伝統板・第二
松下幸之助 成功の金言365(8月) - 夕刻版
2026/08/01 (Sat) 17:28:20
【 8月1日 】
《経営力》
・
昭和50年の12月に松下電器がアメリカで
1億ドルの転換社償を発行した際に、
二大格付機関であるS&P社と
ムーディーズ社から、
それぞれ「AA」「Aa」という
非常に高い評価を受けたのです。
で、そのときに、
そうした高い評価を受けた理由について、
社内の会合で話題になったのです。
それは、松下電器の財務内容がいいこと、
業界に占める地位が高いこと、
そして経営力がすぐれていること、
この3つだということでした。
それを聞いたときに、
私はこういうことを言ったのです。
「それはたいへんうれしいことだ。
しかし私はその3つの順序が
違っていはしないかと思う。
経営力を一番にもってこなくてはいけない。
というのは、経営力というものが
すべてを生むのだ。
財務内容とか業界での地位とかは、
経営力さえ高ければ、
自然によくなっていくものだ」と。
もちろん、それを話題にした人は
意識的に順序をつけたわけではなく、
私も冗談半分の、いわば座興として
そういうことを言ったのですが、
しかし考え方としては、
私はそれが真実だと思っています。
《財務内容のよさとか
業界における地位の高さとかは、
あくまで結果にすぎず、
それらを生み出す根源は経常力にある》
と思うのです。
『日米・経営者の発想』
<感謝合掌 令和8年8月1日 頓首再拝>
【 8月2日 】 - 伝統
2026/08/02 (Sun) 12:47:04
《組織と人》
・
きょう私が申しあげたいことは、
いつも申していることでございますけれども、
《会社の経営というものは、 やはり
何と申しましても人が中心となって
運営されていく。
組織とかいろいろ重要な問題もございます
けれども、しかし、組織はどうしても
第二義的に考えられるのであって、
やはり人が第一である。
人を中心として組織が組み立てられていく》
と、こういうように目下の松下電器では
考えねばならんかと思うのです。
国の政治機構でありますとか、
そういうようなことになりますと、
政治組織、機構そういうものが
やはり先にあって、それにあてはまる人が
就任されて国政をとるというようになるので
ありますが、
向上の途上にある今
の松下電器の実情におきましては、
やはり人を中心として考えないといけない
と思うのであります。
組織は、人を生かすために、適当につくっていくと、
こういうように今のところは考えてよくはないか。
松下電器がさらに大きな経営体になって、
組織というものを中心として、
それに適材をあてはめていく、というような
時代も私は来るかと思います。
しかし、今のところは
まだそう考えてはいけない。
やはり人を中心として
考えていかなければならない。
そういうような点で、各自の力と申しますか
能力というものは、
非常に重大な問題だと思うのです。
『松下幸之助発言集第25巻」(昭和34年の発言より)
<感謝合掌 令和8年8月2日 頓首再拝>
【 8月3日 】 - 伝統
2026/08/03 (Mon) 14:50:37
《製品と人》
・
〃事業は人なり〃といわれるが、
これはまったくそのとおりである。
どんな経営でも適切な人を得て
はじめて発展していくものである。
いかに立派な歴史、伝統をもつ企業でも、
その伝統を正しく受け継いでいく
人を得なければ、
だんだんに衰微していってしまう。
経営の組織とか手法とかも
もちろん大切であるが、
それを生かすのはやはり人である。
どんなに完備した組織をつくり、
新しい手法を導入してみても、
それを生かす人を得なければ、
成果もあがらず、したがって企業の使命も
果たしていくことができない。
企業が社会に貢献しつつ、みずからも
隆々と発展していけるかどうかは、
いつにかかって人にあるともいえる。
だから、事業経営においては、
まず何よりも、人を求め、
人を育てていかなくてはならないのである。
私はまだ会社が小さいころ、従業員の人に、
「お得意先に行って、
『君のところは何をつくっているのか』
と尋ねられたら、
『松下電器は人をつくっています。
電気製品もつくっていますが、
その前にまず人をつくっているのです』
と答えなさい」
ということをよく言ったものである。
《いい製品をつくることが
会社の使命ではあるけれども、
そのためにはそれにふさわしい人を
つくらなければならない。
そういう人ができてくれば、
おのずといいものもできるように
なってくる》
と考えていたことが、
若さの気負いもあって、そのような
言葉となってあらわれたのであろう。
しかし、そういうことを口に出して
