伝統板・第二
心の法則⑤ - 伝統
2026/03/30 (Mon) 11:16:13
生長の家で説く「心の法則」
*『生命の實相』第29巻 女性教育篇(P202~203)より
生長の家では、「心の法則」ということを説いております。
心に思い浮かべたことは必ずいつかは形に現われるというのです。
心に思い浮かべたことは仏教でいう因縁の「因」というものになって、
どこかに蓄積されているというのです。
それがある「縁」に触れた時にそれが形に現われてくる、
現われてくるとともにその「因」は解消するというのであります。
卑近な例をもって申しますれば、
「因」というものは毎日毎日蒸発している水蒸気みたいなものです。
われわれが心の世界に因縁の「因」を蓄えることは、
毎日晴天の時に水蒸気を蒸発しているのと同じことなのです。
その水蒸気が毎日毎日蒸発しておってもわれわれにはわからない。
依然として空気は透明で、空は晴れている。
われわれは毎日小さな腹を立てたり、
小さな恐怖を起こしておってもわからないのです。
また何事も起こらないのです。
しかし何事も《ない》のではなく、その間に「因」を積んでいるのです。
ある程度まで水蒸気が蒸発して空中に蓄積した時にどうなるかというと、
今度は沛然(はいぜん)たる豪雨となってザーッと降ってくる。
われわれは初めて雨が降る時に降るのだと思っているけれども
これは愚者の考えることであって、
雨は雨が降る時に製造されたものではないのであります。
雨は実は晴天の時に水蒸気で空中に蓄積して製造しつつあるもので、
その水蒸気が冷たい空気であるとか、温度が急に冷えたとか、
空中電気のある作用とかいうような「縁」に触れて、
沛然(はいぜん)たる豪雨となって降ってくるのであります。
心が病気の原因だと申しますと、
「わたしはいつも怒っているけれども、あまり病気にもならんぜ」
と言う人がある。
それは毎日良い天気で、二十日も一ヵ月も二ヵ月も良い天気が続いて
水はずいぶん蒸発しているけれども、ちょっとも降ってこないじゃないか
というのと同じ理屈です。
それは「縁」に逢わないから降ってこないのです。
「縁」に逢ったらいつでも降ってくる。
われわれが常に腹立っておったり恐れておったりしましたならば、
そいつが心の世界に業因として蓄積されておって、
それがいつかは「縁」に触れて沛然(はいぜん)たる豪雨となって降るかのごとく、
病気になって糖尿病になったり、あるいは神経衰弱になったり、
胃癌になったり肺病になったりして現われてくるのであります。
今の病気は必ずしも今日(きょう)一日だけの心持で起こるものではありません。
今の雨は必ずしも今日や昨日だけに蒸発した水蒸気で出来上がっているのでは
ありません。
・・・
<関連Web>
(1)伝統板・第二「心の法則①」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6866994
(2)伝統板・第二「心の法則②」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7203745
(3)伝統板・第二「心の法則③」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7797617
(4)伝統板・第二「心の法則④」
→ https://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=8259347
<感謝合掌 令和8年3月30日 頓首再拝>
心の法則 - 伝統
2026/05/01 (Fri) 11:24:22
*「生命の實相」第37巻幸福篇上(5月1日)」より
お山のつつじが真盛りである。
万物がわたしのために讃歌を歌っている。
讃歌の世界、花びらの降りそそぐ世界、
この世界がそんな美しい世界だと知ったとき
わたしはこのお山へ招かれて来たのである。
「三界は唯心の所現である。」釈迦のこの哲学が真実であるならば、
心の法則を知ることは三界を自由に動かし、
運命を自由に支配することとならざるをえないのである。
「なんじの信ずるがごとくになんじにまでなれ」
キリストのこの信仰が真実であるならば、
信念の法則を知ることは環境を自由に支配し、肉体を思うまま健康にし、
心に思うまま法悦と歓喜と平和を満たすところの唯一の鍵である
といわなければならない。
心の法則なるかな。信念の法則なるかな。
せっかく、光明真理に触れたのであるから、
もう一度この問題を復習してみることは、
これからの自分の生活を確固とした基礎の上に置くことになるのである。
<感謝合掌 令和8年5月1日 頓首再拝>
心の法則に従う - 伝統
2026/05/08 (Fri) 09:24:04
*「生命の實相」第37巻幸福篇上(5月8日)」より
心で《もの》を造るのは心の法則に従うほかはない。
病気を治そうと思えば、治るような心になるほかはない。
人に頼んでも、金を払っても、そんなことでどうにもなるわけではない。
<感謝合掌 令和8年5月8日 頓首再拝>
感情の法則、心の法則 - 伝統
2026/05/16 (Sat) 09:19:47
自分の素晴らしさに気づいてますか
ハッピー研究所(2026/03/26)
https://www.youtube.com/watch?v=YGZAly2Z1_U
著者:マドモアゼル・愛
出版社:三笠書房
動画チャプター■
00:00 オープニング・プロローグ
02:43 本書の紹介
04:00 感情の法則
05:01 感情の法則1 感情は意志の力で変えることはできない
06:52 感情の法則2 感情はそれを刺激すればするほど強化される
08:56 感情の法則3 感情は刺激をしなければ時間とともに弱くなる
11:24 感情の法則4 行動によって新しい感情がわきあがる
14:19 感情と行動 岸の向こう側の宝物にどう近づきますか?
