伝統板・第二

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伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/03 (Mon) 08:47:54




<安岡正篤先生の『干支の活学』によれば、


【「壬」とは】

女性のお腹に子供を宿す「妊」の一部であることから

「はらむ」「生まれる」という意味
また「任」に通じ、物事を任せていく意も。

【「寅」について】

協力し、敬んで時務にあたる。

まっすぐに、つつしんで正しく進める。


<「壬寅」の今年は、

任せるべき人にはしっかりと任せて、

仲間と協力し合いながら、時務に当たることで、
新たなものをつくる年。>


 伝統様の御投稿より<m(__)m>。




 新春(^^)/に当たりて、雅春先生の御言葉を御紹介。



 三月の箴言 神と人間との交渉  女性のための智慧  

                谷口雅春先生

      昭和四十八年「白鳩」誌三月號


   一日の箴言 物質文明のもたらす精神的公害


 昨年一ヶ月以上に亙つて、國土綜合開發審議會會長

平田敬一郎氏を團長とし、各界の名士たちが參加して

日本調査團が出來、ヨーロッパその他の先進文明國九

ヶ國を、視察旅行をしてきて、その視察の結果を報告

されてゐたのであるが、その報告の一部概要が『人間

改造』第168號に載つてゐた。その概要摘記すると、


「この豫言によると、國民所得が豊かな先進國ほど、

犯罪の發生が多くなつてゐる。これは高度に物質文明

が發展した國の人々は、かへつて不幸な人生をもつている一つの證據である。」

「國民所得第一位のアメリカで青少年の麻薬や性犯罪

が急激に増加したり、經濟・政治・文化の高度な發展

のために生活は豊かになつてゐるが、個人の人生に生

き甲斐が失はれてゐるために、いろいろな事件が續發

する。このことはアメリカもソ連も同一である。」

「同じやうな狀態になつている日本を含めて、今後、

精神環境改善の必要がある。これらの精神環境改善の

問題はまつたく先進國が一致して味はつている點である。」

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/04 (Tue) 09:09:15



 米中ロ英仏「核戦争回避」の記事が踊っています!(^^)!。

寅より丑年に似合ったNewsのような気がしますけれど…。








 雅春先生の御話です。


 「日本などでは物質文明の發達に伴ふ物質的公害な

どといふものが世界の先端を切つて問題にされてゐる

けれども、更に精神環境の惡化といふことについて、その原因をはつきりしなければならない。」

「ヨーロッパで痛感した問題は、北歐三國のやうに社

會保障制度が進んでゐるのに生き甲斐を失つた老人が非常に多いといふ事である。」

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/05 (Wed) 08:45:23



 米感染 初の1日100万人!(^^)!、イ感染!(^^)!。

これでも、日本3回目進めますか(^_-)。









 雅春先生の、二日目です。



   二日の箴言 科學文明よ傲ること勿れ


 わたしが十年前、アメリカおよびヨーロッパ諸國を

講演旅行した時に、やはり老人の福祉施設が最も整つ

てゐる北歐三國に於て老人の自殺が世界中で最も多い

のだと聞かされて驚いたのであつたが、日本も物質文

明が發達して國民総生産が自由國家群中第二位になり

保有外貨が百億ドルを越して尚、増加し續けているや

うな現狀に於て、老人を最も敬ふ日として設けられ

た”敬老の日”に、皮肉にも老人の自殺が新聞紙を賑はすことが殖えて來た現象があるのである。

「功成り名とげた老境がそのまま不幸を表はすやうな

ことでは、いかに豊かな社會をつくつてみたところで

ナンセンスと呼ばなければならないだらう」と前記の調査團報告は結論として述べてゐるのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/06 (Thu) 08:52:24



 普通の風邪だというのに、マスコミは誠にかまびすしき限りです(*^-^*)。ウッセイワ(^^♪。ウザイ?








 雅春先生の御言葉です。



 これは物質的欲望がいかに滿足せしめられても、魂

は却つて飢ゑるといふことをあらはしてゐるのである。

だからイエスは「人はパンのみにて生くるにあらず、

神の口より出づる言葉による」といつてゐるのである。

愛のない物質的な社會施設だけでは人間の魂の飢を滿たすことはできないのである。

 物質的な日本列島改造よりも、その改造の最も根源

的なる”精神的なるもの”が改造せられなかつたら、

改造を加へれば加へる程、また次の別の公害があらはれて來るのである。

科學文明よおごる勿れである。

                  (つづく) 

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/07 (Fri) 07:56:37




<「お早うございます!
 
スバラシイ朝だ!

 幸せ一杯の朝だ!

 今年は、スバラシイなあ!
 今日は、スバラシイなあ!

 私は、神の子、スバラシイなあ!

 私は、日本一、幸せだア!

 私は、世界一、運がいい!

 健康で、明朗で若々しい!

 貴方は、私の福の神!

 家庭円満、大調和!

 ここが、このまゝ天国浄土!

 ウレシイ、 タノシイ、

 アッハハハハア!
 アッハハハハア!」〉










 雅春先生です。


  三日の箴言 人生の厩橋側と上野公園側と


 わたしたちの運命は”自分の心”のタイプに從つ

て、同じタイプのものが引き寄せられて運命の形を生

成して行くのである。科學的に安全だと思ふ方に走つ

ても、それは却つて”死滅の道”であることがあるの

である。たとへば五十年前の關東大震災のとき、わた

しは東京淺草區松葉町にある寺院の境内に建てられて

ゐた二階家を借りて執筆生活をしてゐたが、大正十二

年九月一日、正午二分前になると突然二階は將に難破
せんとする小船のように揺れ出したのであつた。

辛うじて階下に降り、境内の地面の上にとび出して、

その後の地震の繼續の有樣を見てゐたのであるが、餘

震は暫くでは止みさうもないのである。揺れが静かに

なりかけたと思ふと以前より大きくまた激しく揺れる。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/08 (Sat) 08:39:47



 どっこい、「やまと新聞」は生きていた(^^♪。

源流様、御転載有難うございます<m(__)m>。










 雅春先生です。


 その内に四方八方、焔の海になつて來たのであつ

た。私たちの逃れて行く道は唯二つあつた。一方は厩

橋の方であり、もう一方は上野公園の方であつた。ど

ちらを選ぶかは、瞬時を爭ふ危急の場合で理屈はないのである。

人間は、ただ「フト思ひついた方」へ走り出す。そし

て厩橋の方へ逃れて行つたものは、焔にとりかこまれ

酸素に缼乏した空氣の中で倒れて數萬人が焼け死んだのであつた。

わたしは幸ひにして上野公園の方に逃れたので、公園

には延焼して行くべき密集した建物が無いので、焔に

とりまかれることはなく數萬人がそこへ逃れて助かつたのであつた。

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/09 (Sun) 08:36:37



<今、このような人生を歩むことができるのも、昭和天皇さまのおかげです。>

<そして、皇族方と旧11宮家の交流は、菊栄親睦会という会を通じて現在も続いているといいます。>


 破邪顕正様の御投稿より<m(__)m>。








 雅春先生です。


 死の方向を選ぶか、生の方向を選ぶかには咄嗟の場

合で理屈はない。ただ「フト思ひ浮かぶアイディアに

動かされて行動するだけなのである。その「フト思ひ

浮かぶ」といふのは果たして何者が「フト思ひ浮かばす」のであらうか。

日本列島改造も、いろいろの理屈はついてゐるが、そ

れは付け足しで、田中角榮さんが總理になる前からフ

ト思ひ浮んだアイディアに、あとから理論づけをした

ものであるのである。それが日本の公害を避けるため

に走り出す厩橋側になるか、上野公園側になるかは、

田中角榮さんが、神の叡智に導かれたのであるか。た

だ物質文明的な唯物論的知識に導かれたのであるかに
よつて、その成果が異なつて來るのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/10 (Mon) 08:27:18



<後七日御修法(「ごしちにちみしほ」 あるいは「ごしちにちみしゅほう」)

https://kyototravel.info/goshichinichinomisyuhou

 下総の野人様ご紹介です<m(__)m>。






 雅春先生です。


  四日の箴言 人間の運命を指導する神祕な力


 人間の運命―-時としては國家の運命――をすら左

右する不思議な力であるところの” フト思ひつ

く”といふ想念は一體どこから來て私たちを導くので

あらうか。ある人は、「この株を買つたら、儲かるだ

らう」とフト思いついて株を買つたら暴落して大損を

するのである。またある人は「この馬こそ一著になる

大穴馬だ」と思つて馬券を買つて損をする。その反対

にフト思いついた事業が大發展して一大資産をつくる人もあるのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/11 (Tue) 07:50:23



