伝統板・第二
神社~今月の言葉(7月) - 夕刻版
2026/07/01 (Wed) 13:02:56
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和八年七月)】
度会行忠
人は乃(すなわ)ち天下の神物(しんもつ)なり
須(すべか)らく静謐(せいひつ)を掌(つかさど)るべし
(人間というものは神からの賜りものであるからこそ、
社会の安寧と平和を守り、その維持を実現していく責任がある。)
度会行忠 (わたらい ゆきただ)
鎌倉末期の神道家で、伊勢神宮外宮の神官。
神を仏より上位とする「伊勢神道」を体系化し、神道の独立性を主張。
後の神道思想に大きな影響を与えた。
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r807/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202607.pdf
<感謝合掌 令和8年7月1日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和八年七月)】 - 伝統
2026/07/02 (Thu) 04:52:18
一意専心
~ 管子 ~
「一意」とは、一つの考えを指し、
「専心」とは、心をその一つにだけ集中することをいいます。
物事を進める時、周囲の環境に惑わされず、
一つのことに向かって努力しましょう。
https://www.shirayama.or.jp/
<感謝合掌 令和8年7月1日 頓首再拝>
【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和八年七月文月)】 - 伝統
2026/07/02 (Thu) 14:55:43
吾が日本は種子を生じ、
震旦は枝葉を現し、
天竺は果実を開く、
故に仏法は万法の果実たり、
儒教は万法の枝葉たり、
神道は万法の根本たり。
~ 吉田兼倶・唯一神道法案集 ~
(以下略)
(神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
→ 「今月のことば」令和8年7月<文月>をクリック)
<感謝合掌 令和8年7月2日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和七年七月)】 - 伝統
2026/07/03 (Fri) 04:55:25
王 陽明
樹を種(う)うる者は必ずその根を培(つちか)い
徳を種うる者は必ずその心を養(やしな)う
(樹の成長を望む者は
根がしっかりと張るよう初めは余分な枝を刈り取り
根に栄養がいくように育てる
同じように(学問により)徳を養いたいと望む者は
初めにしっかりと志を立て
余計な事に気が取られないようにしなければならない)
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r707/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202507.pdf
<感謝合掌 令和8年7月2日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和七年七月)】 - 伝統
2026/07/03 (Fri) 13:30:48
忙裡閑(ぼうりかん)を愉(ぬす)む
~ 江湖長翁集 ~
多忙の中から暇を見出して、その余暇を有効に楽しむ事をいいます。
「忙中閑有」とも云い、「六中観」にも出てきます。
夏休みに入っても忙しい世の中でありますが、
ゆとりのある楽しい日々を過ごしましょう。
https://www.shirayama.or.jp/kotoba/k07.html
<感謝合掌 令和8年7月3日 頓首再拝>
【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和七年七月文月)】 - 伝統
2026/07/04 (Sat) 04:33:50
神風の 伊勢の宮居の ことをまづ 今年も物の 初めにぞ聞く
~ 明治天皇御製 ~
終戦後(昭和24年)は、「奏事始」と申してゐるが、
終戦前は「政始」(明治2年以降)と申し、年初の1月4日に、
先づ伊勢神宮の御祭典の恙がなく御斎行の由を申し、
それ以後、一般政治のことを総理大臣以下各大臣が奏上したものである。
鎌倉時代の順徳天皇の禁秘御抄のうちにも、
「先づ神宮の御事、次に諸事」とある御精神は、これと同じである。
明治37年の「政始」の最初に、伊勢神宮の御事の奏上を
謹んで承はられてゐる陛下の厳粛なお姿が眼に浮んで来る。
漏れ承はるに明治以降、宮城内の天皇陛下の御机は、
遠く伊勢神宮の方向に面して置かれ、常に伊勢神宮に相対されて、
政治を聞こし召されたとのことである。
ここに、神事を重んぜられる天皇の深いみ心を知ることが出来る。
私共が、毎年としの初めに伊勢神宮の大麻を頂き、
神棚に奉斎する精神も、かうした皇室の大御心の万分の一にも
通ずるものがありたいとの願ひからである。
(神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
→ 「今月のことば」令和7年7月<文月>をクリック)
<感謝合掌 令和8年7月3日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和六年七月)】 - 伝統
