伝統板・第二

3836404
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【36年祭】 - 伝統

2021/06/17 (Thu) 04:59:05

今日、6月17日は、谷口雅春先生の【36年祭】です。


昭和60年6月13日(朝)3時30分 【谷口雅春先生 最後のお言葉】


 『”病なし! 迷いなし! 罪なし!”

  これが生長の家の根本真理であります。

  それでは、神様ただ今より眠らせていただきます』


その後、眠りに入り、
神様から託された使命を全うし、
昭和60年6月17日午前7時53分、眠ったまま最高級神界に旅立たれました。

   「實相無相光明宮大真理説授正思惟大聖師」


《感謝・合掌》

・・・

谷口雅春先生から頂戴した御詩を心に抱きて~鎌 田 久 子

    *Web:み教えの基本に関する講演と論文 
         ~み教えを生きる悦び (13)より抜粋
    (http://hikarinoshingun.giri.jp/01-donna-oshieka/mioshie-no-kihon-kamata.htm


  ひとが なんとおん身を批評しようとも
  おん身は毅然として真理と共に立たねばならぬ

  おん身は 真理がいっさいのよろこびの
  源泉であることを知らねばならぬ


・・・

<関連Web>

(1)《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》
   本音では、尊師36年祭を執り行いたくないのでは
   https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=3286

(2)《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》
   36年前の今日(6月13日)の日の午前3時30分頃、
   https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=3297

・・・

<参考Web>

(1)生長の家“本流宣言”掲示板~「谷口雅春先生【26年祭】 (2737)」
    → http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=535     消滅

(2)生長の家“本流宣言”掲示板~谷口雅春先生【27年祭】 (10234)
    → http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=2425     消滅

(3)生長の家光明掲示板・第一 ~谷口雅春先生【28年祭】 (9307)
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1767    消滅

(4)生長の家光明掲示板・第二 ~谷口雅春先生【29年祭】
    → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=1796    消滅


(5)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【30年祭】
    → http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6515046

(6)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【31年祭】
    → http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6915417

(7)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【32年祭】
    → http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7584255

(8)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【33年祭】
    → http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7754408

(9)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【34年祭】
    → http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7875202

(10)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【35年祭】
    → http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7989381

           <感謝合掌 令和3年6月17日 頓首再拝>

【36年祭】関連掲示板 - 伝統

2021/06/18 (Fri) 05:02:51


(1)谷口雅春先生に帰りましょう・第二
   尊師36年祭の「祭文」
   https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=3293

   輝子先生は、追善供養祭のご挨拶で、最後をこう締めくくられたのでした。

   「涙がこぼれる方は、
    どうぞこの長崎の総本山のお庭に涙を捨ててって下さいませ。

    …そしてこれからこそ、魂になって自由自在な活動を
    活発にしていらっしゃるであろう谷口先生と皆さんは、
    魂的には肉体がある時よりもがっちりと一体になって
    いけるんでございますから、

    これからこそ生長の家の信者である人達は、光明化運動を活発にして戴いて、
    谷口先生のお心に応えて戴きたいと思うのでございます。

    どうぞ、お泣きになるような暇があったら、
    人類光明化運動を一所懸命なさって戴きとう存じます。
    皆さんのご協力をお願いしたいんでございます。
    これから皆さん、一所懸命働きましょう。」


(2)愛国本流掲示板
   永遠不滅の生命 谷口雅春先生36年祭
   http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9910

  ①いつかは、この地上から、姿を消すように見えたので、
   とうとうなくなったと思うときが来るかもしれんけれども、
   決してなくならないんです。

   また何回でもお目にかかります。

  ②我々は、神縁深く、すべての人々に、一度会った人に、
   別れるということは、決してないのであります。

   皆さんも死なないのです。
   私も死なないのです。

  ③私のいのちが永遠のいのちであると同じように、
   皆さんも永遠のいのちであるということを知っていただく、
   これが、生命の実相の悟りであります。 


(3)生長の家「本流復活」について考える(続したらば版)
   谷口雅春先生36年祭
   https://bbs5.sekkaku.net/bbs/toki2/mode=res&log=7051