<それを、森信三先生は、

「休息は睡眠時間以外不要という人間になること。

 すべてはそこから始まるのです」

と、厳しい言葉で諭(さと)されている。


今年一年、「慎獨」に努め、己を律し、練り上げたい。>


 伝統様の御投稿より<m(__)m>。






 雅春先生です。


 心理学者は、この不思議な”聲なき囁き”の正體を潜在意識の囁きだと解釋する。

あなたの潜在意識には一體何が潜んでゐるのであらうか。

それについて皇學館大學の佐藤通次博士は、山陰神道

の機關紙に『自靈拜の哲理』と題してその”聲なき囁
き”の正體について次のやうに書いてゐられる。

「・・・・・古代ローマ人が、人には誕生と共に守護

の靈がつくと考へたのを、まことに道理のあることと

思ふ。・・・・・この守護靈は、各人の誕生と共に活

動を始め、その人の死とともに消えるのであるから、

これを哲學的に説明するならば、普遍的に作(はた

ら)く生命が、いはばおのれの焦點を定める力がゲーニウスであるといふことが出來よう。

ローマの美術では、このゲーニウスを翼を持つ姿に表現してゐる。」

”翼を持つ”といふのは、天界より降誕した天使を意味していると思ふ。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/12 (Wed) 08:37:51



 SBIホールディングスの北尾 吉孝代表取締役社長ってスゴイ年相を披露しているのですね(^^♪。

 また、SDGsにもウラがあるんですか???








 雅春先生です。


  五日の箴言 吾らはみな”天才”である


 われわれが研究して結論を得た心靈學では、人間の

魂が地上に降誕すると、それを指導するための守護神

が、祖先靈の内の靈的に發達したる高級靈に属する靈

が産土神により指名せられて、その人間の一生涯の守

護神となるのである。これを正守護神といふ。それは

一生涯交代することなくその人に付き添ふてその人の魂を指導するのである。

これが佐藤通次博士が「古代のローマ人が、人には誕

生と共に守護の靈(Genius ゲーニウス)がつくと考へた」といふ”守護の靈”に當るものだと思ふ。

Geniusは英語の発音ではゲーニアスと讀み、われわれ

は”天才”と譯し來つた文字であるが、佐藤先生にロ

ーマ人の讀み方” ゲーニウス”を教へてもらつた譯

である。いづれにせよ、高級靈なる神秘的叡智者なる

靈がわれわれには、生まれるとすぐ吾らと偕にあり、

その叡智に感應して”天才”が發顕して來るのである。

だから吾々は本來皆”天才”であり、肉體智以上の力を發顕し得る素質を備へてゐるのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/13 (Thu) 07:59:08

 

 アホコロナカルタ(^^♪、よく出来てますね(^^♪。












 雅春先生です。


 われわれは皆”天才” (ゲーニウス)を内に宿し

ているけれども、現象的には皆”天才”になれる譯ではないのである。それは何故であらうか。

守護神は”靈”であつて肉體ではない。われわれ自身

と守護神(または守護靈)との關係は、霊と靈との關

係であるから、靈的に互ひに波長があつてこそ、互ひ

に感応通行し得るのである。ところが肉體を現じてい

る人間は往々にして肉體的欲望及び物質的欲望の虜と

なり、その精神が物質的方向に傾けば傾くほど、その

人の精神波動は、守護神の高級な靈的波動の振幅に周波數が合はなくなる。

そのために、その人の魂は、折角つきそつてゐて下さ

る守護神の助言の囁きが聴えなくなり、不測の災禍が

起る直前に、守護神は「早くここから逃れよ」と囁く

けれども、その囁きを聴くことが出來ずに、その人は
不測の慘禍をまともに受けることになるのである。

                 
                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/14 (Fri) 08:05:47



 笑うことはいいこと、コロナ禍でも・・・(^^♪。





 雅春先生です。


  六日の箴言 古代ギリシャ人の考へた守護靈


 古代のローマ人に似た守護靈に關する考へが古代ギ

リシャ人にもあつたといふことを佐藤博士は次の如く書いてゐられる。――

「ギリシャ人はそれをダイモニオン(Daimonion)と

呼んだ。たとへばプラートンによれば、ソクラテスには

 ダイモニオンがついてゐて、ソクラテスが惡の方向

に走らうとすると、内なる聲としてソクラテスを戒めたといふことである。

人間の良心のとがめといふものは、まさしくダイモニ

オンの聲であらう。古代の抒事詩人ホメーロス(ホー

マー)では、ダイモニオンは神にほかならず、神をその超人的な活動力のはうから呼んだ名であつた。


                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/15 (Sat) 08:34:48



 さっぽろ雪まつり、無観客検討、無感動(^_-)。









 六日目続きです。


 べつの抒情詩人ヘシオドスでは、ダイモニオンは神

と人との仲に立ち、人間の運命を良きにつけ惡しきに

つけて左右するものと考へられた。そのダイモニオン

が、ギリシャ哲學では、人に内在する”靈的なるも

の”と解せられ、もつぱら人を正善に向はしめるも

の、人間の内における神的なるものとされるにしたがひ、上記のプラートンの表現を生んだのである。」

                   (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/16 (Sun) 08:28:29



<21
爾来→以来

21
轍(わだち)→車輪

21
註文→注文

24
線であるかの如く→線であるごとく
※文語的表現「かの如く」への無理解か?

24
迷わぬ人ほど悟りにくく→迷わぬ人こそ悟りにくく
 ※意味が似て非なる變更?

24
視え触れ→見え触れ・・・>・・・。


 立葵様にご指摘、誠に意を得たり(^^♪、スゴイです。








 七日目です。


 七日の箴言 ” 内なる聲”にもこんな低級靈の聲がある


 以上は佐藤博士の説明であるが、教へられるところが多いのである。

 しかし”内なる聲”にも心靈學上に分析して行け

ば、決して内容が同一ではなく、いろいろあり、”善

霊の聲”もあれば”悪靈の聲”もあのである。嘗て名

古屋でこんな人があつた。靈媒的素質を持つた人であ

つたので、何か”靈の聲”が頭の中にきこへて來るのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/17 (Mon) 08:09:23




 正論を通すのは、難しい事なのですね!(^^)!。









 七日目続きです。


 本人が何か問ふと、それに対して答へてくれる。随

分、當ることや人間の及ばないやうな豫言的囘答をし

てくれたりすることがある。時々、間違ふ囘答もあつ

たが、問ふと答へてくれるので面白いので、その”靈

の聲”と互ひに話し合ふのが楽しみになつて來たので

あつた。そこまでは大して弊害もなかつたが、そのう

ちにこちらが尋ねもしないのに、その”靈の聲”が彼

の頭の中で間斷もなく話しかけるやうになつたのである。

これではうるさくて仕方がない。仕事の邪魔になる。

落ち着いて何かを考へる暇もない。彼は靈から來る聲

を無線電信的なものだと考へて、その受信を他へ誘導

して外らしたら聞えなくなるかもしれないと考へて、

頭に錻力のバケツを冠り、バケツの柄のつく穴の所に

銅線を結び付けて、その銅線の下端を地中に埋めてア

ースした。けれどもその”靈の聲”は、その銅線を傳

はつて地中に逃げて行つてくれないので、依然として間斷なく聞える

”靈の聲”になやまし續けられてノイローゼとなり、

つひに精神病者として精神病院に収容されることになつたのであつた。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/18 (Tue) 07:39:23




《それで非真理に捕われている人を、正しき真理に導く

為に、非真理を徹底的にやっつけることは、却って相手を生かすということになるのです。》


 破邪顕正様の御投稿より<m(__)m>。









 七日目続きです。


 「七つの燈臺者の神示」に「神を霊媒に呼んでみて

も神が來ると思つてはならぬ」と警告されてゐるの

も、このやうな低級靈になやまされることのないための警告として受け取れるのである。

本當の神は「人に内在する”靈的”なもの」であつ

て、二重人格的に話しかけたり、問答できたりするの

は、ある階級の靈であるが、高級靈は少ないのであ

る。大抵は迷へる”浮浪の靈”が多いのであるから、

靈媒現象的にそのやうな靈に話しかけたり、問答する

のは、以上の如き危険を伴ふのであるから決して試みてはならないのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/19 (Wed) 08:04:20



