伝統板・第二
賢者の一日一言(R8年7月) - 夕刻版
2026/07/02 (Thu) 04:54:03
このスレッドでは、過去に紹介した次のスレッドから、
日々の言葉の数々を再度紹介してまいります。
(1)伝統板・第二「リーディング(エドガー・ケイシー)49(R6.7月)」
→ https://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=8378963
(2)伝統板・第二「安岡正篤・一日一言」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7812217
(3)伝統板・第二「松下幸之助 一日一話」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7811995
(4)伝統板・第二「一日一言(坂村真民)」
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=6747223
(5)伝統板・第二「ひかりの一日一言112~ひかりの語録(7月)」
→ https://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=8378890
・・・
賢者の一日一言《1日》
(1)【 7月1日 】
治癒は究極の一者(である神)から来る。
この方がすべてを癒し給う。
Know the cure comes from the One,
who cures all, see.
(3751-12)
・・・
(2)【 7月1日 】 大地の徳
偉くなることは、必ずしも富士山のように
仰(あお)がれるようになるためではない。
なるほど富士山は立派だけれども、
それよりも何よりも立派なものは大地である。
この大地は万山を載(の)せて一向に重しとしない。
限りなき谷やら川やらを載せて敢(あ)えていとわない。
常に平々坦々(たんたん)としておる。
この大地こそ本当の徳である。
われわれもこの大地のような徳を持たなければならぬ、
大地のような人間にならなければならぬ。
・・・
(3)【 7月1日 】 素直な心の初段
聞くところによると、碁を習っている人は、
大体1万回くらい碁を打てば初段になれるということです。
素直な心の場合もそれと同じようなことが言えるのではないかと思います。
まず素直な心になりたいと朝夕心に思い浮かべ、
そうしてたえず日常の行ないにとらわれた態度がなかったかを反省する。
そういう姿を1年、2年と続けて、1万回、約30年を経たならば、
やがては素直の初段ともいうべき段階に到達することもできる
のではないかと思うのです。
素直の初段にもなったならば、まず一人前の素直な心と言えるでしょう。
だから大体において、過ちなき判断や行動ができるようになってくると思います。
・・・
(4)【 7月1日 】《接点》
わたしが
尊ぶのは
接点
光と闇との
接点
夜と朝との
接点
生と死との
接点
わたしの詩は
この接点の
火花
・・・
(5)ひかりの一日一言《1日》
吾々は最も本質的な「人間」の光を出すためには、
他の一切のものを犠牲にしても厭わないほどの
決意をもたねばなりません。
*「眞理第3巻」(P80)より
<感謝合掌 令和8年7月1日 頓首再拝>
賢者の一日一言《2日》 - 伝統
2026/07/03 (Fri) 04:57:33
(1)【 7月2日 】
あなたがかつて為したことを思い出してみなさい
--あなたは今、それらに出会っているのです!
Remember, the things you applied once - now you are meeting them!
(3559-1)
・・・
(2)【 7月2日 】 朝こそすべて
英仏の古諺(こげん)に曰く「朝こそすべて」と。
一日二十四時間、朝があり昼があり夜があるとするのは
死んだ機械の一日にすぎない。
活きた時間は朝だけ、換言すれば、
本当の朝をもたなければ一日無意義だということだ。
朝を活かすことから人生は始まる。
・・・
(3)【 7月2日 】 経営力の大切さ
商売を発展させていく上で、
経営力というものが大切であることは、いまさら言うまでもないと思います。
そしてそういった経営力は、その主人公といいますか、
経営する立場にある人がみずからこれを持てば、
一番望ましいことはもちろんです。
けれども、現実には必ずしもそうでない人もあると思います。
その場合、その会社や商店の経営はうまくいかないかというと
必ずしもそうではありません。
主人公みずからが経営力を持たなければ、
しかるべき番頭さんを求めたらいいわけです。
経営力の大切ささえ忘れなければ、やり方はいくらでもあると言えましょう。
・・・
(4)【 7月2日 】《四文字》
朝鍛
夕練
何といういい言葉であろう
華厳の行者になるには
この四文字をいつも丹田に置き
刻苦精進しなければならぬ
みめいこんとんの刻に起き
己を磨かねばならぬ
・・・
(5)ひかりの一日一言《2日》
実相世界でわれわれが恩頼(みたまのふゆ)をたべている。
その投影がわれわれが現にたべている食物でありますから、
クスシキ生かす力がある。
*「眞理第3巻」(P96)より
<感謝合掌 令和8年7月2日 頓首再拝>
賢者の一日一言《3日》 - 伝統
2026/07/04 (Sat) 04:29:11
(1)【 7月3日 】
同胞に為すことは、あなたの神に為すことであり、あなた自身に為すことに等しい。
As ye do it unto thy fellow man, ye do it unto thy God, to thyself.
