伝統板・第二
賢者の一日一言(R8年5月) - 夕刻版
2026/05/02 (Sat) 04:47:44
このスレッドでは、過去に紹介した次のスレッドから、
日々の言葉の数々を再度紹介してまいります。
(1)伝統板・第二「リーディング(エドガー・ケイシー)47(R6.5月)」
→ https://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=8372089
(2)伝統板・第二「安岡正篤・一日一言」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7812217
(3)伝統板・第二「松下幸之助 一日一話」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7811995
(4)伝統板・第二「一日一言(坂村真民)」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6747223
(5)伝統板・第二「ひかりの一日一言110~ひかりの語録(5月)」
→ https://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=8371995
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賢者の一日一言《1日》
(1)【 5月1日 】
自分と家族との関係、友人との関係、仕事で交流する人々との関係の中で、
人は常に自分自身に出会っているのである。
It may be termed that self in its relationships
with those of its own household, those of its own friendships,
its own business associations, is constantly meeting itself.
(1212-1)
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(2)【 5月1日 】 腎を養う 1
五月になったので
思い出すことの一にこの事がある。
五労の一は多想心労。
とりこし苦労が多すぎること。
これは心臓を傷(いた)める。
二は多怒肝労。
怒りが度重なると肝を痛める。
三は多思脾(ひ)労。
考えごとが多いと脾が疲れる。
脾蔵は血液の浄化や調節を司どる大切な器官であるが、
割合に人々はこれを知らない。
四は多悲肺労。
悲しみが多いと肺を傷める。
五は多憂腎労。
憂が多いと腎が疲れる。
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(3)【 5月1日 】 対立しつつ調和する労使
労使の関係は、常に“対立しつつ調和”するという姿が望ましいと思います。
つまり、一方でお互いに言うべきは言い、
主張すべきは主張するというように対立するわけです。
しかし、同時にそのように対立しつつも、単にそれに終始するのではなく、
一方では、受け入れるべきは受け入れる。そして常に調和をめざしていくということです。
このように、調和を前提として対立し、対立を前提として調和してゆく
という考えを基本に持つことがまず肝要だと思います。
そういう態度からは必ず、よりよきもの、より進歩した姿と
というものが生まれてくるにちがいありません。
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(4)【 5月1日 】《まだまだ》
まだまだ
勉強せねばならん
まだまだ
知らねばならん
まだまだ
○ねん
そう思う暁の
風の音
(○:死)
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(5)ひかりの一日一言《1日》
時間は無形であるが、
その中からいっさいの善きものと価値あるものとが掘り出される。
時間を捨てるものはいっさいを捨てるものである。
*「生命の實相」第22巻聖語篇(P102)より
<感謝合掌 令和8年5月1日 頓首再拝>
賢者の一日一言《2日》 - 伝統
2026/05/03 (Sun) 04:36:59
(1)【 5月2日 】
この病気(パーキンソン病)が治るかと問われるならば、然り、治る。
しかし、それには、この人の生き方、《聖なる神》への信仰が問われる。
神への信仰を受け入れたり、公言するだけではダメだ。
その信仰が日々の生活の中で他の人達に対して実践されなければならない。
Can it be healed?
Yes, but the attitude of the body, the faith in the Divine,
must not merely be assumed or proclaimed
- it must be practiced in the daily life with others.
(3468-3)
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(2)【 5月2日 】 腎を養う 2
悲と憂とどう違うかと思う人々もあろう。
これは相即(そうそく ※つきものの意)ではあるが、
どちらかというと、
悲の方は過去につながり、
憂の方は未来にわたるということができる。
そこで、特に春には脾を養い、
夏には肺を養い、
秋には肝を養い、
冬には心臓を養い、
四季を通じて最も腎を養う。
つまり腎即(すなわ)ち身体の浄化装置を過労させぬこと、
腎労・腎虚にせぬことである。
こういう心得が有ると無いとで
人間一生どれほど違ってくるか測り知れぬものがある。
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(3)【 5月3日 】 法律は国民自身のために
民主主義の政治のもとにおける法律は、国民お互いの暮らしを守り、
それぞれの活動の成果を得やすくし、一人ひとりの幸せを生み高めていくところに、
究極の目的なり存在意義があるのだと思います。
いってみれば、国民が国民自身の幸せを実現していくためにみずから法律を制定する、
というしくみになっているわけです。
したがって、国民お互いがこういう法律を軽視し、
無視するような姿がかりにあるとするならば、それはいわば自分自身を軽んじ、
自分の尊厳を失うことにも通じると思います。
そのことをお互い国民は正しく認識しあい、
法律を常に正しく守りあってゆくことが肝要だと思います。
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(4)【 5月3日 】《キラキラするもの ①》
木でも草でも鳥でも本当に生きているからキラキラするのだ。
生れたばかりの太陽の美しさ、出現されたばかりの暁の明星の輝き、
本当に生きているものは皆キラキラするのだ。
キラキラするものを着飾っているからキラキラするのではない。
本当の美しさというものは内面から発するものだ。
外面だけの美しさに騙されてはならない。
近頃はこの外面だけの美しさに騙される人が多くなった。
内面の本当の美しさを知らない人が多くなったからだ。
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(5)ひかりの一日一言《2日》
時間を巧(たく)みに利用しないものは酔生夢死の徒(と)である。
酔生夢死(すいせいむし)が厭(いや)なら時間の利用法を知れ。
時間を巧(たく)みに利用するものは
終に自己のうちより天才を掘り出し、人生の至宝を掘り出す。
*「生命の實相」第22巻聖語篇(P102)より
<感謝合掌 令和8年5月2日 頓首再拝>