 外は、マイナス8度、身を切るような冷え方です(';')。身は引き締まりますね。












 八日目です。


  八日の箴言 ”内なる聲”の分析について


 ソクラテスに顕れたダイモニオンといふ守護霊は、

「ソクラテスが惡の方向に走らうとすると、”内なる

聲”として彼を戒めた」といふのであるから、以上の

やうな浮浪の靈や迷靈ではなく、高級靈である守護霊であつたと思はれる。

誕生と共に神界の命により、ソクラテスに付き添つて

彼を導くために遣はされたところの善霊であると思はれる。

 しかし單に「内なる聲」に聴けといふやうな場合、

その”内なる聲”といふ表現が曖昧であつて、頭の中

で二重人格的に喋る靈の聲であるか、そのやうな聴覺

的な聲ではなく、”良心の囁き”として、内在の神性

(又は佛性)の催しとして一種の直感的な”魂の叫

び”(カントが”實踐理性”と呼んだ如き、道徳的理

性の囁き)であるのかハッキリしないのであるが、實

は、是はハッキリさせて置かなければ、頭にバケツを

被つて、その、靈の聲をアースしようと試みた人のや

うな重大な間違ひを引き起こす事にもなりかねないのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/20 (Thu) 07:55:39



<永代の祥月命日すべてを神官と神舞姫が招名>

<原始仏典の「沙門果経」を読む>


 様々、考えさせられます!(^^)!。






 九日目、です。


 
 九日の箴言 ”守護霊の聲”と”良心の囁き”との差別


 天理教祖の傳記を讀んでみても、金光教祖の傳記を

讀んでみても、これらの教祖は二重人格的にあらはれ

た”神”の聲を聞いてゐられるのである。それは「良

心の囁き」とか「神格の内流」とかいふやうな、單な

る”自己の魂の深層”から催して來た”内なる聲”で

はなく、”人間”と対立して、”彼”と”我”との關

係に於て、”彼”なる神が人間に呼びかけ、命じ、訓

し給ふといふやうな形に於てあらはれてゐるところの”神”である。

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/21 (Fri) 08:19:37

 

 管理人様、下総の野人様の御嘆き、判るような気がしています。

  

『「破邪顕正」は、新編『生命の實相』第38巻「質疑篇」に由来します(167頁)。

《眼を瞑って神想観のつもりで精神を統一して、破邪顕正の無声の気合いを…》

「破邪顕正」には気合いが伴うということ、それはそうです。

脚注にはこうあります。

〈仏教語。邪説や邪道など誤ったとらわれを打ち破り、正しい道理をあらわすこと。〉』


『この「破邪顕正」に関しては、『維摩経解釋』にもこう出てまいります(173~174頁)。

《「伏心」というのは、邪なるを見て、それを調伏す

る心であります。和顔でなければならないし、忍辱よ

くたえしのぶことも必要でありますが、いやしくも真

理にそむく邪まな説を立てる者に対しては破邪顕正の

剣を揮わねばならないのであります。それが又、自分の魂をみがく道場となるのであります。》

なるほど、今、実感するのは、まさしく「それが又、

自分の魂をみがく道場となるのであります。」これです。』


 以上、破邪顕正様の御投稿より<m(__)m>。






 九日目続き、です。


 それはソクラテスに顕はれたるダイモニオンな

る”守護靈”によく似てゐて、問答すれば、時にはそ

れについて答へ給ふ靈であり、自己とは別の世界に住む客觀的な神霊の聲のやうである。

ソクラテスや金光教祖や天理教祖が、そのやうな”神

霊の聲”を素直に信じ、その通り実踐して、間違つた

行動をせず、人類を善導する光となり得たのは、たま

たまこれらの聲の主が低級なる迷靈の出鱈目の饒舌で

はなく、高級靈が教祖を選んで、その肉體を使つて人

類を救濟せんとする悲願を達成しようとせられたものであつたに違ひない。

そのために、これら教祖やソクラテスは二重人格的に

あらはれた”霊の聲”に素直に從つても間違を犯すこ
となく却つて人類の”光”となり得たものである。


                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/23 (Sun) 08:35:27


 下総の野人様、チャンスを得た様です。!(^^)!。





 雅春先生、十日目です。



 十日の箴言 迷靈には問答打ち切り宣言が早いほどよい


 イエスもヨルダン川で四十日四十夜斷食水行して自

分の心を浄めようとしてゐるときに「自己とは別の世

界に住む迷靈サタン」があらはれて來て問答してゐるのである。

この迷靈とイエスとの問答は、頭に錻力のバケツを被

つて迷靈の言葉をアースして避けようとした人のやう

には、その迷靈に、長くかかはり合つてはゐないのである。

迷靈との問答は、長くかかはり合つてゐると、人間を

翻弄して樂しみたいのが彼らの人間に話しかける動機

であるから、いつまでもその迷靈が粘り著いて間斷な

く話しかける爲人間の方がノイローゼになつてしまふ。

イエスと迷靈サタンとの問答は極めて簡潔にして、イ

エスは「去れ」といつて、迷靈を突き放してゐるのである。


                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/24 (Mon) 08:17:54



 せっかくの真実!(^^)!らしきYouTubeが非公開になってしまっています!(^^)!。








 十日目続きです。


 サタン――なんぢ若し神の子ならば、命じてこれらの石を變じてパンと爲せ。

イエス――人の生くるはパンのみに由るにあらず、神の口より出づる凡ての言に由る。

サタン――なんぢ若し神の子ならば、己が身を下に投

げよ。若しなんぢ神の子ならば、聖書に錄されたる如

く「神は御使たちに命じて、彼らの手にて汝を支へ、その足を石にうち當つることなからしめん。」

イエス――「主なる汝の神を試むべからず」と聖書には錄されてゐる。

サタン――汝若しひれ伏して我を拝せばこれらの榮華を皆なんぢに與へん。

イエス――サタンよ去れ。聖書には「主なる汝の神を

拜し、ただ之にのみ事ふべし」と書かれてゐるではないか。

 この簡単な會話によつてイエスは、迷靈が、言葉を

弄して、彼に絡みついて來るのを突き放してゐるので

ある。これは若し諸君のうちの誰かに迷靈がひつかか

つて愚弄しようとするとき、簡單にそれを突き放して

しまつて、今後話しかけて來ても取り合はぬやうにす

れば、それ以後迷靈は沈黙してしまふといふ實例である。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/25 (Tue) 08:06:57




 本日は「法然上人の祥月命日」だそうです。(下総の野人様)

<「御忌」とはもともと、天皇や皇后の忌日法要に対

する敬称でしたが、大永三年(1523)に、「法然上人の

年忌を『御忌』とし、毎年1月に7日間の法要を勤める

ように」との詔勅(しょうちょく)が後柏原天皇から総

本山知恩院に下されて以降、特に法然上人の忌日法要
にこの言葉が用いられています。>

そうです!(^^)!。


 大工さんの葬儀で「弟子 〇〇〇〇」の逸話、いいですね。


 学ぶ会 青年樣の御投稿で、丁度昨日読んだ「限り

なく日本を愛す」で、生長の家に最も反駁するのが青

年学徒であることを憂慮されていたことを思い浮かべました。


 源流様、雅春先生の御転載有難うございます。

上野公園と厩橋の御話、印象的です。






 十一日目です。


  十一日の箴言 ”聲ある聲”の靈の導きに警戒せよ


 人間に話しかける靈が必ずしもソクラテスに話しか

けたダイモニオンのやうに善靈ばかりに決まつてゐな
いことは注意しなければならないのである。

概ね、人間の地上誕生のとき産土神から任命されてそ

の人の全生涯に付き添ふて導いてゐる正守護神は、本

當に”聲なき”(單なる形容詞でなく本當の無聲の)

聲によつて潜在意識を通してわれわれを導いてゐられ

るのであり、第三者又は第二者の「聲ある聲」によ

る”靈の聲”には關り合はない方が危険が少ないのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/26 (Wed) 07:59:14



 東京来月140万人!(^^)!、どうしますか・・・。








 十二日目です。



 十二日の箴言 役職に從つて特命の守護神が與へられる


 人には生れた時から生涯その人を指導守護するため

に任命された正守護神のほかに、その人の役職が重大

な仕事である場合は、その役職について經験の深い高

級靈がその職務遂行の守護の靈として命ぜられて付き添ふて來るものである。

それを生誕と同時に來つた正守護神と區別するために假に副守護神といふことがある。

色々の宗教の教祖が、神示を「聲ある言葉」の形や、

自動書記的”お筆先”の形をもつて、神の言葉を聞く

のは、その教祖たる人の使命に應じて命ぜられて臨

(きた)つたところの特命の副守護神を通して神示が

傳へられるのである。さういふ場合はこの神示の”傳へ手”を”天使”と稱するのである。

 聖經『甘露の法雨』に「ある日、天の使ひ生長の家

に來りて歌ひ給ふ」とあるのは、「特命の守護の神と

して觀世音菩薩が生長の家に來りて眞理の法輪を轉じ給ふ」といふ意味に解することもできるのである。


                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/27 (Thu) 07:52:19

  