(294-185)
・・・
(2)【 7月3日 】 運はめぐる 1
命は先天的に賦与(ふよ)された性質能力ですから
「天命」と謂(い)い、
またそれは後天的修養によって変化せしめられるもの、
動くものという意味に於(おい)て「運命」とも申します。
運は「めぐる」「うごく」という文字であります。
然(しか)るに人はこの見易いことを見誤って、
命を不運命、宿命、即(すなわ)ち動きのとれない、
どうにもならない定めのように思いこんで
大道易者などにそれを説明してもらおうとする。
・・・
(3)【 7月3日 】 是を是とし非を非とする
とかく人間というものは、
物事を数の大小や力の強弱といったことで判断しがちである。
そしてまた、そういうことを中心に考えた方がいいという場合もあるだろう。
しかし、それは日常のことというか、
いわば小事について言えることではないだろうか。
大事を決するに当たっては、そうした利害、損得といったものを超越し、
何が正しいかという観点に立って判断しなくては事をあやまってしまう。
それができるということが、指導者としての見識だと思うのである。
とかく長いものにまかれろ的な風潮の強い昨今だけに、
指導者にはこうした是を是とし、非を非とする見識が強く望まれる。
・・・
(4)【 7月3日 】《われ事において後悔せず》
わたしは熊本県生れであるから、
宮本武蔵の名は知っていたが、
墓に参ったことはなかった。
やっと念願かない彼の墓に詣でた時、
一番感心したのは「われ事において後悔せず」といった彼の遺語であった。
剣一筋に生きた彼のリンリンとした気概が、
熱鉄丸(ねつてつがん)のように、この言葉の中にこもり、
今なお生きてわれわれを励まし力づけ奮起を促してくれる思いがした。
・・・
(5)ひかりの一日一言《3日》
人間は霊なる存在
神様の心の中にある最高の「理想」を形にあらわしたもの。
*「眞理第3巻」(P96)より
<感謝合掌 令和8年7月3日 頓首再拝>
賢者の一日一言《4日》 - 伝統
2026/07/05 (Sun) 04:47:17
(1)肉体が栄養を必要とするように、精神も霊も滋養物を必要とするのだ。
As the physical body needs sustenance,
so does the mental body and so does the spiritual body.
(5000-1)
・・・
(2)【 7月4日 】 運はめぐる 2
命は天命であると共にその意味では、
「我より作(な)す」ものであり、
自分から造るものであります。
宇宙は時々刻々の新しい造化、創造、変化ですから、
常にいわゆる「義理再生の身」とならねばなりません。
これを知命、立命と謂います。
・・・
(3)【 7月4日 】 心から訴える
私は自分の考えた一つの案を、会社なり上司に用いてもらうには、
やはりそれなりの方法というか、持っていき方があるのではないかと思います。
これは商売人が物を売り込むのと一緒です。
“これ、いいから買え”と生意気に言ったのでは、うまくいきません。
その売り込み方が肝心なのです。
まあ商売であれば、いろいろの言葉も使えましょう。
また宣伝の仕方もいろいろありましょう。
しかし要は、それを非常に誠心誠意、訴えていくということだと思います。
提案をするにしてもこれと同じことです。
誠意を基本に喜んで用いられるような接し方を工夫する、
そういうことが非常に大事な問題だと思うのです。
・・・
(4)【 7月4日 】《生き方》
わたしが尊ぶのは
その人の思想ではなく
その人の生き方だ
わたしが木を見て
感動するのも
絶えず天へ向って
伸びようとしている
あの張りつめた姿にある
・・・
(5)ひかりの一日一言《4日》
宗教の神髄
「不生の”いのち”」「死なない”いのち”」というものを知ること。
*「神、人に語り給ふ」(P139)より
<感謝合掌 令和8年7月4日 頓首再拝>
賢者の一日一言《5日》 - 伝統
2026/07/06 (Mon) 05:00:26
(1)【 7月5日 】
他の人々を助けることが、自分のトラブルを取り除く最善の道である。
Helping others is the best way to rid yourself of your own troubles.