2026/07/04 (Sat) 13:31:55
皆虚
浅き川も深く渡れ
皆虚 (かいきょ)
江戸時代前期の僧、俳人。元和(げんな)二年(一六一六年)生まれ。
土佐の真宗大谷派円満寺の住職。
連歌を里村昌琢(しょうたく)に、俳諧を野々口立圃(りゅうほ)に学んだ。
別号に角茄軒。法名は空願。著作に『四名集』。
標記の言葉は『世話焼草』より。
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0607/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202407.pdf
・・・
<参照>
浅き川も深く渡れ
https://www.mylevel.co.jp/cmb/post_108.html
何事にも注意深く行動せよ という意味を持つ教訓です。
<感謝合掌 令和8年7月4日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和六年七月)】 - 伝統
2026/07/05 (Sun) 04:43:49
己を克(せ)めて
礼に復(かえ)る
~ 論語 ~
他者を責める前に、自らを自省し、
礼節を失わぬ慎みの心が大切です。
引くことを知らぬ正義の争いは世の中を乱す原因となります。
気をつけましょう。
https://www.shirayama.or.jp/kotoba/k06.html
<感謝合掌 令和8年7月4日 頓首再拝>
【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和六年七月文月)】 - 伝統
2026/07/05 (Sun) 09:49:50
ものごとにおごる心を祓ひみば
いづれの神か障りあるべき
~ ト部兼好・百首歌抄 ~
”祓”とは、まづ人が”俺が、俺が”という「我」を
祓ひ去ることにつきる。
世にもろもろの祟り・障りがあるとすれば、
それは自分の不遜・傲慢さが廻り廻つて、
自分に還り来つたものに外ならない。
だからあるゆる事柄に対して、傲慢・不遜の心を以て、
相対することをやめ、清浄・正直な心を以て、
相対処し得るならば、いかなる神にしても、
私共に障害を与へる神があるであらうか。
障害のない人生を獲得する唯一の道は、
自分の傲慢・不遜の心を取り去り、
謙虚な心、我を無にした心を持つ以外にない。
(神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
→ 「今月のことば」令和6年7月<文月>をクリック)
<感謝合掌 令和8年7月5日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和五年七月)】 - 伝統
2026/07/06 (Mon) 04:58:43
豊田佐吉
人間のやったことは
人間がまだやれることの
百分の一にすぎない
人間の発明には
まだ多くの可能性が
秘められている
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0507/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202307.pdf
<感謝合掌 令和8年7月5日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和四年七月)】 - 伝統
2026/07/06 (Mon) 13:23:34
刮目して、これを見る
~ 北斎書 ~
今までの先入観にとらわれえず、
新しい目で対象を見つめ直すことの大切さを
表しています。
*「刮」とは、「磨く」や「こする」という意味です。
http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k05.html
<感謝合掌 令和87月6日 頓首再拝>
【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和五年七月文月)】 - 伝統
2026/07/07 (Tue) 04:51:06
神道は生きる事ばかりにて宣敷と存じ奉り候、
何もかも時々刻々に物を生かし候所こそ
天照大神の御道と存じ奉り候
~ 黒住宗忠書翰集 ~
神道の産霊の信仰を身に体し、生成化育の神の力を信じて
生き抜いた模範の一つを、ここに見出すことが出来る。
神道の産霊の力とは神のすべての物を生み、生かし育て、伸ばす
お力の持ち主であられることを信じ、その御心を頂いている私共としては、
人を傷つけ隠し入れるのではなく、反対にその人の持てる力をいかし、
伸ばしてあげるべきである。
そうすることが、やがて神の御心に添うことになり、
神の御心のまにまに生きていることになる。
この極致がやがてこの文章にある
「道は生きる事ばかりにて宣敷と存じ奉り候」である。
「時々刻々」とは「僅かの間でも」の意味で
「物を生かし候所こそ天照大神の御道と存じ奉り候」となる。
天照大神の御心が、生成化育の実行、実現にあることを、
そのまま身に体したものの所信の一節である。
(続神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
→ 「今月のことば」令和5年7月<文月>をクリック)
<感謝合掌 令和8年7月6日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和四年七月)】 - 伝統