 管理人様、シャーロックホームズに変身!(^^)!。











 十三日目です。


 十三日の箴言 副守護神と司配靈とについて


 普通、副守護神と稱する場合には、誕生の時以來、

生涯を通じて守護して下さる高級靈なる正守護神以外に、

後からその人に扈從又は憑依してゐる守護霊のあらゆ

る種類をひつくるめて稱する場合が多いのであ

る。”守護靈”と呼ばずして「司配靈」と稱する場合

がある。これは実際は”守護してゐるのではなく、靈

そのものが、その靈自身の目的を實現せんがためにそ
の人間をむしろ司配せんとするのであるからである。

物理的心靈現象を起して心靈研究家を驚かすやうな離

れ業をやつて見せるのは、この種の司配靈のやることである。(谷口清超著『奇蹟』参照)

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/28 (Fri) 08:18:44



 そろそろ収束しませんか!(^^)!。






 十四日目です。


 十四日の箴言 絶對の神は、相對の人格神となつて自己完成する


 ソクラテスに助言を與へたダイモニオンと呼んだ靈

が、ソクラテスの正守護神か副守護神か、特命の”守

護の天使”か、司配靈かはハッキリとは判らない。こ

れを直ちに「相對を超へる絶對者が、自己の内に内在

して、その絶對者が”聲”となつてあらはれて來た」

と解釋するのが適切であるとは必ずしも斷じがたいのである。

 超越的絶對者は、それは” 絶對者”であるが故

に、われらに語り掛けて對話を交へることはあり得な

い。それ故に絶對者の慈悲を體現したところの相對的

に顕現する人格神、または天使、または菩薩、または

教祖があらはれなければ絶對者はその救濟を具體化す

ることは出來ない。救濟を具體化することができない

やうな神は、”神”と稱されるにしてもハタラキに於ては神ではない。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/29 (Sat) 08:41:03

  

 3月までに収束、また新情報!(^^)!。






 十四日目続き、です。


 ”神”が救済を完うし得る本當の神となり得るため

には、絶對者が相對的人格神としてあらはれて救濟の

御業を現實になさなければならない。即ち法身の阿彌

陀佛が、報身又は應身の佛如來として顕現しなければ

ならないし、「天にまします父」なる神が、地に降誕

したイエス・キリストとして顕現しなければならない

し、天之御中主神が住吉の大神として顕現しなければ

ならないし、宇宙普遍の神が、ある教祖として顕現しなければならない。

神が神たる慈悲の本來をあらはし、神たる使命を完了

するためには色々の宗教に於て”教祖神”とし
て”神”はあらはれなければならないのである。

神の具體的な人格的慈悲の完成は應身の教祖となつて顕はれることによつて完成する。

                  (つづく)
 

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/30 (Sun) 08:18:30



<「目的をもった議論」と「議論が自己目的化した議論」との区別>

 何か、判るような気がします!(^^)!、管理人様、有難うございます<m(__)m>。










 十五日目です。


  十五日の箴言 宗教にも色々の段階がある


 すべての宗教の教祖が必ずしも宇宙絶對神の人格化又は應身の如來といふ譯ではないのである。


頭の中で囁いたり、自動書記によつて”お筆先”と稱

する神示を書いたりする”靈物”は必ずしも最高の創
造神でもなければ高級靈でもないこともあり得る。


時とすれば動物靈が自ら”神”と稱しておごそかな態

度姿勢を示し、おごそかな語調をもつて”神示”と稱するところのものを喋ることもある。

靈眼で見れば、神靈來格せりと稱する”肉體人

間”(靈媒又はある階級の教祖)は、厳かな姿勢語調

を持つて神示を語るのであるが、練達せる審神者が、

靈眼で見れば、その肉體の背後に白虎の靈や天狗の靈の姿が見えて、忽ちその正體を見破られる事もある。


                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/01/31 (Mon) 08:01:14



 1月は行く、速いような、ゆっくりのような…(^_-)。







 十五日目、後半です。



 白虎や天狗の靈の中には,物質界より視ることも出

來ない普通の人間よりもすぐれたる”靈界の知識”や

豫言の靈智を備へて、人間を驚かすことがある。その

やうな靈が時々乗り憑つて喋る人間が教祖になることもある。

宗教にも高級な宗教から狐狸の類の靈示による宗教に

至るまで、色々の段階があり、それに魅せられたり、
その教へに同調する心の持主が信者となるのである。

そして色々の新興宗教や疑似宗教的なものが發生する

のである。その指導靈又は司配靈の正邪及び力量によ

つて、最高といへないが、或は人間を正しく導く宗教

もあらはれ、或は時には淫祠邪教となつてあらはれる。

                  (つづく) 

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/02 (Wed) 07:39:37




https://www.youtube.com/watch?v=83poTFyLhu0

武田邦彦先生の御説、もう一つ不可解ですが…(^_-)。










 十六日目です。


 十六日の箴言 このやうにして發生する宗教もある


 或る時、東京都に”宇宙教”とみづから稱する宗教

が發生したことがある。その教祖といふのは婦人であ

つて、自己催眠狀態又は神憑り狀態になつて喋り出す

時には、みづからを宇宙創造神であることを名乗り人

智では量りがたいやうな神秘なことをいふらしいの

で、それに魅せられてその信者になつた白鳩會の一部會員もあつたほどであつた。

近いうちに谷口は死んで、生長の家は後繼者もなく亡

びるとか、生長の家の本尊は何とかいふ天體から天降

つて來た邪靈であるから滅びるとか何とか、立證の仕

様もない事を眞實めかしい信念の語調でいふものだか
ら、却つて魅力があつて人を引き付けたのであつた。

そのうちにその婦人教祖はしきりに私の宅へ電話を掛

けて來てうるさくて仕方がなかつた。彼女は生長の家

を咒ふやうな豫言をしたので「呪ふものは呪はれる」

といふ”心の法則”にしたがつて、自分で氣が咎めて被害妄想にとりつかれたらしいのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/03 (Thu) 07:35:59



 十六日後半、です。



 「生長の家の神癒祈願部の井上如水が毎日、早朝神

想觀をして私をいぢめるので苦しくてたまらないか

ら、早速井上如水の早朝神想觀をやめてほしい」としきりに訴へるのである。

「宇宙の創造神が自分に乗り憑つてゐる」と自稱する

教祖が、井上如水の早朝神想觀で苦しめられといふの

だから、大變な宇宙の創造神があるものだと思つて、

「神想観は人を呪つたり苦しめたりするためにするも

のでないし、人の實相を觀じて「その人を救ふもので

すよ」と返事をしても、「いや、やはり、井上如水が

神想觀で私を苦しめる」と幾度も幾度も電話して來

て、こちらは應對に忙しく、仕事の邪魔になつて仕方がなかつた。

そのうちに彼女は電話を掛けて來なくなつたが、噂に

聞くと衰弱して死んでしまつたといふことであつた。

もし彼女が死ななかつたら今も尚、小さな淫祠邪教の

教祖としてある程度の信者を集めて存續してゐたかも知れないのである。

それからもう十五年も繼つが、こちらの方は彼女の豫

言通りには死なないで、立派な後繼者も出來て教勢は

日に日に發展しつつあるのである。以上の程度の司配

靈や野心のある邪霊が神示と稱するものを喋つて立派に長く存續することもあり得るのである。

                   (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/04 (Fri) 08:05:25



 真理国家日本様の御投稿は身に沁みます!(^^)!。

この方も(写真)立派な管理人様です!(^^)!。






 十七日目です。


 十七日の箴言  『自靈拜の哲理』と”實相禮拜”


 佐藤通次博士は本當に正しい宗教の定義とも見るべ

きものを『自靈拜の哲理』の中で次のやうに書いてゐ

られる。(”宗教とは”といふ書き出しではあるが、

前記のやうな低級な宗教もあるのだから、これは”正

しい最高の宗教とは”といふ意味で讀むべきものだと思ふ。)

『宗教とは内在の位に立つ神が超越の位に立つ神と合

一するところの『自覺』に他ならない。(それはその

まま、超越の位に立つ神が、個に内在する神を媒介と
して、みづからを見るところの自覺ともなる。)