(5081-1)
・・・
(2)【 7月5日 】 格物致知 1
山田方谷(ほうこく)が春日潜庵(せんあん)からきた
致良知(ちりょうち)論に復書して
「足下の言は致良知に専(もっぱ)らにして
格物(かくぶつ)に及ばず」とし、
王氏の学は誠意を主とする。
致良知は誠意中の事に過ぎぬ。
そは必ず格物を以(もっ)てこれに配せねばならぬ。
致良知でなければ誠意の本体を観られぬし
格物でなければ誠意の工夫が出来ない。
二者併進してはじめて誠意を得る。
世の王学を唱える者は、
大抵一にも二にも致良知と言って
格物の功を廃していることは遺憾(いかん)なりと言う。
・・・
(3)【 7月5日 】 責任を生きがいに
人は成長するにつれて、だんだんその責任が重くなっていきます。
そして、成人に達すると法律的にもはっきり少年のころとは違った責任を問われます。
また、次第に高い地位につくようになると、それだけ責任が重くなります。
しかし、人はもともと責任を問われるところに、
人としての価値があるのだと思います。
責任を問われることが大きければ大きいほど、
それだけ価値が高いということが言えましょう。
ですから、責任を問われるところに、生きがいもあろうというものです。
責任を背負い、そのことに生きがいを覚えないとしたら、
年齢は20歳をどれだけ過ぎようと一人前の人ではありません。
・・・
(4)【 7月5日 】《精一杯》
すべてのものが
精一杯
生きているのだ
蟻も蜜蜂も
精一杯
働いているのだ
それが生命を与えられたものの
真の姿だ
・・・
(5)ひかりの一日一言《5日》
人生の目的とその運命
(1)「神の子」なる人間の実相を現象世界(現界、幽界、霊界を通じて)に
実現するのが人生の目的である。
(2)そして人間の運命とは「神の子」なる人間の実相(因子<たね>)が
現象界に投影する時、時間空間的に展開するのに、
おのずから一定の順序を追うて展開してゆくように大体定められている。
(生命の實相 第9巻 P102~P103)
<感謝合掌 令和8年7月5日 頓首再拝>
賢者の一日一言《6日》 - 伝統
2026/07/07 (Tue) 05:04:27
(1)【 7月6日 】
あなた自身を、あなたの心と体とあらゆる能力を、
あなたが日々に出会い接する人々に奉仕する機会として、聖なるものとしなさい。
Consecrate yourselves, your bodies, your minds, your abilities in EVERY direction,
to the opportunities to be of service to those ye meet and contact day by day.