2026/07/07 (Tue) 14:06:17
徳川光圀
苦は楽の種
楽は苦の種と知べし
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0407/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202207.pdf
<感謝合掌 令和8年7月7日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和四年七月)】 - 伝統
2026/07/08 (Wed) 04:41:04
習慣は常と為る
~ 漢書 ~
習慣というものは、知らぬ間に深く身について
生まれつきのようになってしまい、
その言行に及ぼす影響は大きいのであります。
(http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k04.html)
<感謝合掌 令和8年7月7日 頓首再拝>
【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和四年七月文月)】 - 伝統
2026/07/08 (Wed) 12:57:35
天地の初は 今日を始めとす
~ 北畠親房・神高正統記 ~
天地の初めなる天岩戸開きによって
神のみ光を見得るか否か。
それは、今日只今の自分の心の眼を開くか否かに
かかっている。
古事記によると、「天地初めて発くる時」とは、
天地万物の始源の時をいったもので、
天地が始めて開けて、万物の生成化育が行なわれたとなる。
即ち「天地の始め」と、万物の始原(根源)とは、
全ての真理を求め、これを追求するのは自分の責任であって、
自分が只今(今日)、これを追求しようと決心したとき、
その人は真理の扉を開く事が出来る。
今日、只今の自己の決心を求めるところに、
神道信仰追及の道がある。
(続神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
→ 「今月のことば」令和4年7月<文月>をクリック)
<感謝合掌 令和8年7月8日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和三年七月)】 - 伝統
2026/07/09 (Thu) 04:57:15
渋沢栄一
礼儀ほど美しいものはない
礼儀とは人の持てる
最高の美徳である
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0307/
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202107.pdf
<感謝合掌 令和8年7月8日 頓首再拝>
【今月の白山比咩神社よりのお言葉(令和三年七月)】 - 伝統
2026/07/09 (Thu) 14:47:34
辞(じ)は達(たつ)のみ
~ 論語 ~
文章は言語がしっかり伝われば良いのであって、
飾り立てることはない。
メールや話が長くなると、
何が言いたいかが分からなくなり、
逆に言訳になる。
言葉を選びましょう。
(http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k03.html)
<感謝合掌 令和8年7月9日 頓首再拝>
【今月の北海道神社庁よりのお言葉(令和三年七月文月)】 - 伝統
2026/07/10 (Fri) 04:51:49
日に新に日々に新に
~ 大学 ~
(説明)
古来いう日新の教えである。
今日の自分は、昨日の自分ではないという自信を、
常に持つことである。
明日の自分は昨日以上の自分であるという自信に生きる。
自信に生きる自分とは、毎日が勉強の二字につきる。
人間が自信に生きるとは、毎日勉強する以外にない。
古事記その他の神道書にしても、
一度読めばそれでよい、というものではない。
今日は文字に意義を明らかならしめ得た。
明日はその信仰的な意味が、どこにあるかを明らかならしめる。
かくして自分の信仰が一層昂められていく。
(神道百言 一般財団法人神道文化会編より抜粋)
(https://hokkaidojinjacho.jp/leaflet/#kotoba
→ 「今月のことば」令和3年7月<文月>をクリック)
<感謝合掌 令和8年7月9日 頓首再拝>
【今月の東京都神社庁よりのお言葉(令和ニ年七月)】 - 伝統
2026/07/10 (Fri) 15:14:33
嘉納治五郎
人に勝つより自分に勝て
(http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0207/ )
https://otorisama.or.jp/kotoba_pdf/kotoba202007.pdf
<感謝合掌 令和8年7月10日 頓首再拝>
【白山比咩神社 7月のことば(令和2年7月)】 - 伝統
2026/07/11 (Sat) 07:43:07
治世(ちせい)は大徳を以ってす
~ 三国志 ~
「大徳」というものは根本の事である。
何事にも根本を押さえ、大所高所に立って、
人の生活が成り立つように配慮して
行動する事が大切である。
(http://www.shirayama.or.jp/kotoba/k02.html)
<感謝合掌 令和8年7月10日 頓首再拝>