伝統板・第二
青年を祝福する⑫ - 伝統
2026/06/24 (Wed) 09:49:24
包容力を維持して
徳久克己 医博『生長する青年』(昭和 25年11月号)
指導者となるために必要なことは、
偉大な包容力をもつということである。
諸君の協力者が諸君に対して何もない行為をした時には、
彼等を訴える前にまず彼等が何故にそんなことをせずに済まなかったか、
彼等がそのようになったのは諸君自身の彼等に対する愛が足りなかった
のではなかったたか?
というように先ず自己反省をしなければならない。
相手を責めるということは相手を排斥することであって、
自分への協力をことわることであり、折角自分の中に入ってきたものを
外へ放り出してしまうことなのである。
水を沢山入れようと思えば大きい器が必要であると同じように、
諸君が偉大な指導者になればなるほど、諸君自身の器が大きくなる必要が
あるのであって、どんな人間が諸君のふところへ飛び込んで来ても
包容できる、偉大な包容性というものが必要となってくるのである。
包容包容力を養え、ということを強調すると、
すぐ『我慢したり、我慢したりする』人がいるが、
これは根本的に誤りであって、
聖経『甘露の法雨』の冒頭に
『怺えたり我慢しているのでは心の奥底で和解ぬ』と説かれているのである。
包容性とはその根源が愛に基づいたものでなければ、
真の包容性ではないものであって、
結局『万物と能く調和すること』ということである。
調和とは感謝であり、感謝は自他一体の愛から生まれてくるのであって、
太陽が地上の総てのものに惜しみなく光を与えるが如く、
自分にとって都合がよいとか悪いとか、美しいもののみに光を与える
というものではなく、
太陽は総てのものに平等に光を与えるが如く、好きとか嫌いとか
都合とか不都合という、感情や利害関係によって支配される愛は、
ニセモノの愛である。
相手の欠点をほじくり出して排斥するような偏狭な心では、
指導者としての資格はないのであって、偉大な仕事はできないのである。
太陽が肥料の上にも光をあてて、それを美しい花に変ずる
あの偉大な包容性を、吾々は学ばなければ駄目であって、
偉大な包容力を持つならば、集り来る人々を唯々
素晴らしい人々に変えてしまうのである。
諸君は自分が正しいからと云って、
決して他人の他人の不正を責めてはいけないのである
パウロは 『汝ら信仰の弱き者を容れよ、その思うところを詰るな。
或人は凡ての物を食うを可しと信じて、弱き人はただ野菜を食う。
食う者は食わぬ者を蔑すべからず、食わぬ者は食う者を審くべからず、
神は彼を容れ給えばなり』 (ロマ書 14章1ー3)
と説いているのであって、吾々は信仰に入ったからと云って、
或いは神についての多少の知識を持つからと云って
信仰薄き者或いは信仰なき者を決して軽蔑してはならないのである。
自分が神の子であるという自覚を得れば得る程、
総ての人を神の子として拝み、そして包容するようになるのが
本当の信仰であって、
多くの人々の中で一日でも早く神と結ばれた諸君は、
偉大な包容力を持って総て負担を限りなく愛さなければならない。
諸君が他人のことを心配したり責めたりしなくとも、
神は既に総てを知り給い、
全智全能なる神は彼を最もよく導き給うのである。
包容性を持つということは、絶対なる神を信ずることになるのであって、
諸君が真に神を信じ、諸君自身が無限愛なる神の子であるとの
自覚を得るならば、諸君に包容性は自然にそなわってくるのである・
技巧的な包容性はニセモノであって、
必ずメッキがはげる時が来るのであるが、
神の子の自覚から生れてくる包容性こそ、真の包容性であり、
諸君を偉大な指導者となすのである。
(https://predictional46.rssing.com/chan-21595050/all_p10.html
晴れときどき(2013 年 8 月 27 日))
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<関連Web>
(1)光明掲示板・第三《青年を祝福する》
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=540 (消滅)
(2)光明掲示板・伝統・第一「《青年を祝福する》」
→ http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=wonderful&mode=res&log=27
(3)伝統板・第二「青年を祝福する①」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6455741
(4)伝統板・第二「青年を祝福する②」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6810734
(5)伝統板・第二「青年を祝福する③」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7705615
(6)伝統板・第二「青年を祝福する④」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7933636
(7)伝統板・第二「青年を祝福する⑤」
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(8)伝統板・第二「青年を祝福する⑥」
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(9)伝統板・第二「青年を祝福する⑦」
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(10)伝統板・第二「青年を祝福する⑧」
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(11)伝統板・第二「青年を祝福する⑨」
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(12)伝統板・第二「青年を祝福する⑩」
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(13)伝統板・第二「青年を祝福する⑪」
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<感謝合掌 令和8年6月24日 頓首再拝>
理想へ精神を集注し、ひたすら歩む - 伝統
2026/09/25 (Fri) 11:43:13
*『生命の實相』第38巻幸福篇下(9月25日)より
「夢を描け」と教えられても、無駄な空想に溺れて、
その夢を右に左にふらふらさせて、とりとめもないことに
時間を費やせという意味ではないのである。
かくのごとく、目標も理想もなく、進むべき中心点のない夢に耽ることは
精神力の浪費にすぎないのである。
これに対して、一つの目標または理想に向かって精神を集注し、
かくて得たるヒントを建設的に組み立ててゆく努力は、
精神力の鍛錬にあるのである。
かくて、その人の行動は正しい方向に載せられ、一歩一歩築いてゆくとき、
ついにも目標に到達することができるのである。
一歩も歩まないものは百歩先を見ることができないのである。
遠くが見えなくとも歩いて行けばわかる。
<感謝合掌 令和8年9月25日 頓首再拝>