伝統板・第二
ひかりの一日一言133~ひかりの語録(4月) - 伝統
2026/04/01 (Wed) 04:34:58
『栄える生活365章』第4篇 自己の尊厳を自覚して
ひかりの一日一言《1日》
(4月1日)(P77~78)
魂を向上成長させる真理を
あなたは、自己みずからの尊厳を知らなければならないのである。
人は自己を信じた通りのところのものとなるのである。
釈尊は自己みずからを”天上天下唯我独尊”であり
「われは最(い)と勝(すぐ)れたる者である」と自覚したとき
世界最大の思想家となり、仏陀となったのであり、
イエスは「われ神の子なり」の自覚によってついに救世主となった
のである。
諸君も、自分自身を自覚した程度に、偉大ともなり、
その反対に劣弱者(れつじゃくしゃ)ともなるのである。
生長の家の説く真理は諸君を劣弱の自覚から、
最高水準の自覚 ――”我れ神の子”の自覚にまで高めるために
必要な”米の飯”の如き魂の栄養となる働きをするのである。
”米の飯”はただそれが栄養になる事を知っただけでは
何の役にもたたないのである。
”米の飯”はただ知るだけでなく、
毎日”食べる”ことによって肉体が成長し、肥えふとるのである。
では、あなたの魂は毎日、”我れ神の子なり”の真理の言葉を読誦して、
自己の 魂 にその言葉を咀嚼し消化し吸収し同化して
魂 を向上進化させるとき、
本当に現実の運命も向上せしめることができるのである。
<感謝合掌 令和8年4月1日 頓首再拝>
ひかりの一日一言《2日》 - 伝統
2026/04/02 (Thu) 05:02:17
(4月2日)(P78~79)
生存競争の世界観を超克して
自己を”神の子”より以下の”低卑なるもの”と
自己同一せしめてはならない。
自己を獣類(じゅうるい)より進化し、猿より進化した一種の動物だと
考えてはならないのである。
獣類以下の生物はすべて生物学的本能によって支配されているのであって、
自分自身を自主的に支配し、高き理想を心の描いて、その理想に向かって
向上して行くことを知らないのである。
彼らはただ盲目的な”性(せい)”と”食”との本能に支配され、
それを満足せしめるために、相闘うのである。
それゆえに、彼らの世界では、”力”による優勝劣敗の法則が支配して
おり、生存競争による適者生存が彼らの世界の現実である。
そのような現実を人間が観て、自己もまた動物中の一種族であり、
弱肉強食の生存競争の法則が人間を支配しているという信念をもって
いる限り、
人間は「信ずる通りのところのものに成るという法則」に従って、
永久に”平和”は来(きた)らず、弱肉強食の戦闘的世界を実現する
ほかはないのである。
僅(わず)かに力の均衡によって得られている”世界平和”や、
定期的に毎季節に行なわれる労働攻勢や、賃上げ闘争の如きは悉く
弱肉強食の人生観の反映にほかならないのである。
人間は万物の霊長として獣類以下の動物を支配しているところの
”弱肉強食の法則”を超越して、心の和解により相互尊敬、相互協力、
相互扶助することによって、戦いなく、弱者をも扶(たす)けながら、
弱者も一層繁栄する道がひらかれているのである。
それが生長の家の「天地一切のものと和解せよ」の訓(おしえ)なの
である。
<感謝合掌 令和8年4月2日 頓首再拝>
ひかりの一日一言《3日》 - 伝統
2026/04/03 (Fri) 04:59:27
(4月3日)(P79~80)
心の異常な緊張をなくすために
「天地一切のものと調和する」平和の心境 ―― 全くストレスがなくなった
心境に、私たちが到達することができるとき、自己の心の状態の反映として、
ストレス」より生ずる凡(あら)ゆる病気に罹(かか)らなくなってしまう
のである。
ストレスとは心の異常な緊張、不安、恐怖、物思い等(など)より生ずる
心のヒズミである。
従って絶対平和の心境になるとき、眠りは深く穏やかになり、全身の細胞
及び細胞を構成している分子原子の新陳代謝は完全に行なわれて、肉体は
常に若返り健康となるほかはなくなるのである。
あなたは毎日神想観を修して、この世界が唯一の神によって造られ、
唯一の神の知性によって支配され、神の無限の愛によって護られ、
弱肉強食のような不調和な状態は、断じて《真に》存在しないのだという
実相をひたすら観ずることによって、弱肉強食の闘いの人生観世界観より
脱却することが必要なのである。
弱肉強食の人生観のある限りに於いて、弱者は強者の侵害を受ける恐怖に
よって常におびやかされざるを得ないし、強者といえども、より強者より
侵害されるかも知れないし、弱者の、死にもの狂いの反撃がいつくるかも
知れない恐怖に悩まされなければならないのである。
それは恰(あたか)もアメリカのような世界第一の強大国がソ連からの
侵害と****からの攻撃とを常に心に描いて悩まされざるを得ないのと
同様である。
これは一国の問題であるが、一個の人間の場合に於いても同じことである。
<感謝合掌 令和8年4月3日 頓首再拝>
ひかりの一日一言《4日》 - 伝統