   (昭和60年5月26日最後のご講話)

  ①われわれは、それは他生の縁、他の、何回も生まれかわっている他の国で、
   他の民族で生まれ変わっている時から、すでに互いに知り合いであった。

  ②皆さんは皆、無量寿如来のイノチを頂いて、
   で、ここに生まれ変ってきておられるのである。

  ③拝む世界に悪は出てこない。

  ④生長の家は「殺す勿れ」だから、戦争はない。
   すべての人間を生長の家に導いで「殺す勿れ」の最高道徳を
   政治家に実践させるように導いてあげてください。

           <感謝合掌 令和3年6月18日 頓首再拝>

谷口雅春大聖師三十六年祭にあたりて - 伝統

2021/06/20 (Sun) 05:05:56

         *亀の子ブログ(二〇二一年水無月十七日)より
          ”亀の子 さま”のお許しをお願いいたします。

 合掌、ありがとうございます。

 谷口雅春先生は昭和六十年六月十七日午前七時五十三分、
 九十一歳の天寿を完うされました。

 本日(六月十七日)は、お休みをいただき、
 東京都府中市の多磨霊園にある谷口雅春先生の墓前で、
 御遺徳を偲び、『聖經 甘露の法雨』を讀誦させていただくと共に、
 天皇國(日本)の實相顕現、天皇の實相顕現、全人類の實相顕現の
 お導きと、御誓いをして参りました。

 墓前に着いたのが人気を避けたため、午後3時半過ぎとなりました。
 基本的に小生は「獨行道」です。

 既に多くのお花が供えられ、お香の香りがまだ漂っていました。
 お線香二束の最後の煙がまだかすかに小生の身体を浄めるように
 取り巻かれている感じでした。

 さて、今日は、谷口雅春大聖師の最後の御講話や遺稿を
 「覺え書き」として纏めておきたい。


 まずは、『〔故 生長の家総裁谷口雅春尊師追悼グラフ〕
 生長の火をかざして 永遠の谷口雅春先生』(絶版状態)より
 (以下『生長の火をかざして』)

①最後の御講話は、
 昭和六十年五月二十六日、長崎・総本山の団体参拝練成会での
 御講話となりました。(21頁より)

②「遺稿」となった、
 『「碧巖録」終講の辞』の原稿お寫眞(6~7頁)
 『「碧巖録」終講の辞』の御文章(102~107頁)

 ※「碧巖録」終講の辞 は、『碧巖録解釋』(絶版状態)に輯録されています。

③谷口雅春先生の最期の御言葉は、

「病い無し。迷い無し。罪無し―これが生長の家の根本真理であります。
 それでは神様、唯今より眠らせて頂きます。
 それでは神様、唯今より眠らせて頂きます。」(『生長の火をかざして』96頁)

④谷口雅春先生の最期の署名となったものは、

 『谷口雅春著作集 第4巻 實相と現象』(以下、『實相と現象』)の
 「はしがき」末尾の日付署名が、最期の署名とほぼ断定されています。

『實相と現象』(6/17時点で販売中)はお持ちの方も多いと思ひますので、ご確認ください。
 そこには、

 「昭和六十年五月二十八日 著者 谷口雅春 識す」 とあります。

 この『實相と現象』は、追悼特別版です。

 ※「最期」と「最後」は、同じ「さいご」と讀みますが、
  その違いを意識したことがあるでしょうか。
  深い意味が異なるため使い分けが必要です。使い分けは、ご自分でお調べください。


