   別の予定が 入っていたのなら、
   「その人に別の予定があった」という縁による結果です。

   また、 こちらが抱く悔しさも縁として働いて、
   「次は必ず!」という意気込みや計画につながることもあります。


   中国には

   「物事は時と人が揃わないと動き出さない」
 
   という格言があるそうです。

   「何かが動くのに、縁として“時”と“人”が必要だ」というのです。

   私はこの格言 をさまざまな状況で思い出して、
   一人で納得し、心をおだやかにしています。


   イベントに行けなかったのは、自分という縁はあったのですが、
   別の予定があった という“時”の縁が揃わなかったのです。

   俗に中二病の症状の一つとされる
   「僕だって、やればできますよ。ただ、やらないだけです」と、
   えらそうにしている人は、

   “時” も “人” の縁も揃わない(揃えない) ので、
   何かが動き出すという結果は望めません。


   一方で、許せない人や
   いちいち不機嫌になる人が多くなった時代という縁と、

   ある程度の仏教知識と人生経験があって、
   文章を書くのが嫌いでない私が生きている縁によって、
   本の執筆という動きが生まれます。

   私より人徳があり、文章が上手な先輩僧侶はたくさんいますが、
   先輩たちは "時” という縁が揃わなかったということでしょう。


   「物事は時と人が揃わないと動き出さない」

   この格言を覚えておくと、
   多くのことが納得できて、さっぱりできるものです。

      <『人生がすっきりわかる ご縁の法則』知的生き方文庫>

      ・・・

「時と人の縁」とは、タイミングのことだ。

たとえば、誰かと道でパッタリ出会うとき、
それが1分でもずれていたら会うことはないからだ。

それは、就職も、転職も、結婚も、スポーツの試合の勝敗も、
あるいは成功も失敗もタイミングで決まる。

ちょっとでもタイミングがずれていたら、
成功(失敗)していたかもしれない、ということが人生だからだ。


また、一方で、森信三先生のこんな言葉もある。

「人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。
 しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」

だからもし、道でパッタリ逢わなかったとしたら、
それは縁がなかったということ。

もし会う必要のある人なら、
必ずベストのタイミングで会うことができるからだ。


自分がイベントや講演会などを企画して人を誘ったとき、
こんなにいい企画なのになぜ来ないのだ、と悔(くや)しい気持ちになる。

しかしながら、ただ単に「時と人の縁」という
タイミングが合わなかっただけなのだ。

だから、自分が誘われる側になると、簡単に誘いを断ったりする。

げんきんなものだ。


一生のうち逢うべき人には…

ご縁があれば、いつかきっと会えるもの。


時と人の縁を大事にする人でありたい。

       <感謝合掌 令和4年11月19日 頓首再拝>

縁の奇跡による展開 - 伝統

2023/10/26 (Thu) 13:08:23


伊勢ー白山 道(2022-01-20)
(縁の奇跡による展開)
自分とよく似た他人同士で暮らせる、今の自分なのか?
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/82225711c16b9d562776884ff39ad400

       <感謝合掌 令和5年10月26日 頓首再拝>

過去生の縁の見分け方 - 伝統

2023/11/06 (Mon) 15:22:38

過去生の縁の見分け方
伊勢ー白山 道(2023-11-05)
https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/6a0dd50d0c4feb49f20fa77ed69878c1

         <感謝合掌 令和5年11月6日 頓首再拝>

【一生のうち逢うべき人には必ず逢える】 - 伝統

2024/02/05 (Mon) 14:57:09


     *メルマガ「人の心に灯をともす」(2023-04-25)より

   (鮒谷周史(ふなたにしゅうじ)氏の心に響く言葉より…)

   「求めれば与えられる」とよく言われますが、
   まさに真理だと感じています。

   「今、すぐ」に出会うことはできないかもしれませんが、
   「出会いたい」と心から願い、その気持ちを周囲にアピールし続ければ、
   必ずチャンスはやってきます。

   日頃から準備を整え、
   自分の存在や強み、多くの人と出会いたいという
   願いを情報発信してください。

   そうしてチャンスを待ち構えていれば、
   それを逃すことなく誰かと出会えるでしょう。


   その時、与えられたチャンスをありがたく、
   素直に活かす姿勢を持つとよいのではないでしょうか。

   出会いのチャンスがめぐってきたら、躊躇なく「OK」しましょう。


   私は昼、夜合わせて、1年間に
   最高650回会食する機会に恵まれたことがあります。

   自分からお誘いすることはあまりありませんでしたが、
   誘ってもらったチャンスを逃さずに活かしたことで、
   これほど多くの人と会食することができたのです。


   そして会いたい人に誘われたら、
   時間の許す限り、相手の仕事や経歴、著書、意見・ 主張について
   情報を入手します。

   何に興味があって、どんな人と交流があるのか、
   どんなメディアで活躍しているのか、どんな強みを持っていて、
   何に触れてはいけないのか、
   といったことも調べて、出会いの準備を整えましょう。