それは超越の位に對する故に、身構へとしては「帰

依」とか帰命とかの形をとり、神を内在せしめる人は

下座を行じ、自己に内在する神を上座に超越せしめて

仰ぐのである。それは自己が自己の靈を拜すること、すなはち

「自靈拜」である。よつて本質觀照の立場からは宗教
とはすべて自靈拜であると斷言することが出來る。』

           
                   (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/05 (Sat) 08:18:35




聖地巡拝参加者様の

<また現在の混乱した状況のなかでは、

一人ひとりが自らの「信仰」「本流思想(真理・實相)」に

対する立ち位置を鮮明にすべき時期を迎えているようにも
思います。

「真理」は永遠です。

それが時の腐食によって消え去ってしまってはならない、

そのためにこの有限な「人生の時間」を使いたいと思います。>に感銘です。





 十七日目、後半です。


 この文章の意義をよく知るためには、この文章の前

半の内にある次の一節を理解しておかねばならぬのである。――

『わたくしの本體は、その時々の現象としてのわたく

しを超越し、しかもその時々のわたくしに内在してゐる。超越即内在である。

わたくしに内在してわたくしの本體となるその見えざ

る力は、此のわたくしを超越するが故に、わたくし以

外のいつさいの人にも、延いては萬有のも普遍的に内
在するところの本體――神・佛・天――である。

その本體は、かつて目に見えることなく、しかも可視

的な個に内在してのみ具體的に顕現し得るのである。』

 以上の如く佐藤博士の言はれる意味に於て”個”に

宿る”超越者”を、自己の”實相”として禮拜するの

が「自靈拜」であり、生長の家に於ては『實相禮拜』なのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/06 (Sun) 08:57:59



ただ今、マイナス9℃、それでも、晴れてます(^^♪。






 十八日目です。


  十八日の箴言 ”神の間”は”空”である


 生長の家の建物に圓塔がある。これは七階に造られ

ていて、その最上階が”神の間”であり、そこには何

も物質的な形あるものは安置してない。本尊の像も、
象徴もない。全然”無一物”であり、”空”である。

入り口の襖だけは荘嚴につくられてゐて、如何にもそ

の内部は神の御座所であるやうにしつらへられてゐるのである。

その下の部屋が”神癒祈願の間”である。ここで祈願

部の職員が祈るのである。”神の間”が何もなく空で

あるのは、普遍の超越神の御座所であり、何かを安置

すればそれだけ超越神を、人間の觀念で固定することになるから、それを避けるためである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/07 (Mon) 07:59:52



 ただ今、マイナス9℃、晴れてます(^^♪。

春遠からじ(^^♪。





 小林陵侑君、お見事、道産子と思ったら、翔平君と同じ岩手でした(^_-)。









 十九日目です。


 十九日の箴言 本尊として祭祀する「實相」の由來


 生長の家は、物質的な偶像的なものを何一つ置かな

いで、「内在の位に立つ神が超越の位に立つ神を”實

相”として禮拜し、”個”即”普遍”、 ” 普遍”

即”個”の自己を、今此処の「わが身に自覺するを主

目的とする最も純粋な、一宗一派に偏らない宗教」なのである。

禮拜の本尊として何か形のあるものを安置したなら

ば、他の宗教と衝突して別異の宗教であることをあら

はすので、生長の家では如何なる形ある本尊も安置しないことにしてあつたのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/08 (Tue) 08:34:50



〈河井(寛次郎)先生は、「私たちはそんな才能はないものです

から」というと、あの一遍もお叱りにならなかった河

井先生が、その質問の時だけは本気に怒られました。

「何をお前は言っておるか。お前にはお父さんお母さ

んがある。そのお父さんとお母さんそれぞれにお父さ

んお母さんがある。十代遡ってみろ、何千人の自分た

ちの遠いお爺さんお婆さんが遡ればある。百代遡ると

数え切れんほどの無数の人になる。そうすると、お前

の血の一滴の中には、ありとあらゆるものが内在して

いる。つまり恵まれている。才能がないなんて、お

前、生きている自分に対するそんな不遜なことは絶対

いけん。お前、口を開けろ。おれがお前のお腹の中か

ら才能とやらを引っ張り出してやろうじゃないか」と言われた。その時の河井先生は恐かった。〉


破邪顕正様の御投稿より<m(__)m>。


 道産子エース二人の試練、これも人生なんでしょうか。さらなる前進を祈るのみ。!(^^)!。





 雅春先生の十九日目の後半です。


 ところが戦後、過去の宗教團体法が、新しく宗教法

人法に生まれ變るに當たつて、禮拜の本尊として何か

の安置物をおかなければ、文部省ではその宗教團体を

宗教法人として認証しないといふことになつたのである。

文部省が宗教法人として認証してくれなかつたなら

ば、講習會を開くに當たつても、一々税務署に人數を

申告せねばならなかつたり、色々の手數や面倒を生ず

るので、やはり宗教法人としての恰好をつけて文部省

に認証して貰つて置く方が都合がよいので、禮拜の對

象として何か本尊を安置しなければならなくなつたのである。

さて、何を本尊として安置しようかと考へた擧句、形

ある本尊を安置しては、超越的内在の超越者を象徴す

ることは出來ないし、といつて、神は無相であるとい

つても、形ないものを安置する譯にもいかないので、

形がありながら、形なき超越的内在の意味を持つものを本尊として祭祠するほかはない。

そのためには『實相』といふ文字を選んで本尊として

掲げるのが適當であると考へ、私の自筆の「實相」と

いふ文字の”額”又は、”掛軸”を本尊として掲げ、

地方の教化部や道場は勿論、相愛會等のごとき信徒の

集會ある場所には、その「實相」といふ文字を本尊と

して安置し各自の内在の實相たる”神性”をその本尊

に移入して、宇宙普遍の神靈との合一點として、そこ

に”内在超越”の神靈を禮拜するための”心の焦點”をつくることにしたのであつた。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/09 (Wed) 08:23:04


 ワクチン未接種のスイスのスノボ選手、クンマー

(竹内智香とルームメイト=ソチ五輪女王)その竹内選手に敗れましたね(^^♪。

 竹内選手決勝転倒の折、ドイツ選手妨害で失格となったが、審判8人中6人がドイツの審判だったと…、妨害してないのにね(^_-)。








 二十日目です。


  二十日の箴言 神饌捧獻の儀式について


 『實相』といふ「”形”を超越した文字」を掲げるに

しても、それを掛軸とか扁額にする場合には、やはり

そこに人間は「形」を見出すのである。そしてその形

が”愛の神”とか”智慧の神”とか”生命の本源

神”をあらはすものであると思ふと何かを獻げたくなるのである。

これは人間の自然感情といふものである。それで本部

の祭司たちは、何時の間にか、祭日の儀式のある時に

野菜果物お菓子などを三寶にのせて、『實相』の本尊にお供へしてゐる。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/10 (Thu) 08:38:03


 立葵様の御文章、御立派です!(^^)!。

聴きなれない御歌ですが、覚えて置いてよい御歌です。


https://www.youtube.com/watch?v=LpCwHtWNko4







 二十日目の後半です。



 アメリカにある生長の家の道場でも、さういふ供物奉獻の行事が行なはれる事がある。

ところが、生長の家大神の神示には、「われに供へ物

は要らぬ」と書かれてゐるのと神饌を供養する儀式と

は一致しないので、アメリカ人の信者から、「何

故、”生命の實相”の本にある神示と違ふことをする

のか」といふ質問があり、神に食物をお供へする習慣

に乏しい西歐人には神への供物奉獻の事は異樣な出來事だと感じられるらしいのである。

それでアメリカ駐在の本部講師に最近命ぜられたルー

ドルフ・ゴーゾラさんから「信徒に對してどう答へた

らよいか」といふ質問が來てゐたのである。まことにもつともなことである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/11 (Fri) 08:48:43



 コスモス様の大統領選御投稿、懐しいです(^^♪。

これよりの展開も楽しみです(^^♪。


 今日は紀元節、日の丸を掲げましょう!