(262-53)
・・・
(2)【 7月6日 】 格物致知 2
良知の良とは「先天的に具備する創造性を言う」。
人は聖人たると凡人たるとを問わず、
一様に道義的世界を展開すべき先天的徳性を
本具(ほんぐ)している。
これが良知である。
これを拡充するのが致である。
・・・
(3)【 7月6日 】 社長はお茶くみ業
戦後、世間一般の風潮として、社長の言うことだからといって、
それがスッと聞かれるというわけにはいかなくなった。
だから形の上では命令することがあっても、
実質はお願いするという気持を心の内に持たなくては、
社長の職責がつとまらなくなったわけである。
そういう心持になったなら、社員の人が仕事をしてくれれば
「いやどうもありがとう、ほんとうにごくろうさま、まあお茶でも一杯」
ということにもなる。
そういうことから、以前私は、
社長は“お茶くみ業”だと考え、人にも話したことがある。
もちろん実際にお茶くみをするわけではないが、
そういう心持になることが大切ではないかということである。
・・・
(4)【 7月6日 】《自分の道》
この世で一番尊く美しいものはただ一つ。
それは自分がどう生きてきたかということである。
あしたに咲き、ゆうべに散る、
はかない命の花でさえ実に真剣である。
それゆえにこそ、あのように美しいのである。
名もなく、貧しく、この世の片隅にいても、
神や仏の目から一番愛せられる生き方をしよう。
自分に与えられた、
ただ一つの道を、
ひたすらに行こう。
きのうをすごし、
きょうをおくり
あすを迎えてゆこう。
そういうことを告げ知らせてくれる、
このごろの蒼
天のさわやかさである。
・・・
(5)ひかりの一日一言《6日》
愛とは?
(1)神は「愛」であるから、「生命」は愛によって生きる。
(2)神から見れば、すべての「生命」は自他一體(體=体)である。
この自他一體の感じを愛と云う。
(3)吾々の生命は、神の愛を契機として生まれて来たのである。
*「眞理」第3巻(P262)より
<感謝合掌 令和8年7月6日 頓首再拝>
賢者の一日一言《7日》 - 伝統
2026/07/08 (Wed) 04:42:57
(1)【 7月7日 】
具体的な何かに対して善となり、積極的でありなさい。
Rather be good FOR something, and be ACTIVE.
(674-3)
・・・
(2)【 7月7日 】 対心一処
「心に一処に対すれば、事として通ぜざるなし」
(「対心一処無事不通」)
名言です。
「心に一処に対す」ということが勘どころです。
我々は、今のように自己と仕事というものが
分裂していては駄目なのです。
自己というものを本当に仕事に打ち込んでいく、
そうすると、自分の対象である仕事は、
自己と一つになることによって精神化される、
すなわち対象に魂を入れる ── これが「対心一処」であります。
・・・
(3)【 7月7日 】 信ずることと理解すること
繁栄、平和、幸福をより早く、より大きく生むためには、
信ずることと理解すること ―― この二つを全うしてゆかなければなりません。
というのは信を誤らないためには、理解を正しく働かさなければなりません。
理解を捨てると、迷信に陥りやすく、また理解だけで信ずる心がなければ
信念に弱気を生じてしまうからです。
では信と解を全うしてゆくにはどうすればよいか。
それにはまず素直な心になることです。
正しい理解も素直な心から生まれてきますし、
信ずることも素直な心から高まってくると思います。
心が素直であって、信と解がともに高まれば、
あらゆる場合に適切な働きができるようになると思います。
・・・
(4)【 7月7日 】《喜べ喜べ》
喜べ喜べ
喜んでいると
みんな寄ってきて
助けてくれる
それと反対に
悲しんでばかりいると
みんな離れていってしまう
だから喜べ喜べ
それが幸せの秘訣だ
・・・
(5)ひかりの一日一言《7日》
日本精神
(1)「人類は互いに一つだ」という大和(だいわ)の精神。
(2)日本建国の理想は「愛」(元は一つと云う自他一體の自覚)。
*「眞理」第3巻(P274)より
<感謝合掌 令和8年7月7日 頓首再拝>
賢者の一日一言《8日》 - 伝統
2026/07/09 (Thu) 04:58:59
(1)【 7月8日 】
理想が正しければ--自分を奉仕に差し出すことを恐れてはならない。
Do not be afraid of giving self in a service - if the IDEAL is correct.