 以上の①~④までは、谷口雅春先生のことを學んだ人なら、
 答えられることであると思ひます。


 小生が、もう一つの<遺稿>として挙げるならば、

『生長の家』昭和六十年十二月号(寫眞参照)に輯録されている
「大祓祝詞の研究」と云ふ御文章である。

 特に上記の①の「最後のご講話」と②『「碧巖録」終講の辞』に
 注目する人は多いものの、この「大祓祝詞の研究」と云ふ御文章に
 注目する人は、少ないというか「生長の家」関係の掲示板、ブログでも見たことがない。
 谷口雅春先生の遺稿であるのに、何故か注目する人がいないのが現状である。


 さて、その遺稿である御文章「大祓祝詞の研究」の冒頭を最初に拜讀した時、
 小生は、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けたものである。

 < 大祓祝詞の解釈を書いてくれと頼まれたので、それを書こうと思ってペンを執ると、
  さて其れは却々(なかなか)大変なことである。何の気なしに日常生活で使ってゐて、
  自分に解(わか)ったつもりでゐたが少しも解ってゐなかったのだと気がついた。
  それで私はその後いろいろと勉強して多少本当のことを知ったのであった。
  大体「祝」と云ふ字を何故「ノリ」と読むのかも私は今まで知ってゐなかった。…(後略)>
           (「遺稿 大祓祝詞の研究 生長の家総裁 谷口雅春」32頁より)

 8頁に亘る御文書であるが、
 「大祓祝詞」の(第一節)「高天原に神留ります……」と
 (第二節)「皇(すめら)が親(むつ)、神漏岐(かむろぎ)、神漏美(かむろみ)の命(みこと)以ちて、」
 の御解釋が書かれているのであるが、上記の冒頭の、

< 自分に解(わか)ったつもりでゐたが少しも解ってゐなかったのだと気がついた。>

< 大体「祝」(原文ママ)と云ふ字を何故「ノリ」と読むのかも私は今まで知ってゐなかった。>

 との御言葉に衝撃を受けたのである。

「祝詞」の御解釋としては、上記『實相と現象』に輯録されている
「禊祓祝詞講義」(初出『生長の家』昭和32年12月・昭和33年2月~3月)があり、
 大本教でも當然のこととして、学んでおられるはずで、その御言葉には驚き恐懼した次第である。

 ここまで謙虚に谷口雅春先生が「私は神のラッパである」との深い自覺に徹しておられるお姿に、
 先生の御教へを学んだ者として、改めて襟を正さねばと思ったものである。

「大祓祝詞」は、「禊祓(みそぎはらひ)祝詞」(「天津祝詞」)の基になっている有名な祝詞で、
「生長の家総本山」でも今月(6月)30日の六月晦大祓(みなづき つごもり おおはらい)と
12月31日に行われる大祓は、大晦大祓(おおつごもり おおはらい)で
「大祓祝詞」を奏上しているはずである。


 ※ 確認のため、「生長の家総本山」の行事の動画を見たが、
   驚くことに、大祓人型は、「「観世音菩薩讃歌」の一斉読誦で焼納」との
   テロップに驚くばかりである。(…後悔先に立たずであった)

 谷口雅春先生の「大祓祝詞の研究」の御文章は、
 未完と云ふ形で終わっていることが誠に残念である。


 今日は、谷口雅春先生・谷口輝子先生の高き神界からのお導きをお祈りした後、
 三島由紀夫先生の眠る平岡家の墓前でも、「天皇國日本」の實相顕現のお祈りをして
 帰路についた次第である。

 写真は、東京都府中市にある多磨霊園と谷口雅春先生の<遺稿>
 「大祓祝詞の研究」が掲載された『生長の家』誌である。

 ※ なお小生のブログ更新時間は、22:22分を目指しています。
   「22」の意味するところはすでにお判りのことと思います。
   出来れば11:22としたいところですが、
   日中は仕事のため、22:22分が多いのもそのためです。

    感謝 禮拜

   (http://kamenoko4126.livedoor.blog/archives/10186410.html )