羽生結弦、クリスチャンですか?十字切ってましたね(^_-)。


 今朝は「学ぶ」誌3月号「聖使命菩薩の功徳」より

その一部を紹介します。


  諸君は聖使命菩薩である


 既に悟っており、既に彼岸即ち実相の世界に遊戯

(ゆげ)したまう諸菩薩がこの地上に下りて来て衆生

と同じ肉体的生活を営みながら、一緒に泥にまみれて、衆生を救っていられる。

これが諸君であり、聖使命菩薩であります。誠に尊い事であります。

 観世音菩薩もそうです。既に極楽浄土におられると

ころのほとけさまである聖使命菩薩の一つのあらわれ

が観世音菩薩であります。 
 
観世音菩薩というのは極楽世界の阿弥陀如来の左の脇

立である。言い変えると、阿弥陀仏と一体である訳な

んです。阿弥陀仏の智慧の姿が勢至菩薩である。(中略)

これは阿弥陀如来を頂いて、その働きとして或は千手

を現して、千手観世音菩薩となって、千の救済の手を

差し伸べられ、或は三十三身に身を変じ相手に適する姿で済度せられる。

バラモンに対してはバラモン身を現じ、夜叉に対して

は夜叉身を現じ、時には****となって色を好む人を救う。

泥にまみれた人を救うには一緒に泥にまみれて人から

非難を受けながらでも、煩悩の人には煩悩身を現じ

て、みんな救わずにはおかない、これが観世音菩薩の

「広大なる慈門」であります。自身は既に煩悩はない

のですけれども煩悩の姿を現ずるのが、観世音菩薩の慈悲なのであります。

その救いは実に広大無辺でありますから、『聖使命菩

薩讚偈』には「広大なる慈門を開き給えり、名づけて

生長の家と謂う」とあるのであります。これが生長の

家という阿弥陀如来の救いの『願船』でありまして、

その如来の願船の上のすべての人を救いとろうと、い

とも広大なる救いの手を拡げられたのが観世音菩薩で
あります。

その観世音菩薩の普門成就のお働きが、生長の家であ

りまして、その観世音菩薩の千本の手の一本一本が衆
生済度の聖使命を感得された皆さんであります。

    (新装新盤『真理』第7巻19~20頁)





 二十一日目です。


 二十一日の箴言 神は「物質」の食物を食し給はない


 宇宙普遍の神に對して、物質的食物等をお供へすることは不必要である。

神は”靈”であるから物質の食物をお喫りにならない

からである。だから神御自身の方から言へば「われは

供へ物は要らぬ」と仰せられるのは當然のことである。

しかし日本には、「収穫の初穂を神にお供へする』と

いふ行事が自然發生的にあり、從來、それは國家的祝

祭日として”神嘗祭”と名付けられてゐたのである。


靈なる神が物質的食物をお喫りにならないのは明らか

ではあるけれども、収穫の初穂をお供へするのは、

「この収穫は、神樣あなたの恵みの結實として得られ

たものでございます。こんなに立派に出來ましたから

御覧下さいまして、お悦び下さいませ」といふ氣持

で、神にその結實の立派さをお見せ申してお禮を申し

上げる程の氣持で獻饌するのである。それが終戰前の”神嘗祭”の意義であつた。

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/12 (Sat) 09:09:16



 平野歩夢選手の神業、凄かった(^_-)-☆。










 二十二日目、です。


 二十二日の箴言 神よりも民を優先さす民主主義


 かうして日本には神祭りの日に神饌を捧げる儀式が

行はれる習慣になつていたのである。そして人間が最

初の収穫を神に感謝して食する祭日を”神嘗祭”とし
て國家的大祭日と定められてゐたのである。

ところが占領軍が上陸して來て信仰は自由であるが、

國家が宗教的行事に觸れるのを禁ずる指令を出し

て、”國祭日”はなくなり、神嘗祭、新嘗祭の代りに

「勤勞感謝の日」といふ國民的休日が設けられることになつた。

神嘗祭、神嘗祭とも神に感謝する祭日であつたのであ

るが、それに代置せられた「勤勞感謝の日」といふ神

に感謝し神を讃へる祭日ではなくなり、収穫のために

勞苦した人間に感謝する意味の休日となつたのであつて、全然違質のものとなつたのである。

民主主義といふものは、”神”が主でな

く、”民”が”主”であるから”民”にだけ感謝すれば足りるといふ譯である。

神を見失つて、自我(小我・肉體我)だけを認めるこ

とによつて、日本人の道徳的墜落は始まつたのであつた。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/13 (Sun) 08:11:16



 スマイルJ、笑顔なし!(^^)!、陵侑はよくやった!(^^)!。

 日本男児も捨てたもんじゃない(^^♪。










 二十三日目です。


  二十三日の箴言 宗教運動に參加する靈の組織群


 ある教祖が靈應を得て宗教的な人類救濟運動が起る

と、その運動に共鳴するところの現實界の人々がその

運動に集まつて來て參加し、能力に應じて適當なる部

署につく組織が發展してくるのは當然であるけれど

も、その人々の役職に應じて、特命の守護神がその

人々に配属して守護したり、指導したり、することに

なり、そこに靈界に於ても、その宗教それぞれに參加する靈たちの組織群ができることになるのである。

これらの靈の組織群が人類光明化にあたることになるのである。

 その靈たちのうちには「お供へ物は要らぬ」といふ

程度の高級靈界の位にある(佛教で謂へば”無色

界“に属する色身(幽體及び靈體)を超越せる)神通

自在の靈もあるが、尚、幽界に属してゐて、幽體を具

へてゐて、肉體を具備した時代の食習慣を忘れかね

て、何か食べねば、腹が減つたやうな氣がして精力減

退し、”何かたべたい“と考える程度の靈も混じつて

ゐるのである。それ故にこれらの靈に對して食物を供

へてあげることは、まことに合理的であり、また必要な事であるのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/14 (Mon) 08:08:56



 また、今朝も、「学ぶ」誌3月号より。(もう4月号は

届いていますが(^^♪)



 「谷口雅春先生を学ぶ」誌 令和4年3月号より。 

   三月の箴言 今此処が極楽世界の自覚


 ■火曜日の箴言 「神に対して祈る」よりも「神とともに祈る」が好い


 古今東西を通じて最も現実的な奇蹟を行った宗教家はイエスと弘法大師とであります。

その訳をかんがえてみましょう。

キリストが祈りによって著しい奇蹟を演じられたのは

「父と吾とは一体なり」「われみずから(肉体の我)

にては何事をも為し得ず、天の父われにいまして御業

を為さしめたもうなり」と云う信念によってでありま

した。弘法大使が素晴しい奇蹟をおこなわれたのは、

「即身成仏」すなわちこの身この儘仏である。すなわ

ち「仏と自分とは一体である」と云う自覚から、あの

ような素晴しい奇蹟をおこなうことが出来たのであります。

だから、「神に祈る」とか「神に対してたのむ」とか

云う心境では、まだ神と離れた感じがしているからそれほどの効果はないのであります。

しかし、神又は仏にたよるのでも、摂取不捨(ふじ

ゃ)もう既に救われているという心境になりますと、

それは著しくお蔭をいただくことが出来るのであります。

(新装新版『真理』第3巻118頁)






 二十四日目です。


  二十四日の箴言 靈魂の食する食物について


 ”靈”に物質的食物をお供へしてあげても、靈は肉

體を持たないから、肉體の栄養分になる成分をおあがりになることはないのである。

また悟りをひらいて、「自己は物質にあらず肉體にあ

らず、幽體にも在らず、靈的実在なり」と悟つたとこ

ろの高級靈は物質的食物には關心をもたないのであ

る。しかしまだ充分悟りをひらかず、まだ自己を一種

の幽體的存在であるといふ自覺で、食物に關心をもつ

程度の靈魂は、物質的食物を供へられれば、その食物の幽體を食するのである。

すべて「生きてゐる食物」(化學的食品ではないこ

と)には人間と同じく幽體があり、まづ念の作用によ

り幽體が發生して後、その念の形に幽體の被覆層として”物質の體”がつくられるのである。

幽界の靈魂は果物なら果物の” 物質の體”は食しな

いで、その果物の幽體(幽質と言つてもよい)を食す

るのである。肉體が死して後、まだ長期間の淨化の過

程を経ない靈魂には食欲が存續し、食物の幽體を食し

てそこから活力を得るのである。それ故、死後、まだ

短年月の靈魂を祭祀する際には食物を供へて置いてから、聖經を讀誦してあげるのがよいのである。

                  (つづく)


Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/15 (Tue) 08:05:52



 選手の活躍も凄いけれども、実況アナの勉強ぶり

(^^♪も立派ですよね。










 二十五日目です。


  二十五日の箴言 餓鬼道に墜ちるといふこと


 盂蘭盆に施餓鬼の供養をする時に、先づ食物をお供

へしておいてから讀經がはじまるのは、餓鬼の境涯に

ある亡霊には先づ食物を供養する必要があるからであ

る。若し食物を供養しないで讀經をしても、飢餓感の

切実さに心を奪はれていて經文の意義が心に理解されないからである。

餓鬼といふ位は必ずしも、餓鬼道といふ、六道輪廻の

境涯中の一種の生活狀態に陥つてゐる者だけを謂ふのではないのである。

通俗には餓鬼道に墜ちたものは、飢餓狀態で空腹でた

まらないが、、食物を供養されてそれを食しようと思

つて、食べようとすると、その食物が焔となつて燃え

去つてしまふので、いつまでたつても空腹感が癒され

ないないやうな靈界での境涯にあるものを謂ふのであ

るが、それは死後の事であるが、現實界における人間

の道徳生活にこれを當て嵌めていふならば、いくら儲

かつても、いくら昇給されても、いつまでも「足ら

ぬ、足らぬ」といふ飢餓感に惱まされている心境にあ

るものを” 餓鬼道に墜ちた亡者”だと揶揄的に謂ふのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/16 (Wed) 08:28:13