言う言わないは別として、この考え方は
私の経営に一貫しているものである。
『実践経営哲学』
<感謝合掌 令和8年8月3日 頓首再拝>
【 8月4日 】 - 伝統
2026/08/04 (Tue) 15:22:30
《人の組み合わせ》
・
よく適材適所ということがいわれる。
それぞれの人をそれぞれに適した場所に
用いることによって、
人も生き成果もあがるということで、
これはきわめて大事なことであるが、
その際に適所というものを
仕事それ自体とともに、
人の組み合わせといった面も
あわせて考える必要があると思う。
人にはそれぞれに長所短所がある。
だからその長短補いあうような
組み合わせをすれば、それによって
どちらもより生きてくるだろう。
また、そのように
はっきりしたものでなく、なんとなく
ウマが合わないといった微妙な問題もある。
もちろん、
そういうものはそれぞれが努力て
ある程度は解消していくことが望ましいが、
やはり人の組み合わせよるしきを得て、
それをなくしていくということが大切であろう。
実際、世間にはそういう実例を見ることが多い。
三人の人に仕事をさせていたが、
それぞれに優秀な人なのにどうもうまくいかない。
それで思い切って、その中の一人を
他のところに移して二人でやらせてみたら、
わずかのあいだでこれまでの倍以上の成果が
あがるようになり、その一人の人も、
新しいところで非常な活躍をしている。
そういったことが、
お互いの経験の中に必ずあると思う。
《立派な人、賢い人ばかりを集めたから
といって必ずしも物事がうまくいくとは
限らない。
反対に平凡な人たちでも
組み合わせよろしきを得れば、
非常な成果があがる。
そうした人の組み合わせの妙というものを
指導者は知らなくてはならないと思う。》
『指導者の条件』
<感謝合掌 令和8年8月4日 頓首再拝>
【 8月5日 】 - 伝統
2026/08/05 (Wed) 13:12:06
《60点の実力》
・
私の場合、
この人だったらだいたい60%ぐらいいけそうだ
と思ったら、もう適任者として決めてしまう。
そうすると、結構うまくいく場合が多い。
もちろん、なんとか80%の可能性のある人を
探そうということで、いろいろな角度から選んで
それに足る人を探せば、
そういう人を探しあてることもできると思う。
そして、そういう人がみつかれば、
それはそれに越したことはない。
しかし、そのためには非常な時間と手間がかかる。
それはある意味では大きなマイナスになる。
だから、もうだいたい話してみて
60点の実力があるなと思ったら、
「君、この仕事をやってくれ、君なら十分いけるよ」
というようにしてしまうのである。
そうするとたいていうまくいく。
なかには100点満点というような仕事をする人もある。
もちろん、
全部が全部そううまくいくというわけではなく、
なかには失敗する人もある。
もし6人の人がいたとすれば、3人はうまくいって、
2人はまあそこそこである、
あとの1人がときに失敗する、
というような状態が私の場合は多かったように思う。
そこで失敗した人には
「君は失敗したから私が手伝おう」ということで、
私なりに気づいた点を注意しつつ応援する。
それでうまくいくようになる場合もあるし、
それでもなおうまくいかない場合もある。
うまくいかなければ、さらに深く検討して、
その原因がどこにあるかを探す。
私はそういうようにやってきた。
そうすると、最善とはいえないけれども、
だいたい70%の成果というものが継続的に
あがってくる。
それが今日の松下電器をつくり出した
一つの要因といえるのではないかと思う。
『人を活かす経営』
<感謝合掌 令和8年8月5日 頓首再拝>
【 8月6日 】 - 伝統
2026/08/06 (Thu) 14:25:53
《使命の達成》
・
一つの部には、その部として果たすべき
大切な使命があります。
そして、その使命遂行の
最高責任者はだれかといえば、
やはりほかならぬ部長自身です。
とすれば、
《もし部下の中に
使命遂行に不適当な人がいて、
そのために成績があがらないと
いうことであるならば、
そのことについても、
部長が何らかの対策を講じなければ
なりません。
つまり、
その部下を他の人にかえてでも
使命の達成をはからなければならない
というのが、
部長の責任というものでしょう。》
そのためにはどうするかといえば、
やはり社長なり会社の首脳者に、
その実情を訴えなければなりません。
「あの部下は他の部署に行けば、
さらに適職を得て十二分にその能力を
発揮できるようになるかもしれませんが、
自分の部にいるかぎりは、
適性を欠いていると思います。
ですから、部のためにも会社のためにも、
また本人のためにも、