(1957-1)
・・・
(2)【 7月8日 】 事として通ぜざるなし
事物と自己とが一つになることによって、
対象はすなわち自己になる。
自己が昇華(しょうか)する self-sublimation というもので、
そうすると、どんどん物事が解決していく。
これがいわゆる「事として通ぜざるなし」であります。
・・・
(3)【 7月8日 】 欠点を知ってもらう
上に立つ人は、自分の欠点をみずから知るとともに、
それを部下の人たちに知ってもらい、
それをカバーしてもらうようにすることが大事だと思う。
部下の人が全知全能でないごとく、上に立つ人とても完全無欠ではない。
部下の人よりは欠点は少ないかも知れないが、
それでも何らかの欠点を持たないという人はいないだろう。
その欠点多き上司が自分の知恵、自分の力だけで仕事をすすめていこうとすれば、
これは必ずといっていいほど失敗するだろう。
やはり、自分の欠点を部下の人に知ってもらい補ってもらってこそ、
はじめて上司としての職責が全うできるのである。
・・・
(4)【 7月8日 】《心と体》
わたしの心が
燃えている日は
道の草木(くさき)も
光りかがやき
わたしの体が
躍(おど)っている日は
空の小鳥も
凛々(りんりん)と飛ぶ
・・・
(5)ひかりの一日一言《8日》
「生長の家」の生き方
(1)人間は外に進出して生活しても、内に沈潜して生活しても、
ともかくも浮き足立たずに、一歩一歩足元を踏みしめて、
深く切に生きていく。
(2)ふつうの人間がそのまま尊い生活を実現するのが、
「生長の家」の生活。
*「生命の實相」第4巻生命篇(P183~P184)より
<感謝合掌 令和8年7月8日 頓首再拝>
賢者の一日一言《9日》 - 伝統
2026/07/10 (Fri) 04:54:02
(1)【 7月9日 】
猫がするように体をストレッチしなさい。
これが体のプロポーションを保つのに最高の運動です。
Stretch the body as a cat would stretch.
This is the best exercise to keep body in proportion.
(5271-1)
・・・
(2)【 7月9日 】 古賀穀堂 1
── 幕末佐賀の名君鍋島閑叟(かんそう)の
師古賀穀堂(こくどう)の自警に
「自分は開闢(かいびゃく)以来の第一人になる」
の語がある。──
大変な天狗(てんぐ)と思われるかも知れません。
然(しか)し違うのです。
それは第一人を「だい」一人と読むからです。
第は「ただ」とよむのです。
古賀穀堂の意地悪ユーモアと申せましょう。
現在でも世界に三十億の人間がおりますが、
自分は二人とありません。
これが人間存在の冥利(みょうり)で、個性というものであります。
・・・
(3)【 7月9日 】 自己資金での経営
商店、会社というものは、本当は借金をせずして
自己資金の範囲で経営しなければならないと思います。
と言っても、そうするには
それだけのものを儲けなければならないわけですから、
なかなか容易なことではありません。
ただ高く売るのではお客様は買ってくださらない。
原価を引き下げるとか、お客様にキメこまかいサービスをするということに
成功するより仕方がありません。
それに成功するならばお客様に喜んでいただきつつ、自分も適正に儲け、
そして経営の体質も改善されてくるでしょう。
自己資金での経営に徹するという決心があれば、それは必ず可能だと思うのです。
・・・
(4)【 7月9日 】《三願》
鳥のように
一途に
飛んでゆこう
水のように
素直に
流れてゆこう
雲のように
身軽に
生きてゆこう
・・・
(5)ひかりの一日一言《9日》
禅とは
(1)禅とは「全」であって、全体と一つに融合して、
何処(どこ)にも滞ったり、衝突したりすることなく、
融通無礙になることである。
(2)自分も生かし、他(ひと)も生かし、
到る処に「善」が実現するのが「禅」。
*「眞理」第3巻(P297)より
<感謝合掌 令和8年7月9日 頓首再拝>
賢者の一日一言《10日》 - 伝統
2026/07/11 (Sat) 07:45:58
(1)【 7月10日 】
忍耐は受動的、消極的なものではありません。
忍耐は建設的な力であり、積極的で活動力を与えるものです。
Patience is not passive nor negative;
it is a CONSTRUCTIVE influence, a positive activative force.