・・・

<参照>

「最期」と「最後」
https://www.famille-kazokusou.com/magazine/shukatsu/140

           ・・・

最後の御講話は、
昭和六十年五月二十六日、長崎・総本山の団体参拝練成会での御講話

(生長の家「本流復活」について考える(続したらば版)より)
  https://bbs5.sekkaku.net/bbs/toki2/mode=res&log=7051

(”tapir さま”のお許しをお願いいたします。)


★★★★★

“「袖振り合うも他生の縁」ということわざがございます。 
……今ここ日本の各所で生まれた人が集まっておられるが、
吾々はある時には、ギリシャの王子として生まれたり、
あるいはお姫様として生まれたり、そしてそこでお互いに会いおうて、
恋愛をして、その王子になり王子の奥さんになったような方々も
ここにいらっしゃるわけなんであります。

……そして今日本の国に生れて、北海道のような北の、遠いところやら、
  あるいは台湾のような南の方の端のところでうまれた人も中にはありますけれども、
  それは他生の縁、他の、何回も生まれかわっている他の国で、他の民族で
  生まれ変わっている時から、すでに互いに知り合いであった。


……鶴は千年、亀は万年といいますが、人間は万年どころじゃない、無量寿如来である。
  (拍手)「正信偈」という仏教のお経は、〝帰命無量寿如来 南無不可思議光〟
  という書き出しで始まっておりますね。

  帰命とは、イノチの元へ帰って考えて見るのが帰命であります。
  そしたら、皆さんは皆、無量寿如来のイノチを頂いて、で、
  ここに生まれ変ってきておられるのである。

  皆さんは、ここへ生まれてから真宗の信者になったとか、
  阿弥陀さんの信者になったとかいう、そんな浅い因縁ではない。

  命の元へ帰っていったら、無量寿如来、いいかえると阿弥陀如来であります。


……拝む世界に悪は出てこない。
  「合掌すれば妙楽の世界いま開く父ををがまむ母を拝まむ」という僕の歌があります。

……父と母だけじゃないすべての人間は、無量寿如来の、おんなじ命の兄弟であるから、
  父を拝まん、母を拝まん。それだけじゃない。

  すべての衆生、すべての人類を拝まして頂きます、とね。
  そういう心になったら、その心が以心伝心相手に伝わって、
  それが世界中に広がるようになれば、戦争はなくなる。


……すべての善のもとは、何かというと、不殺生、殺生をしないということがね、
  すべての道徳の根本にあるんだ、誰かを殺さなければ、
  何かの利益やあるいは権益が得られないというのは、これは皆、戦争のもとだ。


……皆さん、生長の家は「殺す勿れ」だから、戦争はない。
  すべての人間を生長の家に導いて「殺す勿れ」の最高道徳を
  政治家に実践させるように導いてあげてください。

  皆さんもどうぞ。皆さんの息子を、娘を、兄弟を、
  導いてあげて頂きたいのであります。

  これを皆さんにお願いして、今日の私のお話を終わることにいたします。
  有難うございます。清聴を感謝致します。有難うございます。”

(生長の家本部編『生長の火をかざして 永遠の谷口雅春先生』p21)

★★★★★

           <感謝合掌 令和3年6月20日 頓首再拝>

尊師谷口雅春先生ご昇天 - 伝統

2021/06/24 (Thu) 04:44:08


       *Web:「愛知県強化部」より抜粋

昭和60年6月17日、午前7時53分、
生長の家総裁谷口雅春先生がご昇天なされた。

解脱名は 実相無明光明宮大真理説授正思惟大聖師。

釈迦、キリストの教えを完成すべく出現した生長の家の創始者として、
半世紀以上の永きにわたり、全人類をお導きくださった先生。

この日は吾々生長の家の信徒のみならず、
全人類にとって永遠に忘れることのできない日となった。


『「碧巌録」終講の辞』で
「それでは”左様なら”とニッコリ笑って、皆さまとお別れ致しませう」
と述べられているが、

谷口雅春先生の最後のご挨拶ともいうべきこのご文章を拝するとき、
粛然と襟を正さずにはおられない。

           <感謝合掌 令和3年6月24日 頓首再拝>

『「碧巌録」終講の辞』 - 伝統

2021/06/25 (Fri) 03:09:49


       *『碧巌録』終講の辞より(P854~ )より抜粋
        http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6915417
        (2016/06/22 (Wed) 04:23:18)