他の部署にかえていただきたいのです」
という提言をしなければならないと思うのです。
ところが、そのような場合、往々にして
〃そんなことを言うのは、自分が部下を
使いこなせないのを示すようで、
部長としての体面にかかわる〃
とかいった人情が働き、そこまで踏み切れない
ということがあります。
しかし、そうした人情にとらわれて、
言うべきことを言わないということでは、
部長としての使命感が薄い。
いいかえれば、
世間からあずかっている大きな仕事の使命
というものをなおざりにしている、
ということになってしまいます。
『社員心得帖』
<感謝合掌 令和8年8月6日 頓首再拝>
【 8月7日 】 - 伝統
2026/08/07 (Fri) 13:20:49
《意志決定を任せていく》
・
経営において、意志決定ということは、
きわめて大事な問題である。
一つの事をなすのでも意志決定があって、
はじめてそれが進められていく。
まして、何人かの人が仕事をしていく場合には、
責任者の意志決定がなされることによって
全員が動くことができるのだから、
意志決定というものは、
人を使っていく上においても、
重要な点だといえよう。
そういう意味からすれば、
意志決定はできるだけ
すみやかになされることが大切だと思う。
大勢の人間を擁して、一つの岐路に立って、
右せんか左せんかという場合に、
いたずらに蠕踏逵巡(ちゅうちょしゅんじゆん)、
ぐずぐずしていたのでは、大きなロスも生まれるし、
皆の意気も阻喪してしまうだろう。
右にせよ、左にせよ、進むべき方向が決まれば、
皆それなりの勇気と意欲をもって
進んでいくことになる。
特に、今日のように変化が激しい時代に、
厳しい競争の中で仕事をしていくには、
意志の即決、即断ということが
非常に大事だと思う。
ところが、そうなってくると、
一人の人間が何もかも決定するというのでは、
間に合わなくなってくる。
ごく小さなところならともかく、
何千人、何万人というような会社で、
《いちいち社長が意志決定していたのでは、
いかに一つひとつの問題について
即決してみても、全体としては決定が遅れて、
事がスムーズに運ばないようになってしまう
だろう。
だから、意志決定そのものを
どんどん部下に任せていくことが
大切になってくる。》
「大事な問題だけはぼくに相談してくれ。
あとは基本の方針にもとづいて、
君が判断して決定してくれ」
というようにするわけである。
そうすれば、それだけ意志決定が早くなる。
さらに、その任された部長なら部長が、
課長に任せていく、課長は主任に任せていく、
主任は社員に任せていく、
というようになっていけば、
会社全体としての意志決定は
非常にスムーズに進み、
いろいろな情勢の変化にも迅速、的確に
対処しやすくもなってくると思う。
『人事万華鏡』
<感謝合掌 令和8年8月7日 頓首再拝>
【 8月8日 】 - 伝統
2026/08/08 (Sat) 14:44:10
《明文化》
・
規則も何もない、
決められた事柄もないという姿で
事がスムーズに運ぶならば、
それは理想的ともいえよう。
しかし、実際には
なかなかそうはいかない。
だから、そういう理想に近づく
過程においては、
やはり、お互いに期するものをもち、
みずからを律しつつ、
そして努力して目標を追求していく
といった姿が望ましいであろう。
そういうところにこそ、充実感も得られ、
また力強い活動も生まれて、
好ましい成果を得るという姿も
あらわれてくるのではないだろうか。
そういう意味からいって、
《一つの集団、一つの会社が、
好ましい姿で力強い活動を続けていく
ためには、やはり何らかの規則、決まり、
心得といったものをはっきりと明文化して、
それをお互い一人ひとりが
くり返しかみしめていくことも、
非常に大切なことの一つだと思うのである。》
『人を活かす経営』
<感謝合掌 令和8年8月8日 頓首再拝>
【 8月9日 】 - 伝統
2026/08/09 (Sun) 13:21:55
《集金と支払い》
・
《お金をルーズにすれば、
何もかもがルーズになるものです。
ですから健全にやっている会社なり商店は、
日ごろから金というものには比較的敏感で、
集金についても支払いについても実に
よく気をくばっておられるように思います。》
商売の大小を問わず、いい経営をやろうと思えば、
やはり取引というものを厳格にやらねばいけない
と思います。
そういうところに、商売の大事なカナメ
というものがあるのです。
これはある問屋さんのことです。
そのお店は、それほど大きな商売を
しておられるわけではないのですが、
どこも容易でない今日の情勢下で相当利益をあげて、
しかも着実に蓄積されているのです。
それでいて、小売店さんからは非常に愛され、