18:09 心の法則
20:05 心の法則1 心には自他の区別がない
24:34 心の法則2 心はすべてを善と見る
27:05 心の法則3 心は喜びである
28:39 私は私で、あなたはあなた
30:22 本書のおすすめポイント!
・・・
<参照>
本の解説「自分の素晴らしさに気づいてますか」
YouTube自分メモ
note:weathernews福山(2026年3月28日 )
https://note.com/pr_fuku/n/neeafa10e0719
<感謝合掌 令和8年5月16日 頓首再拝>
認めたものだけが現れる - 伝統
2026/06/12 (Fri) 12:39:27
*『光明法語』(6月12日)より
神に波長を合わすには、
ラジオと同じく先ず放送局がある事を認めなければならない。
神を先ず認め、神は無限に寛大に吾らの願いをきいて下さるものである
事を、認めなければならぬ。
神が神罰を与えるような苛酷な存在であると吾々が認めるならば
「苛酷」な波長に波長を合わす事になり、
苛酷なものが現象界に実現することになるのである。
それよりも吾々は神は愛深き存在であり、無限の癒やしであり、
無限によきものを吾らに与え給うべく
待ちかまえていられるのであることを信ずれば、
それに波長を合わすことになるのである。
<感謝合掌 令和8年6月12日 頓首再拝>
心の法則を活用せよ - 伝統
2026/07/05 (Sun) 08:09:45
*『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(7月5日)より
なんじの欲する事物の上になんじの心を集注せよ。
なんじの欲せざる事物の上になんじの心を集注せいてはならない。
病を欲するならば、病の上に心を集注せよ。
症状を気にかけよ。心配せよ。
しからばなんじの病は必ず増大すべし。
心をそれに集注するものが実現するからである。
多くの人々がなぜ不幸であり、不健康であるかの原因は、
好まないものにことさら心を集注して心配するからである。
なぜ、君は自己の欲せず希望せざるものの上に心を集注するのであるか。
幸福ならんと欲する者は、自己の幸福のみに心を集注せよ。
他の人の幸福のみに心を集注せよ。
他の人の幸福を羨(うらや)んではならない。
幸福を羨む心は、幸福を否定し、抑制し、不幸を欲する心であるがゆえに、
みずから不幸を招くのである。
他人の幸福を自己の幸福と感じうるものは、
自分が今いかに現実に乏しくとも、
他(た)のすべての人の幸福が自分自身の幸福であるがゆえに、
すでに豊かであるのである。
なんじの欲する事物の上になんじの心を集注するとき
念の創化作用によって、ついにそれをこの世界に現実化するに
至るのである。
なんじ、何を欲するや。
これをまず自己自身に問え。
しかして、健康を欲するならば、
「われは完全なり健康なり。われは生命(せいめい)なり。
われは神の子なり。われは永遠の存在なり。われは不老なり。
われは何物をも羨まず。
われは日々にいっそう、神の子の完全さを顕現するなり」
と常に精神を集注して念ずべし。
諸君が成功を欲するならば、常に偉大なる物のみを心に描け。
偉大を念ぜずして偉大になった者は一人もないのである。
小なる計画は人を魅(ひ)曳きつける磁石的力を有しないのである。
いやしくも失敗を予想するなかれ。
しかし細心であれ。一歩一歩を大切にすべし。
大望を抱くものは日常生活に気をつけるのである。
気をつけることと、恐怖することはちがうのである。
将棋の木村名人のように一分一秒を大切にして、
しかも最後の勝利を前途に描く者はついに勝つのである。
心の法則を知らざる者は、健康を欲しながら病気を念じ、
成功を欲しながら失敗に精神を集注し、
すべて逆に逆にと心を使うから失敗するのである。
されば健康を欲し成功を欲するものは
少なくともその基礎知識として勝利の常識として
わたしの「人生は心で支配せよ」の本一冊ぐらいは
読んでおかなければならないのである。
・・・
<参照Web>
(1)谷口雅春先生の著書「人生は心で支配せよ」
→ https://www.ssfk.or.jp/p/a/101160.htm
(2)『人生は心で支配せよ』再掲
則天去私(2018年04月19日)
→ https://tecnopla1011.blog.jp/archives/75295337.html
(3)谷口雅春先生をお慕いする掲示板 其の弐
神想観中に黙念する言葉~「人生は心で支配せよ」より
→ https://bbs5.sekkaku.net/bbs/yuyu6/&mode=res&log=28
<感謝合掌 令和8年7月5日 頓首再拝>
心に描くものが現れる - 伝統
2026/10/05 (Mon) 11:59:08
*『生命の實相 幸福篇下 第三十八巻』(10月5日)より
見える世界に不幸や病気が起こったからとて、
それをそのまま実在だと思い、心に描けば描くほど、
その映画のフィルムの複製を幾本も新たにつくって映写することになるから、
その不孝や病気は治らないのである。
映画の世界(眼に見える世界)に不孝を映して見ることが嫌いならば、
フィルムの世界(心の波で作る映画の世界)における原画を
訂正しなければならないのである。
現象界は結果であって、原因ではないのである。原因の表現が結果である。
だから結果であるところの不幸や病気を根絶しようと思うならば、
原因であるところの心の波で描く原画を変更しなければならない。
心の波で不幸や貧乏や病気を描くな。
<感謝合掌 令和8年10月5日 頓首再拝>