伝統板・第二
谷口雅春先生【38年祭】 - 伝統
2023/06/13 (Tue) 14:09:07
今月、6月17日は、谷口雅春先生の【38年祭】。
(1)谷口雅春先生最後の御講話は、
昭和六十年五月二十六日、長崎・総本山の団体参拝練成会での御講話
谷口雅春先生 最後のご講話 全てを拝み『殺す勿れ』昭和60年5月26日
http://blog.livedoor.jp/seimeinojissoh/archives/51458034.html
(以下は抜粋です)
①「袖振り合うも他生の縁」
こうして真理の話を一緒に座って聴いた、
この因縁というものは実に深い因縁であると、
わたしは思うんです。(拍手)
②皆さんはみんな無量寿如来の命をいただいて、
でここに生まれ変わって来ておられるのである。
③あなたの命も無量寿如来の命が宿っている、
私の命も無量寿如来の命が宿っている。
互いに兄弟である。ということを自覚して、
そして仲良く交際していくようにしていただきたいと、
私は思うのであります。(拍手)
④この体は五尺何寸。小さい体であるけれども、命は無量寿如来。
皆さんは無量寿如来でありますよ。
それがほんとにわかったら病気なんてすることない。
無限の命の如来様だ。
それは病気をしたり、いろいろ過ちを犯したり、
罪を犯したりするようなそんなことはないことです。
⑤人間の命の仏性は、仏の命が宿っているのであるということを、
皆さんは毎日思い出すがいい。
⑥みな無量寿如来の命が宿っている。如来さまですよ。
人間は自覚した程度にその人の生活が高まっていき、
極まっていくものであります。
⑦人間は無量寿如来の命がここに宿って生かされているので、
これがわかることが、これがすべて道徳の根本である。
⑧みんな天界に在しますところの、
無量寿如来の命の別れが天下ってきて、
そしてお母さんのお腹に宿って、そこから生まれてきたんだ。
その命の本物が、本元が、無量寿如来、すなわち阿弥陀如来ですが、
無量寿如来の命がいまここに生きているんだー、ということを、
毎日朝一回神想観をして思い出す。
⑨みんなが無量寿如来。如来と如来の拝み合いの世界がこの世界だと、
これをね、悟らしていただく。
みんな拝み合う世界が開けてくる。(拍手)
⑩すべての人間が、いま如来の命が宿っているという
その實相(じっそう)を拝ましていただく、
それを引き出すのがこれが教育です。
⑪拝む世界に悪は出てこない。
「合掌すれば妙楽の世界いま開く父を拝まん母を拝まん」と言う
僕の歌があります。
合掌すれば天国ここに現れる。
父を拝まん、母を拝まん。父と母だけじゃない。
すべての人間は無量寿如来のおんなじ命の兄弟であるから、
父を拝まん、母を拝まん。
それだけじゃない、
すべての衆生、すべての人類を拝ましていただきます。
そういう心になったらその心が以心伝心、相手に伝わり、
それが世界中に広がるようになれば、戦争はなくなる。
⑫不殺生、殺生をしないということのね、すべての道徳の根本にあるんだ。
⑬生長の家は「殺すなかれ」だから戦争はない。
すべての人間を生長の家に導いて「殺すなかれ」の最高道徳を
政治家に実践させるように導くように、
みなさんどうぞ皆さんの息子を、娘を、兄弟を
導いてあげていただきたいのであります。(拍手)
(2)谷口雅春先生の最後のお言葉 上野志保子
seimeinojissoh( 2022/05/09)
https://www.youtube.com/watch?v=2C1cE6If68k
(3)昭和60年6月13日(朝)3時30分 【谷口雅春先生 最後のお言葉】
『”病なし! 迷いなし! 罪なし!”