また仕入先からも深く信頼されているのですが、
それというのも、
日ごろから集金をキッチリし、
また支払いもキッチリし、
ひいては取引のすべてにわたって
キッチリしていたということなのです。
つまり経営の姿勢というものが、
誠実でそして正確であったわけです。
相互の信頼というものは、
結局こうした姿から生まれるのだと思いますし、
商売の繁盛の原理というものも、
案外こうした平凡なところにある
のではないでしょうか。
むずかしく考えることはないと思います。
『商売心得帖』
<感謝合掌 令和8年8月9日 頓首再拝>
【 8月10日 】 - 伝統
2026/08/10 (Mon) 13:02:42
《委託金》
・
目的は物資をただにすることにある。
そこで利益をあげることに対する
われわれの考え方はこうである。
われわれのやる仕事は資金が要る。
その資金はわれわれが政府をつくって
おったら税金で徴収できるけれども、
そういうわけにはいかないから、
これは得心ずくで金を出して
もらわなければいけない。
得心ずくというのは収益というかたちで集めて、
その集めた金は物資をただにしていくところの
資金に注入していく。
この儲けというものは私することはできない。
一部は私することができる。
その時分は個人経営であるから、
法律上からいえば、
儲けたものは全部自分のものであった。
しかし、私はそういう考え方から会計を別にした。
前から会計は個人と別にしていたけれども、
さらにそれをはっきりさせて、
《一部は私が使うことは許されるけれども、
その大部分の金は世間からの委託金だ。
法律上はおれのものであろうとも、
おまえの仕事をもっと増やせという
委託金である。》
そういうふうな考え方をもって、
そうして、その主旨をみんなに述べた。
だからみんな感激した。
給料も安いわけではない。
会社は発展しているから昇給している。
しかも、私はそれを
手段にしてやっているのではない。
私自身そう思い切ってやってきたのである。
『仕事の夢蕪しの夢』
<感謝合掌 令和8年8月10日 頓首再拝>
【 8月11日 】 - 伝統
2026/08/12 (Wed) 03:18:55
《安易感》
・
商いが二カ月間に前年同期と比べて
十七億円も増えている。
それなのに利益が逆に少なくなっている
ということは、ちょっと不思議だと
考えられる。
私も実は不思議に思ったんです。
この決算の数字を見るまでは、
私自身もこんなに減っている
と思わなかったんです。
人件費が、人が二千人増えて
一億四千万円ほどよけい要っている。
それだけであればまだ事が
しれているのでありますが、
そのほかに販売その他の管理費が
六億二千万円もよけい要っている。
結局これを合わせますと七億六千万円
というものがよけい要っている。
これは考えなければならないことであります。
一応の利益はあげたが、結局経費をよけい使った。
まあ経費をよけい使ったうちには、
競争が激しいために割引率を落としたとか、
あるいはまたその他いろんな競争から生まれる
ところの経費がよけい要ったとか、
いろいろ調べてみるとわかるのでありますが、
しかしにっちんがっちん、
こういうような数字が出たために
結論としてこうなった。
これはもう非常に商売として
恐ろしいことでありまして、
儲けても経費をムダ使いし、またムダ使いでなく
必要な経費と思いましても、それをさらに吟味して
合理化するということを怠っていたならば、
商いをよけいして売上げは上がったが、
純益というものは逆に減っていくというような
結末が出てくるわけであります。
こういうことはかつてありませんでした。
何十年という長いあいだ、
だいたいにおいて私の目の子勘定で暗算的に
今月はどのくらい利益があがるぞ〃
と考えたことと、ほとんど変わりなく
やっておったのであります。
今回だけが初めてこういうふうになった。
これはむろん、
《その大きな一半の責任が
私自身にあることは自覚しておりますが、
しかし、もう一半の責任は、皆さんが
昨年度からの一年間に、松下電器の経営状態
いうものがだんだんとよくなってくる、
ということに対する安易感を自然に
もち始めてきたことにあるのではないか。》
『松下幸之助発言集第25巻』(昭和33年の発言より)
<感謝合掌 令和8年8月11日 頓首再拝>
【 8月12日 】 - 伝統
2026/08/12 (Wed) 19:44:47
《借りた金》
・
通俗的にいうと、銀行というのは
金を預かるのも大きな商売だけれども、
貸すのも大きな商売だ。
だから商売人が絶えず
物を売るお得意を探しているように、
銀行でも絶えず金を貸すお得意を探している。
そのお得意は貸した金をうまく利用して、