   当然、自分から相手に何らかの価値貢献ができるよう、
   準備を整えておくことも大切です。

   出会いのチャンスの多くは「ある日突然」訪れます。

   それを逃さないためには、
   「万難を排して」 相手の役に立つという決意が不可欠なのです。

        <『変われる人』かんき出版>

      ・・・

『人は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
 しかも、一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に』 

という、森信三先生の言葉がある。


また、安岡正篤師が紹介した言葉に、
『縁尋機妙(えんじんきみょう)多逢聖因(たほうしょういん)』
(宝苑珠林より)というものがある。

「縁尋機妙」とは、良い縁は次から次へと良い縁を結んでくれる。

縁とは誠に不思議なもの、計らざるもの。


「多逢聖因」とは、結果には必ず原因がある。

多くの、いい人との出逢い、いい書物との出会い、
いい師との出会い、気のいい場所との出会い。

良いものに、多く出会えば
出会うほど、良い結果は生じる。



この3年余に及ぶコロナ禍で
リアルに会う機会は激減してしまった。

しかし、昨今はようやく、
リアルの会合や講演会、勉強会、
懇親会などが開催されるようになり、人出も戻ってきた。


良い縁は次から次へと良い縁を結んでくれる。

良き縁を求めて、多くのリアルな会に参加すること。


『人は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
 しかも、一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に』

という言葉を胸に刻みたい。

・・・

<参照>
変われる人 8000人のキーハ゜ーソンと会食してわかったこと(鮒谷周史)
https://sharedoku.com/archives/1366

動画
書評「変われる人 8000人のキーパーソンと会食してわかったこと」鮒谷周史
https://www.youtube.com/watch?v=rRBBhU4-rG0

           <感謝合掌 令和6年2月5日 頓首再拝>

人とのご縁について - 伝統

2024/02/17 (Sat) 14:22:53


今すぐ縁を切るべき!?波長が合わない人とご縁が切れる前兆とは!?
伊木ヒロシ(2024.2.16)
https://www.youtube.com/watch?v=veHRgatDIrw

           <感謝合掌 令和6年2月17日 頓首再拝>

【縁に気づく】 - 伝統

2024/03/21 (Thu) 15:14:44


       *メルマガ「人の心に灯をともす」(2024.2.18)より

   (弁護士、高井伸夫氏の心に響く言葉より…)

   「あなたが今いちばん親しくしている方や
    お世話になっている方(たとえばAさん) とは、
    どういうご縁で知り合いましたか」

   「もし誰か(Bさん)のご紹介だったとしたら、では、そのBさんとは、
    そもそもど ういうご縁でつながりましたか」

   このようにCさん、Dさん......と縁を辿(たど)っていくと、
   時間や場所が少しズレていただけでも、
   Aさんにはお会いしていなかった可能性もあります。

   それを思うと、縁ほど不思議で、ありがたいものはありません。


   ここで忘れてならないことがあります。


   おそらくAさんに対しては、誰もが大切にされていると思います。

   しかし、縁をつ ないでくれたBさんに感謝していることを、
   まわりの人にも話していますか。

   このようなことに意識を持って気を使っているあなたに、
   聞いた人は「律儀な人だなぁ」と感じる。

   新たな縁が生まれる下地をつくっているとも言えます。


   また、「せっかく知り合った今日のご縁を、
   誰に紹介するのがいちばんいいか」などと
   意識してみることも大切です。

   つまり、この意識が「相手が喜ぶことは何か」を考える習慣をつくる
   ことになります。

   「小才は縁に出合って縁に気づかず、
    中才は縁に気づいて縁を活かさず、
    大才は袖振り合う縁をも活かす」

   これは、徳川将軍家の剣術指南役に留まらず、
   幕閣(ばっかく)として大きな影響力を持っていた
   柳生家の家訓といわれているそうです。

   才能豊かな人は、わずかな触れ合いでも縁に気づき、
   その縁を活かして、さらに豊かな人生を歩むことができる、
   という意味です。


   身近に生じた縁がどこでどうつながって、
   どんな人生を描いていくかわからないだけに、
   どんな縁も軽視するわけにはいかないのです。


   <『一流の人は小さな「ご縁」を大切にしている』かんき出版>

           ・・・

「縁尋機妙(えんじんきみょう)多逢聖因(たほうしょういん)」(宝苑珠林より)