これが生長の家の根本真理であります。
それでは、神様ただ今より眠らせていただきます』
その後、眠りに入り、
神様から託された使命を全うし、
昭和60年6月17日午前7時53分、
眠ったまま最高級神界に旅立たれました。
《感謝・合掌》
・・・
<関連Web>
(1)生長の家“本流宣言”掲示板~「谷口雅春先生【26年祭】 (2737)」
→ http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=535 消滅
(2)生長の家“本流宣言”掲示板~谷口雅春先生【27年祭】 (10234)
→ http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=2425 消滅
(3)生長の家光明掲示板・第一 ~谷口雅春先生【28年祭】 (9307)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1767 消滅
(4)生長の家光明掲示板・第二 ~谷口雅春先生【29年祭】
→ http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=1796 消滅
(5)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【30年祭】
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6515046
(6)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【31年祭】
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6915417
(7)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【32年祭】
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7584255
(8)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【33年祭】
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7754408
(9)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【34年祭】
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7875202
(10)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【35年祭】
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7989381
(11)伝統板・第二 ~谷口雅春先生【36年祭】
→ https://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=8200675
(12)伝統板・第二【37年祭】
→ https://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=8266645
<感謝合掌 令和5年6月13日 頓首再拝>
谷口雅春先生、初めて病院に入院 - 伝統
2023/06/14 (Wed) 10:08:49
*「白鳩」(昭和60年10月号)より
~谷口輝子先生「師と仰ぎ 夫と仰ぎて」
結婚して65年たつ今年、私の夫は初めて病院に入院された。
それは体のどこかが悪いからというわけではなく、
食欲が減って来て、(中略)
6月5日には、孫の荒地佳代子が、祖父の好物の海苔巻きのお寿司を、
心を込めて作ってくれたが、それを嬉しげに、じっと見つめただけで
箸を取られなかった。
その日から6日間、絶食がつづいた。
(中略)
主治医に、絶食して居られることを電話したら、
主治医はすぐにやって来られ一応全身の診察をして下さったが、
「6日間も絶食していて、淡々とした顔をして居られる原因が
判らないほど、体に異常がない。一度長崎大学病院にお連れして、
診察して貰われたら如何でしょう」
(中略)
11日の午後、主治医が夫に同乗して、別の車で、恵美子と雅宣と
貴康と上野さんが随行した。
<感謝合掌 令和5年6月14日 頓首再拝>
「碧巌録」の終講の辞 - 伝統
2023/06/15 (Thu) 04:46:43
谷口恵美子先生著『わたしの玉手箱』の中にこうあります。
《食事をしなくてもお腹もすかず、父は淡々とした表情で、
自分にいま何が起こりつつあるかをみつめていられるようでした。
上野さんが一人でお傍にいるとき、父は四月の末頃に書いておいた