儲けて、利子をつけて返してくれる、
こういうお客が大事なわけだ。
それをだれかが保証する
・・・政府が保証するなり、
神様が保証してくれれば、
銀行は喜んで貸す。
ところが政府も神様も保証しない。
そこで、銀行は人間的な目で、
それを探している。
つまり私が金を借りられるのは、
それを裏書きするものがあったわけだ。
借りた金を大事に使う。
だから商売を一所懸命に、まじめにやる。
利潤が出る。
借りた金に対して利子をつけて返す。
そういうことをくり返していると、
銀行はいやでも応でも
貸さなければならなくなる。
戦後の混沌とした状態のときでも、
松下がこれからどうなるか
予想もつかなかったけれども、
戦前の仕事ぶりが一つの信用になった。
あの男は戦前に
こういう仕事ぶりでやっておった、
戦後といえどもそう無茶なことはしない
だろうということだった。
その信用の範囲は、
銀行である程度測定ができるわけだから、
その範囲は貸そうということになる。
『仕事の夢蕪しの夢』
<感謝合掌 令和8年8月12日 頓首再拝>
【 8月13日 】 - 伝統
2026/08/13 (Thu) 16:00:15
《資金》
・
企業がこの人間の共同生活の限りない
生成発展に貢献していくためには、
企業自体が絶えず生成発展して
いかなくてはならない。
つまり、常に新たな研究開発なり、
設備投資というものをして、
増大していく人々の求めに
応じられる体制にして
いかなくてはならないわけである。
ところが、そうした
《開発なり投資にはそれだけの資金が要る。
その資金をどのようにして
つくるかということだが、
これが政府がやっている事業ならば、
必要なだけ税金をとるということも
できよう。
しかし民間の企業は
そういうことはできないから、
やはり、それをみずからつくるしかない。
そのためには利益を得て、
それを蓄積していくということになる。》
『実践経営哲学』
<感謝合掌 令和8年8月13日 頓首再拝>
【 8月14日 】 - 伝統
2026/08/14 (Fri) 19:04:50
《銀行》
・
私が住友銀行と取引を始めたのは、
昭和二年からである。
最初取引をすると、取引の始まった
その日から銀行は経営ぶりを見る。
これはどこの銀行でもそうだ。
ところが私の経営ぶりは、銀行が是とする
方法にかなっておった。
最初に一万円から始まって、二万円、三万円
とだんだん貸金が多くなったけれども、
一方、収益状態もそれに並行している。
十万円貸しても、
一万円貸したときと同じように、
危険性はないということになって、
ずっとそれが膨脹していったわけだ。
そういうことは、何でもない、
非常に平凡なことなのである。
ところが、特に何か下心があった場合は
間違いが起こる。
銀行も調査を十分にしないで、
何か下心があって、引きずりこまれる
場合がある。
これは概して結果が悪い。
われわれの経験でいうと、
《銀行がたやすく金を貸してくれる場合は、
たいていの人が危険に臨む。
銀行がしぶってしぶって
貸しているとうまくいく。
だから銀行が金を使えというときには、
よほど注意しなければならない。》
平生間違わないでやっている人間でも、
銀行が今金があいているから使ったらいい
という場合には失敗することが多い。
正直に要るだけの金を借りに行って、
80%貸してくれるという状態が続いたら、
その人はいちばん安全である。
それを、いや、そんな金はわけないよ、
といって、十億といったのに二十億貸してやる
といったら、
その男は心が大きくなるから、
気をつけねばならない。
問題は、たやすく金が入ることは、
非常に危険である。
潤滑油も多すぎてはいけない。
流れてしまう危険が多い。
『仕事の夢暮しの夢』
<感謝合掌 令和8年8月14日 頓首再拝>
【 8月15日 】 - 伝統
2026/08/15 (Sat) 13:24:14
《株主》
・
株主は、みずから会社の主人公である
ということを正しく自覚、
認識していなければならない。
そして経営者に対して言うべきは言い、
要望すべきは要望するという、
主人公としての態度を毅然として保つ
ことが大事ではないかと思う。
《たとえ少数株しかもっていない株主
であっても、
単に株をもって配当を受け取る
というだけでなく、
会社の主人公たる株主としての権威、
見識をもって会社の番頭である
経営者を叱陀激励する、ということも
大いに望ましいと思うのである。》
そのようにすれば、
経営者としても経営によりいっそう
真剣に取り組み、業績をあげ、利益をあげて、
それを株主に十分還元しようという気持ちが
強くなってくるのではないだろうか。
『PHP』昭和42年11月号
<感謝合掌 令和8年8月15日 頓首再拝>