2026/04/04 (Sat) 04:52:02
(4月4日)(P80~81)
先ず「神の国」を求めよ
あなたは今後毎日『生命の實相』の聖典を読み、
毎日一層”人間・神の子”の真理を魂の栄養として吸収し、
神想観を毎日怠らず実修して、
この世界は一つの神の知性によってつくられ支配されている
世界であるから、一切の不調和は、この世界には存在しない
のであるという真理を自覚するように努めるがよい。
―― この自覚の深まる程度に応じて、
あなたの心の状態の反映として今後益々あなたの住む世界は
調和したものとなり、あなたの人生は幸福に充たされたものと
なるのである。
これが釈尊が「三界唯心」と説き、イエスが「先ず神の国と
神の義とを求めよ、その余のものは汝等に加えらるべし」と
説かれた真理と同一なのである。
<感謝合掌 令和8年4月4日 頓首再拝>
ひかりの一日一言《5日》 - 伝統
2026/04/05 (Sun) 05:01:12
(4月5日)(P81~82)
”神の子”の自覚の容器に一切を入れる
あなたが自己を”神の子”であると自覚すればするほど、
あなたは一層健康となり、力の感じが湧いて来、活力が増進し、
何事は起ころうとも毅然として「千万人と雖(いえど)も、我れゆかん」
の自覚が得られることになるのである。
過去に如何なる不幸や失敗があったにせよ、
過去は既に過ぎ去ったのである。
あなた今、”神の子”と謂(い)う自覚の新しき”容器”に、
今後の生活を満たせばよいのであって、折角の”新しき容器”に、
古く濁った過去の液体の糟(かす)を入れる必要はないのである。
”神の子”という自覚の瓶(びん)の中に今後の生活の一切を容れるならば、
今後の生活の”見える姿”は、悉(ことごと)く”神の子”の色彩に染まって
美しい有様(ありさま)があらわれて来るのである。
街(まち)も、家々も、お空も、雲も、庭木(にわき)も、小鳥も
悉く輝いて見える時が来たのである。
それはあなたの自覚が一変したからである。
見られる世界は見る人の心の反映であるから、あなたが実相世界の
完全な姿を、本当に信じ、心に描き、それに波長を合わせるようにする
ならば、実相世界の完全な姿が現象世界に投映されて現実化して来るので
ある。
それが地上に天国を建設する道であり、
「先ず神の国を求めよ、その余のものは汝らに加えらるべし」という
イエスの訓(おし)え、を生活に実践することになるのである。
<感謝合掌 令和8年4月5日 頓首再拝>
ひかりの一日一言《6日》 - 伝統
2026/04/06 (Mon) 04:50:51
(4月6日)(P82)
神の継承者であるということ
人間は”神の子”である。
”神の子”であるということは神の持ち給まえる
一切の善きものの継承者であるという意味である。
神の無限の善きものは悉くそれを継承し利用し役立てる力
と権利と義務を与えられているのである。
あなたはその権利と義務とを履行しなければならないのである。
あなたは神想観して、自己の実相が”神の子”なる実際を充分自覚して、
本当に神の万徳を継承しなければならない。
「継承者である」ということと「実際に継承する」ことは異なるのである。
放蕩息子も親の財産を継承する権利を本来もっているけれども、
実際に継承させてもらえないかも知れないし、継承しても、
それを正しく使用しないで却って不幸をもち来すかもしれないのである。
即ち「継承者」であることと、実際に継承して、
親に喜んで貰えるようにそれを使うこととは別なことが判るであろう。
<感謝合掌 令和8年4月6日 頓首再拝>
ひかりの一日一言《7日》 - 伝統
2026/04/07 (Tue) 05:01:23
(4月7日)(P83)
常に実相を反映した言葉を語ること
私たちは、常に実相を反映(はんえい)した”善(よ)き言葉”
のみを語るようにならなければならないのである。
言葉は種子(たね)である。
そして言葉は創造者であるのである。
悪(あ)しき言葉の種子(たね)を播(ま)いておきながら、
善(よ)き結果がでて来ると考えるのはナンセンスである。
だから、あなたは善き言葉のみを発するのである。
決して人の悪(あ)しき事を語らないのである。
あなたは“善き言葉”のみを語るがゆえに、
人の吐(は)いた”悪(あ)しき言葉”の力を打ち消し、
その効果を無効ならしめることができるのである。
あなたは裕(ゆた)かなる事のみを語るから
貧乏(びんぼう)は自然に退散(たいさん)するようになり、
あなたは健康のみを語るから、病気はおのずから
消滅(しょうめつ)するに至(いた)るのである。
常にあなたが”実相の善(よ)さ”のみを視(み)
”実相の善さ”のみを語るようにするならば、
あなたの言葉には実相の権威(けんい)が自然に備(そな)わって来て、
あなたが”迷(まよ)いの言葉”や、”迷いの想念(そうねん)”の
あらわれている病気等(とう)に対して”消えよ”と念ずるならば、
その病気等が消えてしまうようになるのである。
<感謝合掌 令和8年4月7日 頓首再拝>