『生長の家』誌の「碧巌録」の終講の辞という長い文章を読み返し、
「日本教文社か、その関係の人に渡して下さい」と渡されたと聞いて、
その時読ませていただきました。
それには皆様への別れのご挨拶と、
次の境涯で再会できるということなどが書いてありました。…
背中を撫でてあげると、寝返りを打ちながら、
「もう、お別れかもしれないね」と、やさしい声で、
まるで人事(ひとごと)のように言われるのです。》>
・・・
谷口雅春先生は 「『碧巌録解釈』終講の辭」の中で、
ーーーーーーー
それでは「左様なら!!」とニッコリ笑って、皆様とお別れ致しませう。
しかし今別れても次の境涯で皆様と再會する次機が屹度来ると信じます。
(中略)
三界は唯心の所現でありますから、皆さん自身の心境云何によりまして何事も、
そんなに力まないでも何事でも、自分の日常生活が円滑に滞りなく行はれる
――円滑現象が起るやうになり得るのです。
現世浄土と云ふ語がありますが、
自分の心境が何事にも滞らずに円滑になりますから、
唯心所現の世界ですから現世がその儘、極楽浄土の顕現になるのです。
釈迦牟尼如来は大無量壽経をお説きになりました直後、
「如来の當に為すべきことは成し了れり」と仰せられたと傳へられてをります。
私は今まで本誌に『碧巌録』の講義を書きつづけて来ましたが、
本講をもって、釈迦と同じく「谷口雅春如来の當に為すべきことは成し了れり」
申すことにしたいと思ふのです。
ーーーーーーー
と述べておられます。
<『碧巌録解釈』終講の辭の全容については
http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6915417
谷口雅春先生ご昇天約一ヵ月半前(昭和六十年四月末頃)のご文章
(2016/06/22 (Wed) 04:23:18)にて確認できます。
<感謝合掌 令和5年6月15日 頓首再拝>
死に水(末期の水)と神様へのご挨拶 - 伝統
2023/06/15 (Thu) 12:50:48
*「白鳩」(昭和60年10月号)より
~谷口輝子先生「師と仰ぎ 夫と仰ぎて」
”6月13日、午前2時20分頃、先生が、
「お茶が飲みたい」
と言われたので、公邸より持参したお茶をお入れして、
ベッドの上半身の方を高くして、お湯呑を受け取られた先生は、
お茶を三口、『ゴク、ゴク、ゴク』と美味しそうな音を立てて
飲まれました。”
わたしは後で考えたことは、この時のお茶が、お口に入れるものの
最後のものだったから、世に言う「死に水」に当たると思われた。
”13日の午前3時30分頃、先生が、
『病無し、迷無し、罪なし、これが生長の家の根本真理であります。
それでは神様、只今より眠らせて項きます。
それでは神様、只今より眠らせて頂きます』
と同じ言葉を2回くり返された”
上野さんの文章はこれで終っていた。
夫の肉体の命はこの現象世界を去る時、
神様に永眠することを挨拶されたのであった。
・・・
<参照>ご昇天20日前のご文章
【谷口雅春先生ご昇天20日前(昭和60年5月28日)のご文書】
~「實相と現象」(谷口雅春著作集第4巻)「はしがき」から抜粋
神の言(ことば)に接する毎に、私は畏れ平伏(ひれふ)すのである。
そして、 図り知れない神のはからい、摂理、お導きに、
谷口は十二分にお応えし得たであろうか、
この九十余年の生を以て些(いささか)かの悔いることなく尽くし得たであろうか、
と魂の打ちふるえるのを覚えるのである。
そして谷口に賜った神々の大いなる恩寵に、唯々感謝合掌、
悦びが、悦びの波紋が見渡す限り拡がる様を、心眼に拝するのである。
(中略)
諸賢が、”聖なる求め”を放棄することなく、
日に日に高きを望み、深きに入り真理を体得せらんことを、
神に代わり切に切に望むものである。
<昭和六十年五月二十八日 谷口雅春 識す>
<感謝合掌 令和5年6月15日 頓首再拝>
「不滅のご慈愛」 - 伝統
2023/06/16 (Fri) 07:19:23
(谷口雅春先生の「生命の實相」を学ぶ(二〇一四年一月二八日)
http://blog.livedoor.jp/seimeinojissoh/archives/35971892.html)
「不滅のご慈愛」 ご復活の日・六月十七日を偲んで
宮澤次郎(故人)
昭和六十年六月十五日(土)朝、いつものように四時四十分ごろ起床し、
洗面を終えて五時過ぎに、毎日の行事である氏神さま氷川神社への
朝詣でに出かけようとしましたが、
ふと長崎の雅春先生ご夫妻にしばらくご無沙汰をして申し訳ないなあ、
という気持ちがこみあげてきました。
今日は土曜日でもあるし、よし、長崎へ行こうと決め、
電話で午前八時五十分発の航空券予約をとりました。
長崎空港に到着した私はすぐに公衆電話で総裁公邸にお電話しましたところ、
お側付きの人から「総裁先生(雅春先生)は長崎大学の病院にご入院中である」
とお答えを耳にし、瞬間愕然として信じられない思いが致しました。