(815-2)
・・・
(2)【 7月10日 】 古賀穀堂 2
そこで俺は何になるのだ、何をもって存するのだというと、
これは真の自分になること、 自分の信念・学問・信仰に徹することです。
これは大きな見識であります。
世間では自分を見失ってしまって、
他人のまねばかりするものですから、ろくな自己ができません。
ここに至って古賀穀堂(こくどう)はやはり偉い。
徹底した見識をもった人であると思います。
さすが名君を育てあげただけのことはある、と感心させられます。
・・・
(3)【 7月10日 】 おとなの責任
現代の青年は夢がないとか、生きがいを見失っているとか言うけれども、
それは青年自身の問題ばかりでなく、社会の問題、おとなの問題とも
言えるのではないだろうか。
つまり、おとなというか、その国、その政治が
青年たちに生きがいを持たすようにしていない。
夢を与えていない。
使命観を与えていないのである。
たとえ同じ仕事をするにしても、
そのことの意義とか価値というものをはっきりと自覚させられ、教えられていないから、
迷ったり不平を持って、やがては現代の社会をのろうようにもなるわけであろう。
そこに今日の日本の根本の問題があるのではないかと思う。
・・・
(4)【 7月10日 】《大地のように生きてゆく》
花にも早く咲く花と、なかなか咲かぬ花とがある。
わたしなど何もかも晩成(おくて)だから、
植えた朴(ほお)まで花咲くまで二十年近くかかった。
まあそんなことで朴(ほお)への愛も特別強くなったが、
今は何もかも早咲き早実の時代、
よほどしっかりしないと敗残者になってしまうが、
しかし大きな世界から見れば、
何もそんなに急ぐことはないのである。
二度とない人生をじっくりと大地のように生きてゆく。
わたしなど、そういう生き方が好きであり、
そういう人が一番親しくなつかしい。
・・・
(5)ひかりの一日一言《10日》
眞の無一物の生活
(1)「物質は無い」
(2)「人間は物質に養われるのではない」
(3)「人間は霊的存在であって、神の言葉によって養われる」
*「生命の實相」第4巻生命篇(P209)より
<感謝合掌 令和8年7月10日 頓首再拝>
賢者の一日一言《11日》 - 伝統
2026/07/12 (Sun) 04:51:45
(1)【 7月11日 】
もし主があなたと共におられるなら、
一体誰があなたを恐れさせることができるというのでしょうか?
For if He abides with thee, WHO can make thee afraid?
(922-1)
・・・
(2)【 7月11日 】 古賀穀堂 3
なかなか洒々落々(しゃしゃらくらく)とした所があって、
「琴鶴亭の記」という文章を書いておりますが、
何(なん)ぞ知らん、穀堂(こくどう)に
お琴とお鶴という二人の愛人がありまして、
この二人の名をとって亭の名にする等、
意外な感にうたれますが、
普通の杓子定規(しゃくしじょうぎ)の人でない。
まことに自由濶達(かったつ)、
その半面に謹厳徹底した人でありまして、
閑叟(かんそう)公を育てあげました。
・・・
(3)【 7月11日 】 礼儀作法は潤滑油
私は礼儀作法というものは、
決して堅苦しいものでも、単なる形式でもないと思います。
それはいわば、社会生活における“潤滑油”のようなもの
と言えるのではないでしょうか。
職場では、性格や年齢、ものの考え方など、
いろいろな面で異なる人びとが相寄って仕事をしています。
そのお互いの間をなめらかに動かす役割を果たすのが礼儀作法だと思うのです。
ですから、礼儀作法というものは、
当然、心のこもったものでなければなりませんが、
心に思っているだけでは潤滑油とはなり得ません。
やはり形に表わし、相手に伝わりやすくし、
心と形の両面があいまった適切な礼儀、作法であってこそ、
はじめて生きてくると思うのです。
・・・
(4)【 7月11日 】《凛》
砂漠や高山を踏破してきた
人の顔は
窯を出た焼き物のように
凛(りん)としている
人間こんな顔にならない限り
本ものとは言えない。
・・・
(5)ひかりの一日一言《11日》
涅槃に入るとは?