(1)私も『碧巌録』第九十二則の世尊に倣(なら)って
   講座から下座すべき時が来たと悟った。


(2)宇宙の真理と云うものは、それを長廣舌を揮って詳密鄭寧に書けば
   一生涯続けても、書き終わるを得へく簡単なものではないが、

   それを百歳の長寿を保って最後の時が来るまで
   書き続けても書き終わり得るべきものでもない。

   もう九十三歳の歳を迎えているので
   何時、私の霊魂も現世から他界へ移住するよう
   神から命ぜられるかもわからない。


(3)読者諸賢に、今まで御愛読下されたそのご愛念に
   感謝の辞を述べて置くのが老人の智慧であり、
   礼儀でもあると思いついたのである。

   何時他界しても皆さまに挨拶もしないで別れて行くよりも、
   此の世に思い残すことがなくなり、
   もう何も此の世でして置くことは残っていないと
   心の肩の荷を卸して、

   他界へ移転して行く方が思い残すことが何もない、
   気楽な気持ちで他界へ移住することが出来ると考えついて、
   私は今、この様なあいさつ文を書いているのである。


   それでは、「左様なら!!とニッコリ笑って、皆様とお別れ致しましょう。


   しかし今別れても次の境涯で皆様と再会する時期が屹度来ると信じます。


(4)釈迦牟尼如来は大無量寿経をお説きになりました直後、
   「如来の當(まさ)に為すべきことはなし了(おわ)れり」と仰せられたと
   伝えられております。

   私は今まで本誌に『碧巌録』の講義を書き続けて来ましたが、
   本講を以て、釈尊と同じく

   「谷口雅春如来の當に為すべきことは成し了れり」

   と申すことにしたいと思うのです。 

           <感謝合掌 令和3年6月25日 頓首再拝>

谷口雅春先生の最終講話 - 伝統

2021/06/27 (Sun) 05:01:42


       *Web:インターネット道場365日 (2018/06/13)より抜粋
            御遺言の全文「殺す勿れ」 昭和60年5月26日
            谷口雅春先生の最終講話(総本山顕斎殿にて)

(1)「袖振り合うも他生の縁」

  ①他の生涯に生まれとった、その時からの縁で
   深い深い因縁によってこうして集まってこられている。

  ②例えば私が釈迦無尼如来として生まれて、インドで講演しておった時に、
   その時に、皆さんもその釈迦無尼如来の説法を聞いて、
   そして悟りを開いて菩薩となったような、
   そういう人もこうたくさん集ってきておられる。

  ③同じ真理の話を聴いて尚一層悟りを深める、こういうね、
   有難い因縁を一緒にこう持つということは、
   これは滅多に得られないところの深い深い因縁であるわけであります。


(2)「鶴は千年 亀は万年」

  ①人間は万年どころじゃない。無量寿如来である。

  ②皆さんはみんな無量寿如来の命をいただいて、
   でここに生まれ変わって来ておられるのである。

  ③あなたの命も無量寿如来の命が宿っている、
   私の命も無量寿如来の命が宿っている。

   互いに兄弟である。ということを自覚して、
   そして仲良く交際していくようにしていただきたいと、
   私は思うのであります。

  ④潜在意識は幼い子供も老人の人間の潜在意識も、
   みんなその奥には仏陀が、阿弥陀如来が在しますんだ。

   それを思い出してその命はどこから出てきたか、
   自分の命が無量寿如来すなわち阿弥陀さんの命から生まれてきた命である。

  ⑤小さい体であるけれども、命は無量寿如来。
   皆さんは無量寿如来でありますよ。

  ⑥人間の命の仏性は、仏の命が宿っているのであるということを、
   皆さんは毎日思い出すがいい。

  ⑦人間は無量寿如来の命の別れだ。
   今無量寿如来の命が宿っている。如来さまですよ、
   人間は。自覚した程度にその人の生活が高まっていく、
   浄まっていくものであります。