という、安岡正篤師が紹介した言葉がある。



「縁尋機妙」とは、良い縁は次から次へと良い縁を結んでくれる。

縁とは誠に不思議なもの、計らざるものだ。


「多逢聖因」とは、結果には必ず原因がある。

いい人との出逢い、いい書物との出会い、
いい師との出会い、気のいい場所との出会い…

それら全てが良い結果を創り出す。


初めて会ったのに、
なぜか昔から知っているような不思議な感じがする出会いもある。

まさに、「縁尋機妙」だ。


悪い人と会っていれば、悪い人たちとの縁ができてしまう。

いい人と会っていれば、いい人たちと縁が結ばれる。


「縁」に大きいも、小さいもない。

後から考えると、ほんの小さなできごとが、
自分の仕事や結婚を決めるための大きなきっかけだった、
などということがある。

だから、目の前に起こるすべてのことは、
重要なご縁とつながっているということ。


今、目の前の人を大事にすること…

大事なご縁に気づくことのできる人でありたい。

・・・

<参照>

一流の人は小さな「ご縁」を大切にしている
Share読書(2017-6-22)
https://sharedoku.com/archives/13370


一流の人は小さなご縁を大切にしている
金沢合同法律事務所(2023年9月9日)
https://kanazawagoudoulaw.com/tokuda_blog/shohyou/2023090911089.html

       <感謝合掌 令和6年3月21日 頓首再拝>

過去世からの縁 - 伝統

2024/05/17 (Fri) 13:34:07


運命の赤い糸の真実 魂の伴侶=ソウルメイト
宇宙の兄弟たちへ(2024年5月16日)
https://www.spacebrothers.jp/2024/05/blog-post_16.html

       <感謝合掌 令和6年5月17日 頓首再拝>

『「縁」に近道はない』 - 伝統

2024/08/16 (Fri) 15:11:25


     *メルマガ「人の心に灯をともす」(2024.8.15)より

   (鍵山秀三郎氏の心に響く言葉より…)

   たとえば、人との縁をつくる場合。

   その縁を、一気に求めるようなことを、
   私はしたことがありません。

   どこまでも、自分の時間と手間をかけて、
   誠意をもって大切な人との縁を築き上げるように努力してきました。


   その過程では、「よし、私が口を利いてやろう」と
   もちかけてきた人もいました。

   しかし私は、そういう誘いをすべて断ってきました。

   まだ力がない自分にどんな有力な人を紹介されても、
   その縁を活かすことなどできるはずがないと思ったからです。


   安易に築いた縁ほど、脆(もろ)くて壊れやすいのは世の常。

   同時に、大きなリスクがいつまでもついて回ります。

   そんな生き方よりも、分相応の縁から築き上げるほうが、
   確実で失敗がありません。


   たとえ時間がかかっても、手間暇かけて努力する。

   これまで、私が一貫して心がけてきた生き方です。


   もともと、大事なことに近道などあるはずがありません。

   大事なことが、手間暇かかるのは当たり前のこと。

   ヘリコプターやロープウェイで到達するような安易な生き方は、
   ますます人間を軽薄にするだけです。

   一見、回り道のように思える、そうした生き方こそが、じつは人を育てます。


    《回り道は人を育てる》


   <『困ったことばかりでも、何かひとつはよいことがある。』PHP>

              ・・・

昨今、仕事系のSNSで、初めて知り合った人から、すぐに、
「ご興味があればZOOM等で情報交換しませんか?」とか
「オンラインでお話できませんか?」というメッセージがきたりすることが多い。

そういう人に限って、自分の記事は1回も投稿していなかったりする。

SNSでもリアルでも同じだが、その人の “ひととなり” を知らないのに、
「ぜひ、会いましょう」ということになるはずがない。


また、普段会わないような有名人を紹介されたとしても、
それがきっかけでそれから長いお付き合いが始まる、
などということはまずほとんどない。

結局、「ご縁」は積み重ねなのだ。

長く地道に交流することにより、ご縁が深まってくる。


「人生で最も大事なのは、今、目の前にいる人」と、小林正観さんはいう。

そして、運命を良くしたいなら、今、目の前にいる人を大事にすればいいだけ、と。

「縁」に、手っ取り早い近道はない。


「分相応の縁から築き上げるほうが、確実で失敗がない」

『「縁」に近道はない』という言葉を胸に刻みたい。

      <感謝合掌 令和6年8月16日 頓首再拝>

ご縁 - 伝統

2024/09/22 (Sun) 12:29:38

[並木良和]ご縁ー2024年9月21日
ナミナミの部屋(2024/09/21)
https://www.youtube.com/watch?v=YfafMAs3t-E

