伝統板・第二
神社~今月の言葉(3月) - 夕刻版
2026/03/01 (Sun) 15:23:55
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和八年三月)】
本田宗一郎
困れ。
困らなきゃ何もできない。
(困ったときは何かを変えるチャンスがあると考えよう。
安定した状態ではなかなかできない考え方や行動も、
困って追い込まれるとやらざるを得なくなる。
そのきっかけを逃さないようにしていこう。)
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0803/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202603.pdf
<感謝合掌 令和8年3月1日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和八年三月)】 - 伝統
2026/03/02 (Mon) 04:49:41
業(ぎょう)の広きはこれ勤(きん)
~ 書経 ~
もの事を拡大する鍵になるのは、
勤勉とか精励といった意味の勤であります。
目標を設定して、意欲を燃やし、尚且つ率先垂範することが、
仕事を成し遂げる基本であります。
<感謝合掌 令和8年3月1日 頓首再拝>
【北海道神社庁、3月のことば(令和八年弥生)】 - 伝統
2026/03/02 (Mon) 14:27:23
世に痴者二つあり。
その一は神を祈らざる人なり。
その一は事を行はざる人なり。
~ 鈴木重胤・延喜式祝詞講義 ~
(神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/
→ 「今月のことば」令和8年3月<弥生>をクリック)
<感謝合掌 令和8年3月2日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和七年三月)】 - 伝統
2026/03/03 (Tue) 04:48:44
備えあれば患(うれ)えなし
『書経』
儒教の経書である『五経』の一つ。
中国神話に登場する尭・舜から秦の穆公に至る記録をまとめたもの。
古代政治における君主と臣下のやりとりが詳細に記され、
多種多様な教訓が示されており、史書としても価値が高い。
帝王学の名著であり、我が国でも「昭和」や「平成」など
年号の出典として採用されている。
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0703/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202503.pdf
<感謝合掌 令和8年3月2日 頓首再拝>
今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和七年三月)】 - 伝統
2026/03/03 (Tue) 14:52:52
蓴羹鱸膾(じゅんこうろかい)
~ 晋書 ~
ふるさとの野菜・山菜で魚介類の味は忘れないものです。
蓴菜(じゅんさい)の羹(あつもの)と、
鱸(すずき)で作る膾(なます)のおいしい味を思い出し、
故郷を懐かしむ思い慕う状況をいいます。
自分が生まれ育った故郷を大切にしましょう。
<感謝合掌 令和8年3月3日 頓首再拝>
【北海道神社庁、3月のことば(令和七年弥生)】 - 伝統
2026/03/04 (Wed) 04:54:52
人は巧にして偽らんよりは、
拙うしても誠あるに如かず
~ 曽我物語 ~
世の中は誤魔化して渡ってはならぬ。
ゴマ化しは必ずばれる。
昔は人生50年といったが今日では人生は70年である。
この長い人生で、一日逃れのゴマ化しで、人生が渡れるであろうか。
神道を志す者に、このやうな者がゐるとは思はれない。
しかし商売の道に長けてゐる人のうちには、
このやうな者のゐることは否定できない。
「巧に偽る」とは、口達者で口でダマ化すことである。
それは長くつづく訳がない以上、人生は口は下手でも、
誠の心を持って、つき合ふ以外にない。
ありのままの姿(言行)で、世を送るのが、
一番人から信用される基だと知っておきたい。
(神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/
→ 「今月のことば」令和7年3月<弥生>をクリック)
<感謝合掌 令和8年3月3日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和六年三月)】 - 伝統
2026/03/04 (Wed) 18:17:53
尾藤二洲
良馬は毛にあらず
士たるはその志にあり
人が尊敬を受けるのは
その外見ではなく
人格・人柄という
心の持ち方(志)によって
決まるのである
『静寄軒集』
尾藤二洲 (びとう じ(に)しゅう)
江戸後期の儒学者。別号は約山・静寄軒。伊予国川之江の出身。
幼少時に足を悪くするが、学問で身を立てることをこころざし、
大坂に出て学問に励むとともに私塾を開き朱子学の普及に努め、
幕府の学問所・昌平黌(しょうへいこう)の教授を約二十年間務めた。
柴野栗山・古賀精里とともに寛政の三博士と呼ばれる。
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0603/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202403.pdf
<感謝合掌 令和8年3月4日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和六年三月)】 - 伝統
2026/03/05 (Thu) 04:32:23
虚(きょ)にして人(ひと)を受(う)く
~ 易経 ~
心をすなおにし、先入観をもたないで、
人の話を聞くことが大切であります。
『虚心坦懐』