  ⑧みんな天界に在しますところの、無量寿如来の命の別れが
   天下ってきて、そしてお母さんのお腹に宿って、
   そこから生まれてきたんだ。

  ⑨無量寿如来の命がここに在しますということが分かったら、
   自分のここにあるだけじゃなくて、すべての人間の命の中に
   無量寿如来が在わします。

   みんなが無量寿如来。
   如来と如来の拝み合いの世界がこの世界だと。
   これを悟らしていただく。

  ⑩みんなに無量寿如来の命が宿っているものを、
   それを引き出すのは、これが教育である。

   みんな無量寿如来の、如来さまの命が宿っているから、
   拝まずにはおれない。

   みんな拝まれる。
   そういう資格のある、実際至上仏性、仏性、仏の本性が
   みんなに宿っている。

   それをね、自覚させるのがこれがほんとの教育だ。


(3)殺す勿れ

  ①すべての十全、あらゆる善のその一番最初の項目は
   何かと言うと不殺生、殺生せず
   ということがすべての道義、道徳の根本である。

  ②不殺生、すべての人間は、根は如来の命が宿っている、
   その人間を殺して自分が権益を奪う、利益を奪う、
   そんなことがねえ、いいことか悪いことか。

   もう考えてみないでもすぐ答えは出てくる。

  ③モーゼの十戒も、あるいは仏教の十全の徳も、
   みんな最初の項目は殺す勿れである。

   殺すのはいかん、というのは人間の命は如来の命である。
   如来を殺して、大変な仏罰があたる。
 
  ④世界平和の根本的真理は「殺す勿れ」。

   生長の家は『殺す勿れ』だから戦争はない。
   すべての人間を生長の家に導いて「殺す勿れ」の最高道徳を
   政治家に実践させるように導くように、

   みなさんどうぞ皆さんの息子を、娘を、兄弟を
   導いてあげていただきたいのであります。

   これを皆さんにお願いして、今日の私のお話を終ることに致します。

https://internetdojo.wordpress.com/2018/06/13/%E8%B0%B7%E5%8F%A3%E9%9B%85%E6%98%A5%E5%85%88%E7%94%9F%E3%81%AE%E6%9C%80%E7%B5%82%E8%AC%9B%E8%A9%B1/

           <感謝合掌 令和3年6月27日 頓首再拝>

(東京 多磨霊園)谷口雅春先生のお墓 - 伝統

2021/06/29 (Tue) 02:49:47

谷口雅春先生 奥津城(東京) SEICHO-NO-IE
生長の家 谷口雅春先生 奥津城(東京 多磨霊園)
多磨霊園 5-1-18-12(この番号をメモして参拝にお出かけ下さい)
https://www.youtube.com/watch?v=dG-ECojxm_A

           <感謝合掌 令和3年6月29日 頓首再拝>

最後に詠進された谷口雅春先生の御歌 - 伝統

2021/07/02 (Fri) 04:18:51


昭和六十年御題 「旅」


   旅すれば遇ふ人毎を拝むなり遍路の心尊くもかな


   人生は淨土に向ふ旅なれば一歩一歩に愛を重ねん


  ( https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=2673 より )

  ( http://kamenoko4126.livedoor.blog/archives/2219917.html )

           <感謝合掌 令和3年7月2日 頓首再拝>

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