 また、穴か、溝禍!(^^)! スケート、スノボエアなど転倒の因は

そんなところにも多々あるのじゃないのですか!(^^)!。

好不運、の境は、紙一重!(^^)!。






 二十六日目です。


 二十六日の箴言 肉體死後に於ける病氣の繼續


 靈魂の肉體死後、間もなくの狀態は、現實世界の臨

終の狀態のつづきの狀態を經驗するのである。心境が急激に變ることはないからである。

靈魂が肉體を脱皮して新たなる境涯に入る過程は、毛

蟲が蛹の狀態から脱皮して翅の生へた蝶の狀態に移行

する過程にも似てゐる。それは”靈界への出産”とも

いふべき狀態で、出産の陣痛ともいふべき斷末魔の苦

しみを經驗する。(もつとも悟境に入つてゐる靈魂

は無痛分娩とでもいふべき安樂の狀態で、意識を持續

しながら靈界に移行する)斷末魔の苦しみを伴ふ靈魂

は、神の慈悲により、或る程度以上の苦痛を免除する

爲に、靈界に移行時に意識を中斷せしめられて無意識

の感覚麻酔狀態に入り、肉體を脱皮してある期間(人

により長短があり、間もなく意識を恢復するものもあ

るが、長きは數十年にわたつて人事不省の無意識狀態

が長きにせよ、短きにせよ、いづれにせよ、靈界に於

て意識を恢復したときには、(その人にとつては無意

識中の事は心の中に存在しないのであるから)生前、

臨終の際の狀態が、記憶の世界によみがへつて來て、

癌の症狀をその幽體に繼續する狀態で苦しまなければならないのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/17 (Thu) 07:50:56



 源流様、引き続き御転載有難うございます<m(__)m>。






 二十七日目です。



 二十七日の箴言 臨終の苦しみは過去の業因の清算である


 壽命と病氣とは別なのである。三十年もそれ以上も

病苦に惱みながら、なかなか死なぬ人もあれば、殆ど

病氣をしたこともない頑健そのもののやうな健康體でゐながら突然死ぬ人もある。

病氣は人間を殺すのではなく、人間が死が近づくに從

つて自己の生涯の業因を「ある程度清算淨化し、整理

し、調整するために必要な仕事として各人それぞれの
病苦をあらはすのである。

そして病氣となるべき業因が清算し盡されたり、眞理

を悟つて「病氣本來無」の境涯に達したりして、病氣

が消え去つたのちでも、その人の地上の豫定された壽

命が盡きれば、その人の靈魂は肉體を去つて(所謂
る”肉體の死”)靈界に移行するのである。

このやうな場合には「病氣が消へて」(從つて”病

氣”の想念を持續せずに)靈界に行くのであるから、

その人の靈魂は靈界に於て、その幽體に病氣を顕すこ

となく健康そのものの快適な靈界生活を營み、時來れ

ば、またその靈魂が今までとは異なる環境の地上に生

れて來て、今迄とは異なる方面の魂の能力が研かれることになるのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/18 (Fri) 08:08:24


 道産子、高木美帆、咳がひどくて「限界」状態の金、

嬉しいですね。人間、無限力ですか。

複合の日本、渡部の銅(「奇跡」と言っている)と共に

チーム結束の28年ぶりの銅メダル、嬉しいですね(^^♪。









 二十八日目です。


 二十八日の箴言 病氣が治つて健康狀態で靈界に移行する魂


 ある喉頭結核の患者があつたが、生長の家の教へに

触れ、毎日『生命の實相』を讀み、且つ聖經『甘露の

法雨』を讀んで、「病氣本來無」の眞理を毎

日々々、自己の潜在意識の中に印象蓄積して往つたの

であつた。その結果、彼は喉頭結核をいやされたので

あつた。癒されたけれども、地上生活の死期は迫つて來たのであつた。

 彼は、クリスチャンであつた。生長の家は萬教同根

共通の根本的眞理を説くのであるから、クリスチャン

はクリスチャンの儘で、イエスの教への根本的眞理に

入ればキリスト教そのものが一層深くなり、病人は病氣が消へ、不幸は消へ幸福は來るのである。

彼は病氣が治つたけれども地上生活の壽命が終りつつ

あることを自覺した。彼は朗々と讃美歌を朗誦して神

をたたへ、唱へ終ると家族及び周圍の人たちに感謝の

言葉を述べて瞑目すると、魂は靈界に移行したのであつた。

 彼は重症の喉頭結核を患つてゐたので、ふだんは、

低いカスレた聞き取れない程の聲で物言ふのであつた

が、死の直前、彼が朗誦した讃美歌は、まことにハッ

キリした朗々たる響きを立てて周圍の人々を驚嘆せし
めたのは、既に彼が喉頭結核の治つた證據であつた。

                 (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/19 (Sat) 08:10:58



<世の中に「議論をする」ことを目的とする物事は、

ほとんど存在しません。……もっとはっきりと言う

と……「議論」が目的となることは本来ありえませ

ん。まんいち「議論」自体が目的となったら、それは

何も生みません。なぜならば、議論をする目的がはじ

めから存在しないからです。その結果、「議論のための議論」が無限につづきます。・・・>。


 管理人様の御投稿より<m(__)m>。

難解乍ら、判る気が致します。








 二十九日目です。


  二十九日の箴言 精靈崇拜の原始人的信仰


 佐藤通次博士から大神神社發行の雑誌『大美和』の

第四十四號を送つて來られた。その中に氏の「三輪山

と宗教」といふ論文がのつてゐるのである。その中に次のやうな事が説かれてゐる。

『わたくしは宗教を定義して「人が現實を生きながら

超越の境地に住すること」及び「人が超越の境地に住

しながら現實を生きること」と言ひ現はしてゐる。』


 これは常々佐藤博士が言はれている事であるが、こ

の論文に於て私の注目を引いたのは、氏が「原始民族

のアニミズム」(animism)に言及してゐられる點で

ある。アニミズムとは精靈説とか精靈崇拝とか譯され

てゐるものであり、人間にも靈魂と稱する精靈を認め

るが、人間のみならず自然界の一切の存在物に超越的

な”靈異”又は”精靈”の存在を認める信仰であり、

「温帶の恵まれた土地に、人性の素直な開展に乘じて

成立する健やかな宗教は、アニミズム的な基盤に立

ち、その要素を少しも失はずに、稚(つた)ない宗教

心の發露を、そのまま高い道義心、また眞實を深く洞

察する心と一致せしめるのである」と佐藤博士が言は

れて、「その道義を言い表した珠玉の文字」だと稱讃

して若林彊斎著の『神道大意』から次の如き一節を引用してゐられる。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/20 (Sun) 08:24:32



 則天去私様、WHO!(^^)!。






 二十九日目、後半です。



 「おそれある御事なれども、神道のあらましを申し

立てまつらば、水一つ汲むといふても、水の神靈がま

しますがゆゑ、あれあそこに水の神、ミズハメ樣が御

座なされて、あだおろそかにならぬ事と思ひ、火ひと

つ焼くというても、あれあそこに火の神カゲツチ樣が

御座なさる故、大事の事と思ひ、わづかに木一本用ふ

るも、ククノチ様が御座なさる、草一本でも、カヤヌ

ヒメ樣が御座なさるものをと、何につけ、かくにつ

け、觸るる所まじはる所、あれあそこに在ますと、戴

きたてまつり、崇めたてまつりて、やれ大事とおそれ

つつしむが神道にて、かういうなりが即ち常住の功夫ともなりたるものなり。」

 これは神道の神髄を説いたものであるが、釋尊成道

の悟り「山川草木國土悉皆成佛」と全く同じことであ

る。自然界の一切の事象及び存在を”佛”のいのちの
現成とみるのである。

水を”水の神”の現成であり、火を” 火の神”の現

成であり・・・・・等々と見、それを單なる物質と見ないのである。

そこに恐懼し謹んで使はして頂くのである。このやう

な恐懼畏敬禮拜の心をもつて自然界のものを使はわし

て頂くならば、今、日本を始め全世界の物質文明國が

なやんでゐる工業公害の問題など起らなかつた筈である。

現在の公害の起つている原因は自然界とそこから産み

出される資源をただの「物質」として見て自然を征服

し、利用し、今の段階で利用價値のないものは流し捨

て、吹き捨てさへすればそれでよい考へて「拜む心」

を失つて、「使ひ捨て」にした結果、使ひ棄てられた

ものが反撃して復讐に出たといふ因縁因果のあらはれ

が公害であり、人類の”エデンの楽園”追放なのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/21 (Mon) 07:56:05


 
 確かにバイデンの煽り方は気になりますが…!(^^)!









