伝統板・第二
「十月の法語」 - 伝統
2026/10/01 (Thu) 04:53:41
このスレッドでは、他の掲示板等から、次の7つの法語を紹介してまいります。
(1)『 生長の家 』 昭和十六年十月号法語
*Web「光明掲示板・第一」からの転載です。
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=346(消滅)
(2)『 生長の家 』 昭和二十五年 十月号法語
*Web「谷口雅春先生をお慕いする掲示板 其の壱」からの転載です。
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=85
(3)『 生長の家 』 昭和四十六年十月の法語
*Web「谷口雅春先生をお慕いする掲示板 其の弐」からの転載です。
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=32
(4)『 理想世界 』 昭和四十ニ年十月の法語
*本掲示板(伝統板・第二)内
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7162032
(5)『 理想世界 』 昭和四十三年十月の法語
*本掲示板(伝統板・第二)内
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7809546
(6)『 理想世界 』 昭和四十七年十月の法語
*Web「生長の家「本流復活」について考える」からの転載です。
なお、1日~5日のみの紹介となります。
(7)『理想世界』 昭和48年10月の法語
*Web「谷口雅春先生に帰りましょう・第二」からの転載です。
なお、30日~31日のみの紹介となります。
→ https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=2385
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【一日の法語(10月1日)】
(1)《日本民族の使命を知る日》
日本神随(にっぽんかんなが)らの道は、
宇宙と與(とも)に立つ道である。
宇宙と與(とも)に立ち、宇宙にミチる精神が、
そのまま日本民族を通してあらわれたる道である。
随ってそれは日本民族精神であるとともに宇宙精神である。
神の‘そのまま’のみこころであり、
宇宙にミチているから道とも称するのである。
そこで日本民族が‘そのまま’の心になるとき、
其処に最も完全に『道』があらわれる。
それは『神さながらの道』であるから、『神(かん)ながらの道』
と云うのであるが、同時に日本民族の‘そのまま’の精神であるから、
日本民族精神とも、また簡単に日本精神とも云うのである。
論(い)うまでもなく、外国民族にも、その精神はやどっている
のであるから、‘そのまま’の心になったときには
外国人でも日本精神は理解出来る。
単に理解出来るだけではなく、日本精神に成り得るのであり、
それが理解出来、日本精神に成り得たとき、
六合(りくごう)一都・八絋一宇の神武天皇様の御理想が
実現するのである。
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(2)《別時の念仏に就いて》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yu0529&mode=res&log=85
(抜粋として)
静かに坐(ざ)して祈る時間は、恰(あたか)も 「 別時の念仏 」
のように特に全身全霊を神の方へ振向ける行事として必要である。
それを神想観というのである。
或る一定の時間には五官の目を閉じて、
実相円満の相(すがた)を心に強く感ずることが必要なのである。
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と云うのは、
「 阿弥陀仏と私とは命が一体だ 」 と云う思念である。
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(3)《感謝、到る処に天国を生み出す》
(全文は)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=yuyu6&mode=res&log=32
(抜粋として)
その人の幸福の大小は、
その人を取り巻く物質の大小によるのではないのであり、
その人自身の感謝の感情の大小によって定まるのである。
それゆえに常に万物に感謝せよ。
見るもの聞くもの、触れるもの、その悉(ことごと)くに感謝せよ、
念々 感謝の中から天国は生み出され、浄土は誕生するのである。
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(4)《微笑(ほほえみ)をもって困難を征服せよ》
避けることの出来ない壁にぶつかったとき、毅然として挫折することなく、
微笑みをもってこれに対し、勇敢にその壁に攀じ登るものは者は勇者である。
強き信念と決意の前には、いかなる高き障壁も平かになるのである。
環境がどうの、条件がどうの、といって
自己の失敗を弁護するような卑怯者になってはならない。
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(5)《人間は“眠れる神の子”である》
すべての人間には”神”が宿っているのである。
しかしその“神”は眠っているのである。
”眠れる獅子”という語があるが、
人間は”眠れる獅子”どころではない、“眠れる神の子”であるのである。
この“神の子”は呼び覚ましてくれるのを待っているのである。
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(6)《本当の人間は肉体人間ではない》
(全文は)
→ http://jbbs.shitaraba.net/bbs/lite/read.cgi/study/11346/1322022766/2708
(抜粋として)
「わたくしたちが通常「人間」と呼ぶ者・・・つまり食べたり、飲んだり、
栽培をしたり、取引の 勘定をしたりしている人間は、わたくしたちが
自覚しているようには、人間そものものを表さず、人間を歪めて表現しているのである。
そのような肉体人間を私どもは尊敬しない。
しかしながらその肉体人間が魂の器官となって、その行為を通して、
内なる魂を表現せしめるならば 、わたしはその前に跪かずにはいられないのである」
(これはエマソンの「The Over Soul」という エッセイの一節である。)
明らかにエマソンは「肉体人間」と「本当の人 間」とを区別して、
飲んだり食ったり田を耕し たり商売勘定をしている「肉体人間」を、
そのまま「本当の人間」だと思ったら間違いである ということを書いているのである。
それだから 、私はエマソンを近代における光明思想の幽祖であるといっているのである。
しかし釈尊は2千数百年前の古代においてそれを説いていられるのである。
・・・
<参考>
(1)『 光明法語<道の巻> 』(十月の法語「神の国の義(ただ)しきを観る」)
→ http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=330 (消滅)
(光明掲示板・第二)
→ http://dentou.bbs.fc2bbs.net/?act=reply&tid=7910276
(伝統第二)
(2)『 生命の實相 』第三十八巻幸福篇(十月「円満具足」)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=434(消滅)
(光明掲示板・第一)
(3)『 光明道中記 』(十月の法語「その身まったし」)
→ http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=435 (消滅)
(光明掲示板・第一)
<感謝合掌 令和8年10月1日 頓首再拝>