      <感謝合掌 令和6年9月22日 頓首再拝>

カルマメイト - 伝統

2024/10/28 (Mon) 12:57:00

カルマメイト
宇宙の兄弟たちへ(2024年10月27日)
https://www.spacebrothers.jp/2016/03/blog-post_9.html

(以下は抜粋です)

(1)一般的にはポジティブな関係のソウルメイトにしか
   言及されていないかもしれませんけど、魂の向上を願って、
   あえてネガティブな関係として出会う人もいます

   ネガティブな縁で結ばれている人のことを
   カルマメイトと呼ぶこともあります。

(2)すべての人が何らかの課題をもって生まれてきているため、
   何も起こらないような人生というものは無く、
   何らかのトラブルに巻き込まれたり、

   不本意と思えるような人との出会いと言うのも
   必ず経験するようにできています

   そうした出来事の中で、自らの魂の向上を目指して、
   人はこの世に生まれ、人との出会いを経験していくのです。

(3)なぜそのようなカルマメイトとの出会いが用意されているか
   というと、一つには前世で憎しみ合った感情を解消させるために、
   愛し合う間柄になることもあります。

   他には何か魂の課題があって、今世では出会っても
   そうした関係にならずに済むのかを試されるときなどです。

         <感謝合掌 令和6年10月28日 頓首再拝>

ある少年に起きたクリスマスの奇跡 - 伝統

2025/12/25 (Thu) 11:07:35


     *note:致知出版社note編集部(2022年12月24日)より

その先生が5年生の担任になった時、
一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。

中間記録に先生は、少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

ある時、少年の1年生からの記録が目に止まった。

「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」

とある。

間違いだ。他の子の記録に違いない。

先生はそう思った。


2年生になると、

「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」

と書かれていた。


3年生では

「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」

3年生の後半の記録には

「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」

とあり、


4年生になると

「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」

先生の胸に激しい痛みが走った。


だめと決めつけていた子が突然、
深い悲しみを生き抜いている生身の人間として、自分の前に立ち現れてきたのだ。

先生にとって目を開かれた瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた。

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?
 わからないところは教えてあげるから」

少年は初めて笑顔を見せた。

それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。

授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。

少年は自信を持ち始めていた。

・   ・   ・   ・   ・

クリスマスの午後だった。

少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。

あとで開けてみると、香水の瓶だった。
亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。

先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、
気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。

「ああ、お母さんの匂い!
 きょうはすてきなクリスマスだ」

6年生では先生は少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。

「先生は僕のお母さんのようです。そして、
 いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」

・   ・   ・   ・   ・

それから6年。またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。
 僕は5年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。
 おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」

・   ・   ・   ・   ・

10年を経て、またカードがきた。

そこには先生と出会えたことへの感謝と
父親に叩かれた体験があるから患者の痛みがわかる医者になれると記され、
こう締めくくられていた。

「僕はよく5年生の時の先生を思い出します。
 あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、
 神様のように感じます。

 大人になり、医者になった僕にとって
 最高の先生は、5年生の時に担任してくださった先生です」

・   ・   ・   ・   ・

そして1年。
届いたカードは結婚式の招待状だった。

「母の席に座ってください」

と一行、書き添えられていた。

https://note.com/chichinote/n/n679332dba029

       <感謝合掌 令和7年12月25日 頓首再拝>

幸運は縁によってもたらされます - 伝統

2026/03/12 (Thu) 12:57:47


*メルマガ「星のしずく」(2026.3.12)より

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Luck is brought by a bond
~幸運は縁によってもたらされます~
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幸せをつかもうと
一人で頑張っていないでしょうか。

あなたに限らず

誰もが、一人でできることには限界があります。


仕事や恋愛、趣味などさまざまな縁の多くは
人を介して運ばれてきます。

あの人がいたから、これができた
といった経験はあなたにもあるはず。


限りある時間のなかで、一人で縁を紡いでいくには
世間は広く、情報も膨大です。


だからこそ、
これまで培ってきた縁から
運ばれてくる縁
次につながる縁に身を委ねてみましょう。


あなたが、縁を求め、周りの声に耳を傾けたなら
きっと周りから、手が差し伸べられてきて

そこから繋がる縁によって、運命の扉が開いていきます。

        <感謝合掌 令和8年3月12日 頓首再拝>

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