 三十日目です。


   三十日の箴言 精靈信仰と大乘佛教


 山には山の神があり、野には野の神があり、川には

川の神があり、井戸には井戸の神があり、竈には竈の

神があるといふ信仰は、「山川草木國土悉皆、佛性の

顕現である」といふ大乗佛教的な信仰とは多少異なるのである。

精靈信仰は多少二元的なところがあり、或る「物」に

「精靈」が宿つてゐると信ずるのである。しかし後者

の「悉皆佛性」又は「悉有佛性」(道元禅師)の大乗

佛教は「有るもの悉く佛性そのものの現成」と解する

のである。しかし兩者は同一系統に属するもので、そ

のプリミティーブ(幼稚)なものが、精靈信仰(アニ

ミズム)であると言へる精靈信仰が一層具體化して、

人格的顕現として、降霊會又は實験場にあらはれ、肉

體から分離した靈魂が靈媒者を通してわれわれに話し

かけ、或は物理的心靈現象を起して、暗室で、空中に

メガホーンが舞ひ上がつてものを言つたり、寫眞靈媒

を通して、死者の靈魂が生前の容姿を持つて寫真にあ

らはれ、靈魂が肉體死後も、個別的個性ある人格とし

てあらはれるといふ實證を示すものが、スピリチァリ
ズム(神禮主義とも稱するが適譯ではない)である。

(谷口雅春著『靈界の妻は語る』『人間死んでも死なぬ』『生命の實相』“靈界篇”参照)
 
                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/22 (Tue) 08:12:03



<「物質は無い。肉体は無い」という実相哲学>


 言うは易し、行うは難し、なかなか究極の境地のよ

うにも見えるのですが…!(^^)!。(破邪顕正様の御投稿より<m(__)m>)





 三十一日目です。



  三十一日の箴言 靈媒現象に接した時の注意


 靈魂による心靈現象は、肉體死後にも各人は各々個

性を持つた靈魂として存續し、次の生まれ変りの時期

が來るまで靈界で生活をつづけるといふ靈魂の個性存

續の立證をその實験で見て、靈魂不滅の信仰を高める

上に必要な資料として、その實験記録や、心靈現象實

験會に接することは有用な場合もあるが、心靈現象に

おぼれてしまふとその靈媒に出て來る靈魂の言ふこと

を無差別に何でも彼でも信じてしまつて、大變な間違いをひきだすことになるのである。

靈媒に接する場合には、靈媒にあらはれた靈が「如何

なる階級の靈か、高級靈か、まよへる亡靈か、動物變

化の靈であるか充分審判した上で、その靈に對應すべきである。

この靈の等級、種類等を審判する者を「審神者」とい

ふのである。審神者となる資格は自己に天眼通的靈能

があつて、相手の靈がどんなに變化して出現して、恰

も高級靈の如く變貌して來ようとも、天眼によつて見

破り得る靈能がなければならない。また自分自身が靈

媒となつた場合には、自分自身を自己審判して、如何

なる靈がかかつて來ているかを知つて、徒に”天地創

造の神”だとその靈が自稱しても、そんな事を信じてはならないのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/23 (Wed) 08:04:46


<その歡びを表した「天長節」の唱歌の歌詞が本年はひとしほ心に染みます。

 とりわけ「いはへ諸人 もろともに。」の一節が胸に迫ります。>(立葵様)


<いのちを賭けてお守りするに値するもの、それはまさしく、この「宮中祭祀」ではないのか。

三島由紀夫は、自決することによって、私たちに常

に、「命を賭けて守るものとは何か」を問いつづているのだと思います。>(破邪顕正様)


<今年は、千利休が生誕して500年の年。

その番組に出演していた武者小路千家の家元・千宗屋さんの言葉に惹かれました。

千利休の命日は2月28日ですが、その祥月命日(利休

忌)は勿論のこと、月命日の28日にも、必ず法要が営
まれているということでした。>

<また、その思いで、尊師の月命日である17日には、多磨霊園にて墓前祭を執り行わせていただいております。>(破邪顕正様)


 心にしみたご投稿!(^^)!。








 三十一日、続きです。


 創造の神は勿論高級の靈は滅多に、そこらあたりにゐ

る一般の汚れた心の普通人にかかつてくるものではな

いのに、普通人ほど”高慢な心”を持つてゐるため

に、”創造神”だとか”何がしの命”などと自稱して

出て來るとすぐ、それを本當かと思ひ上がり狐狗狸蛇

蟇等の變化の靈に翻弄されてゐながらそれを自ら知ら

ないで有頂天になつたり、自稱教祖になつたりするのである。

「七つの燈臺の點燈者の神示」に”本當の神は霊媒に

罹らぬ”と訓示されてゐる絛(くだり)に留意しておくべきである。

                  (つづく)
 

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/24 (Thu) 07:42:01



 吉田松陰の遺した言葉がすごいです(^_-)-☆。

改めて。29歳の短き命ながら。










 三十一日の続きです。


 佐藤通次博士は「内在の位に立つ神と、超越の位に

立つ神との合一するところの自覺」が本當の宗教の本

質であるといふことを言つてゐられることは既に述べ

たが、其の「内在の神」を、靈媒現象に出て來て宇宙

神だとか何某の神だとか自稱する神の事だと考へる
と、とんでもない間違を犯すことになるのである。

また自然物の奥にその”精靈”と稱する”超越内在的

な神”を拜するアニミズムの信仰は、必ずしも 靈媒

現象に於ける”個別亡霊”の言葉を悉く信ずる淫祠邪教とは一致しないのである。

                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/25 (Fri) 07:56:47

 

 醍醐寺の餅上げ力奉納、東大寺の修二会(下総の野人様)
日本の底力、は感動です。






 三十一日の続きです。



 ヨーロッパ中世の宗教暗黒時代には靈媒現象を起す

巫女を悪鬼に憑かれたる”汚れたる者”として、キリ

スト教牧師がそれを處刑して殺すことがキリストに忠誠だと信じられて合法的に行はれのであつた。

これらは靈媒現象の何たるかを知らない心靈学的迷妄

時代の出來事である。霊媒は一種の靈的ラジオセット

のやうなものであり、靈媒自身の心境の變化にしたが

つてラジオセットの受信周波數が變つて來て時には低

級動物靈の惡戯放送による下らない”靈界通信”もあるのである。

 私は或る宗教の教祖の靈媒的自動書記によるお筆先の

神示をその全冊に渡つて調査したことがあるが、本當

に神ならではこんな眞理を書かれないと思はれる深い

意味を持つ神示もあれば、その反対に詰らない豫言の

適中しないのに、毎年老ひの繰り言のやうに臆面もなく書き綴つた部分もあるのを發見したのであつた。


                  (つづく)

Re: 伝統様、ありがとうございます。41 - 道産子

2022/02/26 (Sat) 08:32:54



 尊師と山岡荘八氏の憲法論議、ぜひお伺い致したいものです!(^^)!。









 三十一日目、お終いです。


 靈媒の豫言は時として驚くほど適中することもある

が、全部信じて、實行するならば、その一つでも間違

つた場合に取返しのつかない結果を招くことがあるか

ら靈媒の豫言を全部信ずる位ならば、全部信じない方が優(ま)しなのである。

(註。古事記の仲哀天皇の項に審神者(さには)の語

源が見られる。「天皇(すめらみこと)、筑紫の阿志

比宮に坐(ま)して、熊曾國を撃(ことむ)けたまは

んとせし時に、天皇、御琴(みこと)を控かして、建

内宿禰の大臣、沙庭に居て、神の命(みこと)を請ひ

まつくりき。是(ここ)に大后(おおさき)、歸神
(かむかかり)して・・・・・云々」とある。

“歸神”と書いて「かんがかり」と讀むのであるが、

大后即ち神功皇后さまが靈媒狀態におなりになり、天

皇さまは靈を招びむかへるために皇后さまの精神を統一すべく一弦琴をお彈きになる。

この場合、靈媒は神が憑りてくる”主”になるので、”神主”といふのである。

皇后さまが神主(靈媒)になられるので、上段の間に

坐したまひ、その神と問答する建内宿禰は臣下である

から、一段と下座して沙庭即ち“沙の庭”にすわつ

て、神主に憑つてくる神と問答する役を仰せつかつてゐる。

神と問答する役即ち審神者(しんしんしゃ)の事を“沙

庭”と呼ぶやうになつたのは、このやうな故事による。)

                  (おわり)

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