(http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k06.html)
<感謝合掌 令和8年3月4日 頓首再拝>
【北海道神社庁、3月のことば(令和六年弥生)】 - 伝統
2026/03/05 (Thu) 14:52:24
神は清浄を欲す、正に従うを以て清浄となす。
悪を以て不浄となす
~ 神道明辨 ~
これも伊勢神宮の教学が、清浄・正直の二つにあることを
明示したものである。
清浄・正直が伊勢の天照大神の御心に他ならないとしたのは、
伊勢神宮の祭りが、この二つを理想として実行されて来ている
ことを物語ったものに他ならない。
さらに清浄・正直と言っても別々のものではない。
正直の言行が、そのまま即ち清浄となるのだとする。
これに反し、正直ではないことは、それが全て悪だとされる。
人間道徳で言う正直も、その根本は信仰的は深い清浄心に
根源があり、そこから発する。
眼に見えない世界の存在に敬虔な眼を向けるのは、
信仰としては肝要である。
(神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/
→ 「今月のことば」令和6年3月<弥生>をクリック)
<感謝合掌 令和8年3月5日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和五年三月)】 - 伝統
2026/03/06 (Fri) 04:55:37
佐藤一斎
春風(しゅんぷう)を以って人に接し
秋霜(しゅうそう)を以って自ら粛(つつし)む
他人には春風のような
暖かさで接し
秋の霜のような厳しさで
自己反省する 『言志後録』
(『言志四録』の一書)
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0503/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202303.pdf
<感謝合掌 令和8年3月5日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和五年三月)】 - 伝統
2026/03/06 (Fri) 14:51:04
治(ち)にて乱を忘れず
~ 易経 ~
安きにあっても、私たちの生活がいつどうなるか分からない。
乱は世界から家庭、個人レベルまで様々でありますから
決して危機意識を忘れてはいけません。
<感謝合掌 令和8年3月5日 頓首再拝>
【北海道神社庁、3月のことば(令和五年弥生)】 - 伝統
2026/03/07 (Sat) 04:58:20
あさみどりすみわたちたる大空の広きをのが心ともばな
~ 明治天皇御製集 ~
(説明)
神道の教えは、「清く、正しく、睦まじく」生きるにある。
浅緑すみわたりたる境地は、その清浄、正直の心にあたり、
大空の広きは度量の大きさであり、睦和の精神に相当する。
今までの神道では、清浄、正直を二大徳目としてきた。
禊祓いの信仰に生きる神道としては、
この二大徳目が大きく掲げられるのは良い。
然し人生は己れ独り清く生きていく道だけではない。
多数の人と共同生活をする以上、助け合い、伸ばしあい、
許しあう和合の道がなければならない。
これが睦みあう和の道である。
神道にこの睦和の徳目が更に加わることは、
産霊(むすご)の信仰を一層大きく生かすものであり、
神道の教えは愈々広さと深さを増すであろう。
この清浄・正直・睦和の三つの徳目を、一つの歌の中に
まとめて歌い上げたものとして、この御製はありがたく
奉誦される。
他の明治天皇御製にみられる誠の心、誠の道を具体的に
歌い上げると、結局この御製になる。
その意味に於いて、この御製は神道信仰歌としても、
声を大にして朗誦されてよい。
(神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/
→ 「今月のことば」令和5年3月<弥生>をクリック)
<感謝合掌 令和8年3月6日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和四年三月)】 - 伝統
2026/03/07 (Sat) 14:48:52
『論語』
徳は孤ならず
必ず隣あり
誠実な姿勢と言動、人を思いやる心と行動、
これら徳を積むことを心掛けている人は
孤立することなく必ずよき理解者が助けてくれる
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0403/
http://www.otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202203.pdf
<感謝合掌 令和8年3月7日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和四年三月)】 - 伝統
2026/03/08 (Sun) 04:14:53
信言(しんげん)は美ならず 美言(びげん)は信ならず
~ 老子 ~
真実の言葉は、美しくかざらないものです。
美辞麗句など美しくかざれる言葉は、
真実ではないこともあります。
「思います」「考えます」はだれでも言いますが、
まずは実行しなければ意味がありません。
<感謝合掌 令和8年3月7日 頓首再拝>
【北海道神社庁、3月のことば(令和4年弥生)】 - 伝統
2026/03/08 (Sun) 14:19:21
勝つ事ばかり知りて
負くる事を知らざれば
害その身にいたる
おのれを責めて、人をせむるな
~ 東照公御遺訓 ~
(説明)
人生は何でも勝てばよいとし、一歩退いて考えることを
しらないものは、却って害がその身に至る。
害は勝利にのみ酔いしれている自分自身が
造り出したものに外ならない。
「人生は反省が大切である」。
反省すれば自分の出処進退について、他人を責めるよりは、
自分を責めることの方が大切なる所以を知ることが出来る。
「勝つ」とは「俺が」という「我」に勝つことである。
「負くる」とは、「我を張ってはいけない」という反省である。