更に確かめると、ご病室をお教えいただき、これは事実だ、
思いもかけない事が起った、と胸がドキドキする思いで
空港の屋外へ飛び出しました。
ちょうど市内行きのバスが出発しようとしているころに乗せてもらい、
バスのスピードのおそいのを気にしつつも大学病院に着いて
先生のご病室のドアをノックしました。
出て来られたお付添いのお話で、
先生はいま静かにおやすみになっておられること、
輝子先生は現在公邸にいたっしゃるが、
恵美子先生方は担当医師とのご対談中で、別室に居られるとのこと、
などを知りました。
私としては、恵美子先生がたが医師との話を終えられたあと、
ご一緒にご病室に入らせて頂こうと思いしばらくお待ちしましたが、
時間がかなり経過し、遂に待ち切れず再びドアをノックし、
お付添い人の了解を得て、ようやくご病室の先生に拝顔することができました。
このように病院のベッドの上にお寝みになっている先生に
お目にかかれることは、今朝東京を出発するときには
夢にも考えていなかっただけに、
私は夢中の思いで先生のベッドに手をつき、
お耳に自分の口を近づけて思わず大声で
「先生、宮澤次郎です、お見舞いに参りました。おわかりになりますか」
と叫んだのでした。
先生は、それまでウトウトしておられたようですが、
有難いことに私のことばをお判り預けたと見え、
そのときお眼をはっきりとお開きになり、再度うなずいて下さいました。
そしてその後はまたお瞼を閉じられ静かにお寝みになるご様子でした。
ご病床の先生は、少しおやつれの気配は拝されるものの、
お顔色も唇の色も平常と変わりなく、そのときには
ご病状の急変が起ることは全く予想されない思いで、
私は静かにご病室の外に出ました。
ご病床にあらせられる先生のご慈愛あふるるご温容には、
平生と些かの変りもなかったことが私の心にはっきりと灼きつけられています。
このようにして私がお目にかかることができた日の翌々日の朝七時五十三分、
雅春先生は従容としてご天寿を全うされご昇天あそばされたのでした。
私は、偶然にこの最後の先生とのお別れとなった日の勿体ない貴重な思い出を、
生涯自分の胸裡に刻んで大切にさせて頂きます。
私は、雅春先生の身に余る勿体ない深い温かいご愛念の中に
抱かれて今日まで生きてくることができました。
ご生前のなつかしい思い出の数々は到底筆紙に尽し切れない
感謝と感激と感銘の連続でした。
先生のおかげで私の人生は此の上もなく輝かしい充実した人生となりました。
僭越ではありますが、私の拝する限り、雅春先生が
そのご生涯を通じて凡ての人々に垂れ給うたご愛念は、
まことに限りも無く偉大であり深遠であり、
人々の魂に深く染み透り、人々の生命を真に蘇らせて下さいました。
「神は愛なり」という真理のことばは、とりもなおさず
「谷口雅春先生は神なり」という永遠不滅の事実を啓示している
ものと私は信じます。
谷口雅春先生は生死を超越され人類への無限の愛の象徴として
無量寿如来として、現在から未来に向け永遠に私たちを導き給うことを
固く信じております。
(以下略)
(宮澤次郎の稿、終了)
『心のかけはし』誌 平成18年
<感謝合掌 令和5年6月16日 頓首再拝>
谷口雅春先生の帰天 - 伝統
2023/06/17 (Sat) 08:54:28
*「白鳩」(昭和60年10月号)より
~谷口輝子先生「師と仰ぎ 夫と仰ぎて」
6月17日の朝であった。
わたしはまさか今日夫が死去されるとは思っていなかったのに、
昔から俗に言う『虫が知らす』と言うことか、
白羽二重の着物の仕上がりが気になって来た。
(中略)
すると8時前に家人が私の部屋に急いではいって来た。
「只今病院からお電話でございます。
先生は今お亡くなりになりましたと・・・」
(中略)
間もなく玄関の戸が静々に開けられた。
仰向けになり、白布で顔を覆われた夫の遺体は
何人かの男たちに持たれて座敷へ運ばれて来た。
敷布団の上に移されると、恵美子、雅宣、貴康たちの手によって、
手早く甲斐しく白羽二重の着物に着替えさせられ、
『写経』の着物を拡げて覆われた。
(以下省略)
<感謝合掌 令和5年6月17日 頓首再拝>
久遠不滅の**** - 伝統
2023/06/18 (Sun) 07:37:49
*谷口清超先生・著「伸び行く日々の言葉」(P256)より抜粋
生長の家の創始者・谷口雅春大聖師は
昭和60年6月17日に長崎市に於いて昇天された。
地上の肉体は必ずいつかは昇天日を迎えるが、それは魂の死ではない。
本当の《いのち》は永遠不滅であり、神であり、仏である。
そのことを大聖師は一生涯を通して解き明かされた。
病気も不幸も災難も死も戦争もなく、
罪も迷いもない実相の完全円満を、大聖師は常に説法された。
この御教えは久遠不滅の****である。
・・・
谷口雅春先生
昭和60年6月17日午前7時53分、眠ったまま最高級神界へと天翔ける
「實相無相光明宮大真理説授正思惟大聖師」
<感謝合掌 令和5年6月18日 頓首再拝>