(1)涅槃とは、何にも引っ掛らない所の絶対自由の常楽の境涯。
(2)涅槃に入るとは、
「この自分は肉体ではない、物質ではない。霊的実在である」
という事を悟る事。
絶対自由の境涯に入ること。
*「第二青年の書」(P49)より
<感謝合掌 令和8年7月11日 頓首再拝>
賢者の一日一言《12日》 - 伝統
2026/07/13 (Mon) 04:56:13
(1)【 7月12日 】
それぞれの人は自分が誰に仕えるのか
--国家か、人か、州か、それともあなたの神であるか--宣言しなさい。
But in all of these, let each declare Whom ye will serve:
a nation, a man, a state, or thy God?
(3976-26)
・・・
(2)【 7月12日 】 いかに生くべきか
すべて生きんとする意志は、
いう迄(まで)もなく人生の原動力である。
然(しか)しながら、
ただ生きようとするだけではまだ動物的境界に過ぎない。
人格に於(おい)て、始めて如何(いか)に生くべきかの
内面的要求を生ずる。
茲(ここ)に人にのみ許された
至尊なる価値の世界 ── 法則の世界──
自由の世界があるのである。
・・・
(3)【 7月12日 】 みずからをつかむ
人それぞれに顔、かたちが違うように、
人間は誰しも、一人ひとり違った素質、才能を持っている。
ただそれらは、顔を鏡に映すごとくには表面に出にくい。
しかし、そういう自分の素質とか才能というものを自分でハッキリとつかみ、
そしてそれを日々の活動に、ひいては人生に生かすことができたら、
どれだけ人間としての喜びに満ちた生活が営まれ、
人生の妙味というものを味わうことができるだろうか。
一人ひとりが他と違ったものを持ち、そして日々新たに発展していく。
そこには苦しみもあろうが、何物にもかえがたい喜びもあるはずである。
・・・
(4)【 7月12日 】《つねに前進》
すべて
とどまると
くさる
このおそろしさを
知ろう
つねに前進
つねに一歩
空也は左足を出し
一遍は右足を出している
あの姿を
拝してゆこう
・・・
(5)ひかりの一日一言《12日》
鳴り響くとは?
すべてのものはエネルギーの振動であって、生き生きと、
生気溌溂として其処に生命の自己実現をしていること。
*「第二青年の書」(P50)より
<感謝合掌 令和8年7月12日 頓首再拝>
賢者の一日一言《13日》 - 伝統
2026/07/14 (Tue) 04:54:21
(1)理想とは、誰かがあなたに何を為すかではなく、
あなたが誰かに対して何を為すかです!
IDEAL is not so much what others may do for you,
but what you may do for others!
(1646-2)
・・・
(2)【 7月13日 】 一言・人を誤る
人間の本当の正しさは、
ちょっとした日常の挨拶(さいさつ)や振舞(ふるまい)にあらわれ、
何でもない行動に、案外人間内容やその背景を知ることができるものです。
これに反して、大層偉そうな大げさなことを言うものは
当(あて)になりません。
こんな人程、家の中や友達とのつきあいになると、
とんでもない愚劣なことを平気でやるものであります。
昔からよく言うように
「一言・事を破る。一言・人を誤る」で、
ついうっかり言った言葉、
ちょっとやった行為がその人の人間を決定します。
・・・
(3)【 7月13日 】 世論を超える
一般に、指導者というものは
世論というか多数の意見を大切にしなくてはいけない。
世論に耳を傾けず、自分一個の判断で事を進めていけば、
往々にして独断に陥り、過ちを犯すことになってしまう。
けれども、それはあくまで平常の場合のことである。
非常の場合にはそれだけでは処し切れない面も出てくる。
そういう場合には、指導者は世論を超えて、
より高い知恵を生み出さなくてはいけない。
常は世論を大切にし、世論を尊重しつつも、
非常の場合には、あえてそれに反しても、より正しいことを行う。
それができない指導者ではいけないと思う。
・・・
(4)【 7月13日 】《しんみん五訓》
クヨクヨするな
フラフラするな
グラグラするな
ボヤボヤするな
ペコペコするな
・・・
(5)ひかりの一日一言《13日》
物質は無いとは?
あらゆるものは物質でない。
「山川草木悉皆仏」
物質は霊的存在。
*「第二青年の書」(P50)より
<感謝合掌 令和8年7月13日 頓首再拝>