「反省は成功の基」とも「負けるが勝」ともいわれる。
人生は勝敗の裏にひそむ反省心を顧みるか否かにかかる。
(https://hokkaidojinjacho.jp/
→ 「今月のことば」令和4年3月<弥生>をクリック)
<感謝合掌 令和8年3月8日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和三年三月)】 - 伝統
2026/03/09 (Mon) 04:58:18
松下幸之助
好況よし
不況なおよし
正しい経営が行われている限り、
不況こそ好機なのだ。
そして不況は人がつくったものだから、
人に不況が解決できないはずはない。
『松下幸之助 叱られ問答』
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0303/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202103.pdf
<感謝合掌 令和8年3月8日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和三年三月)】 - 伝統
2026/03/09 (Mon) 13:25:38
江南の橘(たちばな)、 江北に生ずれば枳(からたち)となる
~ 晏子春秋(あんししゅんじゅう) ~
無情の草木すら、風土によって、その性を変ずるものである。
まして有情の人間は、その居るところの風俗の善悪に従って、
その性の変わるのは当然である。
<感謝合掌 令和8年3月9日 頓首再拝>
【北海道神社庁、3月のことば(令和3年弥生)】 - 伝統
2026/03/10 (Tue) 04:46:45
父母はわが家の神、わが神と
心つくしていつけ人の子
~ 本居宣長・玉鉾百首 ~
(説明)
我が家に今日あるのは、その初め、
父母が、私共を生んでくれたお陰による。
その意味で、自分を生んでくれた父母を、
最も身近な我が家の守り神として大切にすべきである。
更にその祖父母、高祖父母と遡っていけば、
遠い自分の祖先を最も身近な神の一つとして、
真心を尽くして、大切にお仕え申すべきである。
現実の最も身近な父母を、我が家の守り神として、
大切にすることが、神まつりの第一歩であると教えたものである。
(神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/
→ 「今月のことば」令和3年3月<弥生>をクリック)
<感謝合掌 令和8年3月9日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和ニ年三月)】 - 伝統
2026/03/10 (Tue) 15:06:06
斎藤茂太
人生に失敗がないと
人生を失敗する
【斎藤茂太 (さいとう しげた)】
大正五年生まれ。精神科医、随筆家。
歌人で精神科医の斎藤茂吉の長男として東京市(当時)に生まれる。
「心の名医」「モタさん」の愛称で広く親しまれ、
多くの悩める人を勇気づけ、人間関係を楽にしてくれる人生術に多くの人が共感した。
日本精神病院協会の名誉会長を務めながら執筆を続けた。
( http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0203/ )
( https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202003.pdf )
<感謝合掌 令和8年3月10日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和ニ年三月)】 - 伝統
2026/03/11 (Wed) 04:15:10
病は口より入り
禍は口より出ず
~ 太平御覧 ~
病気というものは全て口から入り、
禍(わざわい)は多く失言からおこるものであります。
流行疫病に気をつけ、風評に惑わらされないように
注意しましょう。
( http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k02.html )
<感謝合掌 令和8年3月10日 頓首再拝>
【北海道神社庁、2月のことば(令和2年弥生)】 - 伝統
2026/03/11 (Wed) 14:49:06
神は見徹(みとお)しなり
~ 真野時綱・神家常談 ~
人の世の道徳は、人と人との秩序を保つために必要である。
ここでは眼に見える事柄だけが問題とされる。
これに対し信仰の秩序は、神と人との関係に於いて存する。
ここでは人は見ていなくとも、神だけは見通していられることを知り、
独りを慎むことに見の処し方がある。
神家常談には「神明の照覧という心を、片郁の俗語には、
神は見徹なりといえり。若し独も不実の者ありて、不信の言を吐くとき、
かたえの人、『神は見通なり』といえば、いかなる邪気の者も恐懽の心
忽ち面目に著る事あり」としている一節をとったものである。
( https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
~「今月のことば」令和2年3月<弥生> )
・・・
真野時綱 まの-ときつな
http://www.yasaka.org/KOBO/tokitunaoboegaki.html
神家常談
http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=0281-001404
<感謝合掌 令和8年3月10日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(平成三十一年三月)】 - 伝統
2026/03/12 (Thu) 04:02:05
秋篠宮 文仁親王殿下
年久(としひさ)しく 風月(ふげつ)の移ろひ
見続けし 一本の巨樹に 思ひ巡らす
~平成二十七年歌会始お題「本」
秋篠宮 文仁親王(ふみひとしんのう)殿下
上皇陛下第二皇子
