伝統板・第二
英霊の言乃葉 46 - 夕刻版
2026/05/01 (Fri) 13:48:30
****社頭掲示~令和8年5月
自愛専一を祈る
陸軍衛生兵長 嵯峨根 茂 命
昭和19年11月20日
フィリピン・レイテ島タクロハンにて戦死
京都府舞鶴市宇浜出身 34歳
内地も寒い気候の時季も過ぎ去り、この便りの着く頃には暖かい春の訪れ頃
と思ひます。其の顎は自分も変わりなく勤務して居ります故安心して下さい。
(中略)
お前様にもこの便りの着く自分には、もう二人になつてゐる事と思ひます。
無事双方が丈夫にて経過してゐる事を神かけて祈るのみである。
戦局も愈々極みに達して来た。内地も相当の苦労が有る事と思ひます。
哲雄君も間もなく兵隊さんだな。
皆んな出て行って了ふ事で銃後も大変で有る。
大いに両親を始め子供を守つてしっかり頼まねばならない。
全く戦地の我々以上の事も有るだらう。
(中略)
雄司の大きくなるにつれて又手数の掛かる事だらう。
あれと出発前撮つた寫真は未だ当方へ届かないぞ。
当方から便りが行かなくとも精々そちらからは便りはほしいと
思つてゐる。
順司か順子か早く便りがほしいと思ひます。
両親にも別に便りはしないが宜敷く申して置いて下さい。
産後の養生を充分にする様祈ります。
先ずはこれにて。
自愛専一を祈る
亦便りを書く機を得る迄
<感謝合掌 令和8年5月1日 頓首再拝>
****社頭掲示~令和7年5月 - 伝統
2026/05/02 (Sat) 18:56:17
遺言状
陸軍兵長 塚元 三郎 命
昭和20年12月9日
鞍山満鉄病院にて戦病死
東京都中野区小淀町出身 26歳
父上様 自分が亡き後は貯蓄等一切身の上の事は
万事宜敷くお願ひ致します。
先立つ不孝をお赦し下さい。
母上様 自分が母上様に幼少の頃より色々御面倒を
御掛け致し、死に瀕せんとせる私を救ひ下された事に
大志深謝致して居ります。
何分御老令の事とて御体を大事に十分保養されんことを
希(ねが)ひます。
(中略)
最後に自分は一般兵として、御國の為に笑って死んで行きます。
大日本帝國萬歳!
天皇陛下萬歳!
御両親様、御達者で、先立つ不孝を御詫び致します。
では、兄弟姉妹親戚御一同様、御達者で、
潔(いさぎよ)く護國の花と散ります。
兄弟姉妹様、父上母上を宜敷く御支援下され、
塚元家の繫栄を心から祈ります。
塚元三郎
https://www.yasukuni.or.jp/history/will.html
<感謝合掌 令和8年5月2日 頓首再拝>