【ご誕生】
昭和四十年十一月三十日
【ご称号】
礼宮(あやのみや)
【お印】
栂(つが)
(http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/h3103/ )
( https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba201903.pdf )
<感謝合掌 令和8年3月11日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉 (平成三十一年三月)】 - 伝統
2026/03/12 (Thu) 13:10:59
越畔(えっぱん)の思い
~ 春秋左氏伝 ~
(説明)
何事にも自分の職分をよく守り、
又他人の権限をおかさぬように気をつけましょう。
(「畔(あぜ)」とは田畑ごとのの境界線を指し、
「他人の田畑を侵してはいけない」が本来の意味です)
( http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k31.html )
<感謝合掌 令和8年3月12日 頓首再拝>
【北海道神社庁、3月のことば(平成31年弥生)】 - 伝統
2026/03/13 (Fri) 04:57:27
在りきつつ来つつみれども
いさぎよき人の心をわれ忘れめや
~ 新古今和歌集・石清水八幡宮神詠 ~
人生を色々の経験を通して見聞きして来たが、
潔よき人の心を自分(八幡の神)は決して忘れることはない。
「いさぎよき人の心」とは「清浄正直な人の心」のことで、
毎日を清浄正直に送っているものの心こそ、
神の心をそのまま実行してくれる人として、そうした人を
決して自分は見捨てるようなことはしない。
これが石清水八幡宮の神詠とされたのは、八幡の神とは
こうしたみ心のお方であると信ぜられていたことが
神詠として永く語り伝えられたものに外ならない。
鎌倉時代以降、盛んに行われた三社(伊勢・八幡・春日)
託宣の八幡の信仰が、矢張り、「清浄」を第一としていたことは、
この神詠の「いさぎよき心」と同義語だったといえす。
八幡神社の信仰の心を示したものとして尊ぶべきであろう。
(神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
( https://hokkaidojinjacho.jp/kotoba/kotoba-h31/
~「今月のことば」平成31年3月<弥生> )
<感謝合掌 令和8年3月12日 頓首再拝>
【東京都神社庁 今月の生命の言葉(平成30年3月)】 - 伝統
2026/03/13 (Fri) 14:50:28
(伴部安崇)
神感(しんかん)は清水へ月の宿るが如く
誠ある人の心には
神明感応(しんめいかんのう)ましますなり
神に祈って何のききめがあるのか、と問う人に対する一つの答え。
月の輝きが、美しく澄んだ清水の表面に、又その奥底まで、影をおとすように、
人にして誠心(誠心誠意)を以て、神に祈るものに対しては、
神は必ず感応ましますものであるとしたものである。
『神道野中(のなか)の清水(しみず)』
・・・
伴部安崇 (ともべ やすたか)
江戸の生まれ、八重垣翁と号した。
跡部光海(あとべ てるみ)の門弟。
垂加神道学者で一般の教化にも当たった。
『神道野中の清水』は、世間一般の人々にわかりやすく神道を説いたものである。
(http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/h3003/)
( https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba201803.pdf )
<感謝合掌 令和8年3月13日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉 (平成三十年三月)】 - 伝統
2026/03/14 (Sat) 03:55:51
伏すこと久しきは、飛ぶこと必ず高し
(伏久者飛必高)
~ 菜根譚 ~
(説明)
長い間うずくまって力を蓄えていることは、
いったん飛び立てば必ず高く舞い上がることができる の意。
長かった冬、雪に耐えて過ごした日々も、
春になればその力を発揮し、
大きな希望と共に活躍が期待できるのであります。
(http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k30.html#m3003 )
<感謝合掌 令和8年3月13日 頓首再拝>
【北海道神社庁、3月のことば(平成30年弥生)】 - 伝統
2026/03/14 (Sat) 15:06:52
なにとなくただありがたき心こそ、
伊勢の内外の神の道なれ
~ 度会延佳詠草 ~
(説明)
度会(出口)延佳は江戸中期の伊勢豊受大神宮の権禰宜で、
度会神道学者として令名があった。
伊勢神宮(内外両宮)の神道とは何かと、人に聞かれたとき
「ただ有難いことです」また「有り難いという感謝の心を持つことです」
と教えたという。
正にその通りである。
私が屡々(しばしば)いうように、日本書紀にいう天照大御神の
御心は「恩親心」を持つにありとされている。
「恩親」の二字を何故「むつまじい」と訓ませたのか。
その一字の「恩」こそ、有り難い心であり、お陰に感謝する心に外ならない。
毎日、こうして元気でいられるのも、神のお陰、親のお陰だと
感謝するのが「恩」のあり方である。
生まれてから死ぬまで自分たちの有り方は「有り難い」という心を持ち、
この言葉を申して終わるより外に、道はない。
流石、伊勢神宮の学者として、名言だといえる。
(続神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
( https://hokkaidojinjacho.jp/kotoba/kotoba-h30/
~「今月のことば」平成30年3月<弥生> )
<感謝合掌 令和8年3月14日 頓首再拝>